瑠璃の館の装飾品

 本部へ戻ったレイは、しばらく休憩してからルークや護衛の兵士達と一緒にラプトルに乗って瑠璃の館へ向かった。



「シャムは、もう来てくれてるのかな?」

 途中の一の郭の綺麗な景色を眺めながら楽しそうなレイがそう呟くと、前にいたルークが振り返った。

「さっき本部を出る前に、彼も瑠璃の館に向かうって連絡があったからもうそろそろ到着してるんじゃないかな。一応、良さそうな品はいくつか持って来てくれるって言っていたから、気に入ったのがあればその場で買い取りも出来るぞ。ジャスミンの買い物もそのままこっちで見せてもらっても良いかもな」

「あ、そうだね、わざわざ本部まで来てもらわなくても良いもんね」

 笑って頷き、見えて来た青い屋敷に歓声を上げた。



「何度見ても見事なもんだな」

 ルークの声にレイも何度も頷き、門の前に並んで嬉しそうに屋敷を見上げる。

「ねえ、ブルー。貴方の鱗みたいだね」

 ふと思いついたレイは、ゼクスの頭に座って一緒に屋敷を見上げているブルーのシルフに話しかけた。

『そうだな。確かに見事なまでに青一色だな』

「窓枠まで青いって、面白いね」

『あそこまで青くする必要は、我は無いように思うがな』

 やや呆れたようなその言葉に、レイ笑って頷く。

「確かにちょっとやりすぎかもね。ブルーのたてがみみたいな真っ白や銀色でも綺麗だと思うけどな」

『ああ、白なら確かに綺麗かもな』

 呑気にそんな話をしているレイを見て、ルークはラプトルから降りながら振り返った。

「確か、最後の当主が全部の窓枠を青にしたはずで、それまでは白だったって聞いたぞ。良いんじゃないか。その方が確かに全体に締まって見えるかもな」

「でも、工事は終わっちゃったんでしょう?」

「いや、だから言っただろう? お前の希望を言えば良いって、窓枠の色くらい、すぐに変えてくれるぞ」

 驚くレイに、ルークは笑いを堪えられない。

「だから、言っただろうが。お前の屋敷なんだから、お前が気にいるようにすれば良いさ。ここなら、お前の友人達を呼んで泊まってもらう事だって可能だぞ」

 目を輝かせるレイに、ルークはニンマリと笑った。

「言っておくけど、女性を泊める時は人目があるからそこの所は考えろよ」

 マークとキムを呼べると考えていたレイは、ルークのいう友達が誰を指しているのか気付き唐突に真っ赤になった。

「ルーク! 僕で遊ばないでください!」

「そこで赤くなるお前が可愛いよ」

 笑いながらそう言われて、レイはさらに真っ赤になるのだった。


『主様は可愛いよ』

『可愛い可愛い』

『主様は可愛いの!』


 周りで一緒にいたシルフ達が、大喜びで口を揃えて歌うようにそう言うのを聞き、同時に笑い出した二人だった。




 ようやく話が一段落して門を見ると、そこにはいつの間にか、この屋敷を管理してくれている執事のアルベルトが、笑顔で立ってこっちを見ているのに気づいた。

 いつまでも話をしていて入って来てくれない彼らを、アルベルトはひたすら黙って待っていてくれたのだった。

「では、どうぞ中へ」

 一礼してそう言ったアルベルトの案内で、二人は屋敷の中へ入って行った。




「ううん、何度見ても見事な庭だな。うわあ、ピンクの庭になってる」

 ルークの言葉に、反対側の見事な青い花を見ていたレイは驚いて振り返り、同じように歓声を上げた。

「うわあ、本当だ。全部ピンク色になってる」

 それは、前回来た時には満開だったサクランボの花が、もうほとんど散ってしまっていて、散った花びらが緑の芝生に覆われた地面を、見事なまでのピンク色に染めている光景だった。

「あの木は、毎年このように一斉に咲き、一斉に散ってしまいます。普段はすぐに花びらを片付けるのですが、おそらくご覧になった事が無いのではと思い残しておきました」

「ええ、こんなに綺麗なのにすぐに片付けちゃうんですか勿体無い」

 眉を寄せるレイの言葉に、執事は少し笑って首を振った。

「残念ですが、綺麗なのは今だけです。散った花びらはすぐに茶色くなってしまいますので」

 彼が示した端の方は、確かにもう茶色くなり始めていた。

「うわあ、本当だ。そっか、散った花びらは地面に返るだけだもんね。見せてくれてありがとうございます。大変だけど、お片付けをよろしくお願いします」

 笑顔でそう言われて、アルベルトは大きく頷いた。

「もちろんでございます。では中へどうぞ」




 改めて案内された部屋には、すでにハンドル商会のシャムが到着していて、広い部屋に置かれた机の上には、大小様々な包みや箱が幾つも置かれていた。

「この度は、お呼び頂きありがとうございます。ご希望の品を色々と持って参りました」

 深々と頭を下げて挨拶をされて、レイは笑顔で彼の手を取った。

「こちらこそ、来てくれてありがとう。えっとどうすれば良いかな。一応、中を見てもらうつもりだったんだけど、ここで品物を見た方が良いですか?」

 レイにはこういった場合のやり方が全く分からないので、素直に質問した。

「到着早々で恐縮ですが、よろしければ一度、お屋敷の中を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか。その際にご希望をお伺い致します。後ほど、持参したこちらの品物の中からお選びいただき、ご希望の品があればすぐに対応いたします」

