二人への新たなる任命書

 翌日、朝練を終えてカウリと一緒に訓練所に行ったレイは、門の前でカウリと別れていつもの図書館へ向かった。

 だが、いつもは先に来ている事が多いマークとキムがいない事に気が付いた。一通り図書館内を見てみたがやはりいない。クラウディアとニーカもいないが、彼女達は少し遅くなる事が多い。

「あれ? 今日はマークも来るって言ってたよね」

 いない事を確認してちょっと悲しかった。

 無事に本科は卒業だが、上位の精霊魔法の講義は、まだしばらく受けるのだと聞いている。

 そのうち来るだろうと思い探すのを諦めて、もう少し自習の為の本を探す事にした。



 その時、突然呼びもしないのに二人のシルフが目の前に現れて手を振った。

 これは誰かから寄越された伝言のシルフだ。図書館内では、緊急時以外は精霊通信は禁じられているので、伝言のシルフが来た時は、自習室か、もしくは精霊通信専用の部屋で話すように言われているのだ。

「待って、今図書館だから部屋へ行くね」

 大急ぎで今持っている本を抱えて、レイは自習室が並ぶ廊下へ向かった。

 彼の名前で、いつもの部屋を借りて急いで中に入る。

「お待たせ。えっともう話しても大丈夫だよ」

 シルフに話しかけると、頷いたシルフは順に口を開いた。

『おはようレイルズ』

『マークだ』

「おはよう、あれ? どうしたの? 今日は来るって言っていたけど、お休みになったんだね」

『そうなんだよ』

『急に仕事が入っちゃってさ』

『今日と明日の二日間』

『俺達二人共訓練所を休まなくちゃならなくなったんだ」

「そうなんだね。お仕事ご苦労様。頑張ってね」

 笑ったレイの言葉に、マークの笑う声まで律儀にシルフは届けてくれた。

『それでさちょっと確認なんだけど』

『明後日はレイルズは訓練所に来るよな?』

「えっと、その次の日がお休みの日だよね。うん、特に何も聞いてないから来てると思うよ」

『良かった』

『じゃあちょっとした報告があるからその時にな』

「そうなの?分かった、じゃあその時に聞くね」

 別に、伝言のシルフでも構わないと思ったのだが、マーク達は顔を見て話をしたいみたいだ。

『ああそれじゃあ勉強頑張ってな』

『それじゃあ明後日』

 言葉を伝えたシルフが、手を振っていなくなるのを見て、レイは小さなため息を吐いた。

「そっか、残念。出来たら指輪のサイズを聞こうかと思っていたのに」



 実は昨夜ギードと話をした後、ニコスのシルフ達に、マークとキムの二人から、指輪のサイズを聞き出すにはどうしたらいいか相談してみたのだ。

 こっそり彼女達が測る方法もあるそうなのだが、それは何だか隠れて悪い事をするみたいで嫌だ。となると、彼らから直接聞き出すのが良いのだが、レイには正面から指輪のサイズを聞く以外全く方法が思い付かなかった。

