お祝いの品選び

 大騒ぎがようやく落ち着き全員揃って遅い昼食を食べた竜騎士達は、食後のカナエ草のお茶を飲みながら、レイが、取ってきたミニマフィンを嬉々として頬張るのを呆れたように見ていた。

「あれだけ食べても横に太らないって……育ち盛りって凄いね」

 ユージンの言葉に、皆小さく笑って頷いている。

「しかし、食事の後に更にマフィンをあれだけ食うって、一体どんな腹をしてるんだよ。俺には絶対無理だな」

 カウリの言葉に、レイは大真面目に答えた。

「大丈夫。甘い物は別腹と申しましてな」

 その言葉に、カウリ以外の竜騎士達だけでなく、周りに座っていた兵士達までが、堪えきれずに吹き出した。

「んだよそれ」

「ええ、知らない? 嘘つき男爵ってお話に出て来る台詞なんだよ」

「専門書は読むけど、娯楽の為の本ってのは読んだ事無いな。まあ、精霊王の冒険譚くらいは読んだ事あるけど」

「ええ、面白いのに。それなら良かったら貸すから読んでみてよ。すっごく面白いよ」

「へえ、じゃあ読んでみるから後で貸してくれよ」

 楽しそうな二人の会話を聞いていたマイリーとヴィゴは、不意に顔を寄せて、何やら真剣に話し始めた。



「ええと、今日の午後からって、何か予定はあるんですか?」

 最後のマフィンを食べたレイは、きちんと飲み込んでから、隣でお茶を飲むルークを見た。

「自習しててくれて良いよ。あ、だけど今日じゃ無かったか。例の商人が来るのって」

「そうだよ。良かったらレイルズも一緒に見るかい?」

 ルークとロベリオの会話に、レイは首を傾げた。

「えっと、誰が来るんですか?」

「デルフィン商会。竜騎士隊に出入りしている宝石を主に扱う商人だよ」

「宝石? 僕は、宝石なんて分からないよ?」

 しかし、若竜三人組は揃って満面の笑みになった。

「お前、彼女に何かお祝いは考えてるのか? 二位の巫女の資格を取ったんだろう。それなら、花とかじゃなくて、何か形に残る物でお祝いしてやらないと」

 そんな事、思ってもみなかったレイは、ロベリオの言葉に目を輝かせて身を乗りだした。

「お祝い……そっか、そうだね。確かにお祝いを贈るのは良いね!」

「おお、凄い食いつきだな。俺達は、三人でニーカに精霊の指輪を贈るつもりなんだよ。それで、デルフィン商会に良さそうなのを色々と持ってきてくれるように頼んであるんだ。他にも、ペンダントや髪飾りなんかも一通り持って来てくれる事になってるから、良かったら一緒に選んで良いよ」

「じゃあお願いします! 一緒に選んでください!」

 そもそも、女性への贈り物と言われても、全く何を贈ったら良いのか分からないレイだったので、詳しい彼らに一緒に見てもらえるのならそれが一番だ。

 目を輝かせるレイに、皆、苦笑いしている。



「その前に質問だけど、お前、彼女に何か贈り物ってした事あるのか?」

 ルークにそう言われて、レイは何度も首を振った。

「あれ、そこからかよ。じゃあ、まずはこっち方面の講習会かな?」

「だね、確かに、まだこっち方面の話はしていないね」

 ルークとロベリオとユージンの三人は、揃ってヴィゴを振り返った。

「デルフィン商会に、レイルズを紹介しても良いですか?」

「ああ、構わんぞ。ついでにカウリも紹介してやれ」

「了解です。じゃあカウリも一緒に見ると良いよ。カウリは彼女に何か贈ったの?」

「金の細工の入った指輪を贈りましたよ。石付きは、さすがに俺の給料では手が出なかったです」

「それならカウリも選べば良いじゃないか。彼女は絶対喜ぶと思うよ」

「だけど……」

 自分の口座の残高を知っている身としては、石付きの指輪は気軽に贈れる品では無い。

「ああ、支払いなら心配いらないぞ。お前が竜騎士見習いになった時点で祝い金が振り込まれている」

 驚くカウリに、ヴィゴは笑って指で何やら合図を送った。

 それを見たカウリの目が、驚きに見開かれて、彼も指で何やら合図を送った。

「ああ、それで全部だ」

 ヴィゴの言葉に、カウリは呆然と呟いた。

「竜騎士って……すげえな」

「言っておくが、それは祝い金、つまり一時金だ。まあ、この話はまた今度改めて教えてやるよ。所帯を持つと手当も変わるからな」

「それなら、その話をする時にはレイルズも一緒にお願いします。簡単な口座の仕組みや、外での買い物の仕方は説明したんですけど、その辺りの詳しい説明は、まだしていないんです」

