第73話 むくれるマーシャちゃん

「んにゅ……」


 翌朝、マーシャはレヴィの腕の中で目を覚ました。


「………………」


 目を開けると、すぐにレヴィの顔があった。


 まだ眠っているようで、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。


「っ!!」


 頭を動かそうとすると、強烈な痛みに襲われた。


「うぐぅ……」


 頭がガンガンする。


 明らかに二日酔いだった。


「痛い……」


 水でも飲んですっきりしたいところだが、レヴィにがっちりと抱きしめられているので動くことが出来ない。


 腕を外せばいいだけなのだが、レヴィに抱きしめられているこの状況がもう少し続いて欲しいという気持ちもあるので、動けなかったのだ。


「………………」


 頭痛に耐えるか、それとも抱きしめられ続けるか。


 悩むまでもないことなのだが、そこで悩んでしまうのがマーシャの乙女心だった。


「ん……?」


 そうして悩んでいると、レヴィの方も目を覚ましたようだ。


「おはよう、レヴィ」


「おはよう、マーシャ」


「水を飲みたいから離してくれると助かるんだが」


「ああ、そうか。やっぱり二日酔いか」


「……うん」


「あれだけ飲めば当然だよなぁ」


「………………」


 呆れたように視線を向けるのは、テーブルの上にある空瓶の数々だった。


 あれをマーシャが一人で、しかもストレートで飲み干してしまったのだから、二日酔いになってもおかしくはない。


 いや、ならない方がおかしい。


 むしろなって当然。


 いや、なるべきだ。


「まあいいか。ほら。水飲んでこいよ」


 レヴィはマーシャを抱きしめる腕を開放してから促した。


「ん」


 マーシャは起き上がってそのまま水を飲みに行く。


 ついでに携帯していた二日酔い用の薬も飲んだ。


 即効性の液体薬なので、すぐに頭がすっきりしてくる。


「ふう……」


 リーゼロック製薬部門特性の二日酔い薬なので、効果も抜群だ。


「……もう治ったのか?」


 すっきりした顔のマーシャを見て呆れるレヴィ。


 二日酔いとはもう少し長い間苦しむものではないのだろうかと、そんな疑問があるのだが……


「この薬はよく効くんだ」


「いや、効き過ぎだろ」


「リーゼロックの製薬部門の即効性二日酔い薬を、更に亜人の身体で効果が高まるように改良したものだから」


「……亜人向けの製薬部門があるってことか?」


「正確には趣味の部門だけどな。お爺さまの趣味」


「趣味……?」


「ロッティに移住する亜人の数も増えてきたから、亜人向けの薬が必要になるだろうってお爺さまが作ったんだ。ちなみにスタッフはレヴィの同類だ」


「ど、同類?」


「もふもふマニア」


「なんと。この世界にそんな素晴らしき同志諸君がいるのかっ!」


「……その呼び方は止めた方がいいと思う」


 同志諸君はなんだか怪しげな感じで嫌だ。


「とにかく、これで二日酔いは大丈夫だ」


「それならいいけど。あれだけ飲んで大丈夫だっていうのは、逆に怖い気もするなぁ」


「あの程度ならどうってことない」


「………………」


 やっぱり怖い。


 亜人はみんなウワバミなのだろうか。


 マーシャはレヴィをじっと見る。


「どうした?」


「うん。昨日のことなんだけど」


「ああ」


「気にしなくていいからな」


「………………」


「私はレヴィに今以上の関係を求めるつもりはないんだ」


「………………」


「それが出来ない理由も分かっているつもりだ」


「………………」


「だから、今のままでいいんだ。傍に居られれば、それで十分だから」


 儚げに笑うマーシャの姿が痛々しかった。


