商談は大忙し
「夢みたいだ……これが全部、僕の本なの?」
目の前の壁一面の本棚一杯に、ぎっしりと並べられている贈られた本の種類は多岐に渡る。
レイの大好きな精霊王の本や、もう一人の英雄の生涯全巻、嘘つき男爵の大冒険などの何冊もの物語。分厚い様々な種類の図鑑も並んでいる。医学書や政治経済に関する本は、これから頑張って読まなければならない代表だろう。
そして天文学の本は、見た事が無い本も沢山あった。
「うわあ、お城の図書館でも見た事が無い本もあるよ……」
嬉しそうに何冊もの本の背表紙を撫でてから、大きく深呼吸をして後ろに下がった。
「今、これを一冊でも開いたら、今日は何にも出来なくなるので我慢します。今度、ここでゆっくり一日中本を読む日を作っても良いですか?」
目を輝かせるレイに、ルークも苦笑いして頷いてくれた。
「しかし、改めて見るとこれは確かに凄いな。この辺りは俺も読んでみたい本があるよ」
何冊も並んだ経済学の本を見て、ルークも背表紙を突っついて笑っている。
「じゃあ今度、ここで読書のお泊まり会をしようよ。ロベリオ達や、マーク達も呼んでさ」
「おお、良いなあそれ。まあ、やるなら夏以降になるだろうけど、その時は是非俺も参加させてもらうよ」
笑って顔を見合わせ、ようやく我に返った。
「ああ、ごめんなさい。検品中だったのに」
後ろに控えて待っていてくれたシャムに慌てて謝る。
「いいえ、とんでもありません。喜んでいただけて何よりです」
嬉しそうなその言葉に、レイは目を瞬く。
「実を申しますとこちらの贈り物には、私も少々お手伝いさせていただいております」
「あ、そっか。天文学の本は、シャムの所が品揃えは一番だもんね」
嬉しそうなレイの言葉に、シャムも嬉しそうに笑って大きく頷く。
「実を言うと、商会同士でも連絡を取り合って貰って、贈り物が重ならないようにしたんだよ」
ルークの言葉に、驚いてシャムを見る。
「はい、普段はそのような事は致しませんが、今回は皆様、本を御用意なさると聞きまして、取り扱っている商会同士で、贈る本が重ならないように擦り合わせを行いましたよ」
「ガンディは、自分の書庫から持って来てたけどな」
感心するレイに、ルークが笑って本棚を見上げながらそんな事を言う。
「もしかして、あの塔の壁にあった本かな?」
「そうかもな。何度見ても、あれは凄い量だもんなあ」
呆れたようなルークの言葉に、シャムは苦笑いしている。
「実を申し上げますと、幻獣関係では、私も見た事が無い本が何冊もございますね。これは素晴らしい」
「ええ、そうなの?」
「はい、ガンディ様の幻獣に関する蔵書の量は、我々の間では、もはや伝説です。機会があれば、一度拝見させて頂きたいものですね」
「まあ、確かにあれは個人の蔵書の範囲を超えてるよな」
ルークが腕を組んで何度も頷いている。
「床まで本だらけだったもんね」
「しかも、ヴィゴが言ってたけど、今でも行く度に本が増えてるらしいからな」
「凄いね」
「そうですね」
レイはシャムと顔を見合わせてそう言い、同時に吹き出した。
「えっと、それで次は何処を見るの?」
話を変えるように、伝票を覗き込みながら尋ねると、シャムも笑って頷き振り返った。
「では、次はこちらへお願い致します」
一旦書斎を後にして、それから順番に納品された品々を確認して回った。
一通りの検品が済み、居間に戻る。
そこには追加で持ち込まれた荷物が山積みになっていた。
「今回は廊下に飾っていただく、主に幻獣の版画や絵画をお持ちしました。ではどうぞご覧ください」
シャムの他に、ハンドル商会からは後三名の者が一緒に来ていて、手分けして次々に用意した品物を取り出して行く。
大人しくルークと並んで座ったレイは、シャムが解説してくれる幻獣の絵の説明を一つ一つ詳しく聞きながら、気に入った品物があれば一旦取り置いてもらい、最後に何処に飾るかを廊下に品物を持って行き、実際に見ながら決めて行った。
