それぞれの役割と仕事

「それじゃあまたな」

「ああ、お疲れ様。またな」

 手を振るマークとキムに、レイも笑顔で手を振り返した。

 明日は、訓練所はお休みの日なので、彼らと会えるのは明後日になる。

 待っていてくれたキルート達と一緒に馬車に乗り込み、揃って本部へ戻って行った。



「おかえり。あれ? 遅かったんだな。何処かへ寄り道か?」

 迎えに来てくれたラスティと一緒に部屋へ戻る途中で、ロベリオとユージンが廊下の反対側から歩いて来るのと出会った。

「はい、ちょっと寄り道です」

 鞄を抱えたレイが嬉しそうにそう言うと、彼らも笑顔になった。

「少しは、悪い事するのにも慣れてきたみたいだな」

「この調子で、真面目なレイルズ君を堕落させてやろう」

 ニンマリと笑った二人に左右から捕まえられて、レイは声を上げて笑った。

「助けてラスティ、彼らが僕を悪い子にしようとしてるよ!」

 その言葉に、ラスティは堪え切れずに吹き出した。

「し、失礼しました。ええ、どうぞ、お好きなだけ悪い子になってください。そうしたら、私が喜んで鞭を持って追いかけ回して差し上げましょう」

「何それ、怖い!」

 叫んだレイの声は、完全に笑っている。

「だからお前は、少し悪い子になるぐらいで丁度いいよ」

 解放されて、背中を叩きながらそんな事を言われた。



「えっと、悪い子って、そもそも何をするの?」

 不思議そうなレイの質問に、ロベリオとユージンは顔を見合わせた。

「ほら、竜の面会の時にいただろう。自分勝手な奴とか、思い通りにならないと文句を言う奴とか」

「ええ、悪い子ってあんな風になるの?そんなの僕、嫌だよ」

 本気で嫌そうに首を振るレイを見て、小さく吹き出したロベリオが少し考える。

「後は……あ、勉強をしないで遊びに行くとか」

「確かに勉強するのは大変だけど、しないと後で困るのは自分でしょう?」

「もう、今の答えを聞いただけで、レイルズは悪い子にはならないって分かるよね」

 後ろで聞いていたユージンが、笑いを堪えながらそう言っている。

「そうだな。人には向き不向きってものがあるよな」

 妙に納得したような二人に言われて、レイも小さく吹き出した。

「良い事思い付いた! それじゃあ、僕にも出来る悪い事を探す事にします!」

「何だよそれ。でも面白そうだな。じゃあ決まったら教えてくれよな。協力するぞ」

「俺も協力するよ。何でも相談していいよ」

「分かりました! その時にはよろしくお願いします」

 三人共、満面の笑みで仲良く話しをしているが、その内容を考えて苦笑いするラスティだった。



 部屋に戻ったレイは、軽く湯を使って汗を流して着替えてから、皆と一緒に夕食の為に食堂へ向かった。

 食べながら、訓練所で会っていた第四部隊の竜人のダリム大尉の話をした。

「へえ、そうか。オルダムでも、出身地がクレアやセンテアノスだと、星系信仰の信者もいるんだね」

「あまりいないって言ってたけどね。直接信者の方からお話が聞けて嬉しかったよ」

 嬉しそうにパンをちぎるレイを見て、ヴィゴが頷きながら驚く事を教えてくれた。

「マーク伍長とキム伍長から、その大尉を紹介したいが構わないかと少し前に連絡があってな。実はダスティン少佐に、先に、その大尉と話をしてもらっていたんだ。その上で問題無いと判断されて今日紹介する事になったんだ」

 驚くレイに、ロベリオ達が苦笑いしている。

「な、マーク達は、竜騎士に誰かを紹介する事の責任の重大さをちゃんと理解してくれているんだ。そんな彼らだから、我々も安心してお前を任せられるんだよ」

「分かった? 俺達は、どこでも注目されてるってのは、こう言う意味もあるんだよ」

 ロベリオとユージンにそう言われて、レイは食べかけのパンを置いた。

「分かりました。今度会ったら、改めてマーク達にもお礼を言います」

 素直な彼の言葉に、皆も笑顔になった。

「まあ、お前はあんまり自覚は無いみたいだけど、何がなんでも竜騎士と知り合いになりたい奴は大勢いるよ。まだ未成年とは言え、外に出る事も増えましたから、その辺りも、そろそろ教えておくべきですかね」