 普段はとことんまで強引な癖に、肝心な部分では遠慮してくる。


 それがもどかしくもあり、ありがたくもあった。


「ごめんな、マーシャ」


 今は何も言えない。


 覚悟は定まったが、それでも、まだ言えないのだ。


 ただ、マーシャの頭をそっと撫でる。


 レヴィの恐怖も、躊躇いも、すべて理解してくれているマーシャに少しでも安心してもらいたくて、頭を撫で続ける。


「いい。私はレヴィに苦しんで欲しい訳じゃないから。笑っていて欲しいんだ」


「………………」


 笑っていて欲しい。


 それはレヴィがマーシャに対して抱いている気持ちと同じものだった。


「そうだな。お互いに笑っているのが一番だな」


「そうだぞ。それが一番大事なことなんだ」


「同感だ」


 一番大事なことは間違えない。


 それこそが重要なのだ。


 だからこそ、レヴィの迷いも綺麗さっぱりなくなった。


 マーシャの笑顔が見たい。


 これから先も、ずっと。


 その気持ちがあれば、大丈夫だと確信出来た。






 それから朝食を摂る為にレストランへと向かう。


 バイキング形式だが、流石に使われている食材のレベルが他のホテルとは段違いだった。


「これ、無駄になる食材がすげーもったいないよな」


 もっちりとした甘いパンをかじりながら、レヴィが呆れたように呟く。


 向かいに座っているマーシャの方は慣れた様子でぱくついている。


 リーゼロック家に居る間にこのレベルの食事は当然になってしまったのかもしれない。


 恐ろしい教育環境だが、上流階級としての教育も受けているマーシャの仕草は一つ一つが洗練されていて、食べるだけでも見惚れてしまいそうなぐらいだった。


 改めて、あの時クラウスと出会えて幸運だったと思う。


 もう一人の少年については残念なことになってしまったが、それでもいつかは再会出来ると信じている。


 その時に、自分に出来ることがあれば手助けしてやりたい。


「高い宿泊料でそれなりの利益は出している筈だから、無駄にはなっても損は無い筈。余った食材も従業員が持って帰ったりするから、無駄になる分も最小限に抑えられているんじゃないかな」


「そうなのか?」


「少なくとも、リーゼロック系列の高級ホテルはそうなってる」


「なるほど」


 リーゼロックの経営状況までほぼ把握しているらしい。


 しかし面白い知識でもある。


「まあ、俺としては美味しいものを満足するまで食べられればそれで問題無しなんだけどな」


「言えてる。美味しいは正義だ」


「同感」


「そして肉も正義だ」


「まあ、同感……かな」


 肉食獣の本性がちらりと垣間見えた。


 いつか自分の肉までかじられるかもしれないと考えると、ちょっとだけ震える。


「この後はすぐにエミリオンを出るのか?」


 クラウスとも再会したし、エミリオンに留まる為の義務は果たした。


 後は早々にこの国から脱出したいのだが、マーシャは首を振って否定した。


「もうちょっと居るつもりだ。ちょっと博士と相談したいこともあるし」


「博士?」


「私のブレーン」


「ああ、そういえばそんなものがいると言っていたな」


 マーシャの保有するシルバーブラスト、そしてシオン、更にはスターウィンドまでもが、そのブレーンとの共同開発だという。


 マーシャだけでも、その博士だけでも駄目だったのだろう。


「相談したいことっていうのは、昨日の件か?」


「そう。資金援助の件」


「跳躍技術、つまりワープ航法についてだよな?」


「うん。昨日資料を預かったんだけど、私が見ても分からない部分が多いんだ。分かる部分もあるけど。博士と相談して、見込みがあるかどうかを検討したい。その答えが出たらミスター・ハーヴェイともう一度接触する必要があるから、エミリオンから出る訳にはいかないんだ」


