知識の探求者

「ねえ、さっきの虹のアーチ、すっごく綺麗だったけどあれってどうやったの?」

 神殿前の庭に出てきたレイが、第四部隊の兵士達と一緒に整列していたマークとキムの姿を見つけて駆け寄って来る。

 彼の姿に気づいて揃って直立して敬礼する第四部隊の兵士達を見て、レイは慌てて立ち止まって敬礼を返した。

「どうか楽にしてください」

 レイの言葉に、一同が敬礼を解く。

 しかし、マークが何か言う前にレイルズの背後から近寄って来た人物に気づいた第四部隊の兵士達が、またしても揃って直立して敬礼した。

 驚いたレイが振り返ると、そこには笑顔のロベリオと、見事な花嫁衣装の上からあの刺繍を施した花嫁の為の肩掛けをしたフェリシアの二人が立っていたのだ。

「おめでとうございます! すっごく素敵なドレスで、僕、見惚れてしまいました!」

 満面の笑みでそう言うレイに、フェリシアが嬉しそうに笑顔になる。第四部隊の兵士達も、間近で見た花嫁衣装の見事さと、花嫁様の笑顔の美しさに言葉もなく見惚れていた。

「ありがとうね。レイルズ様も花びら撒きご苦労様。素敵な花びらの雨だったわ」

「シルフ達が、大喜びで協力してくれましたから」

 笑顔のレイの言葉に、ロベリオも嬉しそうに笑っている。

「ところで第四部隊の諸君、見事な虹のアーチの演出、素晴らしかったよ。本当にありがとう。初めて見る技だったけれども、もしやあれも合成魔法なのかい?」

 興味津々のロベリオの言葉に、振り返ったレイもすごい勢いで頷く。

「そうそれ! 僕も今聞こうと思ってたの。確かに、初めて見る技だったよね」

 二人の言葉に頷いたマークとキムが直立する。

「ハリー上等兵、前へ!」

 キムの声に、一人の若い兵士が一歩前に進み出て改めて敬礼した。

「彼はハリー上等兵。まだ十九歳ですが風と水の精霊魔法をよく使いこなします。今回の虹を出す技は、合成魔法の講義の実技の訓練中に彼が発見した新しい合成魔法です」

「成る程、水と風の合成魔法なわけか」

 ロベリオが納得したように頷く。

「はい、その通りであります。ウィンディーネ達が出した手のひらの上の水を、シルフ達が送る風に合わせて細かな霧状に変化させて飛ばします。そうすれば光の屈折を利用してその場に虹が現れます」

「綺麗だし、こう言ったお祝いの席なんかで喜ばれそうだね。だけど、それだと太陽の光がある時間にした使えないね」

「我々も訓練を始めた当初は屋外の太陽光がある時にしか出来ないと考えていたのです、ところが光の精霊魔法でごく弱い光を横から当てる事で、室内や太陽が無い時間帯でも虹を出せるようになりました」

「へえ、精霊魔法の光でも、太陽と同じように虹が出るんだ」

 マークとキムが口々に説明する新しい合成魔法の技にロベリオとレイは身を乗り出すようにして聞いていたのだった。



 フェリシアが笑う声に我に返ったロベリオとレイが、揃って慌てたように口をつぐむ。

「ああ、失礼しました」

 焦るレイの言葉にもう一度笑ったフェリシアは手袋をした手で口元を覆いつつ、もう片方の手でロベリオの腕に縋る。

「私を置き去りにして〜!って、普通の女性なら怒って叫ぶところだろうけれどね。私は怒っていないからどうかお気になさらず。それにしても、今の話は非常に興味深いですね。合成魔法にこのような表現方法があったなんて初めて知りました」

 精霊魔法は扱えないのに、嬉々として目を輝かせるフェリシアに、ロベリオは苦笑いしている。

「彼女は、自分が知らない事を見たり聞いたりすると、俺と同じく好奇心の塊みたいになるからね。だけどフェリシア、君は精霊魔法を扱えないんだから、合成魔法の説明を聞いても理解不能だと思うけどなあ」

「今は確かにそうだけれど、もしかしたら明日から精霊魔法が使えるようになるかもしれないでしょう? 知識はいくらあっても邪魔にはならないんだから、自分が知らない事は何であれ勉強する価値はあるわ。合成魔法の第一人者から直接話を聞けるなんて貴重な機会なんですから」

 先程のロベリオのように身を乗り出すフェリシアを見て、マーク達は戸惑うように顔を見合わせた後、一つ深呼吸をしてから簡単な合成魔法の基礎を説明したのだった。




「おいおい、花嫁相手にこんなところで何の講義をしてるんだよ」

 笑ったカウリがそう言ってマークの後ろから彼の肩越しに覗き込んでくる。

「大丈夫ですわ、カウリ様。私がお願いして合成魔法に関するお話を聞かせていただいてるのよ」

 にっこりと笑ったフェリシアの言葉に、一瞬目を瞬いたカウリは嬉しそうに笑った。

「ほお、そりゃあ素晴らしい。さすがは知識の探求者の二つ名をお持ちの方だけの事はある。結婚式当日であっても、新しい知識を得る機会は逃しませんか」

「知識の探求者?」

 横で一緒に聞いていたレイが、不思議そうにカウリを見る。

「そうさ。フェリシア様がオルベラートの大学在学中に、教授達から付けられた二つ名なんだってさ。とにかく自分の知らない事は、何であれ貪欲に知識を吸収し、解らない事は徹底的に気が済むまで調べまくってたらしい」

「へえ、すごいですねえ。でも、知識はいくらあっても邪魔にならないのは本当にそうですよね」

 嬉しそうなレイの言葉に、フェリシア様も照れたように笑っている。

「しかし、カウリはよくそんなこと知っていたね」

 無邪気なレイの呟きに、小さく笑ったカウリは肩を竦めた。

「少し前に一緒に飲んだルークの知り合いから聞いたんだよ。フェリシア様とサスキア様の武勇伝を色々と聞かせていただきましたよ」

 からかうようなカウリの言葉にロベリオが堪える間も無く吹き出し、続いてフェリシアも我慢出来ずに吹き出す。

「まあまあ、カウリ様には厳重に口止めしておくようにお願いしておかないと。それから、その一緒に飲んだ方が誰なのか、後ほど詳しくお聞かせいただけますかしら?」

 にんまりと笑ったフェリシアの言葉に、今度はカウリとロベリオが同時に吹き出し、その場は笑いに包まれたのだった。

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