寝坊した朝

『寝てるね』

『寝てるね』

『起こすの?』

『起こすの?』

『今日は起きない』

『起きない起きない』

『そうなの?』

『そうなの〜〜〜!』


 枕に抱きついてぐっすりと眠っているレイの頭の上では、せっせと赤毛を三つ編みにして言いたシルフ達が、そろそろいつもの時間になったのに気付いて、顔を見合わせて楽しそうに話し始めた。

『ああ、そうだぞ。今日はお休みだからゆっくり眠らせてやってくれ』

 笑ったブルーのシルフの言葉に頷いたシルフ達は、一斉に三つ編みや髪の毛での遊びを再開した。

 レイの髪は、いつも以上に豪快に絡まり合い、三つ編み同士が結び合わされていてそれはもう大変な事になっている。

 いっそ左右のこめかみの三つ編みだけが綺麗に結われてそのままになっているのが不自然に見えるくらいに、それはそれは大変な状態になっていたのだった。

 しかしブルーのシルフはそんなレイを見て嬉しそうに笑うと、胸元に潜り込んで一緒に眠るふりを始めた。

 それを見て、何人かのシルフ達が同じようにレイの胸元や袖口、それから髪の毛の隙間に潜り込んで真似をして眠る振りを始めた。

 すっかり明るくなった外は良いお天気だったが、カーテンを閉めた部屋の中はまだ薄暗く、枕に抱きついて気持ちよく熟睡するレイの寝息だけが聞こえていたのだった。




 昼前頃、ようやく目を覚ましたレイは大きな欠伸と共にベッドから起き上がった。

「ええと、もしかしてすごく寝坊したみたいだね」

 照れたように笑うレイに、笑ったブルーのシルフがそっとキスを贈る。

『おはよう。まあせっかくのお休みなのだからゆっくりすれば良い。其方の従卒も隣の部屋でゆっくりしているぞ』

 からかうようなその言葉に、レイは笑ってもう一度ベッドに寝転がった。

「そっか、僕がお休みなら、ラスティもお仕事が減るんだね。じゃあもう少し寝ようっと」

 また枕に抱きつきそう言うと、もう一度大きな欠伸をして目を閉じてしまった。


『お休みなの』

『お休みなの』

『お昼だけどお休みなの〜〜!』


 笑ったシルフ達が、またレイと一緒に眠るふりを始める。

 それを見て笑ったブルーのシルフも、またレイの胸元に潜り込んで行った。

『そうだな。お休みはこうでなくてはならんよな』

 昨日のレイの様子を思い出したブルーのシルフはそう呟いて起き上がると、少し口を開けて無防備に眠るレイを愛おしげにいつまでも見つめ続けていた。




 午後の一点鐘の鐘の音に目を覚ましたレイは、また大きな欠伸をしてから両腕を伸ばして力一杯伸びをした。

「ううん、お腹が空いたよ。もう起きようっと」

 腹筋だけで起き上がったレイは、そのままベッドから降りて窓辺へ向かう。

「今日も良いお天気だね」

 カーテンを開き窓を開ける。爽やかな風が部屋に吹き込んでくる。見上げた夏の雲一つ無い青空が綺麗だ。

「うわあ、暑そう。じゃあまずは顔を洗って来よう」

 そう呟いて窓を開けたまま洗面所へ向かおうとして立ち止まる。黙って包帯が巻かれた親指を見てため息を吐く。

「そっか、これを解いてもらわないと顔も洗えないね」

 その時、ノックの音がしてラスティが顔を出した。

「おはようございます。そろそろお目覚めですか?」

「おはようございます。ええとお腹が空いて目が覚めました」

「そうですね、ではハン先生をお呼びしますので、ベッドでお待ちください」

 そう言われて、寝巻きのままのレイは素直にベッドに座った。

「もうじっとしてると痛く無いんだけどね。そろそろ朝練にも参加したいよ。体が硬くなっちゃいそうだ」

 そう言って大きく腕を伸ばし、ゆっくりと柔軟体操を始めた。




「ううん、やはり傷の治りは予想よりもかなり悪いですね」

 包帯を解いて傷口を洗ってくれたハン先生は、指先の怪我を見て困ったように眉を寄せた。

 出血こそ止まっているものの、まだ傷口自体はほとんど塞がっておらず、痛々しいくらいにぱっくりと開いている。

「以前は、完全に塞がるまでひと月近くかかったんだよ。タキスが、最後は相当強い薬を使ったって後で教えてくれた」

「ああ、それはそうでしょうね。竜の鱗など普通の人は手に入りませんから、それで竜の主の怪我を治そうとすれば、相当強い薬を大量に使わないと駄目でしょうね。当然、体には良いわけありませんけれどね」

 以前タキスから、薬とは一歩扱いを間違えれば体に有害なのだと聞いたことを思い出し、眉を寄せて自分の指先を見た。

「このお薬って、あの竜の剥がれた鱗を使っている薬なんですか?」

「ええ、そうですよ。さすがにあの紅金剛石は使っていませんが、この薬も市場に出せばとんでも無い値段がつく薬ですね」

 そう言って苦笑いしたハン先生は、持ってきていた鞄から大きめの瓶を取り出して見せてくれた。

 白い軟膏のそれは、竜の鱗をごく細かく砕いてすりつぶしたものに何種類もの薬草を同じく砕いて混ぜて、塗り薬用に精製された植物油と一緒に練り合わせたものだと教えてもらった。

「まあ作るのに少々手間はかかりますが、竜騎士に効く貴重なお薬の一つですからね。小さな切り傷や打ち身程度ならほぼこれ一つで治療出来ますよ」

「いつもお世話になっております」

 両手でその瓶を捧げるようにして持ったレイは、大真面目にそう言って深々と頭を下げた。

「まあ、どんなに気を付けていても怪我をする時はしますからね。お怪我をなさる事そのものについては責めは致しませんが、とにかくその後の治療はしっかりと受けてください。特に武器を持つ右手の怪我は、完治するまで注意が必要です」

 真顔のハン先生にそう言われて、こちらも真顔で頷くレイだった。



「では、もう出血は止まっていますからね。待っていますから先に顔を洗ってきてください。手当はそれからにしましょう」

 水を使っても良いように包帯だけをきつめに指先に巻いてくれ、ハン先生にそう言われたレイは元気に返事をして立ち上がった。

 そして洗面所へ行った途端に鏡に映った自分の頭を見て悲鳴を上げた。



「ええ、何この頭! いつもより酷いよ!」



 その、部屋に響き渡るあまりにも情けないレイの悲鳴に、ハン先生とラスティは我慢出来ずに揃って吹き出したのだった。

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