#1 女神の謝罪、そして真実

「ここは…?」


 目が覚めるとそこは綺麗な空間だった。 360度キラキラと輝く大小さまざまな星のようなものが淡い黄色や水色、緑色の空間に浮かんでいる。 パステルカラーってやつだっけ?


「確か僕はトラックに跳ねられて…」


 そう、僕は確かに死んだと思う。だって、走馬灯のようなもの見えちゃったし。

 

 とにかくここはなんなんだろうか? 死んだ後に来るものだし、雰囲気的には天国っぽいんだけど。


「こんなポップなカラーした地獄はあって欲しくないけどな」


 苦笑しながらそんなことを言っていると突如空間に変化が起きた。


 この空間に浮かんでいた星々が目の前に集まっていき、先ほどとは比べ物にならないほど輝き始めた。


「なんだなんだ!??」


 眩しすぎて直視するのも困難な星々はどんどん集まっていき、やがて一つの形を持ちはじめた。


 そして、光が収まった頃にそこに現れたのは…




 この世のものとは思えない程美しい女の人だった。




「はじめまして、剣持匠真さん」




 その美女は、呆気にとられている僕に向かって話しかけてきた。 僕の名前を口にして。


 そのまま、その美女はゆっくりと俺に近づいてくる。


 一歩一歩ゆっくりと地面を踏みしめながら歩いてくるその姿を見て、「そもそもこの空間、地面あったんだ」とか、「なんで近づいてくるんだ?!」とか、色々思ったが、美女の持つ形容しがたい雰囲気に呑まれ、なにも口にすることは出来なかった。




 そんなことを考えている内に美女はどんどん近づいてきて




 やがて僕の目の前で止まった。




 そして、1度僕の目を見つめた後、


















「申し訳ありませんでしたーーーーーーっっっ!!!!!!!」















 見たこともないような華麗な土下座をした。








「は?」






 呆気にとられすぎて変な声が出てしまった。 訳がわからない。 なんで僕はこの絶世の美女に土下座をされている?

 

 そもそもこの人とは、会ったこともない。

 

 こんな一度見たら忘れないような美しい人のこと忘れるわけないだろうし……


「とりあえず、頭を上げてくれませんか?」


 何かを言わないと永遠にそのままでいそうなので頭を上げさせた。


 頭を上げた美女はうるうるとした瞳でこちらを見てくる。 なぜだか分からないが、怒られてしゅんとした子犬が見てくるような感じがするな。


「えーっと、たくさん聞きたいことがあるんだけど聞いても大丈夫かな?」

「はい…、私が答えられることだったらなんでもお答えします。 時間もいくらでもあるので気にせず質問してください」


 美女は申し訳なさそうにしながらはっきりと答えてくれる。 良かった、一応、会話にはなりそうだな。


「まずは自分のことなんだけど、僕は死んだのかな? 確か僕は女の子を助けようとしてトラックに跳ねられた気がするんだけど…」

「はい。 匠真さんはトラックに跳ねられ、命を失いました。 本当に申し訳ありません…」


 なぜか謝る美女。


「そう、それ! なんで僕はあなたに謝られてるんだろう? さっき初めて会っていきなり土下座で謝られても正直よく分かっていないんだけど?」

「そうですね、まずはその事について説明しましょう。その前に私の立場をお伝えしておきます」


 この美女の立場? なんだろうか?


「私は運命を司る女神フォルティと申します」

「はい??」


 女神???


 確かにこの世のものとは思えない程、綺麗な人ではあるが………女神?


「女神……ですか??」

「はい! 女神です」


 いや、そんな女神のような笑顔で肯定されても…。


 あ、女神なんだっけ。


「それで、女神様がなんでいきなり僕に謝っているんですか?」

「女神様なんて…、やめてください…、私はあなたに酷い思いをさせた駄神です。 敬語も必要ありません…」


 話が進まないんだが……。それに駄神て。 笑ったり落ち込んだり忙しい人だな……、人じゃなくて神か。


「分かったよ、フォルティ。 これでいい?」

「はい!」


「それで? なんで謝ってたの?」

「そうですね……、匠真さんは自分が不幸だと思ったことはありませんか?」


 それなら嫌という程ある。


 日常生活で怪我したり、道を歩いているだけでトラブルに巻き込まれたことなんて数えきれない程ある。


「心当たりは沢山ありすぎるかな」

「ですよね……、私が謝りたいのはそこなんです」

「どういうこと?」

「実は……、匠真さんが不幸なのは私のせいなんです」


 ん? よく分からなくなってきたぞ?


