クラウディアとニーカ
閲兵式の前日、クラウディアはこの神殿の最高責任者である、サンドレア大僧正様の名前で急に呼び出しされて、祈りの最中だったにもかかわらず、四人の巫女と一緒に礼拝堂から連れ出された。
案内された部屋で待つように言われて、五人揃って不安気に顔を見合わせる。
「何かしら?」
「私、何にもしていないわ」
困ったような巫女達と一緒にいるクラウディアも、なぜ呼ばれたのか分からず不安を隠せなかった。
しかし気が付いた。ここにいる五人は、自分も含めて全員が聖歌の踊り手なのだ。
巫女達には、日々の神殿でのお勤めや奉仕活動だけでなく、他にも様々な仕事が与えられている。その中の一つに、神殿が持つ音楽隊や聖歌隊への参加がある、また、聖歌に合わせて舞を舞い、踊りを奉納する事もあるのだ。
これらはそれぞれの適正によって役割を与えられる。
クラウディアは以前、音楽隊で竪琴を担当していた事があったのだが、ここでは音楽隊の成り手は大勢いて、人が足りないのが舞を舞う踊り手だと言われたのだ。
彼女は、踊りも一通りの事は習っていたので、結局、音楽隊では無く奉納の舞いの踊り手として勤める事になっていたのだ。
「ねえ、もしかしたら何処かで舞台があるので、舞い手の私達に呼び出しがかかったのではなくて?」
小さな声で彼女がそう言うと、他の巫女達も納得したのか次々に笑って頷いた。
「そうだわ、もしかしたら、どこかの貴族のお屋敷に招かれたのかも知れないわね」
そう言って、小さな歓声を上げて互いの手を叩き合った。
聖歌の踊り手は、何かの催事や宴の席などの際に、呼ばれて踊りと歌を奉納する事がある。当然、報酬は神殿に納められるが、場合によっては踊り手達にもご馳走のお裾分けがあったりもするので、踊り手達は、呼び出しがかかるのを密かに楽しみにしているのだ。
「あら、ニーカ。貴女も呼ばれたの?」
ノックをして部屋に入って来た彼女を見て、カミラが驚いたようにそう言った。
彼女はまだ見習い扱いなので舞台には上がれないが、踊りや歌の稽古は始めている。
「ニーカが来たって事は、聖歌の踊りのお仕事じゃないのかしら?」
「分かりません、急に呼ばれてここで待つように言われたんです」
ニーカもなぜ呼ばれたのかは聞いていないようで、六人揃って顔を見合わせて首を傾げた。
再度ノックの音がして、男性神官であるコーネル神官様が書類の束を持って入って来た。その後ろにはイサドナ僧侶の姿もあった。コーネル神官は精霊王の神殿からお手伝いに来てくれている、とても優しい年配の事務方の神官様だ。
「急に呼び出してすまないね。君達にはお城へ行ってもらう事になった。明日の閲兵式の後、お城で夜会が催されるのだが、その際に、舞台で精霊王への歌と踊りを奉納してほしいとのご依頼だ。当然、衣装は第一級礼装だ。衣装の用意は別の者達がしているので、君達は今すぐ自分の準備をして城へ行きなさい。表に馬車が待っているからね。夕刻から、明日の舞台の打ち合わせを行うので、すぐに来て欲しいとの事だ」
「お城で……?」
「まさか……」
その言葉に驚く巫女達を見て、コーネル神官とイサドナ僧侶は満面の笑みになった。
「神殿の代表としての誇りにかけて、堂々と踊って来なさい」
イサドナ様の言葉に、巫女達は目を輝かせ手を握り合った。
「光栄です!」
「はい、頑張ります!」
「夢みたいだわ。お城で踊れるなんて」
「それからニーカ、貴女には付き添いとして一緒に行ってもらいます。着付けの仕方や、小物の扱い方など、自分の目で見て、しっかりと覚えるのですよ」
「はい、行ってまいります!」
嬉しそうなニーカの言葉に、イサドナ様は大きく頷いた。
「では、急いで準備をして来なさい。自分の着替えは必要でしょうからね」
「はい!」
声を揃えて返事をした巫女達は、一礼して慌てて部屋を出て行った。
「ご苦労様です。では、付き添いにはルグリットを行かせますので、どうかよろしくお願い致します」