 ロベリオは、後半は振り返ってヴィゴに向かってそう言う。

「そうだな。確かにその辺りも、そろそろ一度ルークと相談しておこう」

「カウリは? やっぱりそうなの?」

 隣に座って今の話を聞いていたカウリは、小さく笑ってレイの肩を突っついた。

「俺は元々裏方で、そんな風に色々と裏で動いてる人達を大勢見てきたからね。まあ、それなりに警戒心はあるよ。ご心配無く」

 ここでもやはり、同じ見習いでも扱いはかなり違うみたいで、自分と彼では違うと分かっていても、少し悔しいレイだった。



「それじゃあ、お前は、その星系信仰の信者になるのか?」

 スープを食べていると、顔を上げたカウリに聞かれて、レイは目を瞬かせた。

「僕は、精霊王にいつもお祈りしているよ。まあ、機会があればもっと星系信仰について知りたいとは思うけど、信者になるかって聞かれたら……それは分からないです」

 困ったようなレイの返事に、周りの皆も黙って聞いている。

「単なる知識欲って訳か。それなら、俺の知り合いにも一人、星系信仰の信者がいるから、一度聞いておいてやるよ」

「えっと、カウリの知り合いって事は第二部隊の人?」

「いや、出入りの商人だよ。ああ、そうか。一応竜騎士隊に出入りしてるか調べてからの方が良いですね、これは」

「どこの商会だ?」

 真顔のヴィゴの言葉に、カウリはスプーンを置いた。

「ハンドル商会ってご存知ですか? 食品以外はかなり手広く扱ってます。主に、事務用品や紙を卸している中堅どころの商会なんですけど。まあ、人柄は真面目そのもので信用出来ます。若干、うるさいのが難点なんですけどね」

「うるさいの?」

 不思議そうなレイの質問に、カウリは笑って頷いた。

「そ、はっきり言って声がでかい。身体がでかい。ついでに言うと、品物に対する愛情が凄い。何かの品物について質問したら最後、止めない限り日が暮れるまで延々と熱く語ってくれるぞ。つけペン一本で、あれだけ熱く語れる男を俺は他に知らないよ」

「何それ、ちょっと会ってみたいかも」

 ロベリオとユージンがそう言って笑い、横で聞いていたラスティが納得したように頷いた。

「ハンドル商会なら、竜騎士隊の本部に事務用品を卸しています。確かに、その……少々熱いお方ですね」

 ラスティのかなり遠慮しがちな表現に、カウリは堪える間も無く吹き出した。

「おう、やっぱりここでも同じようにしてますか。熱いでしょう、彼。だけどなんと言うか……そう、嫌味は無いので、まあ時間があれば付き合っても良いかな、程度ですよ」

「ああ、分かります。あの方は本当に品物を大事に扱ってくださいますからね。信頼出来る方ですよ」

 頷きあう二人を、竜騎士達は面白そうに眺めていた。

「そうだ。それなら、さっき言っていたあの天体盤、せっかくだからハンドル商会に聞いてみてやってくれよ。おそらく自分でも持っているだろうから、天体盤が何かの説明はしなくて済むから、話が早いぞ」