 相談を受けた彼女達は、嬉々として様々な方法を教えてくれた。だがそれらの方法は、どれも基本的に女性の指輪の大きさを聞き出す方法だったようで、レイは困ってしまった。

 そんな中に、これなら自分でも出来そうだと思える方法があったのだ。

 念の為、指輪の中に入っている精霊達にも相談したら、皆大喜びで了解してくれた。

 なので、今日にでもその方法を試してみるつもりだったのだ。

「相手がいないなら出来ないね。残念でした」

 左手の指輪を撫でながらそう言うと、ペンダントから光の精霊が一人だけ出て来て、目の前をくるくると飛び回り、すぐにまたペンダントに戻ってしまった。

「あれ? どうしたの?」

 レイの呼びかけに、ペンダントは一瞬ふわりと浮き上がり静かになった。

「マークに会いたかったのかな?」

 笑ってペンダントを手に取ると、大切な木彫り細工の竜のそれに、そっとキスを贈った。



 ノックの音がして、扉の向こうに本を抱えたクラウディアとニーカの姿が見えた。

 慌てて立ち上がり、扉を開いてやる。

「おはよう。今日と明日は、マークとキムはお休みなんだって」

「おはよう。そうなのね。いつも私達より先に来ているのに、レイが一人で自習室にいたから驚いたわ」

 先に入って来たニーカがそう言い、クラウディアも笑って頷いていた。

「おはようございます。じゃあ今日は三人ね」

「おはよう、そうだね。よろしく」

 二人の本を受け取って机に置いてやり、レイはもう少し自分の本を探す為に改めて図書館へ向かった。



 集めた本の山を抱えて戻り、三人はそれぞれに自分の勉強を始めた。

 しばらくそれぞれの勉強をしていたが、ニーカが計算問題でつまずいてしまったらしい。困ったように顔を上げて、隣で歴史の参考書を無言で読んでるレイを見た。

「ん? どうしたの?」

「ごめんね、読書中に。ここが解らないの。教えてもらえる?」

「良いよ、どこ?」

 今では数学は五人の中ではレイが一番出来るようになった。時にはキムでさえも、自分の研究の為の資料作りではレイに相談している事さえあるくらいだった。

 レイの丁寧な説明をニーカだけでなく、顔を上げたクラウディアも一緒になって真剣に聞いていたのだった。



「よく解ったわ。ありがとう、レイルズ」

 嬉しそうに笑ったニーカは、レイに言われた別の問題を自分で解き始めた。黙って見ていたがどうやら大丈夫のようなので、レイも読みかけていた本を手に取った。

 それからもう一度ニーカから別の問題で質問を受けたくらいで、皆黙々と勉強をしていた。



「よし終わり。あとはどれを読もうかな」

 大きく伸びをしながら本を置いたレイを見て、二人も顔を上げた。そして、彼の真似をして二人も大きく腕を伸ばして揃って伸びをしたのだ。

「あ、真似っこだ」

 笑ったレイに、二人も笑顔になる。

「ああ、ちょっと休憩!」

 机に突っ伏したニーカが、笑顔でレイを見た。

「そう言えばルーク様から連絡をもらったんだけど、今度のお休みの日に、竜騎士隊の本部で、私とディアの昇格のお祝いをして下さるんですって。嬉しいわ。花祭りの時のご馳走、すっごく美味しかったもの」

「私まで呼んでいただいて、本当によろしいんでしょうか?」

 不安げなクラウディアの様子に、レイは慌てた。

「大丈夫だよ。ディーディーも遠慮なく来てね。待っているから」

「でも……」

「大丈夫だって、ね、待ってるよ」

 戸惑う彼女の腕をそっと叩いて、レイは笑って見せた。

 最後には、彼女も楽しみにしていますと言ってくれた。



 翌日も、マーク達は聞いていた通りにお休みだったので、自習室ではまた三人で勉強して過ごした。






 一方、無事に本科の単位を全て取ったマークは、彼にとって人生の一大事が起こっていた。



 何と、訓練所から戻った途端にダスティン少佐から呼び出されて、いきなり試験の結果を聞かれたのだ。

 驚いたが、とにかく最後の歴史も満点で無事に最後の単位をもらった事を胸を張って報告した。

 それを聞いて満足そうに頷いた少佐は、にっこりと笑って机の上に置かれていた書類を手にした。

 何故か、キムまでもが一緒に呼び出されてマークの隣に並んでいる。

「では、無事にマーク伍長の単位が取れた事だし、ここで正式な任命書が出ているので渡しておこう」

 マークは驚きに目を見張った。

 今日帰って来たばかりなのに、もう辞令が出た?

 それはつまり、既に彼の配属先が決まっていて、彼が単位を全て取るのを待ち構えていたと言う事だ。

 少佐が書類に今日の日付とサインを記入するのを、二人は直立したまま無言で待った。



「マークス・ウィルモット。キムティリー・フィナンシェ。両名を、本日付で第四部隊、竜騎士隊本部付き特別部隊所属とする。これに伴い、住居は第四部隊独身寮から竜騎士隊本部の兵舎へ移動するように。明日と明後日の二日間、引き継ぎ及び引越しの為の休暇を与える。すぐに準備しなさい。これが任命書だ」

 手渡された任命書と、人事異動に伴う幾つかの手続きの為の書類をまとめて渡されて、二人は呆然と受け取った、そしてそのまま無意識で敬礼したきり固まってしまった。

「どうした? 連絡事項は以上だ。行きなさい」

「は、はい! ありがとうございます! 身命を賭して任務に励みます!」

 我に返ったのは、キムの方が早かった。

「ほら、いつまで突っ立てるんだよ。言う事があるだろうが!」

 小さな声でそう言い、マークの脇を、肘で突いてやった。

「は、はい。ありがとうございます! 自分に出来る限りの事を致します!」

 大声でそう言うと、二人はもう一度直立して敬礼した。

「其方達のこれからに期待する」

 そう言ったダスティン少佐は、見本のような綺麗な敬礼を返してくれた。



 書類を抱えて一礼して部屋を出た二人は、扉が閉まった瞬間、二人揃って手を取り合って跳ね回った。何事かと周りが呆気にとられて見ていたが、そんなの全く構わなかった。

「やったー!」

「やったぞ!」

 互いの肩を抱き合って、書類を片手に大喜びしている彼らと、その周りを大喜びではしゃぎまわっているシルフ達を見て、何となく皆、彼らに何があったのか理解した。

「おい、何処に配属になったんだよ」

 気付いたマークの独身寮仲間が駆け寄ってくる。

「聞いてくれ! 二人共、竜騎士隊本部付き特別部隊!」

 マークがそう叫んだ瞬間、周り中から歓声が上がり一斉に拍手が沸き起こった。

「おお、おめでとう。凄いじゃないか! さすがは光の精霊使いだな。良かったじゃないか。最高の職場だぞ」

 次々に背中や肩を叩かれて同僚達から祝いの言葉が贈られるのを、二人の頭上で周りを取り囲んだシルフ達は、嬉しそうに見ていたのだった。

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