始まりの祭事と朝食会

 神殿で深夜まで過ごし、まず明日の花撒き担当のアルス皇子とヴィゴとカウリが先に退場した。

 その後は交代で用意された控え室で仮眠を取りながら一晩中座って過ごし、祈りの時間ごとに一緒に祈りを唱えて歌を歌った。

 夜明け前にマイリーとタドラがやって来て、休んでいたアルス皇子達が陛下と一緒に戻って来ていよいよ花祭りの祭事が始まった。

 アルス皇子と一緒に神殿へ来た陛下が、まずは女神に花を捧げ、手にした巨大なルビーの嵌った宝剣で聖なる火花を散らした。

「我ここに、花祭りの開始を宣言する。我らを守りし女神に感謝と祝福を!」

「我らを守りし女神に感謝と祝福を!」

 礼拝堂にいるすべての人々が、陛下の言葉に続いて唱和する。

 巫女達が、手にしたミスリルの鈴を一斉に打ち鳴らし、拍手が起こる。

 宝剣を置き振り返った陛下は、手に大きくて真っ白な花を一輪持っている。

 一人の正装の神官が進み出て、跪いて両手で差し出されたその花を、陛下の手から受け取る。

 恭しく一礼した神官は、ゆっくりと立ち上がった。

 花を捧げるようにして持ったまま、ゆっくりと礼拝堂を出て行く。

 蝋燭や、ミスリルの鈴を持った巫女達がその後ろに続いた。

「行くよ、ここからは会場まで花馬車で行くからね」

 ルークの言葉に、レイは頷いた。



 巫女達の中には、ミスリルの鈴を持ったニーカとジャスミンの姿も見える。

 そして、クラウディアはまだ世が明けぬ暗い外へ出た途端に、進み出て光の精霊を呼び出して明かりを灯したのだ。

 蝋燭の明かりとは違う、優しい白い光に周りから感心したようなため息が聞こえる。

「行くぞ、一人だけでいいから、レイルズもウィスプを呼んで明かりを灯してくれるか」

 ルークに言われて、レイはペンダントに話しかけた。

「えっと、一人だけで良いんだって、光の精霊さん出て来てくれますか」

 その言葉に応えるように、一度だけ跳ねたペンダントから大きな光の精霊が飛び出て来た。

 大きな光を灯したその子は、ふわふりふわりと飛んで、クラウディアの所へ行って、彼女の呼んだ精霊と並んで飛び始めた。

「正直な奴だな」

 ルークが小さく呟き、自分も光の精霊を呼び出して頭上を照らしてもらった。

 花を持った神官を先頭に、竜騎士達が後に続き、その後ろを巫女達や精霊王の神官達が、更にその後ろには第二部隊と第四部隊の兵士達が大勢並んだ。

 竜騎士達の周りには、そうやって呼び出した光の精霊の灯す明かりで昼間のような明るさだ。そしてかなり離れた行列の後ろの方でも光の精霊を呼んでいるのを見て、レイは嬉しくなった。あれはマークの呼んだ光の精霊だ。