「確かにそうだね。それにそれを届けてもらう時に、時間があればお話ししてもらえるかもしれないもんね」

 目を輝かせるレイに、皆も先ほどのレイの説明を思い出して納得した。

「届いたら見せてくれよな。どんな風なのか、ちょっと興味がある」

 若竜三人組が揃ってそう言ってくれたので、レイは嬉しくなった。

 そこからは、空に見える星座の話になり、レイの説明を聞いた若竜三人組も、今夜は空を見上げてみると言ってくれた。

「じゃあ、今夜は空の星を眺めながら一杯やるか?」

 そう言って嬉しそうに笑うヴィゴの言葉に、レイとカウリは堪える間も無く吹き出したのだった。



 食事の後は、なんとなく全員がそのまま休憩室へ移動した。

 ヴィゴとカウリは書類の束を前にして片付け始め、レイは若竜三人組と一緒に陣取り盤を前に、攻略本を片手に二対二で、タドラと一緒にロベリオとユージンと対決していた。


「ああ、負けた。駄目だ。まだ全然勝てる気がしない」

 ニコスのシルフ達には、最悪の悪手を指そうとした時は止めてもらうように頼んでいるが、それ以外は口出ししないようにお願いしている。

 ロベリオとユージンの二人にやっつけられてしまい、タドラと二人揃って机に突っ伏した。

「よし、まだ大丈夫だ」

 逆にロベリオとユージンは揃って手を叩いて笑っている。

「そんなに凹むなって。言っておくけど、陣取り盤を始めてまだ一年にならないんだから、ここまで出来るようになっただけでも大したもんだよ」

「そうだよ。俺達は子供の頃から父上や兄上に教えてもらったり、対戦を見たりしていたからね。まあ、自分で指すようになってから、本当の難しさが分かったんだけどね」

「カウリは良いよね。これは知っていたんでしょう?」

 片付いた書類を並べていたカウリが、レイの声に顔を上げた。

「俺は、今はただただ記憶力が欲しいよ。四十過ぎのおっさんの記憶力なんて、もう干からびでカスカスだってのによ。そのカスカスの記憶力を総動員して、毎日どれだけ覚えなきゃならない事が有ると思ってるんだよ」

 その、あまりの情けない言い方に、休憩室にいた全員が同時に吹き出した。

「頑張ってね。これは僕にはどうしてあげる事も出来ないからね」

「他人事だと思いやがって!」

 このやり取りも、もうここでは日常の光景になりつつあった。




 笑ったヴィゴが、まとめた書類を手に立ち上がろうとした時、ヴィゴの目の前にシルフが何人も現れて座った。

 それを見た全員が一斉に黙る。



『マイリーだ今大丈夫か?』

「ああ、休憩室にいるよ。皆揃っている」

『明日タガルノから貴族院の代表が国境まで来るそうだ』

『殿下とルークと三人で会ってくる』

「ご苦労様。陛下はお祝いの手紙を届けられたそうだな」

 ヴィゴの言葉に、シルフが思わずと言った感じで吹き出した。

『読ませていただいたが』

『もう歯が浮くような美辞麗句が並んでいたぞ』

 陛下は、タガルノへ手紙を送る際に、何を書いたかの写しを砦の彼らに届けている。

 タガルノとの会見の際に、万一にも齟齬が生まれないようにする為の配慮なのだ。

「ご苦労だが、その辺りの交渉は任せる。何か出来る事があればいつでもシルフを飛ばしてくれ」

『まあこっちは任せろ』

『ルークも良い仕事をしてくれているよ』

 それから、いくつか互いの報告をしてシルフ達は手を振っていなくなった。



「ではそろそろ休むとしよう。おやすみ」

 書類を手に立ち上がったヴィゴは、そう言って手を振って休憩室を後にした。

 レイは立ち上がって、手早く陣取り盤の駒を箱に戻して戸棚に戻す。攻略本は一緒に置いてあるので、そのまま盤の上に置いた。

「それじゃあ僕も休むね。おやすみなさい」

 若竜三人組に手を振って、自分の部屋に戻った。



 部屋に戻ったレイは、湯を使って寝巻きに着替えたがベッドには入らず、鞄からもらった教典を取り出した。

 黙って頁をめくる彼の肩には、いつの間にかブルーのシルフが現れ、反対側の肩にはニコスのシルフ達が並んで座って、一緒になって黙って教典に目を通していた。

「もうお休みください。遅くなりますよ」

 最後には見兼ねたラスティに注意されてしまうまで、レイは夢中になってその本を読んでいたのだった。

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