お手伝いの終了と夕食

「はあ、よし。これで講義の資料は全部出来たぞ」

 最後の一枚を書き終えたマークの声に、こちらも今終わったばかりで机に突っ伏していたキムとレイが、笑って頭の上で手を叩いた。

「いやあ、持つべきものは働き者の友人だよ。ありがとうなレイルズ。おかげで予定していた資料が全部用意出来たよ」

 机の上に散らかる書類を集めていたマークが、嬉しそうにそう言って大きく伸びをした。

「お役に立ててよかった。この二日間、僕も楽しかったよ。じゃあ少し早いけど夕食に行く?」

「そうだな。今夜は夜会の予定があるんだろう?」

「うん、竪琴の演奏を頼まれてるから、ちょっと早めに戻らないといけないんだ」

 残念そうなレイの言葉に慌てたように二人が立ち上がる。

「おう、じゃあここの片付けは後で良いから、このまま食事に行こうぜ」

「ごめんね。じゃあ行こうよ」

 それぞれ、部屋の入り口に置かれたミスリルの剣を手に取り、剣帯に装着する。緩めていた襟元のボタンを留めてから、お互いの背中を確認して皺を伸ばしてやる。

「じゃあ行こうか」

 レイの声に、二人も笑顔で返事をして部屋を後にした。



「ああ、お疲れ様。もう資料作りは終わったのかい」

 食堂には、ルークとマイリーの二人がいて、彼らに気付いて手を振ってくれた。

 列に並んでいたレイが笑顔で手を振り返し、マークとキムの二人は揃って直立して敬礼をしていた。

「食堂では敬礼しなくて良いって聞いたよ」

 笑いながら二人の背中を叩き、前に進む。

 山盛りに料理を取って、ルーク達の前に並んで座った。

「で、資料作りは終わったのか?」

 すでに食事を終えていたルークの言葉に、手を合わせて食前の祈りを終えたマークが笑顔で大きく頷いた。

「レイルズ様には本当に助けていただきました。おかげで、予定していた資料が全部準備出来ました」

「二日間、本当に頑張ったもんね」

 同じく食前のお祈りを終えたレイが嬉しそうにそう言って、大きなレバーフライをパンに挟んだ。

「ご苦労だったね、一度君達の講義を聞いてみたいよ」

 マイリーの言葉に、二人が慌てたように必死になって首を振る。

「いえいえ、とんでもありません。まだ今やっているのは一番最初の基礎の部分です。合成の基礎の考え方と、そこからの構築式の展開の説明だけです」

 それならば、竜騎士隊の皆は全員が理解している。

「成る程な。まずは考え方の基礎の部分からか」

 納得したようなマイリーの呟きに、二人が揃って大きく頷く。

「はい、まだ実際の合成魔法の発動に関する講義は、手付かずなんです。これは、個々の適性が大きく左右しますので、ダイルゼント少佐やディアーノ少佐にも相談しているので、ある程度の人選をしてからの講義になる予定です」

「成る程、基礎の考え方は順番に全員に教え、実際の発動実験の講義は、ある程度の人選をしてからになるわけか」

「大変だね、頑張って。何か手伝える事があれば、いつでも相談してくれて良いんだからな」

 ルークにそう言われて、思わず背筋を伸ばしたマークとキムだった。

 その後は、食べながら今までの講義の際に気付いた事などをマイリーとルークに説明したりして過ごした。

 いつの間にか、マイリーやルークと対等に話をしていたのだが、周りを見る余裕など全く無いマークとキムは、周りの兵士達の驚きの視線には全く気づいていないのだった。




「そう言えば、今夜の夜会は竪琴の演奏を頼まれているんだろう? 竪琴の会の人達と一緒に演奏するって聞いたけど、何の曲を演奏するんだ?」

 ルークの言葉に、マフィンを平らげていたレイが笑顔で顔を上げる。

「一曲目は、さざなみの調べで、二曲目が祝福の花束を捧ぐ。以前失敗したあの曲の組み合わせなんだ、ちょっと緊張するけど、ミスリルの弦に張り替えたんだし、大丈夫だよね?」

