面会予定
朝練を終えて戻った後は、いつものように軽く湯を使って汗を流してから、竜騎士見習いの制服に着替えて食事に向かった。
山盛りに取ってきた料理を前に、しっかりとお祈りを終えてから食べ始める。
「ねえルーク。じゃあ今日は食事が済んだらこのままお城へ行くんですか?」
同じく山盛りの料理を食べていたルークが、その言葉に食べていた手を止める。
「いやあ、いくらなんでもそんなに早くから懇親会は無いよ。俺はボナギル伯爵と会う約束をしてるから早めに城へ行くけど、お前はどうする?」
まさか、ルークに予定を聞かれるなんて思っていなくて、レイは目を瞬く。
「えっと、どうしたらいいですか?」
少しは自分で自分の予定を決めさせてみるかと思ったが、残念ながらまだその段階ではないらしい。小さく笑ったルークは、隣に座るカウリを振り返った。
「俺は食事が終わったらそのままヴィゴと合流です」
それだけ言って、顔の前で指で小さくばつ印を作って見せる。
「ああ、例のご婦人方のお相手か。ご苦労さん」
嫌そうに頷くカウリを見て、ルークは改めてレイを振り返った。
「じゃあ、この件はお前も発案者のうちの一人なんだから一緒に来るか?」
「僕が発案者の一人って、何ですか?」
意味が分からなくて首を傾げるレイに、ルークはニンマリと笑った。
「この間、夏のオルダムの街が暑いって話で、ラピスから城壁に穴を開けてはどうかって話が出たのを覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ。あ、もしかしてそのお話をしに行くんですか?」
「レイルズ君、正解。ボナギル伯爵は、オルダムの街の工事を担当する土木課の責任者なんだよ。ドワーフの職人や工夫達からの信頼も厚い。彼に一度草案を見てもらって、何とかなりそうなら伯爵から正式に提案してもらおうと思ってね。今年の夏に、少しだけでも出来るならやってもらおうと思ってさ」
「街の暑さは、本当に大変だものね」
レイも嫌そうにため息を吐く。
「あ、以前聞いた話だと、オルダムの街の石畳も暑さの原因だって聞きました」
「ああ、それもずっと言われてるんだけどなあ。城や一の郭で使われてる石畳と、街に使われてる石畳は素材が違うんだよ。街で使われてる石は安いんだけど熱を持ちやすいんだ。それなら違う石と交換すれば良いと思うんだけど、それも簡単じゃないんだよな。石畳を丸ごと敷き替えるとなると人の往来を止めることになる。入り組んだオルダムの街では、一本道が通れなくなっただけで、すぐそこの店に行けないなんて事もあるんだよ。それに石畳を丸ごと敷き替えるとなると、それなりの経費もかかるからさ」
横でカウリがうんうんと大きく頷いている。
「石畳の話も、数年おきに出る話ですよね。でも結局、問題の方が大きすぎて誰もやろうとしないまま今に至るんだよな」
「そうだよな。だけど城壁そのものを触ろうなんて、少なくとも俺の知る限りそんな提案は一度も無い。だからこそ、やってみるべきかなと思ったんだよ」
「城壁に穴を開けて風を通すなんてな。その話はルークから聞いたけど、初めて聞いた時には驚いたなんてもんじゃなかったよ。だけど、冷静に考えればこれ以上無い良策だと思うよ。街の城壁は、今となっては無用の長物だ。せいぜいが、オルダムに初めて来る観光客が迷子になって喜ぶ程度だもんなあ」
「まあ、あれでも一応人の往来を制限してるって、本来の意味もあるんだけどな」
「街の中と外でなら有効ですけど、街の中で区切っても意味無いでしょう? いっそ、城壁に扉をつけてやれば良いんじゃないか? 段差のところは中で階段を作ってさ」
冗談半分のカウリの言葉に、食べていたルークの手が止まる。
「それも確かに一つの方法だよな。一部に穴を開けて段差を階段で補えば、人だけなら楽に移動出来そうだ」
「ああ、騎竜や馬車なんかの通る道路とは別に、人だけが移動できる道を作るって事ですか。それなら確かに出来そうだな」
カウリの言葉に考えていたルークが首を振る。
「だけど無理だな。城壁の厚さを考えたら、逆に人の通れる穴を開ける方が無理な仕事だよ」
「ですよね。さすがに木を切るみたいに、簡単に城壁に穴を開けられるはずもないですよね」
「こっちは不可能だな」
「ですね、ちょと思いつきだけで考えていい話じゃないです」
二人は顔を見合わせて苦笑いして首を振ってる。
