歌と演奏の始まり

「じゃあ、ルークも一緒に演奏してくれるんですか!」

 舞台に、ルークとレイの為の椅子が並ぶのを見て、衝立の裏で竪琴を手に控えていたレイは、目を輝かせて後ろにいるルークを振り返った。

「おう、さすがにあれだけの曲を一人で演奏するのはちょっと無理だろうからさ」

 笑ったルークと一緒に準備が出来た舞台に上がる。

 誰が出てきたのかに気付いた人達が舞台に注目し始め、騒めいていた会場が一気に静かになる。

 揃って深々を一礼した二人は、それぞれの席についた。

 ルークの前には小さな台が置かれていて、すでにハンマーダルシマーが置かれている。

 座ったルークと向かい合うように反対側に置かれた椅子に座ったレイは、小さく深呼吸をして持っていた竪琴を構え直した。

 ルークの合図で二人同時に弾き始める。



 最初の曲は歌はなく演奏のみ。曲は、風のまにまに。



 吹き寄せる風に身を任せて飛ぶ鳥達を表現したとされる曲で、流れるような音の連なりと、時折鳥の鳴き声を表す転がるような和音が重なる。これは弦楽器の為の曲で、竪琴やハンマーダルシマーだけでなく、ヴィオラやセロなど多くの弦楽器で演奏される曲だ。

 ただ、一気に音が飛ぶ箇所が数箇所あり、初心者には難しい曲だが、舞台に上がった二人にとっては簡単な曲だ。

 竪琴を習い始めてしばらくした頃に習った曲だが、最初の頃は音が飛ぶ箇所になる度につっかえてしまい、先生役の楽団員の方から何度も注意を受けた覚えがある。

 だけど覚えてしまえばとても良い曲で、気に入ったレイは部屋で時々勝手に弾いたりもしていた曲でもある。

 一人で弾くよりも重厚な曲に聞こえて、レイはハンマーダルシマーの音の広がりに密かに感心していた。



「ううん、やっぱりルークは凄いや」

 小さく呟いて、次の曲に移る。

 今回も希望の曲をカードに書いてもらったので、ルークと二人で最初に数枚引いて演奏する曲を決めた。

 時間はあるので好きなだけ弾いてちょうだいとウィルゴー夫人に言われているが、本当に良いのだろうか。

 戸惑いつつも、レイの横に置かれた小さな台に並んだカードを見て小さく笑った。

 昨夜もこんな風にカードを前にして演奏した。しかも、昨夜と同じ曲が幾つもある。

 わざとなのか偶然なのかは分からないが、それでもレイはあえて頼んでくれた事が嬉しかった。

 二曲目は、その昨夜も歌った曲で、竜と揺り籠。

 今回はレイが主旋律を担当して、ルークは低音部分を合わせてくれる事になっている

 ゆっくりと前奏部分を演奏した後、レイが歌い始める。



「眠れや眠れ揺り籠の中」

「降誕祭の雪降る夜に」

「眠れや眠れ揺り籠の中」

「無垢なる吾子の愛しき笑みよ」

「眠れや眠れ揺り籠の中」

「想いを込めたキスを贈ろう」


「幼き吾子のまつ毛を揺らす」

「風を送るは聖なる翼」

「やさしき竜のかいなの中で」

「眠れる吾子の愛おしきこと」


「千なる加護と祝福を」

「贈れとばかりに吹き寄せる」

「やさしき竜の翼の下で」

「眠れる吾子の愛おしきこと」



「眠れや眠れ揺り籠の中」

「薫風来たりて新芽を揺らし」

「眠れや眠れ揺り籠の中」

「無垢なる吾子のまつ毛を揺らす」

「眠れや眠れ揺り籠の中」

「閉じた瞼に祝福を」

「聖なる竜の守りをここに」

「聖なる竜の守りをここに」



 やや高いレイの歌声に、ルークの低い声が重なる。

 竪琴は爪弾く程度で、ハンマーダルシマーの転がるような音の上下が歌に寄り添った。



 会場中が、その優しい歌声に聞き惚れている。

 歌いながらレイは初めて見た赤ちゃんの事を思い出し、歌の合間に思わず笑顔になる。

 不意に笑ったレイのその優しい笑顔に射抜かれたご婦人方の、堪えきれない小さな声があちこちから上がる。

「おやおや、うちの見習いは本当に大人気のようだな」

 衝立の後ろでヴィオラを持った二人は小さく笑って顔を見合わせ、レイの優しい歌声に聞き惚れていたのだった。



 二曲目が終わり、カードをめくって三曲目を確認する。

「この花を君へ。僕一人で歌って良いのかな?」

 小さく呟いた時、会場がざわめいた。

 何事かと顔をあげると、ヴィオラを持ったマイリーとヴィゴに続き、イデア夫人とフルートを持ったタドラが一緒に舞台に上がって来ていた。それだけでなく、ミレー夫人とウィルゴー夫人までがそれに続いて上がってくる。

 目を瞬くレイに、笑顔のイデア夫人がこっそりと耳打ちした。

「こんなおばさんで申し訳ないけど、この花を君へ。一緒に歌ってくださるかしら?」

「喜んで! こちらこそよろしくお願いします!」

 笑顔で答えたレイの隣にイデア夫人が立つ。

 ヴィゴとマイリーはルークとレイの両隣に立ち、マイリーの隣にタドラが立つ。

 ミレー夫人とウィルゴー夫人はコーラスを担当してくれるようで、ヴィゴの横に二人並んで立っている。

 笑顔でルークを見ると、笑って大きく頷いてくれた。

 マイリーの合図でまずは前奏部分を弾き始める。



「目が覚めるたび、朝日の中の君に呼びかける」

「おはよう今日もご機嫌よう」



 笑顔でイデア夫人と歌い交わすレイを、衝立の上から並んで座ったブルーのシルフをはじめとしたそれぞれの竜の使いのシルフ達が、嬉しそうに自分の主を見つめていた。

 演奏も、奏者が一気に増えて音の広がりはそれは見事なものになっている。

『ふむ、ガーネットの主の奥方もなかなかに良い声だな』

 感心したようなブルーの呟きに、ガーネットの使いのシルフが笑顔で頷く。

『本当にそうですね』

『それに彼女の二人の娘さん達も良い声で歌いますよ』

『今夜は来ていないけれど上の娘さんならちょうど良いお相手になったのでは?』

 からかうようなベリルの使いのシルフの言葉にブルーのシルフが笑って首を振る。

『それはいかんなあ。ベリルの主に嫉妬されては大変だ』

 その言葉に、周りにいたシルフ達が大喜びで手を叩いて笑う。

『それは確かにそうですね』

『ではここはガーネットの主の奥方に頑張ってもらいましょう』

 顔を見合わせて笑い合ったシルフ達は、歌い終えて笑顔でイデア夫人の手を取るレイに、そろって拍手を送るのだった。

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