「まあ、そういうことなら仕方ないな」


 跳躍技術についてはレヴィも興味がある。


 シルバーブラストに実装出来たら面白そうだと思っている。


 エミリオンに長居するのはご免被りたいが、それでも個体情報は消しているし、変装を続けていればなんとかなるだろうと気楽に考えていた。


「まあ、コストを考えるととんでもないことになりそうなんだけどな」


「そうなのか?」


「ざっと千兆」


「ぶっ!」


「最低限の予算でそれだから、満足のいく研究をしようと思えばその三倍はかかるだろうな」


「……マジで?」


「マジで」


「それを、資金援助するのか?」


「出来るからな」


「………………」


 堂々と言い切るマーシャに、レヴィは冷や汗をだらだらと流す。


 昨日は弱々しく見えた女の子が、今はとんでもない怪物に見えてしまう。


 本質は変わらないのだろうが、経済感覚が恐ろしすぎる。


「資料を見る限り、見込みが無い研究じゃないし、本格的に実用化出来れば、簡単に取り戻せる金額でもあるからな。何せ、宇宙の常識が変わる」


「まあ、そうかもしれないな」


 跳躍技術が確立すれば、宇宙航行の常識が一変する。


 それは世界が変わるのと同義だ。


 人類はもっと遠くまで行けるようになるだろう。


 そして多くの居住可能惑星、更には資源惑星も見つけることが出来るだろう。


 つまり、それは無限の可能性なのだ。


「でもそこまでの技術、マーシャとその研究者が独占していたら黙っていない勢力も出てくるだろう?」


 特にエミリオン連合とか。


 少し前の出来事を思い出す。


 マーシャがシルバーブラストを手にしただけで、エミリオン連合軍のグレアス・ファルコンがその技術を狙ってきた。


 彼は自らが中央へと戻る為の足がかりとしてその技術を求めたが、エミリオン連合軍の中央にそれを知られていれば、それだけでは済まなかっただろう。


 短絡的に仕掛けるようなことはしないのかもしれないが、それでも強引な交渉でその技術を手に入れようとするだろう。


「黙っていない勢力も出てくるし、それを黙って受け入れるつもりもない。お爺さまに頼るさ」


「クラウスさんに?」


「元々、ミスター・ハーヴェイはあちこちに資金提供を申し出ているらしいからな。技術そのものは既に知られている」


「全部断られたのか」


「見込みが無いと思われたんだろう。実際、私もまだ半信半疑だ。面白そうだと思うし、見込みもあるとは思う。しかし、確実とは言えない。跳躍そのものは可能だろうが、安全性の確保、コントロールの維持など、課題はかなり残っているからな」


「それなら時間と金を掛ければ解決出来る問題じゃないのか?」


「ただの技術ならそうだろう。しかしこれは自然現象を利用した技術だ。相手が自然ならば、完全なコントロールは不可能だと思う」


「自然現象?」


「宇宙の歪みだ」


「え? アレを利用するのか?」


 宇宙の歪みについてはレヴィも知っていた。


 宇宙船も、戦闘機も、宇宙に生きる者ならば近付いてはならない自然現象。


 研究者達はそれすらも解明しようとしているようだが、成功したという話はまだ聞いていない。


「そう。アレを利用するらしい。他の奴らが資金提供を渋るのも無理はないな。解明すら出来ていないものを利用しようとしているんだから」


「すげーな。何がすげーって、その発想が」


「私もそう思った。よくもまあ、あんなものを利用しようと考えたものだ。だが、実際に跳躍現象は確認出来たぞ。映像だけだが」


「マジか」


「マジだ。という訳で、面白そうだから、博士と相談して、もっと見込みがありそうだったら協力することにしたんだ。本格的に実用化出来そうになったら、お爺さまのところに権利移譲をする」