 僕の不幸と目の前の女神フォルティに何の関係があるんだ?


「最初に言った通り、私は運命を司る女神です。 そして、そして、匠真さんが生きていた世界の人々の運命を管理する者でもあります」

「世界の人々って…、全ての人を管理しているってこと?」

「はい、その通りです。 ちなみに私が管理しているのは匠真さんが生きていた世界以外にも沢山ありますよ?」

 

 なんかスケール大きすぎて実感が湧かないな。 そういうことはラノベや空想の中の話かと思ってたんだけど。


「匠真さんがあここまで不幸であることは本来本当だったらあり得ないことなんです。 本来、人間の幸運値は生涯で一定であり、前世に犯罪歴や人格に問題があったりした人間以外はそれなりの幸運値を持っているはずなんです」

「そういうものなの?」

「少なくとも私が管理している世界はそういった形式でやっています。」


 幸運を操作出来るのか…、とんでもないな。 急に神って言われて思考が追いついていなかったけど、嘘ついているようには見えない。


 とりあえず、話の続きを聞くことにする。


「それで、ここからが匠真さんをお呼びした理由なんですが、世界を管理するというのはとても大変なので、私のような管理する立場にある神たちの負担を減らすために神位の低い神……、我々は三等神と呼んでいるのですが、その者たちに基本的な管理を任せ、私はそれらの帳尻を合わせるという形で共に管理しているんです」


ふーん、会社の社長と社員の関係みたいなものかな? 働いたことないから詳しくはわからないけど。


「匠真さんのいた世界にも、もちろん管理している神がいました。 しかし、匠真さんが生まれる少し前に前任の管理者の神位が上がって担当が新しく三等神に上がったばかりの新神に変わったんです。 神位を上げるためには、世界をしっかりと管理していれば数千年、遅くとも一万年もすれば二等神にはなることができます」

「……桁が違いすぎて想像つかないんだけど」

「一万年超えると早いものですよ?」


 年齢を聞こうと思ったが、やめておこう。 女の人(神)だしね。 その辺の価値観が僕らと同じかは分からないけど。


「その後任としてきた新神なんですけど、早いところ神位を上げようとしたようで、よりよい世界を作るために、世を引っ張っていく素質がある人間と、他の人と比べて、多くの幸運値を持っている人間を神の力を使って探しだし、その幸運を丸ごと移し替えたんです……」

「その幸運を沢山持っていた人間って……」

「はい……、匠真さんのことです……」


 フォルティは申し訳なさを顔の全面に出してそう告げる。


 ……なるほど、だからフォルティはいきなり誤ってきたのか。


 それにしても、幸運が奪われていたのか。 それを聞くと今までの不幸は納得できるな。


 ん…? 待てよ…?


「フォルティ? 何点か聞きたいんだけど」

「はい、何でも聞いてください!」

「幸運が奪われたのって僕が生まれた直後ってことで大丈夫?」

「えーっと、はい、そうですね。匠真さんが生まれてすぐ幸運が奪われたみたいです。」

「それで幸運がないままずっと生きてきた?」

「はい…、トラックにひかれて亡くなったことも少なからず影響があったと思います。」



 今の質問の答えを聞いて少し確信が深まった。



 僕が一番聞きたいことについての確信が。



「これが一番疑問に思ったことなんだけど」






















「父さんと母さんが死んだのって僕のせいかな?」

























 その質問を聞いた瞬間、フォルティの顔が明らかに歪んだ。 まるで、それが答えですと言わんばかりに。


「……そっか」

「………………はい」


 消え入りそうな声でフォルティが肯定する。


 両親が死んだのが僕のせいだと分かった途端、言い表し様のない感情が頭の中を駆け巡った。 自分に対する怒りや悲しみ、両親に対する申し訳なさ、その他様々な醜い感情が浮かんでは頭の中を滅茶苦茶にかき回す。


 俺みたいな存在が生きていてよかったのか?


