魔女集会
「まあまあ、リープル様はレイルズ様と何か関わりがございますの?」
驚いたようなイプリー夫人の言葉に顔を上げたリープル夫人は、笑顔で頷き、先日の訪問の際の事件のあらましを語った。そしてその際に、ジャスミンを自分達の養女にすると決めた事も話した。
「精霊魔法を扱える人間は貴重ですからね。ですが、彼女のご両親は彼女を厭うて手放しました。主人と相談の上、彼女を正式に養女にする事にしたのです。私たちが保護しなければ、それこそ孤児院へ行くか女神の神殿で巫女になるしか彼女に道はありませんでしたからね」
周りから、何人もの同情する声や、彼女の幸運を喜ぶ声がしてレイは驚いた。
何となく周りから漏れ聞こえる話をまとめると、幼い少女が神殿で巫女になる事は、この世の終わりの不幸な事のように言っているのを聞き黙っていられなかったのだ。
「女神の巫女も、大変だけど楽しそうですよ」
その瞬間、女性達の目が揃って輝いたのに、残念ながらレイは気付かなかった。
「まあ、レイルズ様は、巫女様にお知り合いが?」
イプリー夫人の態とらしい質問に、全く状況が分かっていないレイは、無邪気な笑顔で頷いた。
「はい。僕はここへ来てから、精霊魔法や他の勉強もする為にずっと精霊魔法訓練所に通っているんですが、女神オフィーリアの神殿からも巫女の少女達が一緒に訓練所に精霊魔法の勉強に来ていますよ。ジャスミンも、もしも訓練所に通うのなら彼女達と友達になれたら良いですね」
「まあ、それは素晴らしいですわね。その巫女様方は毎日街から通っておられるのですか?」
「えっと、今までは仰る通りに街の神殿から歩いて通って来ていました。だから自習の参考書が無かったりして大変だったんです。でも、年明けからは城の女神の分所に勤めているので、通うのはかなり楽になったみたいですよ」
「まあ、それは良かったです事」
三日月みたいになったご婦人方の目に見つめられても、まだレイルズは自分の置かれた状況を分かっていなかった。
密かにどんどん追い詰められている事に気付かないレイルズを見て、ルークは苦笑いしてそっと下がった。
「これは、面白そうだからちょっと成り行きを見守らせてもらおうっと」
「まあ、意地の悪い。助けて差し上げないと」
そっと隣に来たミレー夫人の言葉に、ルークは小さく吹き出した。
「いやあ、狼の群れの目の前に、ノコノコ出て行ったウサギを助ける勇気は俺にはありませんよ」
「狼は酷いですわ。せめて……そうですわね山鳩の群れ、とか?」
「一撃でとどめを刺す力のないもの達が、寄ってたかって目標を突っつくんですか? 狼に一撃でやられるよりそっちの方が大変そうだ」
「まあ酷いですわ。ルーク様は私達を一体何だとお思いですの?」
咎めるような内容と真逆に、ミレー夫人の顔はとても楽しそうだ。
「俺自身は女性は可愛い小鳥だと思ってますよ。でもまあ、小さな嘴でも突っつかれたら痛いですよね。これもあいつには良い経験になるでしょう」
肩を竦めるルークの言葉に、ミレー夫人は声を殺して笑っている。
「だけど今回ばかりはラピスの助けは期待出来そうにないからなあ。まずい事になりそうな時には一応助けますよ」
「そうですわね。それが宜しいかと」
ニコリと笑って頷くミレー夫人を見て、ルークは密かに苦笑いを噛み殺していた。
ようやく人間の事をあからさまに毛嫌いする事は無くなったものの、人間同士の付き合い、ましてやクルクルとすぐに気が変わるご婦人方のお相手など、ラピスにとっては未知の世界だろう。
おそらく何処かで見ているであろうラピスが、今どんな顔をしているのか考えてルークはまたしても吹き出しそうになるのを必死で堪えていたのだった。
「どんな方ですの?その訓練所に通われている巫女様は」
「えっと……」
