演奏会

「今回の曲は、一曲目が女神オフィーリアに捧げる歌。二曲目が美しく青きリオル。三曲目が偉大なる翼に。歌はイデア夫人を含む、ハーモニーの輪と、エントの会の倶楽部の方々が合わせてくれる。三曲目は母上を始め皇族の女性の方々が参加されるよ。皆、しっかり頼むぞ」

 アルス皇子の言葉に、それぞれ楽器を手に笑顔で返事をする。

 ここまで大規模な会での演奏は、レイとカウリはもちろん初めてだ。



 ハーモニーの輪とは、数ある合唱団の中では一番規模が大きな倶楽部で、混声合唱団とは違い男性はおらず、女性のみの構成だ。その実力は相当なもので、希望したからと言って誰でも入れるわけではない倶楽部でもある。当然、その素晴らしい歌声は大人気で、定期演奏会や様々な夜会、お祝い事の際にも美しい歌声を披露している。レイも夜会で何度か聞いた事があるが、本当に聞き惚れそうなほどに美しい声の持ち主ばかりなのだ。

 ヴィゴの奥方のイデア夫人は、このハーモニーの輪の倶楽部の部員でもある。

 そして、エントの会とは、ある程度以上の年齢の男性のみで構成された、男声合唱団だ。こちらも、見事なまでに良い声の方々ばかりで、定期演奏会では招待券の争奪戦が起こるくらいの大人気の倶楽部でもある。

 ディレント公爵を始め、アルジェント卿や、星の会の会長を務めるヴェリング卿も、このエントの会の部員でもある。



「凄い顔ぶれだね」

 レイの呟きに、カウリも苦笑いして頷いている。

「せめて、お互い大きな間違いをしないようにしようぜ。俺はもうそれで充分だよ」

「頑張ろうね。僕、殿下の弾くハープシコードがどんな楽器なのか、すっごく楽しみなんです」

 手を挙げてそんな事を言うレイに、アルス皇子が驚いたように振り返る。

「ああ、そうだったのかい? それなら今度、本部の練習用のハープシコードを見せてあげるよ。よかったら弾いてごらん」

「是非お願いします!」

 嬉しそうに目を輝かせるレイを見て、アルス皇子も嬉しそうに笑っていた。

「そろそろご準備をお願いします」

 執事の声に、全員が楽器を手に立ち上がる。

「それじゃあ行きますか」

 カウリの言葉に、竪琴を抱えたレイも大きく頷いた。




 広い会場の正面には、一段高くなった舞台が設けられている。

 特に今回は合唱団の人数が多いので、左右の壁沿いに、正面の舞台から広がる翼のように臨時の舞台が設けられている。

 竜騎士隊が出て来た時には、既に各合唱団の人々は指定された場所に整列して、準備万端整えてくれている。

 広い正面の舞台の右前側に大きな机のようなものが置いてある。あれがそのハープシコードなのだろう。

 確かに大きい。あれでは持ち歩きはおろか部屋から移動させるのも大変だろう。

 アルス皇子が一礼して、その大きな机のような楽器の前の椅子に座る。

 会場のざわめきが静まっていく。

 それぞれ指定された位置に座ったり立ったりする。

 レイは端に座って、会場の人々に竪琴の綺麗な模様が見える位置に座る。

 オリヴェル王子が自分の竪琴を真剣な顔で見ているのに気付き、軽く一礼する。

 ハープシコードのすぐ横に立ってヴィオラを構えたマイリーが、ゆっくりと音を鳴らす。合唱団の人達が、その音に合わせてゆっくりと声を出していく。それぞれが楽器を鳴らして音を確認していく。

 アルス皇子の弾くハープシコードは、なんとも不思議な音がした。

 確かに弦楽器の一種なのだろうけれど、その音は、竪琴ともハンマーダルシマーとも違う、やや金属質な硬い音をしていた。

 しかし、ヴィオラと同じく和音を奏でた瞬間の音の柔らかさと響きに、レイは驚く事になるのだった。



 長く鳴らしていたマイリーのヴィオラの音が切れた途端、会場が静まり返る。




 最初は、女神オフィーリアに捧げる歌。

 これはハーモニーの輪の人達が主旋律を歌い、エントの会の人達は低音部分を担当する。竜騎士隊は歌わずに演奏のみだ。また、エントの会の人達は、用意されたミスリルの鈴を鳴らしてくれる。

 これは何度も演奏している曲なので、余裕を持って演奏する事が出来た。

 会場を優しい拍手が包む。




 二曲目は、美しく青きリオル。

 レイにとっては、練習のみで実際に人前で演奏するのは初めての曲だ。

 これは国を縦断する大河リオ川を歌った古い歌で、建国当初、氾濫する事の多かったこの川を、二代目の皇王が、まさに国運をかけて治水事業を行なったのだ。以来、大きな氾濫は無くなり、リオル川と呼ばれていた名前がリオ川と呼ばれるようになったのだ。

 この歌は、男性と女性の歌う部分が綺麗に分かれていて、最初と最後のみ全員一緒に歌う部分がある。

 ファンラーゼンの前身である、まだ三つの小国が争い合っていた時代、リオル川は貴重な物流の道でもあった。

 多くの人々と様々な荷が行き交うそこは、また貴重な出会いの場でもあった。

 四季折々のリオル川を通して重なり合う、様々な人々の想いを歌ったこの歌は、今も多くの人々から愛されている。

 大人数で歌うと、最後の全員で歌い上げる箇所が非常に素晴らしく、合唱する側にとっては、己の力量を試される歌でもある。

 これもマイリーの合図でまずはヴィオラとフルートが最初の演奏部分を担当する。それを追いかけるようにして、アルス皇子の弾くハープシコードが重厚な和音を奏で、レイの竪琴とルークのハンマーダルシマーがそれに続く。

 最初の合唱部分は、竜騎士隊は参加しない。

 レイも、真剣に歌に合わせて竪琴を弾き続けた。


「我ら、今こそ歌うなり」

「美しくも青き大河リオルに捧げられし祈りの数々を」

「我ら、今こそ歌うなり」

永久とこしえに流れし大河リオルの御恵みめぐみを」

「我ら、今こそ歌うなり」

「永久に続きし人々の営みを大河リオルよ見守りたまえ」

「大河リオルよ見守りたまえ」


 最後の部分は、竜騎士隊の中でも、歌える者達は一緒に歌う。

 レイも、一生懸命に顔を上げて歌った。



 最後は、ヴィゴのコントラバスの低い音がゆっくりと奏でられる。

 最後の音が消えた瞬間、会場は大歓声と大きな拍手に包まれた。

 皆、笑顔で拍手をしてくれている。



 最後の曲は、以前も演奏した事のある、偉大なる翼に。

 これも、男性と女性が歌う部分が分かれているので、この歌には、マティルダ様を始めとした皇族の女性の方々も一緒に合唱に参加される。

 蒼の森の家族に、こっそり歌声を届けた時の事を思い出して、レイは演奏しながら笑顔になる。

 その優しい笑顔に、会場のあちこちから騒めきやため息が漏れた事に、レイは全く気付いていない。



 ブルーのシルフやそれぞれの竜の使いのシルフ達も、あちこちに好きに座って、愛しい主人の奏でる音と優しい歌声に目を閉じてうっとりと聞き惚れていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る