疑問と考証
その後は、クラウディアとニーカ、それからジャスミンを相手にガンディが、簡単な応急処置の方法や身近で手に入る薬草についての話を始めてしまい、会話に参加出来なくなったクローディアとアミディアは交代でピックを膝の上に抱いて、左右に座ったレイとカウリそれからタドラ以外に、ケイティを始めとした護衛の者達にも順番に触らせて遊んでいたのだった。
皆に撫でてもらって、ピックは終始ご機嫌だ。目を細めて少女達の腕に顎を乗せてのんびりと寛いでいる。
「しかしこいつ、本当に甘え方が猫っぽいな」
笑ったカウリの言葉に、クローディアとアミディアも笑って何度も頷く。
「なあ、それよりちょっと思ったんだけどさ」
カウリが、レイを見ながらそう言うので、手を伸ばしてピックを撫でていたレイは驚いて顔を上げた。
「どうしたの?」
「さっきの、ガンディの仮説なんだけどさ。俺は、幾つか謎が残ってると思うんだな」
不思議そうに目を瞬くレイ達を見て、カウリは小さく笑ってガンディを見た。
声は聞こえていたようで、ガンディも驚いたようにこっちを振り返っている。
「何だ? 聞き捨てならんな。何かあるなら言ってくれ。改めて検証するからな」
しかしカウリは、手を伸ばしてピックを撫でながら苦笑いして首を振った。
「残念ながら、これは絶対に検証出来ませんよ」
その言葉に、全員が首を傾げる。
肩を竦めたカウリは、ガンディを見て口を開いた。
「相当な深度の地下にある、完全に隔離された空間である水晶の室。シリル銀針がそこに結晶化して、それを鉱石を採掘していたドワーフ達が偶然見つけてシリル銀針を収穫する。まあそれは分かります。鉱石ですから地下の鉱山で取れるのはある意味当然です。たまたまそこにいたピックが、盗掘者の手によって無理矢理地上に連れ出されて密猟者から助け出され、様々な人を経由してここに来た。それも分かります。本当にこの子は運が良かったんでしょう」
「何処に問題がある?」
不思議そうなガンディに、カウリは笑って首を振った。
「その前提の時点が大きな謎ですよ。そもそも、完全に隔離されている相当な深度の地下の空間に、一体どうやってピックは入り込んだんですか? 発見当時、猫ほどの大きさしかなかったと言うのなら、本当に生まれたばかりの子供の可能性も有ります。いや、恐らくそうなのでしょう。だとしたら、穴を掘って自力で水晶の室に来たとは思えない。それならこいつの親は?」
「あ、そうか。それはピック一匹では絶対に検証出来ないね」
納得したタドラが頷いてそう呟く。
「えっと……?」
タドラを見たカウリは頷き合い、首を傾げているレイ達を振り返った。
「つまり、こいつの親は、どうやってピックをその閉鎖空間である水晶の室の中に入れたんだろうな。って事。穴を開けて入り込み卵を産み落としていなくなったのか、あるいは一緒に子育てしていて、親は盗掘者に殺されたのか……」
その言葉に全員がピックを見つめる。
「ウキュウ?」
全員から無言で注目されて、ピックは、不思議そうに自分を抱いているクローディアを見上げた。
「ねえピック。あなたのお父上やお母上はどうしたの?」
すると、ピックは突然クローディアの膝から飛び降りてガンディの所へ走って行った。
「ピップルポー!」
甘える様に叫んで、大きく飛び上がってガンディの腕の中に飛び込む。
それは、飛びついた自分をガンディが受け止めてくれる事が当然だと思っている行動だ。
「おお、いきなりどうしたのだ?」
驚いたガンディが慌ててしっかりとピックを抱きしめる。
「クルッポー!」
もう一度甘える様に鳴いたピックは、そのままガンディの腕に頭を擦り付けてご機嫌で喉を鳴らし始めた。それは鈴を転がしているかの様な可愛らしい音で、猫や竜達の鳴らす喉の音とは全く違っていた。
呆気にとられる一同をよそに、目を輝かせてその様子を見たガンディは、先ほどまでの薬草の話をしていた時の真剣な顔とは全く違う、とろける様な笑顔になった。
「おお、お前の喉の音を聞くのは久し振りじゃな。儂は嬉しいが、突然どうしたと言うのだ。ん?」
抱いているピックに額を近付けて嬉しそうにそう言うガンディは、はっきり言っていつもの気難しい彼とは別人の様だ。
半ば呆然とその様子を見ていた一同だったが、最初に我に返って吹き出したのはカウリだった。
「そっか、そう言うことか」
口元を押さえて笑っているカウリを、レイは振り返った。
「ええ、何がどうして、そう言う事、なんですか?」
「分からないか?」
レイだけでなく、一緒になって首を振る少女達を見て、もう一度カウリはガンディを見た。
「つまり、あれがさっきのクローディアの質問の答えだよ。実際のピックの親がどうなったのかは、恐らくピック自身も知らないんだろうさ。だけど、少なくともこの百年間は、ガンディがピックの親って事さ」
「クルルルルピクポー!」
目を細めて嬉しそうに鳴くピックに、ガンディは目を見張った。
「其方……儂が親だと思っておるのか?」
「ウキュウ? クルルルピキポー?」
それはまるで、え? 違うの? とでも言わんばかりの口調で、その場にいた全員の耳に、間違い無くそう聞こえた。
「今、間違い無く、え? 違うの? って言ったよね!」
レイの言葉に、全員が笑いながら同意する様に頷く。そしてそのまま大爆笑になった。
「そうなのね。良かったね、優しいお父さんで」
クラウディアが笑ってガンディに抱かれたピックを撫でてやる。
「ウキュルクプルピピポー!」
得意気にそう鳴くと、もう一度ガンディの腕に頭を擦り付け始めた。
「長命種族ならではだな、幻獣の親になるなんてさ」
呆れた様なカウリの言葉に、もう一度皆で大笑いになったのだった。
「それにしても、さすがに気付くところが違うのう」
ようやく笑いも収まり、改めて淹れたお茶を皆で頂いていると、椅子に座っていたガンディがカウリを見ながらからかう様にそう言って笑った。
「そうだよね。閉鎖空間である水晶の室にどうやってピックが入ったかなんて、僕、全然考えなかったや」
レイの言葉に、ガンディは苦笑いしてレイを振り返った。
「いや、それよりも親がどうした、と言う話さ。隔離空間にどうやってピックがいたかと言うのは、実は儂も何度か考えた事がある」
「どうだったの?」
「残念ながら、全く思いつかんかったわい。しかも儂は、親の事など考えんかったな。さすがは所帯持ちだな」
その言葉に、クローディアとアミディアが目を輝かせてカウリを振り返った。
「ねえカウリ様! もう言ってもいいですか?」
「言ってもいいですか?」
目を輝かせた二人に詰め寄られて、カウリは驚いた様に仰反る。
「いや、あの……」
「だって、もう
その言葉に、その場にいた全員が目を見開いてカウリを見つめる。
「おめでとうございます!」
レイの言葉に、タドラも満面の笑みになってカウリの背中を叩いた。
「水臭いですよカウリ、そう言う事なら言ってくれないと」
タドラにそう言われて、真っ赤になったカウリは顔を覆ってソファーから転がり落ちたのだった。
「今度はカウリが落っこちたよ!」
笑ったレイの言葉に、またしても全員揃ってその場は大笑いになった。
『楽しそうで何よりだな』
ブルーのシルフの言葉に、他の竜達の使いのシルフも、それから他のシルフ達も一緒になって、揃って大喜びで、笑って飛び跳ね回っているのだった。
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