ニーカの事は、表向きタガルノからの亡命者、という事だけになっている。彼女が竜の主である事は、神殿内部では皆知っているが、それ以外の人達はその事実を知らない。
スマイリーがこの国へ来たのは、あくまで戦後賠償の一つとして来たのだと思っているのだ。
「二位と三位の巫女ですよ。三位の巫女は、確か十三歳だって言ってたから、ジャスミンと歳が近いですよね。仲良くなれたら良いのに」
「じゃあもう一人の方は?」
いよいよ核心に迫る質問が来て、後ろで聞いていたルークは無言で口元を覆った。真剣に考え事をしているかのような仕草だが、実は吹き出しそうになるのを必死で堪えているのだ。
「えっと、二位の巫女で……あ、舞の名手だって聞きました」
「まあそれは素晴らしいですわね。レイルズ様は、その巫女様の舞をご覧になった事がおありなんですの?」
「はい、とっても素敵でした!」
目を輝かせて無邪気に答えるレイルズに、ルークはもう、後ろを向いて声も無く笑っている。
そんな彼を隣に並んだミレー夫人は半ば呆れたように見つつ、振り返ってレイルズを見つめる目はとても優しかった。
あれ、これって何だか覚えがあるぞ?
確か……?
妙に覚えのある展開に気が付き思い出したのは、花祭りの後、カナシア様に良ければ奥殿へ遊びに来てと言われてうっかり行った時に、サマンサ様を筆頭に女性陣から彼女との事を一から全部言わされた時の事だ。
周りの自分を見る目が、あの時の彼女達と同じだった事にもようやく気付き、不意に自分が追い詰められている事に今更ながらに気が付いたのだった。
しかし、時すでに遅し。
いきなり首まで真っ赤になる。
更に、それを見た周りの女性達の目が輝いて身を乗り出すのを見て逃げを打とうとしたが、当然逃げ場はない。
結局、またしても彼女の事を聞かれるがままに話し、花祭りでの出来事まで言わされたのだった。
「まあ、運命を感じますわ」
「花祭りの会場で、一度で竜騎士の花束を取れるなんて素晴らしいですわ」
「ここにも運命を感じますわね」
「まるで、物語の恋のようですわね」
目を細めて口々にそう言われて、レイは困ってとりあえず笑って誤魔化した。
「それではレイルズ様は、彼女との将来をお考えですの?」
目を輝かせた別の夫人に聞かれ、レイは更に困ってしまった。
彼女との将来を聞かれても、今は分かりませんとしか答えられない。
一緒にいたいとは思う。しかし、神殿で巫女の務めを懸命に果たしている彼女達の事を見て、誰が勝手にやめろだなんて言えるだろう。第一、まだ自分自身の事さえ全く出来ていない自分には、そんな事は遠い未来の話だと思っているのだ。
「その巫女達二人は、私の父上が正式に後見人になりましたよ。聞きましたが、とても良い子達のようですね」
さりげなくルークがそう言いながら横に来て、今すぐにでも神殿へ使いの者をやろうとしていたご婦人方に釘を刺した。
「まあ、ルーク様のお父上が?」
「ええ、そうです。二人共優秀な精霊使いですからね。まあ、神殿だけに取り込まれないようにする為ってのが一番の理由なんですけれどね」
神殿と貴族達の関係もやや複雑だ。こういった場では、そういった事はあまり話題にしないのが暗黙の了解になっている。つまり、ルークはこれ以上はお断りですと暗に示したのだ。
弁えている夫人達は、さり気なく話題を変え、今度はミレー夫人が屋敷への訪問の際に聞いた森での暮らしについて質問し、またしてもレイは森での生活や、自由開拓民の暮らしを一から説明する羽目になったのだった。
ようやく話題が変わって、大変な思いをしつつも楽しそうに森での生活について話すレイの肩には、いつの間にかブルーのシルフが面白そうに座っていたのだった。
密かにそれに気づいたルークは、またしても笑いを堪えるのに苦労していたのだった。
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