マークの価値とそれぞれの考え方

「光の精霊魔法の合成とその発動について……発案はキム伍長、其方か?」

 真顔のガンディの問いに、キムは苦笑いして首を振った。

「俺がやったのは、自分の過去の論文を彼に読ませただけです。ちょっとこのところ理論ばかりが先走って、実際の発動の確率と机上の考えが一致しない部分が多くて困っていたんです。それで、彼ならまた違う意見が聞けるのでは無いかと……正直言って、ちょっと期待したのは事実です」

 キムの言葉に、ガンディも小さく吹き出した。

「ここへ来たばかりの頃の俺なら、論文を見せられても一体何を書いているのかすら分からなかったでしょう。だけど、今なら解ります。確かに、非常に興味深い研究課題だなって思いました。それで、俺にも何かキムの力になれないかって思って、俺もこれを一緒に研究してみようと思って研究生になる申請を出しました」



 竜騎士隊の面々やガンディだけでなく、今となってはそれなりに知識のあるニーカやクラウディアも、一緒になって食い入るように彼の話を聞いていた。



「最初は彼がやっているように、風と水、或いは風と火の精霊魔法の合成について勉強して、ある程度は安定して発動するようになったんです。だけど、俺は逆に理論立てた説明のつかない部分が多くて困っていたんです」

 照れたように笑うマークに、キムは笑って背中を叩いた。

「それで、相談された俺がこう言ったんです。俺だってその辺りの実技は出来るんだから、お前がやるなら光の精霊魔法の合成だろうって。まあ実現するなんて思っていませんでした。話の成り行きで、ぽろっと口から出ただけだったのに、いきなり彼は本気になって光と風の精霊魔法の合成を実験し始めたんです」

「成る程、先程のあれは風の精霊魔法との合成か」

 納得したようなガンディの言葉に、マークは頷いた。

「風の精霊魔法の盾は、手から少し離れた部分で起こしますよね。それに少しくらいなら自分から離れていても盾を出現させる事は可能です。それなら、光の精霊魔法でも同じじゃ無いかって思って……」

「いきなりそう考えるのが、素人ならでは、だな。普通はそもそも風と光の精霊魔法を同列には考えんよ」

 ガンディの呟きに苦笑いして頷いているのは竜騎士達で、合成魔法の理論について知らない見習い二人と少女達二人は、揃って不思議そうにしている。



「ふむ、己の能力にここまで無頓着だと逆に感心するな。これは育て甲斐がありそうじゃ。なあマーク伍長、其方のこの研究に儂も一枚噛ませてくれ。論文には、儂は相談役の一人として名前を入れてくれればそれで良い」

 相談役とは、論文自体には名は残るが研究者としてでは無く、あくまでも第三者的な立場で関わった人物の事だ。大抵は直接教えを請うた教授の名前などが書かれる。

「いえ、あの、良ければ共同研究という形で……」

「連名で出したら儂の名ばかりが注目される事になるぞ。それでは、儂が其方の手柄を横取りしてしまう形になってしまう。それは儂の本意では無い。それに、今更儂の名前で論文を書こうとは思わんよ。これは其方がキムと二人で相談して見つけた、其方の生涯に渡って研究する価値のある課題じゃ」

 笑って背中を叩かれて、マークは情けない悲鳴を上げた。

「それより其方、まだこれに関しての論文は書いておらんのか?」

 目を輝かせて覗き込むガンディに、マークは慌てて目の前で手を振った。

「ガンディ様、無茶言わないでください! 俺はつい先日、ようやく本科の単位を全部取って、研究生になる申請を出した所です。まだ、光の精霊魔法についての講義は、しばらく続けていただくつもりですから、まだまだ俺なんて半人前ですよ」

 それを聞いたガンディは、これ見よがしの大きなため息を吐いた。

「誰一人、やったことすら無かった初めての合成魔法を易々と成功させた其方が半人前? ふむ、どうやら半人前の意味について、其方と一度じっくりと話し合う必要がありそうじゃな」