レイの希望のケットシーは、とても綺麗な親子のケットシーを描いた連作の版画があり、気に入ったレイの希望で、これらは玄関から一番最初に通る広い廊下の両側に並べる事になった。
前回シャムが言っていた、青い竜を描いた版画や絵画も幾つもあり、これを選ぶ時はブルーのシルフも一緒に大喜びで選んだのだった。
全部見終わる頃には、レイはヘトヘトに疲れていた。
「お買い物するのって大変なんだね」
ソファーに倒れ込んで、クッションに抱きついている。
「言っておくけど、この後、絨毯を持ってお前の友達が来てくれるんだろう?」
からかうようなルークの言葉に、レイは悲鳴を上げて抱いていたクッションに顔を埋めるのだった。
「レイルズ様。お茶とお菓子をご用意しましたので、どうぞ召し上がって下さい」
ラスティの声に、元気に返事をして起き上がるレイを見て、座って見ていたルークが笑う。
「相変わらずだなあ。甘いものには目が無いってか」
「やっぱり疲れた時は、甘い物だよね」
用意されたクリームと真っ赤なベリーのたっぷり乗ったパンケーキを見て、嬉しそうに何度も頷くレイだった。
シャム達が、注文した品物を廊下に飾ってくれている間に、レイとルークはパンケーキを頂いた。追加の検品はアルベルトがやってくれた。
丁度食べ終えて一息ついた所で、帰って行ったハンドル商会のシャムと入れ替わるように、ポリティス商会のクッキーが来てくれた。
「レイルズ様、本日はお呼び頂き、ありがとうございます」
他人行儀な挨拶に、ちょと口を尖らせたレイだったが、クッキー以外にも商会から人が来ているのを見て、思い直して小さく息を吸ってきちんと挨拶を返した。
終わって顔を上げた時に目を見交わし、小さく頷き合う。もうそれだけで、ちゃんと気持ちは通じていた。
まずは実際の場所を見てもらい、居間で見本の小さな絨毯の生地を見ながら、敷く場所ごとに色や種類を決めて行く。
正直言って、出された見本はどれも一緒に見えるのだが、触ってみると全くと言っても良いくらいに触り心地が違って驚いた。
「へえ、こっちはふわふわなのに、こっちは毛がみっちりだね」
同じような模様に見えるが、触り心地が全く違う。
「石の廊下は冷えますので、この辺りがお勧めです」
クッキーともう一人の担当者が詳しく説明してくれて、レイは自分の希望の色や種類を一生懸命に選んだ。
「へえ、優しい色を選ぶんだな」
後ろで見ていたルークの声に、レイは慌てて振り返る。
単に自分の好きな色を選んでいたのだが、絨毯にするにはおかしかっただろうか?
自分を見上げる困ったようなレイを見て、ルークは笑って彼の背中を叩いた。
「いや、お前らしくて良いと思うぞ。言っただろう。お前の家なんだから、自分の好きに決めて良いんだって」
ルークの隣で、ニコスのシルフ達も笑顔で頷いてくれているのを見て、ようやくレイも笑顔になったのだった。
全部決まった時には、レイは本気で疲れ切っていて、机に突っ伏し、クッキーを慌てさせたのだった。
「ありがとうございました。準備が出来次第急ぎお届けいたします」
何枚もの注文書にサインをして、笑顔で帰るクッキー達を見送った。
「お疲れさん。まとめての商談は大変だろう。まあこれも経験だよ。それじゃあ俺達も帰るとするか」
ルークの言葉に、レイは情けなさそうな声で返事をした。
「えっと、明日の予定って何かあるんですか?」
「明日は一日、城で会議だぞ」
「えっと、僕も参加ですか?」
「おう、いつもの見学だよ。寝ないようにな」
「うう、頑張ります」
顔を覆ってそう言ったレイを見て、ルークは面白そうに笑って、見ていたシルフ達に手を振った。
『主様頑張れ〜』
『頑張れ頑張れ』
無邪気にそう言って飛び回っているシルフ達を見て、ため息を一つ吐いたレイも笑顔になるのだった。
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