「ええ、失敗って何したん……何があったんですか?」

 レイが失敗したと言って笑うのを見たキムが、驚いたように普通の言葉使いで言いかけて慌てて訂正する。

「あのね、演奏中に竪琴の弦が切れちゃったんだ」

 驚きに目を見開く二人に、レイは苦笑いして首を振る。

「正直言ってパニックになって演奏を続けられなかったんだ。だって一番よく使う位置の弦だったし、なんとか誤魔化そうとしたんだけど、全然駄目でね」

「ど、どうなったんですか?」

 心配そうな二人に笑って肩を竦め、同じく笑って自分を見ているマイリーを振り返った。

「次の演奏のために控えていたヴィゴとマイリーがヴィオラを演奏しながら舞台に上がって来てくれてね。その次の演奏準備をしておられたボアレス少佐が、咄嗟に自分の竪琴を貸してくださったんだ。執事が舞台の上まで持ってきてくれて、それでなんとか演奏を続けられたんだ」

「うわあ、そんな事もあるんだ」

 弦楽器くらいは知っている二人も、まさかの演奏中に弦が切れるという事態に驚いて青ざめていた。

「まあ、演奏中に弦が切れる事も無い訳じゃないからね。結果的には、あれも良い経験になったんじゃないか?」

 笑ったルークの言葉に、レイは苦笑いしつつ頷く。

「確かに、やろうと思ってもあんな経験出来るものじゃないものね。次からは、予備の竪琴を用意するようになったから、もう万一弦が切れても大丈夫だよ」

 笑って頷き合うレイとルークを見て、マークとキムは、もしも自分達が式典などの際に合成魔法の実演に失敗したらどうなるかを考えてしまい、揃って真っ青になったのだった。



「うわあ、駄目だ。そんな恐ろしい事態、考えただけで腹が痛くなってきたよ」

「言うな。俺もだ。ちょっと本気で気が遠くなったよ」

 頭とお腹を押さえて呻くようにそんな事を言う二人を見て、レイは大きなため息を吐いた。

「だから、そんな時はいっそ開き直って一からやり直せば良いんだよ。その方が精霊達も混乱せずに出来ると思うよ。だけど、もしも僕が近くにいたら絶対に助けてあげるからね」

「おう、もしもの時はよろしくお願いします」

「心強い励まし、感謝します〜」

 まだ立ち直れない二人を見て、マイリーが苦笑いしつつ二人の頭を突っつく。

「今レイルズが言った通り、もしも精霊魔法の発動に失敗したら、一度止めて、それから改めて一からやり直せば良い。失敗したっきり出来なくなって終わってしまうよりも、必ず一からやり直す姿勢を見せなさい。万一、また失敗して続けられなくなったとしても、簡単に諦めたか、それとも何度もやり直そうと足掻いたか。この違いで周りの心証は全く変わるからな。覚えておきなさい」

 驚く二人に、マイリーは頷いた。

「それが実戦の場だと考えてみれば分かるだろう。一度失敗しただけで諦めて簡単に戦線を放棄する兵士と、例え何が起ころうとも命令を守り、それを実行しようとありとあらゆる手を尽くす兵士。どちらが優秀だと思うね?」

 真剣なマイリーの言葉に真顔になった二人は、揃って背筋を伸ばして居住まいを正した。

「ご教授ありがとうございます。肝に銘じます!」

 二人の声が揃う。

「分かればよろしい。合成魔法の発動に関しては、失敗する確率が高い事は陛下もご存知だ。万一失敗するような事があっても処罰の対象にはならないから安心して失敗するといいぞ」

「いやいや、幾らなんでもそれは駄目ですって。ですが、そのお言葉を聞けて少し気が楽になりました。次回の式典での実演の際には、そのお言葉を思い出して落ち着く事にします」

 苦笑いするキムに、マークも同じく苦笑いして頷いていた。

「ああ、もうそろそろ時間だな。行こうかレイルズ」

 今日の夜会は、マイリーとルークが一緒に行ってくれるのだ。

「はい、今行きます。それじゃあ、明日からはまた警備の応援だね。頑張ってね。もしもまた時間があって資料を作るなら、いつでも声を掛けてね」

「有り難うございます。その時は是非またお願い致します」

 トレーを置いたまま直立する二人に、一瞬だけ悲しそうな顔をしたレイは、すぐに笑顔になって二人の肩を叩いた。



「それじゃあね」

 トレーを返して、笑顔で手を振って先に帰っていくレイの後ろ姿を、二人は姿が見えなくなるまで直立したまま敬礼して見送ったのだった。

 そんな彼らを燭台や食器の縁に座ったシルフ達が、楽しそうに見つめていたのだった。

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