 ルークの言葉に、ヴィゴは笑って頷いた。

「わかった。それなら今度改めてその辺りの話もしてやろう。準備はグラントリーに頼んでおくか」

 最後は小さく呟くと、ゆっくりとカナエ草のお茶を飲んだ。



 未成年であるレイは、まだ口座の管理も本人では無く、ルークとラスティが代理で管理している状態だ。

 竜騎士見習いになった時点で、陛下の名前で入金される祝い金だけで無く、ギードからもらった書き付けとガンディからの紅金剛石の代金も入金されている為、ちょっと他では見ないような残高になっているのだ。

 一生遊んで暮らしても、余裕でお釣りがくる金額だ。

 しかし自分が幾ら持っているのか分かっていないレイは、宝石の値段なんて全く予想が付かず、自分に払える金額かどうかを密かに心配していた。




 食事を終えて本部に戻る。

 マイリーとヴィゴとアルス皇子の三人は揃って城へ行ってしまったので、残りの全員でそのままひとまず休憩室へ向かった。

 陣取り盤を前に若竜三人組と一緒に攻略本を手にしながら話をしていると、デルフィン商会が到着したとの連絡が入った。

「了解、それじゃあ行こうか」

 てっきり、ここへ来るんだと思っていたレイとカウリは驚いて、揃って立ち上がった彼らを見上げた。

「宝石はここでは見ないよ。別の部屋に行くから一緒においで」

 顔を見合わせた二人は、慌てて立ち上がって彼らに続いた。



 向かった部屋は、普段は使っていない部屋で、会議室のような机と椅子が並んでいるだけの簡素な部屋だった。

 しかし、彼らがその部屋に入った時、礼服のような綺麗な服を着て白い手袋をした何人もの男の人が、大きな台車に積まれた幾つもの平たい箱を、手分けして机の上に並べているところだった。

 ロベリオ達は、彼らの作業が終わるまで部屋の入り口横に並んで立ったまま待っている。レイとカウリも大人しくその彼らの横で待っていた。



「大変お待たせ致しました。どうぞご覧ください。こちらの列が、ご希望の指輪になります」

 やや浅黒い肌をしたひとりの男性が進み出て、深々と頭を下げた。

「これは沢山お持ちくださったんですね。ありがとうございます。ああ、その前に紹介しておきます。新しい竜騎士見習いのカウリとレイルズです。彼らにも見せてやってもよろしいですか?」

 ルークの言葉に、その男性は、満面の笑みになった。

「もちろんです、どうぞご覧ください」

 紹介された二人は、その男性を見た。

「お初にお目に掛かります。デルフィン商会の代表を務めておりますヨナスと申します。ご覧の通り、宝石の商いを致しております。どうぞ、何なりとお申し付けください」

 白い手袋を脱いで差し出された手を握る。その手は、大きなペンだこが出来ている以外は、とても柔らかな女性のような手をしていた。

 自己紹介した二人にも、それぞれに担当者が付いてくれた。



 机の上には、以前ガンディが彼女達への指輪を選んだ時に見せてくれたような、蓋つきの平たい箱が置かれていた。

 中には等間隔に、幾つもの様々な色の石のついた指輪が並んでいた。

「うわあ、すごく綺麗だね」

 目を輝かせるレイに、彼の担当になったカミュと名乗ったやや年配の男性も笑顔になった



 ここは北側の部屋なので直接日が差し込まないが、部屋は十分に明るい。しかし机の上には、手元をしっかり見られるように、小さなランタンがいくつも置かれていた。

「気になるのがあれば、自分で取らずに、担当者に頼んで見せてもらうんだ」

 そう言ったロベリオ達は、手分けして並んだ箱を真剣に見ている。

 レイも、分からないなりに見てみる事にした。

「あ、これってラピスラズリだ」

 レイの持つ指輪の石とは違って、小さく多面体に削られたそれを、レイは思わず顔を寄せて見た。

「よくご存知ですね。はい、こちらは南方の離島で採取されたラピスラズリです。小粒ですが、良い色をしております。ご覧になりますか?」

 カミュの言葉に慌てて首を振り、後は黙って箱を順番に見て行った。

 彼は、レイの左中指に嵌っている大きなラピスラズリを見て、先程から声も出ないくらいに驚いていた。

 宝石の商いをして長い彼でさえ、それは最上級だと断言できる程の見事なラピスラズリだった。



 順番に指輪を見ていたレイは、綺麗なピンク色の指輪に目を止めた。

「これって以前彼女に選んだのと、同じ……かな?」

 思わず身を乗り出して箱の中を覗いた。

「こちらは、モルガナイト。ベリルと呼ばれる緑柱石の中でも薄紅色の物をそう呼びます」

「え、ベリルってエメラルドの名前だよね?」

 思わず振り返って尋ねたら、すぐ隣にいたタドラが笑って顔を上げた。

「あのね、ベリルってのは緑柱石の総称でね、本来は無色透明なんだけど滅多に見ないね。緑柱石は含まれる金属に応じて見かけの色が本当に変わるんだよ。だから、色によって呼び名も変わるんだ。今、彼が言ったようにピンクだとモルガナイト、緑だとエメラルド、他にも水色はアクアマリンだし、黄緑色はヘリオドールって呼ばれる。ね、面白いだろう」