 態とらしくそう言ったガンディの言葉に、マークは言葉を失い、マイリーとヴィゴも小さく吹き出し同意するように頷いていた。



 その後は、実際に精霊魔法の合成を幾つも皆の目の前でやって見せ、そんな事が出来るなんて考えた事も無かったクラウディアとニーカを驚かせた。

「マーク、本当に凄いや。僕もこれを上手く出来るように頑張るから、また何か分かったらいつでも教えてね」

 光の精霊魔法の合成方法についてマークから詳しい説明を聞いたレイは、目を輝かせながら嬉しそうにそう言ってマークの背中を叩いた。

 レイの肩の上では、ブルーのシルフと共にニコスのシルフ達が、揃って真剣にマークの話を聞いていたのだった。




「ありがとうございました!」

 綺麗な布製の手提げ鞄に頂いた品々を入れ、神殿の皆へのお土産にと渡された、綺麗に包まれた山盛りのお菓子の入ったカゴを抱えて、満面の笑みの少女達は用意された馬車に乗り込んでいった。

「また訓練所で会おうね」

「気をつけて」

 手を振る竜騎士隊とマーク達に見送られて、馬車の窓から二人は身を乗り出すようにしてずっと見えなくなるまで手を振っていた。

「それでは俺達も戻ります。本日はお招きいただきありがとうございました。頂いた数々の品も、大切に使わせて頂きます」

 揃って深々を頭を下げた二人に、皆も笑顔になった。

「こちらこそ、急な事で申し訳なかったな。次回はもう少し早めに連絡するとしよう」


 笑うヴィゴの言葉に、二人は密かに感激していた。

 どうやら、巫女達の昇格祝いと聞いて来たが実際には竜騎士隊の方々との交流会であったそれは、一度きりの開催では無いようだ。

 そのまま自分達の事務所に戻る彼らも見送り、レイは嬉しくてルークの腕にしがみついた。

 竜騎士隊の皆に、自分の大切な友人達を紹介出来た。まさか、マークがあれ程までに光の精霊魔法を使いこなしている事には驚いたが、それはレイの研究心と好奇心を刺激する事にもなった。

「マーク達も頑張ってるんだな。僕も負けないようにもっと頑張らないと」

 そう呟いて、目の前に現れたブルーのシルフにそっとキスを贈った。



 休憩室は、執事達が片付けの真っ最中だった為、隣の第二休憩室へ行き、レイとカウリは明日の訓練所の予習を始めた。

 若竜三人組がそれを見て教えてやっているのを見て、マイリーとヴィゴはルークを連れてそのまま休憩室を出て行った。

 また別の応接室に入った三人は、無言で部屋に手早く結界を張って、今日のアルカディアの民達から聞いたタガルノの現状をルークに話した。

「贄の印……もうその言葉だけで、碌なもんじゃないって白状してますよね」

 顔を覆ったルークの言葉に、二人も無言で頷いた。

「贄の印、それって、精霊王の物語の外伝に出てくる、贄の矢、みたいな物でしょうか?」

「それは俺も思ったが、あれはある意味射る者も射られる者も決まってる、形式的な儀式だろう。今回のこれとは、違うと思うがな」

「いや、やり方じゃ無くて、その言葉の持つ意味の方ですよ。贄の矢は、闇の冥王への供物となる者を決める為の儀式の際に射られるもので、冥王信仰の最悪の儀式の一つです。定められた血筋を持つ者達に対して矢を放ち、射られた者が贄となる」

「人を動物扱いして矢を射ると言う時点で、そもそもおかしいとは思わんのかね」

「自分が射られるのでなければ、別に平気なんじゃありませんか?」

「狂気の沙汰だな」

「心の底から同意しますが、今回のその贄の印とやらはそれと同じものを感じます。アシェア王女なら、間違いなく前王の血筋ですからこれ以上ない高貴なる血だ。贄の候補には最適でしょうね」

