キスと花びらと虹のアーチ

「精霊王に感謝と祝福を」

 ロベリオとフェリシアの二人の声が重なる。

 参列者達からの大きな拍手が静かになったところで、開いたままだった扉から二人の子供が二振りの短剣を捧げ持ってゆっくりと入ってきた。

 ヴォルクス伯爵家の双子の兄妹であるマシューとソフィアナの二人だ。

 カウリの結婚式で短剣の運び役を務め、またアルス皇子とティア妃殿下のご成婚の際にも同じく短剣を運ぶ大役を果たした二人が、今回もその役目を担っていた。

 珍しい男女の双子である二人は、実は貴族の結婚式でこの短剣を運ぶ役目をお願いされる事は珍しくないのだ。しかし、今回は子供達の方から是非やりたいと希望してロベリオにアルジェント卿を通じて連絡を取っている。この役目を彼らにお願いするつもりだったロベリオ達は、もちろん大喜びでその役目をお願いしたのだった。



 二人が捧げ持つその二振りの短剣には豪奢な金細工が施されていて、柄の部分には銀線が幾重にも重なるように入った大きなオニキスが、そして鞘の真ん中部分には真っ赤なルビーが嵌め込まれていた。

 その見事な細工に、あちらこちらから感心するようなため息が聞こえた。

 それぞれに短剣を右手で受け取り、二人が祭壇の前で向かい合う。

 そしてお互いに向かってその短剣の柄の部分を差し出した。



「我、ここに宣誓する」

「今よりこの命は我一人のものではなく、お互いが半分ずつを持ち合い、守り、慈しみ、この生涯をかけて守り育てる事を誓います」



 真剣な二人の声が綺麗に揃ってそう宣言する。

 それからロベリオが自分が持つ短剣を、フェリシアの胸元に作られた短剣の為の場所にそっと差し込む。

 続いて軽く膝を折ったフェリシアが差し出す短剣をロベリオが受け取り、自分の剣帯の金具にゆっくりと装着した。

「へえ、それなりに格好はついてるじゃないか」

「全くだ。失敗したらからかってやろうと思って楽しみにしていたのに、今のところ残念ながら完璧だなあ」

 沸き上がる拍手の中、マイリーの小さな呟きにルークが苦笑いしながらそう応え、それが聞こえていた竜騎士達は揃って吹き出しかけて誤魔化すように揃って咳払いをして、何事かと密かに周りの注目を集めていたのだった。