 そのまま外に出て、城の中庭に用意された一台の花馬車にその神官が乗り込む。花は捧げ持ったままだ。

 中庭に並んだ着飾ったトリケラトプス達が引く花馬車に陛下や竜騎士隊が乗り込み、レイも続いて乗り込む。

 何台もの花馬車に、貴族達が乗り、花馬車はそのまま順番にゆっくりと進み始め、開かれた門から外に出て、城を大廻りして一の郭を通り、花祭りの会場に到着した。



 ようやく日が昇り始めて、辺りが明るくなって来ている。

 差し込む朝日に照らされて、花馬車から降りた人々は、また神官を先頭にゆっくりと広場の中央にある噴水の横の女神の銅像の前に並んだ。

 しかし、ここでは陛下や竜騎士隊の人達は離れて見てるだけで、近くには行かない。



 普段は、特に何もない普通の銅像だが、この時ばかりは足元に祭壇が設けられ、まだ花の生けられていない花瓶がいくつも並んでいた。

 神官が恭しく一礼して、真ん中の花瓶にその花を差し込む。

 見ていた人々から拍手が沸きこり、背後で大歓声が沸き起こった。

「では戻ろう」

 陛下の声に、竜騎士達や貴族達は急いで会場を後にした。


 離れて見ていた意味が分かった。

 花を捧げた直後の大歓声は、どうやら赤壁の城門が解放された合図だったらしく、彼らが広場を離れて花馬車に乗り込んだ直後、会場にどっと人が押し寄せて来たのだ。

 女神の巫女達も下がって花馬車に乗り込むのが見えて、レイも安心して座った。

「これで、最初の祭事は終わりだよ。戻って少し休んだら奥殿へ行って陛下やマティルダ様と一緒に朝食を頂くからな」

 去年もそうだったのを思い出し、レイは笑顔で頷くのだった。




 揃って奥殿へ向かい、いつもの庭を見る部屋に案内された。

 待っていてくれたマティルダ様に挨拶をしてキスを貰う。それから、今日は車椅子のサマンサ様も来てくれていて、レイはサマンサ様からもキスを貰った。

 皆が順番に挨拶するのを見て下がると、待っていましたとばかりに猫のレイが足元にすり寄って来て甘えた声で鳴き始めた。

「久し振りだね」

 抱き上げてやると、レイの肩に顎を乗せるようにしてしがみつき、もの凄い音で喉を鳴らし始めた。

「相変わらずだね、君は。うわあ、ふかふかだね」

 苦笑いしながら、ふわふわの背中を何度も撫でてやる。



「さあどうぞ、座って頂戴」

 笑ったマティルダ様に背中を叩かれて、レイはお礼を言って席に座った。

 今回もマティルダ様の隣で、反対側にはサマンサ様が車椅子のまま座られている。

 当然のように、猫のレイは彼の膝の上だ。

「レイルズ様、こちらの膝掛けをお使いください」

 見兼ねた執事が、柔らかな薄い膝掛けを出してくれたので、とりあえず猫のレイを抱き上げて膝掛けを掛けてもらい、その上に猫を下ろした。

「あ、落ちなくなったね」

 この膝掛けは薄いがしっかりとした糸で織られていてとても暖かい。落ちないようにしている猫の爪だって通さないので、太ももに爪を立てられる心配は無くなったようだ。

「じゃあ僕はお食事を頂くから、ここにいてね」

 優しくそう言って頭を撫でてやり、垂れた膝掛けを引っ張って猫の背中に掛けてやった。

 レイのお腹に頭を当ててご機嫌な猫のレイは、話しかけられて大きな音で喉を鳴らし始めた。

「ここで鳴らされると、僕のお腹が鳴ってるみたいだ」

 お腹の辺りから聞こえる地響きのような音に笑ってそう言うと、マティルダ様が隣で笑って頷いている。

「普段は、私の膝でいつもそんな感じね。貴方のおかげで今日はゆっくり出来るわ」

 笑ったマティルダ様にそう言われて、レイは小さく笑って猫のレイの背中を突っついた。

 運ばれてくる食事を、何とか失礼の無いように時々ニコスのシルフに教えてもらいながら食べていると、ひと回り小さな猫がまた足元にやってきた。

「あれ? この子は……フリージアじゃなくて、子猫だった子ですか? うわあ、大きくなってる」

 初めて見た時は、確か掌に乗るくらいだったはずだが、今はもうフリージアと変わらないくらいの大きさになっている。

 顔はまだ幼い感じがするが、身体はかなり大きくなっている。

「えっと、この子だけですか?」

 足元を見たが、フリージアはカウリの膝に乗り、猫のレイは自分の膝にいる、後三匹いたはずだがどこへ行ったのだろう。

「この子はタイムよ。後の二匹はそれぞれお家が決まったのよ」

「そうなんだね、一人になってお母さん独り占めだね」

 笑って手を伸ばして撫でてやりカウリを振り返った。

「ペパーミントは? 元気にしてるの?」

「おう、デカくなってるぞ。毎回家へ戻る度に驚かされるくらいにな」

 カウリの言葉に、部屋は笑いに包まれたのだった。


『主様は人気者』

『ふわふわで可愛い』

『猫も主様も可愛い』

『可愛い可愛い』


『そうだなレイも嬉しそうだ』

 花の鳥の上に座ったシルフ達が、猫を撫でるレイを見て大喜びで可愛いと言って笑っている。

 ブルーのシルフも、愛おしげにそんな彼をずっと見つめているのだった。

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