頑張りと自信
「恵みの芽……僕はそんな価値のある人ではないです」
物語などに時折出てくる言葉なので、恵みの芽が何を意味するかくらいはレイでも知っている。
自分には過ぎた評価だと言って必死になって首を振るレイを見て、マイリーは小さく笑った。
「まあ、恵みの芽は、本人には自覚がないとも言うからな」
「ですね。まさにその通りだ」
ルークとカウリが、マイリーの言葉に同意するようにウンウンと頷きながらそんな事を言う。
「まあ、あまり難しく考えるな。だが覚えておきなさい。今、俺がちょっと思いついて挙げただけでも、これだけの事を君がこの二年間で成しているんだ。しかも自然体で。だから言ってやるよ。レイルズ、君はそのままで良い。自信を持ちなさい。言葉の裏を読むなんて、それは完全に経験のなせる技だよ。ずっと大勢の人の中で暮らしていた俺達と、限られた狭い世界の中でしか生きて来なかった君とでは、知識に差が出るのは当たり前だ」
優しく諭すように言われたその言葉に、レイは縋るように小さく頷いた。
「逆に今のお前が俺達と同じに出来たら、そっちの方が驚きだよ」
ルークにまでそう言われて、レイは小さく深呼吸をして顔を上げた。
三人が真剣な顔で自分を見つめている。
「大丈夫だよ、君は充分によくやっている」
マイリーに改めてそう言われて、ようやくレイの顔も笑顔になる。
「ありがとうございます。まだまだわからない事だらけだけど、どうか教えてください。よろしくお願いします」
居住まいを正して頭を下げるレイに三人も笑顔になる。
「もちろんだよ。少しでも分からないことがあれば遠慮なく聞きなさい。ああ、それからゲルハルト公爵閣下が、君を酔いつぶしたお詫びにお勧めのワインを本部宛に送ってくださるそうだから、届いたら一緒に飲もう。お酒の飲み方や断り方を教えてあげるよ」
「はい、よろしくお願いします!」
いつもの調子でそう答えるレイに、三人もようやく安心した。
丁度その時、待っていたかのようにノックの音がしてラスティと執事が入って来た。
「そろそろお時間でございます。ご用意をお願いします」
「はあい。今行きます」
いつものように元気に返事をするレイを見て、ラスティは内心で安堵していた。
脱いでいた第一級礼装の上着を着せてやり、身嗜みを整えてやる。
少し跳ねていた後頭部の辺りを手早く梳かしつけてやり、剣帯を装着したのを確認してから背中のシワを伸ばしてやる。
「はい、これで大丈夫ですよ。今夜も竜騎士隊の皆様との演奏が最後にあります。ですがその前に、レイルズ様個人での演奏の依頼が来ておりますので、執事が案内してくれますから竪琴の演奏をお願いします」
ラスティの言葉に、レイは慌てて振り返った。
「えっと、何を演奏すればいいんですか?」
竜騎士隊での演奏があるとは聞いていたが、まさか本当に個人でもまた演奏するとは思っていなかったのでちょっと焦る。
「個人での演奏の曲はご自由にどうぞ。お好きな曲で結構です。夜会の最後の竜騎士隊の皆様での演奏は。女神オフィーリアに捧げる聖歌。美しく青きリオル。そして、偉大なる翼に、の三曲の予定です。演奏が終わった後にアンコールがありますので、一曲、お一人で演奏してくださいね」
またアンコールがあると聞いて、ちょっと気が遠くなった。
「待ってください! じゃあ、個人での演奏と、竜騎士隊で三曲、アンコールまで含めたら五曲も演奏しなけりゃいけないんですか!」
しかもそのうちに二曲は、歌もあるしとても長い。
「最初の個人でする演奏は、歌はやめよう。えっと何がいいかな」
小さく呟きながら考えているレイに、ルークが笑って背中を叩く。
「ほら、もう行くぞ」
「あ、はい!」
慌てて顔を上げてルークについて行った。
今夜の夜会は、式を終えたティア妃殿下のお披露目が一番の目的なので夜会の主役はアルス皇子とティア妃殿下のお二人だ。なのでいつもなら大人気の竜騎士見習いであるレイやカウリも、それほど緊張せずに参加する事が出来る。
到着した広い大広間は既に大勢の人であふれていた。
まずは、マイリーをはじめとしたレイ達独身組とカウリが入場し、大きな拍手で迎えられた。
両公爵をはじめ、オルベラートの貴族の方々や外交官の方とも笑顔で挨拶を交わす。
もう挨拶するだけなら、それほど物怖じせずに務められるようになった。
しばらくは挨拶の嵐で、もう何人と握手したのか分からなくなる頃、拍手の音がしてヴィゴを先頭に伴侶となる女性の手を引いた若竜三人組が入って来る。
これも大きな拍手で迎えられた。
その後に両陛下と共にオルヴェル王子殿下が登場して、会場はまた大きな拍手に包まれた。
「では、オルベラートから嫁いできたティア・ナールディアを紹介しよう」
簡単な挨拶の後、陛下の言葉にまた会場から大きな拍手が起こる。
アルス皇子に手を引かれて、煌めく銀髪のティア妃殿下が並んで入って来る。
身に纏うドレスは、ごく薄い緑色のドレスで、裾に向かって濃い緑色に変化している。ふんわりとした身体に沿う柔らかなドレープは、幾重にも重なる花びらのような形になっている。
宮廷楽士達の演奏する曲に合わせて、お二人が中央部分にゆっくりと進み出る。
小柄なティア妃殿下は、アルス皇子と向い合うとその背丈は顎の辺りまでしかない。
軽やかに、滑るように踊るお二人を見て、あちこちからため息が聞こえた。
『ふむ、オルベラートの人達も特に問題は無さそうだな』
燭台の一番高い位置に座ったブルーのシルフは、広い会場を見渡して満足気にそう呟いた。
いつもと全く違う人達が大勢いる会場内を、ブルーは定期的に光の精霊を飛び回らせて万一にも悪き影を纏う者がいないかを常に確認している。
今のところ特に問題になりそうな者はおらず、ようやく安心するブルーだった。
『さて、この後はレイの演奏だな。楽しみな事だ』
嬉しそうにそう呟くと、愛しい主の肩にふわりと飛んで行き、座ってそっとその柔らかな頬にキスを贈るのだった。
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