 吐き捨てるようなルークの言葉に、二人も思い切り顔をしかめた。

 そして、その印が何故ニーカに刻まれていたのかを考えて無言になった。



 そこから導き出される結論は、どう考えても一つしか無い。



「お前、よく殺さなかったな」

 マイリーの小さな呟きに、ヴィゴは唸り声を上げて顔を覆った。

「それから言っておきますけど、俺はもう恨みも怒りもありませんからね。例の彼を見ても、怒って暴れないで下さいよ。俺は、どっちかと言うと、あの彼と一度じっくり話をしてみたいですよ」

 からかうようなルークの言葉に、ヴィゴは手を離して彼を見た。

「お前……」

「だって、あの後シルフ達と話をしていて聞いたんです。あの時の矢を見て、彼女達は強い矢を知った、と。次は必ず止めると言ってくれました。つまり、穿った見方をすれば、あの彼は我々にわざわざ見せてくれたんですよ。精霊竜のシルフ達の守りでさえも貫き通す事の出来る矢がある事をね」

「お前、あれだけの痛い目にあって、それでもそう言えるのか。逆に凄いぞ」

「死にさえしなければ、後遺症も無い怪我なんて過ぎてしまえば笑い話ですよ。俺はどちらかと言うと、あれ程の矢をどうやって射たのか、そっちを知りたいですね」

「それなら、今度会った時に聞いてみれば良い。今なら教えてもらえるんじゃ無いか?」

 からかうようなマイリーの言葉に、ルークは小さく吹き出した。

「じゃあ、会う事があれば聞いてみます」

 笑って立ち上がったルークは、また顔を覆って俯いているヴィゴの背中を思い切り叩いた。

「ほら、何を時化た面してるんですか。夜は城で夜会に呼ばれているんでしょう? そろそろ行った方が良いんじゃありませんか?」

「お前……俺より大人だな」

 ヴィゴの小さな呟きに、ルークは一瞬何を言われたのかと言うように考えてもう一度吹き出した。

「褒め言葉と受け取っておきますね。それじゃあ」

 手を上げて部屋を出て行くルークを見送り、マイリーは思い切り吹き出した。

「お前、柄にも無く拗ねるな。子供か!」

「拗ねてなどいない!別に……拗ねてなど……」

 途中まで言って、ヴィゴはもう一度唸り声を上げて顔を覆って机に突っ伏した。

「いやあ、ルークの奴いつの間にあんな分別のある大人になったんだ。うん、蛹が大きな蝶になったと思って喜んでいたが、どうやらとんでも無く大きな蝶になったようだな。我々で御し切れるかね?」

「良いではないか。これでお前も少しは楽が出来るだろうさ。殿下が言っていたぞ。例の、一日何もしない休日をお前に近々取らせるとな」

「あはは、まだ覚えていたのか。そうだな。この一件が落ち着いたら……」

「この一件が終わったら休むよ。その台詞、今までに何度聞いたか覚えておらんぞ」

 ヴィゴの本気の突っ込みに、マイリーは笑うしかなかった。



 その時、机の上にシルフが一人だけ現れた。

 二人とも一瞬で真顔になる。

『どうぞゆっくり休んでくれて良いぜ』

『何かあってもこっちで止めてやるからさ』

『それとあの若いのに言っといてくれ』

『幾らでも教えてやるよってな』

 一方的にそれだけを言って、シルフは手を振っていなくなってしまった。



 無言で二人は顔を見合わせる。



「二人掛かりの結界も、奴らには無意味って訳か」

「どうやらそのようだな。全く、今まで知らぬうちにどれだけの情報を抜き取られていたのだろうな。考えたら頭が痛くなるよ」

「言うな。俺まで痛くなってきた」

 疲れたようなマイリーの呟きに、ヴィゴも頷いて頭を抱えていた。



 机の端に座って、全ての話を聞いていたブルーのシルフは、そんな彼らを半ば呆れたように苦笑いしながら見つめていたのだった。

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