繋がる縁と想い
「た、大変失礼を致しました」
慌てたラスティが綺麗な布を持って来てくれ、なんとか彼等の濡れた服を拭き取ったのだった。
恐縮して謝るシャルートとルーベントだったが、お茶を噴き出して騒ぎの元を作ったラインムートは、もう先ほどからずっと笑い転げている。
「いやあ、噂では聞いたことがありましたが、予想の遥か上をいく刺激と苦味でしたね。これを日々飲んでおられた歴代の竜騎士様方を、俺は心の底から尊敬するよ」
腕を組んでしみじみと言われて、レイは思わず同意してしまった。
「本当にそうだよね。実は、僕は今でも……蜂蜜無しだと飲むのは大変です」
恥ずかしそうなレイの言葉に、ラインムートは笑って肩を竦めた。
「おお、それは大変だ。どうか頑張ってください。しかし、蜂蜜如きでこの苦味が消えるって、実際に自分で口にしても信じられませんね」
目の前に置かれた蜂蜜の瓶を手に、もう一度信じられないと言ってまた笑った。
すっかり打ち解けた彼等と、その後は彼らが今までどんな所へ行ったのかなどの話を聞かせてもらい、その際、テシオス達の仕事の前は、ブレンウッドからオルダムまで、僧侶と巫女を護衛して来たのだと聞き、思わずレイは考えた。
「えっと、その巡礼の僧侶様って言うのが、テシオス達と一緒にエケドラまで行った方だって言われましたよね」
「ええ、そうです。小柄な女性の方ですが、本当に健脚な方でしたよ。ある程度の医術の心得もあるとかで、お二人の怪我が癒えるまで親身になって介護なさっておられました。この後は、もう少ししたら神殿に商人の商隊が来るので、帰る際にその商隊と一緒にクームスまで戻り、そこから街道沿いに海沿いの街へ向かうんだと仰られていました」
頭の中で地図を確認したレイは驚きに目を見張った。
「女性の方で、歩いてその距離を行くのは、確かに凄いですね。その方の巡礼が無事に終わるように僕も祈らせてもらいます」
笑顔で頷く三人を見て、ふと思った疑問を口にした。
「あの、もしかして……」
「如何なさいましたか?」
シャルートが遠慮がちなレイの様子に驚き、飲んでいたお茶の入ったカップを置いた。
「もしかしてなんですけど、時期的に合ってるから……あなた方がブレンウッドから護衛して来た巫女って、もしかしてクラウディア?」
思わぬ名が出て、三人の目が揃って驚きに丸くなる。
「ええ、レイルズ様、クラウディア様とお知り合いっすか?」
ラインムートとルーベントの言葉が綺麗に重なる。
「ああ、やっぱりそうだったんだね。以前ディーディーからブレンウッドからオルダムまで歩いて来たって話を聞いた時に、護衛に、大柄な二人の冒険者の人と、それから女性の冒険者が付いてくれて、それから巡礼の僧侶様と一緒に来たんだって聞いた覚えがあったんです」
笑顔のレイの言葉に、納得したような三人だったが、ラインムートとルーベントが、ニンマリと笑って目が細くなった。
「あれあれ、レイルズ様は、クラウディア様とはどう言ったご関係で?」
「えっと、精霊魔法訓練所って言う、精霊魔法を習う場所があるんです。僕は学校にも行っていなかったから基礎学習と精霊魔法について詳しく習う為に、ここへ来てからずっと通っているんです。今は本科は卒業して高等科に進んでいます。彼女も、神殿からもう一人の巫女と一緒に精霊魔法の制御を習う為に通っているんです。いつも一緒に勉強しているんですよ」
嬉しそうなその言葉に、さらに二人の目が弓形になっていく。
「ほお、それでレイルズ様はクラウディア様の事をそんな名前で呼んでいるんですね」
何か言いたげな二人の言葉の裏に気付かず、レイは嬉しそうに笑って頷いている。
「お前達、いい加減にしなよ」
小さな声でシャルートが呆れたように二人の背中を突っつく。
「いやだって、ここはやっぱりねえ」
「そうそう、若いって良いよなあ」
「だよなあ。いやあ良いねえ。ちゃんと今しか出来ない恋をしてる訳だ」
その言葉に、彼らが何を言わんとしていたのかようやく理解したレイは、唐突に真っ赤になる。
その顔を正面から見てしまった三人が、堪える間も無く吹き出して更にレイを真っ赤にさせた。
「もう勘弁してください!」
突っ伏して叫ぶレイに、ラインムートとルーベントは遠慮無く大笑いしたのだった。
「それでは失礼します」
「ありがとうございました。お身体に気をつけて頑張ってお仕事してくださいね」
話を終え、立ち上がった彼らを見送りながら、レイは彼らに何かお礼をしたいと思った。
思わずニコスのシルフに小さな声で話しかける。
「ねえ、彼らに何かお礼をしたいんだけど、どうしたらいい? 今ここでお金を渡すとか……かな?」
さすがに、こう言った場合の対処の仕方は習った覚えがない。
「彼らには本当に感謝してるもん。お礼をしたいんだけど、どうしたら良いかな?」
すると、ニコスのシルフ達は揃って頷いてくれた。
『それじゃ貴方の名前で木札を贈れば良いよ』
「木札を?」
『金額を指定した木札があるの』
『従卒の彼に言えば書いてくれるわ』
『それを渡せば良いの』
『彼らが街でそれを使って買い物が出来るよ』
頷いたレイは、慌てて後を追い、ラスティに彼らにお礼をしたいので木札を渡して欲しいとお願いをした。
「それは良いですね、かしこまりました、ではそのように計らいます」
「えっと金額はどうすれば良いですか?」
お金を渡したいとは思ったが、どれくらい渡せば良いのか全く想像がつかない。
「レイルズ様は、彼らの働きに感謝なさり、お礼をしたいと思われたのですよね?」
何度も頷く彼を見て、ラスティは笑顔になった。
「では、こう言った場合の相場に、少々色を付けて渡しておきましょう」
一礼して出ていったラスティを見送り、レイは首を傾げた。
「えっと……色を付けるって、何? 木札に色を塗るの?」
意味が分からず考えていると、目の前に現れたブルーのシルフが笑って教えてくれた。
『色を付けるとは、別に木札に色を塗るわけでは無いぞ。物事の扱いに情を加える。つまり今回の場合、相場程度のお礼の金額に、更に少し上乗せして渡す、と言う意味だよ』
「ああ、そうなんだね。へえ、そんな風に言うんだ」
感心したように頷いたレイは、机の上に置いたままになっていた二通の封書を振り返った。
思っても見なかった、彼らからの手紙。
机に戻ったレイは、黙ってその二通の封筒をそっと手に取った。
精霊王の透かしの入った封書は、神殿の神官達が日常の手紙のやり取りで使うものだ。
閉じた蓋の部分には蝋で封が施されてあり、四つ葉の紋章が押されている。
「同じだね」
小さくそう呟いて、二通の封書をそっと抱きしめた。
手続きを終えたラスティが戻って来るまで、レイはその場に立ち尽くしたまま、俯いて封書を抱きしめ声も無く涙を流していたのだった。
そんな彼の周りでは、心配して集まって来たシルフ達が、彼の髪を引っ張ったり頬を叩いたりして、なんとか泣き止ませようと必死になっていた。
ブルーのシルフはレイの右肩に座ったまま、彼の頬に身を寄せるようにして、ずっと黙って寄り添い続けていたのだった。
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