イサドナ僧侶の言葉に、コーネル神官も頷いた。
「急なご依頼で驚きましたが、ご依頼があるのは何であれ有り難い事です。では彼女達は責任を持ってお預かり致します」
知らせを受けて準備して来たルグリット僧侶に、イサドナ様がいくつかの注意点を書類を見せながら言い聞かせていた。
「夢みたいだわ。お城で踊れる日が来るなんて」
「ねえ、もしかしてこれも、あの方のおかげなんじゃない?」
巫女のカミラとラリッサが、笑いながらクラウディアの背中を突つく。
「まさか、あのお方はまだ見習いです」
精霊魔法訓練所内部では、既にレイルズの身分は知られているが、生徒達の間では自主的な箝口令が敷かれていて、外には見事な程に一切の噂は聞こえてこないのだ。
なので神殿の巫女達は皆、クラウディアに花束を渡したのは、ただの騎士見習いの青年だと思っている。
クラウディアもわざと、あの方は見習いです。としか言わないので、今のところ上手く誤魔化せているようだった。
首を振る彼女を見て、二人はもう一度笑ってクラウディアを突ついた。
それぞれの部屋へ戻ると、大急ぎで泊まる為の着替えを用意する。各自が包みを手に廊下へ出るのはほぼ同時だった。手早く身支度を整えるのも、修行の一環なのだ。
ニーカも包みを手にすぐに出て来たので、六人揃って言われた通りに表に出た。
驚いた事に、そこで待っていたのは、とても大きな二台の馬車だったのだ。
コーネル神官様とルグリット様、それから先輩巫女のシェリーとタバサが一台目に乗り、残りの四人が後ろの馬車に乗った。
中も広くて椅子はふわふわだ。
歓声を上げる巫女達を見て、御者台に座った大柄な男性は笑顔になった。
「では、巫女様方。出発いたします。最初は少し揺れますので、その小さなお口は舌を噛まぬように閉じておいて下さいませ」
戯けたようなその言葉に、四人の少女達は揃って声を上げて笑ったのだった。
進む馬車に揺られながら、巫女達は段々と無口になって行く。今更ながら、自分達が行こうとしている場所に思い至り緊張して来たのだ。
「失敗したらどうしようかしら……」
「駄目だわ、考えれば考える程、緊張して来たわ」
不安気に呟くカミラとラリッサを見て、ニーカは隣に座るクラウディアを見た。
「ディアは平気そうに見えるけれど、緊張しないの?」
考えに沈んでいたクラウディアは、その言葉に驚いたように顔を上げた。
「緊張……そうね、していないと言ったら嘘になるけれど、私はとても楽しみだわ」
笑顔になった彼女に、ニーカも笑顔になる。
「私は裏方だから全然平気。帰りにスマイリーに会えないかなって思ってるくらいよ」
その言葉に、カミラ達も目を輝かせる。
「あなたの竜ね。ねえ、どんな竜なの? 大きいのかしら?」
「私達は会えない?」
口々にそう言われて、ニーカは困ってしまった。
「ええと、どうなのかしら? 勝手に竜舎に入るのは不味いと思うけど……後で、会いに行っても良いか聞いておくわ」
その言葉に、二人は嬉しそうに笑った。
ニーカが幼い竜の主である事は、神殿では表向きは秘密になっているが、実際には皆知っている。
竜も彼女もあまりにも幼い為、表沙汰にはせず、それぞれの成長を見守る、という事になっているのだ。しかし、彼女がタガルノから来たのだと言う事実を知っているのは、ごく一部の僧侶とクラウディアだけだ。
ようやく到着し、停まった馬車から降りた巫女達は、目の前に広がる圧倒的なまでの巨大なお城や、天を貫かんばかりに聳え立つ塔の数々を目の当たりにして、声も無く呆然と立ち尽くすのだった。
「ご苦労様です。踊り手の巫女様方はこちらへどうぞ。二日間、お世話をさせて頂きますデイヴィットと申します」
年配のメイドにそう言われて、クラウディア達は慌てて居住まいを正した。
「お世話をおかけいたします、どうぞよろしくお願いいたします」
一礼する彼女達を、そのまま先に踊りの会場となる広間へ案内した。
「お荷物はお預かり致します」