「いいのか? 千兆以上……もといその三倍ぐらいの費用がかかるんだろう?」


「構わない。私がお爺さまから受けた恩を返すには、これでも足りないぐらいだ」


「そうか」


 躊躇いなく応えるマーシャが眩しかった。


 幼い頃に救ってくれた恩。


 今のマーシャ・インヴェルクがあるのは、クラウス・リーゼロックがいてくれたからだと確信している。


 レヴィにも救われたが、彼は一番最初のきっかけだ。


 一番大切なきっかけでもあるが、クラウスのこともかけがえのない恩人としてマーシャの中に位置づけられている。


 それが嬉しかった。


 思いやりの深い大人に成長してくれたことが、少しだけ誇らしかったのだ。


「それに費用はかかるけど、打算が無い訳でもないし」


「ん? どういうことだ?」


「今後のことを考えているだけだよ」


「今後のこと?」


「うん。今後、私達と関わることによって、レヴィもその腕を発揮する機会があるだろう?」


「まあ、そうだろうな。そうじゃなきゃ雇われた意味が無いし」


「うん。私も思う存分発揮して欲しいと思っている。だけどそうすると、目撃者も増える訳だ」


「………………」


「レヴィの腕を見て、かつての『星暴風スターウィンド』を連想する人間も少なくないと思う。昨日の奴みたいに」


「………………」


 ギルバートのことを言っているのだろう。


 レヴィの腕前を見た訳ではないが、その顔を見てレヴィアース・マルグレイトを思い出していた。


 書類上は死んでいるし、個体情報も消した。


 しかし完璧ではない。


 それで万全だとは言えないのだ。


「だから、最終的にはバレてもいいようにするのが目標なんだ」


「いや、バレたら困るんだけど」


「公にするつもりはない。だけど、暗黙の了解ぐらいにはしておきたい」


「どういうことだ?」


「つまり、今のレヴィン・テスタールがレヴィアース・マルグレイトだと気付かれても、手出しを出来ないようにするってことだ」


「……出来るのか?」


 レヴィがエミリオン連合軍に対して握っている情報は、禁忌そのものだ。


 歴史の闇に葬られた所業を経験している、数少ない生き残り。


 生き残りはその実行犯と、指示を出した上層部、そして現場で死を免れたレヴィとオッドのみだ。


 だからこそ、レヴィ達が生きていると知られたら、間違いなく消そうとしてくる。


 都合の悪いことを外部に漏らされては困るからだ。


 相手はエミリオン連合。


 連合であるからこそ、宇宙最強を自負している最大の組織。


 そんな『世界そのもの』に等しい相手に手出しをさせないことなど、本当に可能なのだろうか。


 かつてはエミリオン連合軍の内部に身を置き、その強大さを嫌というほどに理解している。


 だからこそ可能なのだろうかと疑問を抱いてしまうのだ。


「この場合、国力は関係ないんだ」


「え?」


「一つの国であること。そしてそれを各国が認めていること。それが重要なんだ」


「世論が大事って事か?」


「そういうことだな。ロッティはエミリオン連合の中でもかなりの発言力を持つ惑星であり、国だ」


「ああ」


「そしてその影響力を最大化させているのが……」


「リーゼロック?」


「正解。経済力でも軍事力でも、ロッティはリーゼロックの影響を受けている。だからこそ、リーゼロックがロッティそのものだと言える」


「………………」


「さて。そんな国際的な立場の相手に強引なことをして、世論が黙っていると思うかな?」


「いや、しかしそれが革新的な技術である以上、独占は許さないという姿勢は貫いてくると思うぞ」


「もちろん、独占はしない。むしろ高値で売る」


「え?」


「欲しがっているなら売ってやるさ。現物も、そして技術も」


「いや、しかしそれじゃあ利益は奪われるんじゃないか?」


「そんなことはない。だって大本の研究者であるユイ・ハーヴェイはこっちが独占する予定なんだ」


「なるほど……大体理解出来てきたぞ」


「うん。そういうことだな。技術だけ売り渡しても、それを進化させるきっかけをこっちが握っていれば、常に『先を行ける』。つまりその技術に関してはリーゼロックが主導権を握っているということだ。ユイ・ハーヴェイの身柄引き渡しも要求されるかもしれないが、技術はともかくとして、人間の身柄を強引に奪い取ることはいくら何でも外聞が悪すぎる。こちらが情報操作してやれば、強引な手段は取れないだろうさ」


「あくどい……」


「あくどい言うな。れっきとした交渉手段だろうが。とにかく、そうやってリーゼロックが権力を増していけば、その身内である私やレヴィ達には手出しが出来なくなる訳だ。リーゼロックとの関係悪化はエミリオン連合に悪影響を与える。そしてその影響が大きすぎると認識させれば、今後の安全は確保される」


「………………」


 確かにその通りなのだろうが、そう上手くいくだろうか。


 思い通りにならないのは世の常だ。


 いくら予測していても、その予測を覆されるのが現実の厄介なところなのだ。


「上手くいかせるのさ。そうなるように頑張ればいい」


「頑張ってどうにかなるか?」


「どうにかするように頑張れば、結果はちょこっとだけ付いてくる」


「ちょこっとだけでいいのか?」


「いいんだよ。ちょこっとだけでも、満足のいく結果だろうから」


「なるほど」


 いつだって求めるものは些細なものなのだ。


 そしてその些細なものこそが、決定的なものとなる。


 マーシャはいつもそうやってきたのだろう。


 そしてマーシャの求める『本来のもの』が大きすぎる故に、『ちょこっと』だけでもそこそこ満足してしまうということなのだろう。


 その『ちょこっと』の結果がシルバーブラストであり、シオンであり、レヴィ達を仲間にした今の状況であり、千兆もの予算を軽く出せると言い切れる彼女自身であるのなら、随分と恐ろしい『ちょこっと』だが。