 そこにいるだけで自分はともかく周りにも不幸を振りまく存在が。


 僕のせいで両親が死んだのならばいっそのこと僕なんて……………………。





「……優しいんですね、匠真さんは」


 静かな、それでいて優しい声色でフォルティが声をかけてくる。


 優しい? 僕が? こんな醜い感情に支配されている僕のどこに優しさなんて感じられたんだろう。


「私が匠真さんに匠真さんが死んだ原因が自分自身の不幸によるものだと告げたとき、どこか諦めというか仕方のないことで後悔はなさそうでした。 しかし、自分の不幸のせいで自分の周りの人が不幸になったことを聞いた途端、ものすごくお怒りになりましたよね」

「……顔に出てた?」

「はい、それはもう……、ちょっと怖いくらいでした」

「……すみませんでした」


 思わず丁寧な口調になってしまった。 怖がらせるつもりはなかったんだけどな。


「いえいえ、いいんです。 その怒りはもっともだと思います。本当のこと言うと罵ったりなんなら殴られたりっていうのを覚悟していました。」

「……そんなことしないよ」

「されませんでしたね。それを含めて優しいと感じたんです」


初対面の美女を殴れる男などそうそういないと思うのだが。

けど、フォルティのおかげで少し落ち着くことができた。


「……落ち着きましたか?」

「うん、ありがとう、フォルティ」

「いえいえ。 それで、これからのことに関して匠真さんにいくつか提案があります。 一つ目は匠真さんが望むのならばなんですけど」



フォルティは僕の目をまっすぐ見つめて、



「両親に会って話をしませんか?」



とんでもない提案をしてきた。



「……そんなことができるの?」


 フォルティの提案を聞き、しばし唖然としていたが、なんとか思考が戻ってきた。


「本来、そのようなことは出来ないのですが、今回は神側の不手際によって、匠真さんは被害を受けたということで、他の神にも相談、協力してもらって限られた時間、匠真さんの時間感覚でいうと1時間程ですが話すことが可能です」

「1時間か…、長いような短いような時間だね」

「これでもかなり頑張ったんですよ? 匠真さんの両親の魂を自我と記憶を保ったまま、さらに話せるように固定するには私と同等の立場の神の協力が必要で、今回の件を話したところ個人的な友人でもあったので引き受けてくれたんです。 その子曰く、それ以上魂に手を加えちゃうと今後の転生に支障が出てしまうので、1時間が限度なんだそうです。」


 そう言われると納得するしかない。

 1時間でも会えることを感謝しないとな。

 そういえば……、さっきから気になっていたんだけど……


「フォルティって今までの話を聞いた感じだと結構位の高い神だよね? 一番偉いってなると一等神とかなの?」

「いえ? 私は一等神ではないですよ?」

「あれ? そうなの? 管理してるって言ってるから一等神かと思ったんだけど、違うんだ?」

「はい。 私は一等神ではなくて最高神ですよ」

「へ?」

「位でいうと一等神の上になりますね。 同等の立場の神は現在は数神しかおりません」


 …………なんてこった。

 予想の斜め上すぎる回答が返ってきた。


「最高神って……、そんな立場の神が僕なんかに土下座なんかしちゃって良かったの?」

「んー、良くはないかもしれませんねー、見られてたら下の位の神々に笑われたりされそうです」

「いやいや! そんな呑気に話してて大丈夫なの!?」

「いいんです。 匠真さんが不幸になってしまったのは私達に責任があるのですから、ここで誠意を見せて謝らなかったら、同じ最高神の友人に笑われてしまいます」

「うーん、分かった……、謝罪は受け入れるよ。 だからもう土下座とかはやめてね。 最高神から土下座されるとか心臓に悪すぎるよ」

「分かりました。 ありがとうございます。 それで……、どうしますか? 両親との件、考えはまとまりましたか?」


 フォルティが最高神だったっていう衝撃の真実を聞いて思考がそっちに引っ張られていたが、話の主旨を思い出す。


 だが、僕の答えは話を聞いたときから決まっている。


 トラックに跳ねられた時、思っていたことを実行出来る思いがけないチャンスをわざわざふいにする訳にはいかない。


「会えるのならば、会わせてほしい。 会って伝えたいこと、聞きたいことが沢山あるんだ」

「分かりました。 では、こちらに来てください」


 フォルティの近くにいくと、フォルティが両手をつなぐよう促してくる。


 ……ちょっとドキドキしてしまったのは許して欲しい。


「では、匠真さんのお父様とお母様が待っている空間に飛びます。 私はそこに着いた瞬間、離脱するので私のことは気にせずお話してください。 時間になったらまた迎えにいくので待っていてください」


 そう言うとフォルティは目を閉じ、少し集中し始める。


 そしてフォルティが再び目を開いた時、今までいた空間は光に包まれていった……

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