兄弟喧嘩?
「それでは、本日はお世話になりました。レイルズ様。明日、楽しみにしていますね。よろしくお願いします」
ロベリオと執事に付き添われて満面の笑みで帰っていくティミーに手を振られて、渡り廊下まで出て見送っていたレイも笑顔で手を振り返した。
休憩室でお茶とケーキを頂いた後、少し休んでからティミーは別室へ移動して、ガルクールをはじめとする制服の仕立て担当者達に、寄ってたかって身体中のありとあらゆる箇所を採寸をされ、その後はレイもここへ来てすぐの頃にやった、これから使う事になる剣帯の革の色を決めたり、中庭まで出て行って、竜に取り付ける鞍の形を決めたりした。
それから、もう一度休憩室に集まり明日の予定を改めて確認した。
明日、午前の十点鐘の鐘までにティミーが本部へ来るので、そのままレイとタドラがティミーと一緒に離宮へ行き、ルークとロベリオとユージンの三人がそれぞれの所用を済ませて離宮に到着したら一緒に昼食を食べる。それから午後は書斎で好きに本を読んで過ごす事になった。
今回は、日帰りの予定だが、正式にティミーが竜騎士隊の本部へ来れば、離宮でお泊まり会もやろうと、大いに話が盛り上がったのだった。
その日は特に出席する夜会もなく、帰ってきたロベリオも一緒にいつもの食堂で夕食を食べた後は、休憩室でタドラと一緒に陣取り盤で対決してもらった。
「ああ、やっぱり負けたあ〜」
クッションにしがみついて悔しそうにそう叫んだレイがソファーに倒れ込む。
「よし、まだ負けないぞ」
拳を握って嬉しそうに小さくそう呟いたタドラが、笑ってレイの襟足をくすぐる。
悲鳴を上げてソファーから転がり落ちたレイを見て、隣で同じく陣取り盤で対決していたロベリオとユージンが驚きのあまり陣取り盤の駒を倒してしまい、後で、あのままなら自分が勝っていたと二人揃って主張したために延々と大いに揉めていたのだった。
「全く、お前らは子供か。ほら、シルフ達が再現してくれたから、そこまで言うなら続きをやってみろよ」
顔を突き合わせて無駄に張り合っているロベリオとユージンの頭を、笑いながらルークが叩く。
「痛い!」
綺麗に二人揃った文句の言葉に、見ていたレイとタドラがこれまた揃って吹き出す。
「喧嘩するほど仲が良いってね」
「本当だよね。仲が良いね」
肩を竦めるタドラの言葉に、レイも笑って頷くのだった。
ここへ来て最初の頃、今のように突然始まるロベリオとユージンの口喧嘩に、レイは毎回驚きのあまり泣きそうになったり、必死になって仲直りさせようとしてルークに笑われたのだ。
あれは兄弟喧嘩みたいなものだから、放っておいて問題無いのだと。
最初は、絶対そんな筈は無いと思って心配していたのだけれど、後で見ると、二人は何事も無かったかのように平然と笑顔で話をしていた。
なので今ではもう、彼らの喧嘩はそういうものなのだと理解して、ルークと一緒になって笑って見ている。
兄弟のいないレイは、ああいった無邪気な、たわいない喧嘩はほとんどした事が無い。
レイが生まれ育った自由開拓民のゴドの村には二人の子供がいたが、年上のバフィーはすごくしっかりしたお兄さんだったから、一方的に叱られて文句を言った事はあっても対等な喧嘩はした事がない。
同い年だったマックスは、レイよりも体が大きく力も強かった為、小柄で痩せっぽちだったレイの事を自分が面倒を見なければいけない存在だと思っていたらしく、覚えている限り、彼とも喧嘩らしい事はほとんどした覚えが無い。
子供であろうとも休みなく働く事が当たり前で、自由な時間が無かったことも大きな理由の一つなのだろう。
生まれて初めての喧嘩らしい喧嘩は、唯一、あの精霊魔法訓練所でのテシオスとバルドとの一件くらいだ。
今から思えば、あの後の仲直りには第三者の思惑が間違いなく入っているので、あれが正解だとは素直には考えられない。
実際に本気で誰かと喧嘩をした時に、どうやったら上手に仲直りが出来るのか、レイは実は未だに実体験として一度も知らないままなのだ。
思わず隣で笑っているタドラを見る。
「うん? どうかした?」
何か言いたげなレイの気配を察して聞いてくれる。
「えっと、タドラって、誰かと喧嘩した事ってありますか?」
急に真顔で聞かれて、驚いて目を瞬く。
「そうだねえ。対等の喧嘩って……殴り合いはした事がないけど、神殿にいた頃に、同い年の見習いの子がいてさ、どちらが礼拝堂の床拭きの掃除をするかで毎回口喧嘩をしてたね。とにかく冬場は水が冷たくてさ。水の精霊魔法を使えるからって、僕ばっかり水仕事をするのはずるい。って文句を言って、お前は楽出来るんだから良いじゃ無いかって言われて、毎回喧嘩になってたね」
笑うタドラに、逆にレイが驚く。
「ええ、どうしてそれで文句を言うの? だって他の人がやるのは大変でしょう?」
レイの言葉に、タドラが胸を押さえてわざとらしく机に突っ伏す。
「そうだね。いちいち細かい事に文句を言う僕が悪いんだよね。だけどもう、今の言葉を聞いただけで、レイルズだったら何処へ行っても皆と仲良く出来るって事が分かるね」
顔を上げたタドラの言葉に、陣取り盤から顔を上げたロベリオとユージンも笑っている。
「さて、ティミーはどんな子なのかねえ。出来れば、レイルズと同レベルで喧嘩してくれたら良いんだけどなあ」
笑って小さな声で呟いたルークの言葉に、ニコスのシルフ達も、揃って同意するように何度も頷いていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます