鋼の頭突き再び
「いたた。そんなに怒らなくても良いじゃないか」
笑いながら起き上がったマークが、服についた砂を払いながら立ち上がる。
『驚いた』
『あなたは本当の魔法使いかと思ったわ』
少し拗ねたようにそう言った騙されたシルフは、マークの鼻先にキスを贈るとくるりと回っていなくなってしまった。
「また怒られたよ。あの時もこんなふうにして遊んであげたら、その後にものすごい突風にやられてさ、伸びっぱなしだった髪の毛がボサボサにされたんだったよな」
苦笑いして振り返ったマークに、見ていたレイ達は大喜びで拍手を贈ったのだった。
「すごいすごい、シルフを騙そうなんて考えた事も無かったよ」
目を輝かせるレイの言葉に、マークが笑って肩を竦める。
「その時にも言ったんだけどさ。俺は農家の八男なんだよな。それで、これを小さい頃に上の兄貴に何度もやられてさ。もう全然意味が分からなくて、悔しくて泣き出したら笑われるし、そりゃあもう悔しくてたまらなかったんだよ。それで、目の前で別の兄貴にやってるのを横から見せられてさ。もうあの時だけは、本気で兄貴を殴ってやろうかと思ったよ」
悔しい、やっぱり今考えても殴ってやりたいと思うぞ。なんて言っているマークだが、その顔はとても楽しそうに笑っている。
一人っ子で兄弟のいないレイには、ちょっと羨ましい逸話だった。
「さて、そろそろ戻ると致そうか。あまり遅くなっても寝不足になる故な」
立ち上がったガンディの言葉に元気に返事をして、散らかしていた落ち葉を軽い風を起こして吹き飛ばす。それから集まって来たシルフやウィンディーネ、それから光の精霊達に手を振ってレイ達はまた列になってゆっくり歩いて離宮へ戻って行った。
帰りの途中にも見回りの警備の兵士と出会って直立して敬礼して見送られてしまい、遊んでいただけなのに何だか申し訳なくなって恐縮するマーク達だった。
「それじゃあ、おやすみなさい。また明日ね」
笑顔で手を振るクラウディアとニーカとジャスミンに、レイ達も笑顔で手を振り返し執事に伴われてターシャ夫人とロッシェ僧侶と共に二階へ上がる彼女達を見送った。
「さてと、それじゃあ俺達も湯を使って休むとするか」
大きく伸びをするキムの言葉にレイとマークも頷き、ガンディに挨拶してから部屋に戻った。
交代で湯を使った後は、最後の枕戦争を大いに楽しんだ三人だった。
「それで、お前はいつから彼女のことを気にしていたんだよ!」
ようやく枕戦争が一段落して、とりあえず散らかしたものを簡単に片付けた三人は、もう一度交代で軽く湯を使って汗を流した。
それから仲良く三人並んでベッドに飛び込んだところで、二人に左右からがっしりと確保されたマークは、満面の笑みで顔を寄せる二人の質問に唐突に真っ赤になった。
「いや、その……気にしていたっていうか、何て言うか……」
耳まで真っ赤になりつつ、しどろもどろなマークの襟足をレイがくすぐる。
「全部吐け〜!」
「うわあ、そこはやめろって!」
悲鳴を上げてのけ反り、そのままベッドに倒れ込む。
次の瞬間、マークの側頭部とレイの額が激突した。
「……またかよ。この鋼の頭蓋骨」
頭を抱えて転がるマークの呟きにキムは堪えきれずに吹き出してしまい、マークに蹴られてベッドから転がり落ちたのだった。
結局、マークの頭に少し腫れがあったので、それを見て慌てたレイが飛ばしたシルフの知らせで、部屋着に着替えたガンディが薬箱を持ってわざわざ部屋まで来てくれて二人の頭を診てくれた。
結果は問題無しとの事だったのだが、熱を持って少し腫れているマークの頭を、今はウィンディーネ達が総動員して冷やしてくれている真っ最中だ。
「全く、
薬箱を片付けながら、ガンディがそう言って笑っている。
「それは困ります」
「困ると思うなら自重せい」
「いやいやいや。誰も、こんな硬い頭、当たりたくて当たってませんって」
横になったまま、真顔で顔の前で手を振るマークの言葉に、レイが申し訳なさそうに笑う。
「いや、お前の鋼の頭突きは、その内に本当に死人が出るぞ。動く時は周りを見てから動けって」
「ええ、今回はマークの方から当たって来たんだよ、僕は被害者だと思うけどなあ」
笑いながらも口を尖らせるレイの言い分に、また全員揃って吹き出し大笑いになったのだった。
「さて、では儂は戻るからな。もう寝なさい」
「はあい」
綺麗に揃った返事にまた笑い合い、薬箱を手にしたガンディは執事に案内されて客間へ戻って行った。
それを見送った三人は、顔を見合わせてまた同時に吹き出し、しばらくの間ベッドに転がって大笑いしていたのだった。
『全く其方達は毎回毎回何をしておるか』
レイの胸の上に現れたブルーのシルフが、呆れたようにそう言ってマークを見る。
「ラピス様、これは事故です。誰も当たりたくて当たっているわけではありませんって」
真面目な振りをしながらマークがそう言って、新しい氷を包んだ布を頭に当てる。その周りにウィンディーネ達が集まるのを見て、小さく笑ったブルーのシルフはふわりと飛び上がってマークのすぐ横に来た。
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
笑いながらそう言い、氷を当てた頭に手をやる。
何人ものシルフ達が集まって来て、同じようにマークの頭に手を当てて声を揃えた。
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
「うおお。すごい。痛くなくなりました。ありがとうございます。ラピス様」
腹筋だけで起き上がり目を輝かせるマークを見て、ブルーのシルフは得意気に胸を張った。
「ブルーはすごいね」
同じようにぶつけた筈なのに、自分は全く痛みも腫れもなく平然としているレイが無邪気にそう言い、マークとキムがまたしても笑い出してしまい、なかなか眠れない三人だった。
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