第21話 宇宙《ソラ》を見上げる運び屋 5

「おい」


「これをセリオン峠まで運んで貰いたい」


「急ぎか?」


「まあ、出来るだけ早い方がいいけどな。でも一杯飲む時間も惜しいほどじゃないな」


「だったら自分で運べばいいじゃないか」


「そうしたいところなんだが、少しばかり厄介な事情を抱えていてな」


「厄介な事情?」


「この荷物を狙っている輩がいるんだ。セリオン峠まで運ぼうとすると、恐らく追っ手がかかるだろう」


「おい。じゃあのんびりしていたら不味いんじゃないか?」


「もちろん不味い。しかし既に手遅れだ」


「おい。まさか違法荷物じゃないだろうな」


「いいや。法に触れるようなものじゃない。宇宙船のパーツだからな」


「宇宙船のパーツ?」


「ああ。私の持ち船に使う最後のパーツなんだ」


「持ち船って、個人のものだよな?」


「その通りだ」


「どうしてそんなものが狙われる?」


「正確にはその技術が狙われている」


「技術?」


「そう。私の船は特殊な技術が使われていてね。それを狙う輩がいるということだ」


「公表する気は無いのか?」


「無い」


「自分が狙われる羽目になってもか? 命を懸けるほどに大事な技術なのか?」


「何に命を懸けるかというのは本人の価値観の違いだと思うが、少なくとも私は誰かにこの技術を売り渡すつもりはない」


「誰であっても?」


「誰であっても」


「………………」


 どうやら筋金入りの頑固者らしい。


 どのような技術かは分からないが、恐らくは最新技術の類いだろう。


 そうなると狙う組織もかなり大規模なものになる。


 厄介事に巻き込まれるのは嫌だった。


「悪いけど、他を当たってくれ。そんな厄介事に巻き込まれたくはない」


「どうしても嫌か?」


「当たり前だろう。何処の組織に狙われているのかは知らないが、俺を含めても戦闘担当は二人しかいないんだぞ。組織単位で狙われている状況で無事に荷物を運ぶことなんて出来る訳がないだろう」


「腕のいい電脳魔術師サイバーウィズもいるじゃないか。情報を攪乱したりする上では非常に重宝すると思うがな」


「シャンティを戦場に出せっていうのか?」


 どうやらメンバーのことも知られているらしい。


「無理強いはしない。どうしても嫌だというのなら、私一人で運ぶしかないな」


「それが出来るなら最初からやればいいじゃないか」


「言うほど簡単なことではないさ。私一人に出来ることは限られているからな。大人数に負われたら、手段は選んでいられない。爆発物も遠慮無く使用するから、スターリットに少なくはない被害をまき散らすかもしれない」


「……それは脅迫か?」


「いいや。ただの事実だよ。私はここで死ぬつもりは無い。だが、敵も諦めてくれない。だったら生き延びる為に手段を選ばないのは当然だろう。それに、民間人に被害を出すつもりは無いぞ。やるとしたら山間部の移動中だろうな。あいつらも市街地では襲いかかってこない筈だ。極秘任務だろうし」