 しかしそんなマーシャをレヴィは面白いと思った。


 見ていて飽きない。


 いつまでも見ていたくなる。


 いや、見届けたくなるといった方が正解なのかもしれない。


「まあ、そのあたりのことはマーシャに任せる。俺は結果を楽しませて貰うことにするよ」


「それでいいと思う。でもスターウィンドについてはいろいろ協力して貰うからな」


「?」


 何のことかよく分からず首を傾げるレヴィ。


 マーシャはため息交じりにレヴィを見た。


「操縦者がそんな調子でどうする」


「どうするって言われても。俺に出来ることなんてテストパイロットぐらいのものだぞ。もちろんそれぐらいはいくらでも協力するけど」


「他にもやるべきことがあるだろう」


「?」


「はぁ。本当に分からないのか?」


 呆れ混じりに睨み付けてくるマーシャ。


 そんな目を向けられるといたたまれなくなるので止めて欲しい。


「な、なんだよ」


「要望を出せと言ってるんだ」


「え?」


「あれは私がレヴィの為に造った特別機エクストラワンだけど、私はレヴィの操縦を全て知っている訳じゃないからな。集めたデータを参照にして、出来るだけ操縦しやすいように、やりたいことがやれるようにしてみただけだ」


「いや、十分だと思っているけど? 要望どころか、俺の希望が全部実現してるし」


 特に永久内燃機関バグライトの小型化は凄いと思っている。


 レヴィの得意技であるバスターブレードは、とにかくエネルギー消費が激しいので、通常の戦闘機では出せる回数が限定されていたのだ。


 しかしあのスターウィンドならば、それを気にせず連射出来る。


 戦術の選択肢が圧倒的に違ってくるのだ。


 理想の体現とはまさにあのことだろうと感心しているぐらいなのだが。


「あれは私の想像でしかない。レヴィが実際に操縦してみて、もっとこうなったらいいのに、と思うところはなかったのか?」


「ん? あー、まあ、ちょっといろいろピーキーすぎて操縦しづらいと思う時はあるなぁ」


 しかしそれは致命的なほどではない。


 操縦しづらいと感じるのは、レヴィの常識と機体の性能との摺り合わせが出来ていないからだ。


 つまり、使いこなせていない。


 それをどうにかするのは操縦者である自分の仕事だと考えていた。


 じゃじゃ馬を乗りこなすような気分で望めば、それもまた楽しいと思える。


「そういうことを細かく言って欲しいんだ。そうすれば私が改良出来るし」


「なるほど。確かにそれは俺の怠慢だな」


 操縦者として、機体に対する要望は正直に告げるのが義務でもある。


 マーシャはスターウィンドの開発者として、整備や改良も担当しているので、そのあたりのことを知りたいと思っているのだろう。


「じゃあ今度まとめておくよ。まだ操縦し足りない部分もあるしな。洗い出しはゆっくりやっていこうぜ」


「分かった。それでいい」


 マーシャとしてはもっと要望を出して貰いたいのだろう。


 スターウィンドをレヴィの手足同然のものにすることで、彼女の憧れた『星暴風スターウィンド』の姿に近付いていく。


 その手助けが出来るのかと思うと誇らしい気持ちにもなるのだ。


「私は、レヴィには最強で居て欲しいからな。その為の協力は惜しまないし、レヴィにも努力を惜しんで貰いたくないんだ」


「最強か。また、ハードルが高い要求だな」


「なんだ。出来ないとでも言うつもりか?」


 銀色の瞳がきらりと光る。


 そこにはからかいと、そして挑発的なものが混じっていた。


 出来ない筈がないだろうと。


 私が信じたレヴィが、その程度のことを出来ない筈がないだろうと、そう告げている。


 それに応えられないのは嫌だと思わせる、そんな眼差しだった。


「いいや。マーシャが信じてくれるなら、俺が精一杯頑張る。それだけさ」


「ん」


 その答えを聞いて、満足そうに笑うマーシャ。


 尻尾が出ていたらぱたぱたと揺れていたことだろう。


 それが見られないのが残念だった。


 しかし嬉しそうに笑う顔は可愛い。


 それだけで満足するべきだろう。


 少なくとも今は。

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