「じゃあ行こうよ。えっと、まずは玄関からかな?」

 嬉々として振り返ったレイに執事のアルベルトは大きく頷き、全員揃って、もう一度玄関へ向かったのだった。




「おお、これは見事な玄関ですね」

 シャムは広い玄関を見て、感心したように壁を見上げた。

「えっとね、ここにはミスリルの石を置く予定なんです。それで、後ろの壁に何か大きな飾りが欲しいなって思って、天球図のタペストリーを飾ったらどうかなって思ったんです」

 それを聞いたシャムは、大きく頷いた。

「それならばぴったりの品がございます。幾つか持ってきておりますので、後ほどお選び下さい」

 満面の笑みになるレイに、シャムも笑顔で大きく頷いた。



 そのまま、全員で右側の廊下へ進む。

「ああそうだ。なあ、廊下に絨毯は敷かないのか?」

 足元の床は青と灰色、それから白の石がモザイク模様に敷き詰められているだけで、やや冷たい印象だ。

「絨毯を敷くなら、お前の友人のポリティス商会に頼めば良い。あそこは元は革を扱っていた商会なんだけど、絨毯なんかの織物や布関係にも強いんだよ。カウリも屋敷で敷いてる絨毯は全部まとめてそこで頼んだって言ってたぞ」

「あ、良いね。じゃあ、次は彼にも来てもらわないとね」

 笑顔でそう答えたレイは、廊下の広い壁を見た。

 ここにもごく小さな植物画が掛けられているだけで、何だかとても殺風景だ。

「ねえ、シャム、廊下にも何か飾れませんか?」

 竜騎士隊の宿舎の廊下にも、幾つか綺麗な絵や織物が飾られている。季節によって替わるものもあり、それを見るのをレイは密かに楽しみにしているのだ。

「そうですね。廊下でしたら少し小さめのタペストリーか版画があたりがよろしいかと。天球図や星の版画がございますよ。それ以外でしたら、もう少し大きめの植物や幻獣の版画あたりでしょうかね」

「幻獣の版画もあるんですか?」

 目を輝かせるレイに、シャムは笑顔で頷いた。

「我が商会は、天体関係と、幻獣関係の品では、オルダム随一の品揃えを自負しております」

「ええ、それも見てみたいです!」

 身を乗り出すレイに、シャムは嬉しそうに笑った。

「幻獣もお好きでしたか。それは嬉しいですね。もちろん、いくつか持ってきております。ご希望の幻獣を教えてくだされば、探して参りますよ」

 それを聞いて、レイはまた目を輝かせた。

「あのね、ケットシーの品物って何かありますか?」



 いきなり難しいところに来たな。



 シャムは内心で焦りつつ、平然と頷いて見せた。

「もちろんんございますよ。ただ今回は持ってきているのは一点だけですね。皆様、幻獣と言われると、大抵は竜や一角獣を希望なさいますので」

 目を瞬いたレイは、面白そうに横で見ているルークを振り返った。

「えっと、竜って幻獣なの?」

 その言葉に、ルークは笑って肩を竦めた。

「精霊竜や使役竜は別だよ。だけどほら、ピックは幻獣だろう?」

「あ、そっか。じゃあ、幻獣の竜もいるって事?」

「まあその認識で間違ってないんじゃ無いか?」

 話をする二人を見ていたが、シャムは驚いたように口を開いた。

「そのピックと言うのは、もしやガンディ様が面倒を見ておられるという、石を食べる幻獣でございますか?」

「そうだよ。丸くてとっても可愛いんだよ」

「おお、噂は聞いた事がございますが、本当だったのですね。それは素晴らしい」

 嬉しそうにそう言うと、改めて廊下の壁を見た。

「ならば、ここ以外にも廊下はまだまだございます。幻獣の版画を次回、一通りお持ちしますので、ご希望の品をお選びください」

「ああ、良いなそれ、廊下の版画は幻獣で統一するのか」

 ルークの言葉に、シャムは笑顔で頷いた。

「天体の版画では、やや寂しい印象になりますが、幻獣の版画の場合は、こう言ったお屋敷の廊下に飾られる事が多いので、それなりに華やかな図案も多いんです。お屋敷の装飾品に、なんらかの統一性を持たせる事は、良い趣味とされていますからね」

「良いと思うぞ。数種類でまとめるくらいが良いとされているからな」

「最近では、青い竜を描いた版画も増えておりますので、それもよろしいかと」



「へえ、ブルー。そうなんだって」

 二人の会話を良いていたレイは、笑顔で目の前にいるブルーのシルフにそう言ってそっとキスを贈った。

『それは良いな。どんな風に描かれているのか、気になるぞ』

「僕も気になるよ!」

 面白そうに言うブルーの言葉に、レイは笑顔で大きく頷くのだった。

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