第6話,邂逅

一週間後の日曜日に綾子は寛子のアトリエに出掛けた

綾子が知っている東京の町並みは長屋が密集した住宅街

だけどこの周りは閑静な一軒家が並んでいる

お金持ちしか住めない土地


(なんか、これだけでも圧倒される)


寛子の家は自宅兼アトリエの一軒家、立派な日本家屋

いくら稼げばこういう家に住めるのだろうか

全てキャバレーバイトで稼いで自分で建てた寛子の城

屋根の鬼瓦が奇抜、本当に鬼の顔にしか見えない

なにか睨まれているような感じがする


(ひんやりしている)


綾子の身体が途端に反応した

鳥肌が立つ

この空気は他の家とは明らかに違う

入る前から後悔してきた

ここは異世界の入り口


(帰ろう)


その時に寛子が玄関から出てきた

満面の笑顔で迎えにきた

「おはよう、早く入ってきて」


通された部屋は油絵の匂いがする殺風景なアトリエ

そこには絵を描く空間しか存在しない

余計な装飾は一切ない

寛子は美人、それとのギャップが妖艶さを際立たせる



「珈琲入れてくるからちょっと待っててね」

綾子はひとりにされたので、あらためてアトリエを見た

大きなキャンパスには描きかけの絵がある

不思議な絵

引き込まれそうな深緑の森林

そこには川があり大きな石が左画面にある

その横には少女が立っている

画面の大部分は勢いよく流れる水

水の色は青よりも緑が強い

モチーフは牧歌的なのに、それに反して風景の色は夕暮れの色

いったい寛子はこの絵で何を表現したいんだろ

それでも不思議なこの絵は引き込まれる憂鬱さがある


「お待たせ」


寛子が珈琲を持ってアトリエに戻ってきた

今、彼氏がいるのか

どこに遊びに行きたいのか

という他愛もない女子会話が始まった

そのうち、綾子はなぜ寛子が自分を美術モデルとしてスカウトしたのか聞いてみた

自分に自信のない綾子としてはとても違和感があった申し出だったからだ

「綾子が昔の自分みたいだったので絵に残したかったから」、綾子は驚愕した

自分は寛子みたいに美人じゃないと抗議した

寛子は素直に外見よりも内面に郷愁を感じたと白状した。

綾子が苦しそうに見えるから

それは昔、自分も経験した苦しさだと云った


「私病気なのよ、日本では認知されてないんだけどさ」


寛子の父親は内科の開業医している

父親から見ても娘の状態が他の子供とは違うことに気付いていた

寛子の子供の時から抱えてきた世間と違う違和感

成長するに連れて押しつぶされそうになる不安感

今では寛解期になり安定が続いている状態

両親から世間に合わせなくていいから

好きなように生きなさいと云われて

好きな芸術の大学にも行かせて貰え経済的援助も充分にしてくれた


私は好きなように生きることで心が解放された


「綾子、私は貴女を見ていたら昔の自分を見ているような気がしてほっとけなかったのよ」


綾子は寛子の真摯な眼差しに心を打たれポツポツと自分のことを話し始めた

まさに寛子の推測通りであった

綾子の今までの16年間の人生

生きずらさとの格闘であったこと

人と会話していても話しに集中できない

人との関わり方が解らない

どう笑えばいいのかも解らない

東京での生活は給料が安くて苦しい

息苦しい田舎から逃げる為に東京に来たけど将来の見通しが全く立たない

自分はこれからどう生きていけばいいのか全く分からない

子供の時から毎日、幻聴が聞こえてきて

それが綾子を苦しめる


綾子は寛子と話しをしているうちに涙がぼろぼろ出てきた

「帰りたい、もう疲れた、帰りたいよ」

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