午後のひと時

「不思議な縁と人の繋がりに、精霊王に感謝と祝福を」

 笑顔のレイの乾杯の言葉に、デゼルト伯爵夫妻は揃って驚いたように目を見開いてから大きく頷き、改めて乾杯してくれた。

 それからあとはまた合成魔法の話になり、離宮での再現実験の説明をしたりして過ごした。

 気がつけば伯爵夫妻の他にも大勢の人が周りに来て目を輝かせてレイの話を聞きたがり、昼食会の後半はすっかり精霊魔法の合成に関する話題に終始したのだった。



 予定よりも少し遅くなった昼食会が終了した後、レイはそのままルークに連れられて、また地方貴族の人達との面会に同席した。

 しかし、前回と違って話の内容はご成婚の話ばかりで、今回は無理に笑顔を作らなくて済んでホッとしていたのだった。

 特に女性は針始めの儀式にレイが参加したと聞くと、目を輝かせてその時の話を聞きたがった。

「それにしても、ティア妃殿下が中庭にお出になった際にしておられた肩掛けは、本当に見事な出来栄えでしたからね。僕、あまりにも見事な出来栄えに見惚れてしまって、今、花びらを撒いてるんだってうっかり忘れそうになりました」

 無邪気なレイの言葉に、面会中だった子爵夫妻とルークは揃って小さく吹き出した。

「確かに、あの肩掛けは見事でしたわ。私も少しですが刺繍させていただいたので、本当に嬉しかったですわ」

 夫人の嬉しそうの言葉に、レイも笑顔になる。

 本当にあの時、すぐ近くで花嫁様の肩掛けを見たレイは、一瞬我を忘れそうになったくらいにそれは見事な出来栄えだったのだ。

 一面に渡って隙間なく見覚えのあるブルーポピーの紋様が刺繍されていて、左側の胸の上辺りにはサマンサ様が教えてくれた通りに青い花が刺されていた。

 真っ白な肩掛けの中で、そこにあるその一輪だけがまるで本物の花であるかのように立体的に凛と咲いていたのだった。






「はあ、疲れました」

 予定していた面会を全て終えた頃には、レイはもうヘトヘトになっていた。

「このあと夜会なんですよね」

 ソファーに突っ伏してクッションに顔を埋めたレイが、呻くような声でそう呟く。

「もちろんだよ。一応軽食は出るけど始まる前にしっかり食っておけよ。おそらくほとんど食べている余裕はないからな」

 笑ったルークに頭を突かれて、呻くような返事をする。

「一応、会食のお誘いもあったんだけど、それは何とか免除してやったんだから、しっかり夜会では顔を上げて愛想笑いしていろよ」

 もう一度頭を突かれて、また呻くような返事をする。しかし顔を上げない。

「おい、大丈夫か?」

 急に静かになり、心配になったルークが顔を覗き込もうとする。

「大丈夫です。ちょっと意識が飛んだだけです!」

 そう言って、元気である事を証明しようと一気に起き上がりかけたレイは、不意に我に返って慌てて途中で止まりまたクッションに抱きつく。

 誰かの顔が近くにある時にいきなり起きてはいけないと、散々注意されていたのを思い出したからだ。

「おっと、危ない危ない」

 咄嗟に後ろに飛んで下がったルークの言葉に、二人同時に吹き出す。

「よしよし、ちゃんと止まったな。全く、今石頭攻撃にあったら俺は退場するぞ」

「やめてください! それは困ります!」

 ルークの宣言にクッションに縋り付いたまま悲鳴を上げて、また二人同時に吹き出したのだった。



『何を戯れておるか』

 呆れたようなブルーのシルフの言葉に、レイは笑って今度はゆっくり起き上がった。

「まあ、夜会まではまだ少し時間があるからな、少しくらいなら休んでてくれていいぞ。夕方には戻るからな」

 そう言って、手をあげたルークは足早に部屋を出て行ってしまった。

『お疲れ様。二度目の結婚式への参加だったな。どうだった?』

「すごく楽しかったよ。式が始まる前の糸伝えだっけ、火が細い糸の上を走るの。あれ、すごく綺麗だった」

 目を閉じてうっとりとそう呟く。

『あれは、かなり古い風習で、今ではオルダムとオルベラートの城でしか行われていない貴重な儀式のひとつだな、それこそ千年以上前からある風習だよ』

 それはつまり精霊王の時代よりも前からあるという事だ。

「へえ、そうなんだ」

 感心したようにレイがブルーのシルフを見上げる。

『元を正せば、あれはドワーフ達が、鉱山内部で闇の気配からその場を清めるために行っていたものだ』

 驚くレイに、ブルーのシルフは彼の胸元に座って教えてくれた。

『以前も言ったが、地下にはどうしても闇の気配が集まりやすい。常にノーム達を最善の状態に整え、坑道の邪気を払い常に場を清めるのはドワーフにとっても重要なのだよ。元々、ミスリルには邪気を払い場を清める性質がある。それを利用して貴重なミスリルを使っていたのだが、当然ミスリルの使える量には限りがある。その為、彼らの技術の限りを尽くして限界まで細く引き伸ばし、髪の毛よりも細くする技術を編み出し、それを植物から取った繊維とともに糸に撚り坑道内部に張り巡らせて火蜥蜴達を使って火をつけたのだ』

「へえ、すごい」

 ゆっくり起き上がったレイはクッションを抱えたまま肩に座り直したブルーのシルフにキスを贈った。

『蒼の森のドワーフならば詳しく知っていよう。聞いて見るといい。彼ならばおそらく、ミスリルの糸引きも出来ようからな』

 笑ったブルーのシルフにそう言われて、レイは目を輝かせて大きく頷いた。

「ニコスへの届け物もあるしね。このあと、閲兵式と竜の面会が終わったら休暇を頂けるって言っていたから、僕は蒼の森に帰ろう。うん、じゃあその時に詳しく教えてもらおうっと」

 嬉しそうにそう言うと、クッションを抱えたまままたソファーに転がった。



「疲れたけど、今日は楽しかったよ……」

 笑って小さくそう呟くと、クッションを抱えたまま目を閉じる。

 しばらくすると静かな寝息が聞こえてきて、笑ったブルーのシルフは、ニコスのシルフ達と一緒に背もたれにかけてあった大判の膝掛けを広げて彼にかけてやった。

『おやすみ。しばしの休息だな』

 笑って、無防備に眠るその頬にキスを贈ると、そのまま胸元に潜り込んで一緒に眠る振りを始めた。

 ニコスのシルフ達も集まって来て、嬉しそうにふわふわな髪の毛に潜り込んでいき、それを見たシルフ達が先を争うようにして、胸元や袖の中、それから髪の毛の中に潜り込んで一緒に眠る振りを始めるのだった。

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