「さて、このあとは、この式一番のお楽しみの誓いのキスだぞ」

 笑ったカウリの呟きに、レイとティミーが揃って真っ赤になる。

「ここからは、お子ちゃま達には若干刺激がきついと思うんだけどなあ。まあレイルズ君は彼女がいるから大丈夫かな?」

 にんまりと笑ったユージンの声に、レイが目を瞬く。

 意味が分からず不思議そうにティミーと目を見交わしあって揃って首を傾げてから、祭壇の前で向かい合う二人を黙って見ていた。




「では、ヴェールを上げて精霊王の御前で誓いのキスを」

 大僧正の声に、軽く息を吸ったロベリオがゆっくりと手を伸ばしてフェリシアの顔を覆っていたヴェールを上げていく。

 そのまま後ろに上げたヴェールを回してから手を離して背筋を伸ばす。



 ようやく二人の間を遮るものが無くなり、二人が互いを見つめ合う。



 そのままロベリオがゆっくりとフェリシアの顔に自分の顔を近付け……。

 次の瞬間、お互いに向かってすがる様に手を伸ばし合った二人はお互いを力一杯抱きしめた。

 レイ達が座っている席の後方から、それと同時に囃し立てるような口笛の音や笑い声が聞こえ、遅れてほとんどの参列者達が揃って笑い出して、場内は大きな拍手に包まれた。

 抱き合ったままで顔を上げた二人は、貪るようにしてかなり濃厚な恋人同士の熱いキスを、まるで見せつけるみたいにじっくりと交わしたのだった。

 それを見てあちこちから甲高い女性の悲鳴のような笑い声や、揶揄う声が聞こえ、場内は大爆笑になったのだった。




「あはは、ロベリオ最高!」

 手を叩きながら大喜びで拍手をしているレイと違い、同じく笑って拍手をしつつ、耳まで真っ赤になっているティミーだった。

 まだ初恋も知らないティミーには、確かにこれはかなり刺激の強い光景だったみたいだ。




 カウリの時も、それからアルス皇子の時も、この後にレイは会場を抜け出して外に出る二人の為に花びらを撒く役目を務めていたのだが、今回はしなくても良いのだろうか?

 拍手をしながら不思議に思っていると、ティミーが立ち上がって当然のようにレイの腕を引いた。

「ほら、そろそろ行かないと花びらが無くなっちゃいますよ」

 笑顔のティミーの言葉に、笑ったレイも立ち上がる。

 執事の案内でそのまま壁沿いに小走りに走って礼拝堂の外に出ると、そこには見慣れた第四部隊と第二部隊の兵士達が大勢待ち構えていた。

 皆、第一級礼装に身を包み、直立して扉の左右に整列している。

 そしてその後ろには女神の神殿の巫女達の姿もある。

 ジャスミンは、今日はご両親と一緒に華やかなドレスを着て貴族達の席で参列していたのだが、アルジェント卿の孫達やライナやハーネイをはじめ大勢の子供達と一緒に出て来ていて、彼女も扉の周りに花びらの入ったカゴを手にして満面の笑みで並んでいた。

「レイルズ様。早くしないともう花びらのカゴが無くなりますよ!」

 レイとティミーに気付いたマシューが手を振ってそう言ってくれる。

「ええ、待ってよ、それは悲しいって!」

 慌てて駆け寄り、なんとか山盛りの花びらが入ったカゴを貰う事が出来た。



 初めて見る大勢の知らない子供達は、レイとティミーを見て皆目を輝かせて笑顔で手を振ってくれた。

「あちらにいらっしゃるのは、ロベリオ様のお兄様達のところの子供達ですね。反対側にいるのは、ちょっと僕も初めて会いましたが、おそらくフェリシア様のお身内の方の子供達だと思いますね」

「ああ、そうなんだね。甥っ子や姪っ子がたくさんいるって聞いていたからきっとその子達だね」

 手を振り返しながら笑って頷き合ったところで、一気に歓声が上がる。



 開いたままだった扉から、手を取り合ったロベリオとフェリシアが並んで出て来たのだ。



 レイとティミーは、手にしていた花びらを思いっきり掴んで上に向かって投げた。

「お願いシルフ!」

 レイの声に、心得ているシルフ達が一斉につむじ風を起こして花びらを舞い上がらせる。

 進み出て来た二人に向かって、レイもティミーも子供達と一緒になって必死になって花びらを撒き散らした。

 歓声を上げた子供達もそれぞれに花びらを撒き散らかし、シルフ達が起こした風に巻き上げられた花びら達は、二人の頭上に花びらの雨となってゆっくりといつまでも降り注いでいたのだった。



 そして、自分達の前へ進み出てきたロベリオ達に、第四部隊の最前列にいた兵士達が揃って右手を差し出した。

 するとその差し出された手から、ウィンディーネ達が現れ、突然大きな虹が現れて二人の前に虹のアーチの列を作り出して見せたのだ。

 虹の反対側は地面につく前に薄く揺らいで消えてしまっているが、目の前に突然現れた虹のアーチの列を見てロベリオとフェリシアが歓声を上げる。

 それを見て、集まって来ていた場内に入れなかった人たちも一斉に歓声を上げて大きく拍手を贈った。

 レイ達も大喜びでその不思議な光景に見入り、女神の巫女達もそれを見て大喜びで拍手をしていたのだった。

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