一人意味が分かっていないレイに、ルークが振り返って肩を竦める。
「考えてみろよ。あの高さの城壁を支えようと思ったら地面に接する部分の厚みがどれくらいになるか。俺の提案は、城壁の上側だから、まだ何とかなるかと思ったんだけど、地面に接する一番分厚い部分に穴を開けるなんて無理だって」
納得したレイも大きく頷いた。
円形広場はそのために、わざわざ城壁の地下に中に入る為の通路を掘っているのだ。あれだって、横の道路がたまたま幅が広かったから開けられたのであって、他の道のように狭ければ無理だっただろう。
「難しいんだね」
しみじみと呟いたレイの言葉に、カウリとルークも揃って小さなため息を吐いたのだった。
食べ終えてカナエ草のお茶と一緒にミニマフィンを齧っていたレイは、隣に座るカウリを振り返った。
「ねえ、さっき言ってたけど、カウリは午前中は誰と会うの?」
何やら嫌そうにルークと無言のやりとりをしていたのを見て、ちょっと気になっていたのだ。
「ああ、お前に分かる言い方をすれば……」
ルークが考えるように口元に手を当てて黙る」
するとカウリがニンマリと笑ってレイの腕を突っついた。
「以前、婦人会でお相手して天文学の話をしたご婦人を覚えてるか?」
夜会で何度も天文学の話をしているレイは、一瞬誰の事か分からず目を瞬く。しかし、婦人会とわざわざ言ったその言葉が引っかかって、婦人会主催の夜会を思い出してみる。
「あ、まさか……リューベント侯爵夫人とか、リーフシェン伯爵夫人とか……ですか?」
恐る恐る尋ねたその言葉に、カウリは思いっきり嫌そうに顔をしかめて頷いた。
「レイルズ君正解。そのまさかだよ。他にもクセのあるご婦人方ばかりのお茶会にヴィゴと二人で呼ばれてるんだ。本当に毎回毎回いい加減にして欲しい」
しかし、本気で嫌そうな言葉の割にはカウリの口元は笑っている。
「えっと、僕にはそれほど嫌そうには見えないんだけど?」
無邪気なその言葉に、横で聞いていたルークが吹き出す。
「ねえルーク、こいつも連れて行っちゃ駄目っすかね。案外、面白がられ……ませんかね?」
「良い案だとは思うけど、向こうが嫌がりそうだからやめておけ」
見習い二人がルークの言葉に揃って驚いて振り返る。
「ええ、それってどう言う意味ですか?」
不思議そうなレイの質問に、ルークは小さく笑ってレイの額を突っついた。
「今お前が言ったご婦人方ってのは、いわば血統主義とでも言うべき考え方の人達でさ。要するに、俺やお前みたいな平民が城に出入りしてるだけでも嫌だって考える人達だ」
その話はグラントリーからも詳しく聞いている。しかし、それでも仲良くしてくださいと念を押されてもいる。
「でさ、今年の見習い二人は彼女達にとってはどっちも難敵でね。だけどその二人を天秤に掛けて、まだ攻撃出来そうだと考えたのがカウリだったって訳。だからせっせとお茶会に呼んで、目の前で付け焼き刃が剥がれるのを待ってるわけだ。それが彼のためになってるとも気付かずにな」
ルークの説明にレイは驚いてカウリを振り返った。
カウリはもう吹き出す寸前だ。
「大丈夫なの?」
大真面目に心配されて、とうとう堪えきれずにカウリが吹き出す。
笑いくずれるカウリを見て、レイはルークを振り返った。
「えっと、僕にも分かるように説明してください」
こちらも笑いながら頷いたルークはカナエ草のお茶を飲み干して立ち上がった。
「この話をすると、午前中いっぱいかかりそうだからな。後日、改めて詳しい説明をしてやるよ。大丈夫だよ。心配いらないって。カウリの方がそんな人より数段上だよ」
またカウリを振り返ると、笑いながらも大きく頷いてくれた。
「そうなんだね。じゃあ頑張ってきてください」
レイの言葉に、カウリはまた笑っていた。
『主様はまだまだ経験不足だね』
『まだまだだねえ』
『まだまだだねえ』
並んでそんな事を言って笑っているニコスのシルフ達の横で、ブルーのシルフも同じくおかしそうに先程からずっと笑っている。
『この辺りは、これからに期待だな』
『だけど主様はこれで良いと思うわ』
『そうそう』
『そうそう』
『我もそう思うがな。それにしても色んな人がいるものだな。まあこれも人生経験だ』
腕を組んで態とらしくそう言って頷くブルーのシルフの言葉に、シルフ達は揃ってまた面白そうに笑っているのだった。
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