「任務?」


「ああ。任務という扱いになっている筈だ」


「もしかして、軍に狙われているのか?」


「そういうことだ。エミリオン連合軍第五星系支部の連中さ」


「………………」


 とんでもない奴らに狙われていた。


 セントラル星系第一惑星エミリオン。


 レヴィがかつて所属していたエミリオン連合軍の本拠地だ。


 宇宙の平和維持を目的として結成されているエミリオン連合軍は、連合加盟惑星の支援もあって、かなり大規模な組織となっている。


 セントラル星系だけではなく、各星系にも支部が置かれて、治安維持に努めているのだ。


 そしてマーシャはエミリオン連合軍に狙われているらしい。


「軍に狙われるって事は、やっぱり違法行為を行ったんじゃないか?」


 疑わしそうにマーシャを見るレヴィ。


 マーシャの方は心外そうに頬を膨らませた。


 そういう表情をするとやけに子供っぽい。


 それに、誰かを思い出す。


 黒い髪に、銀色の瞳。


 幼い少女の面影。


 あれは確か……


「失礼だな。私は違法行為なんてしていないぞ。単に軍艦よりも性能のいい船を持っているだけだ。その製造技術もな」


「軍艦よりもって……」


 記憶に浮かび上がってくる面影は途中で消えた。


 とんでもない内容を聞かされたからだ。


 軍が求められるのは治安維持であり、その為には最新鋭の技術が必要になる。


 軍艦はその結晶とも言える代物だ。


 常に最先端の技術が使われている。


 宇宙海賊などとの戦闘も任務に含まれているので、技術の日進月歩は当たり前となっているのだ。


 宇宙船、しかも戦闘能力を持った宇宙船の技術はエミリオンをはじめとした軍に技術が集中するようになっている。


 それを軍とは何の関係も無い一般人が、より優れたものを握っているとなれば、黙ってはいられないだろう。


 狙われるのも当然だった。


「どうしてそんな物騒な技術をあんたが持っているんだ?」


「別に大した理由じゃない。天才的な頭脳の持ち主が私に協力してくれているだけだ」


「天才的な頭脳の持ち主?」


「ああ。広い宇宙の中でもトップクラスの頭脳の持ち主だな。現行の宇宙船の三世代ぐらい先を行く技術をほいほい開発してくれる」


「………………」


 そんなものをほいほい開発されてはたまらないのだが、その口調からして嘘や誇張を言っている感じではない。


 当たり前の事実を気安く口にしているといった感じだった。


「だったらあんたよりもその天才を拉致した方が早いんじゃないか?」


「それはその通りだが、そういう訳にもいかない」


「どういうことだ」


「そいつも訳ありだからな。人前には出られないし、出す訳にはいかない。表向きは私が開発したことになっている技術なんだ」


「……詐欺だな、それ。あんた、開発者じゃなくて操縦者なんだろう?」


「詐欺とは失礼な。一応、私も開発に携わっているぞ。三分の一ぐらいは」


「マジか」


「マジだ。これでも多才なんだ」


「投資家でもあるんだよな?」


「ああ」


「天才って奴か?」


「それほどでもある」


「……謙遜って言葉、知ってるか?」


「知っているぞ。でもそれをすると嫌みになるってことも理解しているつもりだ」


「………………」


 確かにその通りなのだが、ふんぞり返って認められてもやはり嫌みになっていることについてはどう考えているのだろうか。


「どちらにしても嫌みになるのなら、謙遜するだけ損だろう?」


「その通りだな」


 げんなりとするレヴィ。


 確かに謙遜するだけ損だった。


 目の前の美女はかなりの多才で、所謂天才で、人的資源としてはかなりの価値を持っているらしい。


「じゃあそいつらはあんたの身柄も拘束しようとしているのか?」


「いや。それは無いな」


「無いのか? あんたの頭脳だって貴重なんだろう?」


「生け捕りにするには私はあいつらを殺しすぎたから」


「え?」


「ここに来るまでにもかなりの追っ手を殺してきたからな。仲間を殺されすぎた状態で生け捕りにしても、彼らの感情は収まらないだろう。元々技術だけが目的なんだから、私を生かしておく必要はないだろうし」


「どれぐらい、殺したんだ?」


「ざっと二十人ぐらいかな」


「………………」


 さらっと恐ろしいことを言ってくれる。


 しかしさらっと言うからこそそれが事実なのだと理解させられた。


「……俺たちに運びを依頼したのは、戦闘能力もアテにしてのことか?」


「いや。戦闘については私が担当するつもりだ」


「………………」


 そんな華奢な身体でどうにか出来るのかと思ったが、すでに追っ手を二十人も片付けているというのだから、見た目通りではないのだろう。


 そういう部分でも記憶を刺激された。


「……?」


「どうした?」


「いや。何でも無い」


 何かを思い出しそうなのに、なかなか記憶が浮かび上がってこない。


 なんだかすっきりしない感覚だった。


「ただ、荷物の面倒を見ながら戦闘をこなすのは少しばかり面倒だからな。運びに集中してくれる人材が欲しかったんだ」


「なるほどな」


「ついでに、ある程度の荒事でも切り抜けられる運び屋が望ましい。その点でも、条件を満たしているだろう? 少なくともレヴィとオッドならば」


「……オッドのことも素性は調査済みか」


「まあな」


 オッドも含めて利用されるのは面白くない。


 レヴィにとって、彼も護るべき仲間なのだ。


 どちらかというと護られていることの方が多いが、それでもレヴィとしてはエミリオン連合軍などに関わらせたくはない。


「一応訊いておきたいんだが」


「何だ?」


「狙っているのはエミリオン連合軍そのものか? それとも支部の連中の独断か?」


「支部の独断だ。一度は左遷されているらしいが、この手柄で中央に返り咲きたいらしいな。司令官は小物だよ」


「左遷される時点で相当な小物だが、司令官ということは、それなりの地位にあるんだろう?」


「グレアス・ファルコン准将」


「っ!」


「今回私を狙っている司令官の名前だ」

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