大騒ぎの見学会の開始
「ようこそ坊っちゃま方。それにアル様も、お久し振りでございます」
第一竜舎の入り口で出迎えてくれたマッカムが、笑顔でそう言って深々と頭を下げる。
アルジェント卿は、竜騎士時代はアルの愛称で呼ばれていた。
今では彼をそう呼ぶ人はごく少数になってしまったが、マッカムだけはアルジェント卿本人の希望もあって、いまだにその名で彼を呼ぶ。
「久しいなマッカム、しかし其方は変わらないな」
竜人と人間の両親を持つマッカムは、しかし竜人とほぼ変わらない外見をしている。兵士達の中でも、マッカムは竜人だと思っている人が殆どだろう。
しかも外見上だけでなく竜人としての血も強く受けたようで、とても長寿だし数十年見かけの年齢もほとんど変わっていない。
彼はもう、百年以上もこの竜舎でずっと竜達の世話をしている。なので当然、アルジェント卿が竜騎士になった当時の事も彼はよく知っている。
「おかげさまで、いつまでも竜達のお世話が出来ます」
嬉しそうに笑ってアルジェント卿と握手を交わした。
「彼はマッカム。竜舎一番の古株で、竜達の健康を守ってくれているのだ」
「よろしくお願いします!」
アルジェント卿の言葉に笑顔のマシューがそう言って直立し、全員がそれに倣った。
「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します。では、まずはこちらの竜舎からご案内致しましょうぞ」
嬉しそうにそう言って笑うと、まずは第一竜舎の竜達を目を輝かせてその場で飛び跳ねる少年達に順番に紹介して行った。
「うわあ、大きい」
「本当だね。でもすっごくすっごく綺麗!」
生まれて初めて間近で竜を見たライナーとハーネインは、大興奮して大喜びで飛び跳ねてはレイに抱きつき、飛び跳ねてはマッカムに抱きつき、飛び跳ねては互いに抱きつきあって大喜びだ。
もう地面に足がついている時間の方が短いのではないかと思えるほどの有様だ。
それに対して、ティミーとパスカルはちょっと怯えたように少し離れたところから竜を見上げては、息を飲んだり控えめに歓声を上げたりしていた。しかし、その二人の目も他の子達と変わらないくらいにキラキラと輝いていた。
誰も具合が悪くなるような事は無く、最後のエメラルドを紹介し終わった後に子供達が揃ってレイを振り返った。
「レイルズ様の竜は?」
「ねえ、レイルズ様。古竜のラピス様はどちらに?」
ライナーとハーネインの質問に、レイは笑顔で首を振った。
「僕のブルーは、とっても身体が大きいからね。ここの竜舎は小さ過ぎて入れないんだ」
その言葉に少年達が揃って目を見開く。
「ええ、何度か遠くから見たラピス様は確かにすっごく大きかったですけど、それなら普段はどちらにいらっしゃるんですか?」
「西の離宮の近くに湖があってね。普段はブルーはそこの湖にいるんだ。だって、竜騎士隊の竜が皆中庭に出たら、ブルーが降りる場所が無いんだからね」
「いつも、ラピス様が最後に降りてこられるのって、もしかして……」
「そうだよ。それが理由」
初めて知った驚きの事実に、子供達が歓声をあげる。
皆、口々に一番楽しみにしていた古竜に会えない事を残念がるのを見て、レイは困ってしまった。
「えっと、ねえブルー、あとで離宮へ彼らを連れて行っても構わない?」
こっそり肩に座っているブルーのシルフに聞いてみる。
『どうであろうな。我は別に構わんが、勝手に連れて行くのはまずかろう。それならカーネリアンの主に聞いてみると良い』
「ああ、そうだね。じゃあ後でこっそり聞いてみるね」
『うむ、そうしなさい。それより、そろそろ助けてやらないとあの伍長が倒れそうだぞ』
次はどこへ行くのとティルク伍長を捕まえて振り回しながら大はしゃぎしている子供達を見て、ブルーのシルフも苦笑いしている。
