第88話 移動中のトラブル 2

 埠頭まで到着すると、オッドの方が辛そうになってきた。


「大丈夫か?」


「はい」


「そうは見えないんだけどな。やせ我慢するなよ」


「レヴィに言われたくはありません」


「………………」


 随分と根に持たれているらしい。


 心配すらさせてもらえない自業自得はとても辛い。


「まあ、もうすぐだから頑張れ」


「はい」


 タクシーを拾っても良かったのだが、そうすれば乗車記録が残ってしまう。


 車内にも記録装置があるので、顔も残ってしまう。


 万が一の為に、自分達の行動記録を残しておくような真似はしたくなかった。


 長い距離を歩かせているが、これも必要なことなのだ。


 それから二十分ほど歩くと、目的の場所に到着した。


 埠頭の外れに貨物トラックが止まっている。


 船に積み込む為の荷物を載せているものだ。


 車の番号を確認して、レヴィアースは近付いていく。


「こんばんは。アルフォート運送さんでいいのかな?」


「おう。ということはそっちが『荷物』でいいのか?」


 トラックの運転席に乗っていたのは、二十台後半ぐらいの男性だった。


 背は高く、体つきはしなやかだ。


 一目で鍛えられている男だと分かる。


 人なつっこそうな顔をしているが、その目には警戒の色が残っている。


 密出国のつなぎを担当しているのだから、それぐらいは当然なのだろう。


「そういうこと。料金は前払いだったか?」


「ああ。現金一括前払い。それ以外は受け付けない。行き先の指定も不可。それでもいいんだな?」


「もちろんいいぜ」


 レヴィアースは鞄の中から大きめの封筒を取り出した。


 無造作に放り込んであるのは、五百万ダラスもの紙幣束だった。


 運転手の男はそれらが本物であるか、そして枚数をきっちり確認していく。


「よし。代金はしっかり受け取った。乗りな」


 トラックの貨物部分の扉が開いて、中に入るよう促される。


 レヴィアースとオッドは大人しく中へと入った。


「とりあえず中にある木箱に入っとけ。そっちは特殊仕様で、外からは缶詰が入っているように見えるんだ」


「へえ~。面白いな」


「………………」


「運ぶ時は乱暴になるけど、我慢しろよ。缶詰をそーっと運んでいたら怪しまれるからな」


「俺はいいけど、そっちは出来るだけ優しく運んでやってくれ。大怪我をして、まだ治りきっていないんだ。傷が開いたら困る」


「そうなのか? 分かった。なるべく優しく運んでやる。傷が開いたらまあ、船内の治療キットを使わせてやるよ。別料金だけどな」


「………………」


 言いたいことはあるのだろうが、密出国を企んでいる立場ではあまり強くは出られない。


 金を払っているとはいっても、主導権はあちらにあるのだ。


「俺は構いません」


 オッドは大人しく箱の中に入った。


 お世辞にも居心地のいい箱ではないが、少しの我慢だ。


「大丈夫か? オッド」


「平気です。レヴィの方こそ、傷が開かないように気をつけてください」


「おう」


 それからすぐにトラックで運ばれて、荷物チェックも無事にすり抜けられた。


 どうやら本当に缶詰だと認識されたらしい。


 レヴィの缶詰。


 オッドの缶詰。


「………………」


 そんな風に自分達の缶詰を想像して、少しだけ噴き出すレヴィアース。


「?」


 その声が聞こえたオッドが箱の中で首を傾げる。


「いや、なんでもねえ。ちょっと暇潰しに妙な想像をしただけだ」


「そうですか」


 自分達の缶詰が商品化した姿など想像したと言ったら、また怒られそうだった。


 それから少し乱暴に扱われて運ばれたが、幸いにして傷が開くほどの衝撃ではなかった。


 しかしオッドの方は体力の限界が近付いているようで、箱から出てくるなり倒れそうになったのでレヴィアースが慌てて支えた。


「危ねえな」


「すみません」


「いいけどさ。休める部屋はあるか?」


「もうすぐ出航だぞ。船員のふりをする手筈になっているんだが」


「体調不良ってことで休ませてくれ。どのみちこのままじゃ着替えも難しい」


「駄目だ。船内の人数は常にチェックされる。妙な動きをしていたらそれだけで追加チェックが入るぞ。無理してでも立っておけ。何かしろとは言わない」


 先ほどまでの運転手は着替えを渡してきた。


 他に選択肢は無いのだろう。


「悪いな。オッド。少し無理をさせる」


「いいえ。大丈夫です」


 オッドは薬を飲んでから痛みを誤魔化す。


 これで立っている程度なら何とかなる筈だ。


 二人とも着替えを済ませてから、出航までは何とか立っていた。


 帽子を目深に被って整備員のフリをしていたので、管制もそこまではチェックしなかった。


 そして無事に出航出来た。


「はぁ~。ひとまず脱出出来たな」


「そうですね」


 もういいだろうと判断したオッドがその場に座り込む。


 立っているのが限界だったのだろう。


「本当に大丈夫か?」


「ええ。傷口は開いていません」


「休める部屋が無いか聞いてくる」


「無理だと思いますけど」


 ただでさえ密出国という扱いなのだ。


 客室が用意されているほどに贅沢な旅路とは思えない。


 しかしレヴィアースは立ち上がってから艦橋へと移動した。


「どうした?」


 艦橋には操舵手やオペレーターがいた。


 船長らしき人も席に座っている。


 船長は六十を過ぎたかなり体格のいい男で、顔つきもかなり怖い。


 子供なら睨まれただけで泣いてしまいそうなタイプだった。


「いや。連れが体調を崩していてな。出来れば船室を用意して貰えると助かるんだが」


「生憎と、船室はねえよ。お前さん達は荷物扱いだからな。働いてくれるならそれも考えるが、ただ乗っているだけなら通路で我慢して貰おう」


「追加料金なら払うぜ」


「客室が一つ空いてるから好きに使え」


「………………」


 あまりにもあっさりとした対応に、レヴィアースの方が呆れてしまう。


 しかしこういうシンプルなタイプは扱いやすいので嫌いではない。


 レヴィアースは追加料金を渡す。


「おう。まいどあり」


「じゃあ使わせて貰うぜ」


「おう。遠慮無く使え使え。ちなみに食事が必要なら別料金で用意してるぜ」


「……自分達で持ってるから、それはいい」


「なんだ。残念だな。金払いのいい奴からまだまだ搾り取ってやろうと思ったのに」


「金は持ってるけど無駄に払うつもりは無いし」


「そうか? 廊下で雑魚寝でもしていればいいんだから、これだって無駄金だろう?」


「怪我人がいるって言っただろう。出来るだけ安静にしときたいんだよ」


「なるほどな。エステリからの密出国だから訳ありなんだろうけど、お前さんも随分とお人好しだな。他人の為にそこまでするなんて」


「………………」


 他人の為にそこまでする。


 確かにその通りだった。


 しかし、オッドは唯一生き残ってくれた部下なのだ。


 他人で済ませられる存在ではなくなっていた。


「まあいい。詮索はしない。好きに使え」


「そうさせてもらう」

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