 驚きに声も無いレイを見て、タドラは笑って目の前の箱を指差した。

「ほら、これがエメラルド。僕が持っている指輪と一緒だよ」

 確かに、タドラが指差している綺麗な緑色の石は、あのエメラルドの鱗のような色をしていた。

「へえ、面白いね。同じ石なのに色が変わるなんて」

「他にも、例えばこれ、ルビーとサファイアも全く色は違うけれど、分類としては同じで、鋼玉って言うコランダムの仲間なんだよ」

「赤と青だよ?」

「だけど、一緒なんだ」

「へえ、凄いや」

 驚き過ぎてそれしか言えないレイだった。



「あの、さっきのモルガナイトの指輪を見せてもらえますか?」

 指輪を一通り見たが、やっぱりさっきのピンクの石が気になる。

 カミュは頷いて箱の蓋を開けると、小さな小皿に指輪を取り出してくれた。

「どうぞ、こちらにお掛けになってご覧ください」

 ランタンを手元に引き寄せながら椅子を勧めてくれたので、素直にレイはそこに座った。

 小皿に置かれたそれは、以前見た石よりもピンクの色が濃く半透明の綺麗な石だ。その石の周りには、レイの指輪のように、細かい透明の石が散りばめられて綺麗な輝きを放っている。

 見とれていると、ニコスのシルフとブルーのシルフが揃って現れた。


『これは良き石』

『とても清浄』


『うむ、彼女らの言う通りだ。これは良いぞ』

「だけど高いんでしょう?」

 思わずこっそりとそう言うと、ブルーのシルフは小さく笑った。

『心配には及ばん。大した金額では無い』

「そうなんだ、じゃあこれにしようかな」

 ニコスのシルフとブルーが揃って良い石だと言ってくれたのなら安心だ。

 取り敢えずこれはカミュに頼んで確保してもらって、ニーカのお祝いを選ぶ事にした。



「ねえルーク。僕もニーカにもお祝いをあげたいんだけど、何が良いと思う? 指輪はロベリオ達が贈るのなら、二つも要らないよね」

 箱を見ていたルークは、その言葉に顔を上げて笑って隣の列の机を指差した。

「それなら向こうの列を見てごらん。ペンダントやブローチ、髪飾りなんかもあるよ」

「どうぞこちらへ、色々とございますよ」

 ルークの声に、カミュが一緒に隣の机に来てくれた。

「そうだ。ペンダントなら身に付けられるかな?」

 自分のペンダントを思い出して、レイは嬉しくなった。

「あの、ロードクロサイトって石はありますか?」

 振り返ってカミュに尋ねると、頷いた彼はいくつか取り出して並べてくれた。

「へえ、これ可愛い」

 その中の一つを、レイはそっと手に取った。ニコスのシルフとブルーのシルフも、揃って頷いてくれた。

 それは綺麗な丸いピンクの石が、まるでどんぐりのようなやや縦長の形に削られていた。そして、繊細な銀の鎖に繋がる土台の銀の部分が、まさにどんぐりの帽子の形になっているのだ。

「可愛いじゃないか。それなら普段でも身に付けられるな。こう言うのは夜会の時くらいしか身に付けられないからね」

 レイの呟きを聞いたルークが、手元のネックレスを見て笑った。

 彼が指差してるのは、銀の見事な細工がされたペンダントトップなのだが、鳥の羽の細工があちこちに突き出していて、絶対に服の下には身に付けられないだろう形をしていた。レイは、もしもあれを身に付けたら、その瞬間に絶対に服に引っ掛けて壊す自信があった。

「確かに、それは身に付けると大変そうだね」

 笑ってカミュを振り返った。

「えっと、これもお願いします」

 頷いたカミュは、丁寧にそのどんぐりのネックレスを別のトレーに乗せた。



 並んだ他の品を楽しそうに見ているレイの両肩には、ニコスのシルフとブルーのシルフがそれぞれ座って、彼の見ている宝石を楽しそうに一緒になって見ていたのだった。

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