「こら、其方達。あまり騒ぐで無い」
レイが止めに入ろうとした時、見かねたアルジェント卿が止めてくれて、ティルク伍長はようやく解放されてふらふらになりながら困ったように笑っていた。
「では、次は第二竜舎へどうぞ。こちらには主を持たない竜達がいます。それからアルジェント卿の竜や、ニーカ様の竜もこちらの第二竜舎におられます」
第二竜舎の前の大きな扉に立ち、ティルク伍長が説明するのを子供達は目を輝かせて聞いていた。
「それから、間も無く始まる竜との面会に備えて、ロディナから竜達が来られていますので、こちらも今は普段よりもたくさんの竜がいますよ」
その言葉に子供達の歓声が重なる。
「お祖父様の竜に会うのって、久し振りです!」
「また、触らせてもらえますか?」
目を輝かせるマシューとフィリスの言葉に、ライナーとハーネインだけでなく少し下がって見ていたティミーとパスカルも目を輝かせた。
「触らせてもらえるんですか!」
この見学会が初めての、ライナーをはじめとした子供達の声が揃う。
「ああ、少しくらいなら構わないぞ。だが、まずは竜達に挨拶してからだ」
アルジェント卿の言葉にティルク伍長とフィレット伍長が顔を見合わせて苦笑いしている。
一昨年、孫達を連れてアルジェント卿が竜舎に見学に来た時、子供達が大人しかったのは第一竜舎の見学の時だけで、大きな竜にもすっかり慣れて第二竜舎へ来た途端に興奮しすぎの大はしゃぎ状態になり、最後にはもう竜舎中を走り回り、突然力尽きて寝てしまうまで、兵士達は皆、振り回されて全員へとへとになっていたのだった。
今でも、第二竜舎の担当兵達の間では豆台風事件として伝説になっている見学会だ。
しかし、マシューとフィリスも今の所、あの頃よりはかなり大人しくなっているようで密かに安心している第二竜舎の兵士達だった。
「フィラウス。会えて嬉しいぞ」
己の伴侶である愛しい竜に、笑ったアルジェント卿が手を伸ばす。
嬉しそうに差し出した鼻先を撫でてもらったカーネリアンは、目を細めて大きく喉を鳴らした。
「子供達、大きくなりましたね。それにずいぶんと落ち着いたみたい」
その言葉にマシューとフィリスが声を上げて笑い、それぞれカーネリアンに挨拶をした。
「この子が、アルジェント卿の竜のカーネリアンだよ」
レイの言葉に、ライナー達は目を輝かせてアルジェント卿と話をするオレンジ色の巨大な竜を見上げていた。
「ここの竜は、ずいぶん大きさに違いがあるんですね」
ティミーの視線は、カーネリアンの隣にいるクロサイトに向けられている。
「ああ、この子がニーカの竜のロードクロサイトだよ。僕達は、クロサイトって呼んでる。この子はまだ若竜になったばかりだからすごく小さいんだ」
「そうなんですね。ニーカ様もまだ未成年だとお伺いしました。じゃあ主様と同じくらいの歳なのかもね」
そう言って笑うティミーの言葉に、クロサイトは嬉しそうに目を細めた。
「よく分かったね。実は僕、ニーカと同じ年頃なんだよ」
初めて聞く話に、レイは驚いて身を乗り出してクロサイトを見た。
「ええ、そうなの!」
「レイルズ様が驚いてどうするんですか!」
ティミーの言葉に、顔を見合わせて二人同時に吹き出す。
「ほら、順番に紹介するからおいでよ」
笑顔のレイの言葉に歓声を上げた子供たちが手を繋いでついて行き、その後ろをアルジェント卿と伍長達が笑いながら追いかけた。
そしてその後ろを、呼びもしないのに勝手に集まって来たシルフ達が楽しそうに笑ったり騒いだりしながらその後をふわふわと飛びながら追いかけていくのだった。
その先に、何があるのかなど、この時の誰一人として知る由もなかった。
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