各自の荷物を差し出された籠に入れ、巫女達は準備中の舞台へ向かった。
「ご苦労様です。巫女様方ですね。場の確認と曲の打ち合わせを行いますので、どうぞこちらへ」
慌ただしく案内されて、五人の巫女は一緒について行った。
「ニーカ、貴女はこちらへ。衣装の確認をするから、手伝ってくれる?」
ルグリット様に言われて、ニーカは元気に返事をした。デイヴィットが預かった荷物を持って出て行くのを見送り、ニーカはルグリット様と一緒に急いで衣装が置かれている別の部屋へ向かった。
無事に舞台の打ち合わせと衣装合わせが終わり、用意された豪華な食事を終えた巫女達とニーカは、案内された部屋に入ったきり、驚きのあまり声も無かった。
「こ、こんな立派なお部屋に泊まって良いんですか?」
思わずカミラが叫んだのも無理はない。
四人一緒だと言われたので、安心して入ったのに、その部屋は広い休憩室になっていて、真ん中に豪華な机やソファーが並んでいる。
寝室は、この休憩室から続きになった部屋が四つあるのだ。その寝室も神殿の部屋の数倍はあり、壁や家具も豪華なものだ。
休憩室に置かれているソファーは、いつも寝ているベッドよりも大きいだろう。
「どうぞごゆっくりお過ごしください。只今お茶をご用意いたしますので、座ってお待ちください」
笑顔のデイヴィットの言葉に、カチカチに緊張した巫女達がソファーに座る。全員が無言だ。
ニーカでさえも、困ったように周りを見て苦笑いしている。
手早くお茶を入れて一礼して出て行ったデイヴィットだったが、どういう訳かまたすぐに戻ってきたのだ。
「クラウディア様、ニーカ様、お客様です。恐れ入りますがどうぞこちらへ」
お茶を飲み掛けていた二人は驚いて顔を見合わせた。
「もしかして、本当にレイルズかもね」
「まさか、こんな時間に?」
小さく囁き合って、とにかくデイヴィットについて行った。
別の部屋に案内されて入ると、そこにはガンディが待っていたのだ。
「すまんなこんな時間に。ようやく仕上がったので、早く渡したくてな」
ガンディの手には、見覚えのある小さな箱が二つ並んでいたのだ。
「あ、それはもしかして精霊の指輪ですか?」
目を輝かせるニーカの言葉に、クラウディアも笑顔になった。
「そうだ。サイズ直しが終わったのでな。明日、舞を奉納するのだろう。これを身に付けて行くと良い。きっと其方達の自信になるだろう」
ガンディの言葉に、二人は真剣な顔で頷いた。
精霊の指輪を持つ事は、一人前の精霊使いへの第一歩でもある。
知らぬ人にはただの指輪に見えるが、精霊の指輪には汚れも付かず、簡単には指から外れない。もしも故意に誰かに外そうとされると、その人物は怒った精霊達によって攻撃される事になるのだ。
精霊の指輪は身につける事で、精霊達が精霊使いを守る意味もあるのだ。
取り出した指輪を、ガンディがそれぞれの左手中指に嵌めてくれる。
ぴったりと収まったその指輪に二人が見惚れていると、周りにシルフ達が現れた。
『素敵な指輪』
『入っても良い?』
『入っても良い?』
尋ねる精霊達に、二人も笑顔になった。
「ええもちろんよ。入ってくれる?」
クラウディアの言葉に三人のシルフが指輪に飛び込んだ。その後を追うように光の精霊が二人現れて、一緒に指輪の中に消えて行った。一瞬輝いた指輪はすぐに静かになった。
一方、ニーカにも現れた四人のシルフと、三人のウィンディーネが指輪の中に入って行った。
「ありがとうございます、ガンディ様。大切に致します。そして一生懸命に勉強して、立派な精霊使いになってみせます!」
「ありがとうガンディ。大切にする。勉強ももっと頑張るわ」
二人の言葉に、ガンディも嬉しそうに目を細めて笑った。
「ふむ、よく似合っておるぞ。では儂はこれで失礼するとしよう。明日の奉納の舞、しっかり踊りなさい」
ガンディの言葉に、クラウディアとニーカは立ち上がって片膝をつき、両手を握り額に当てて深々と頭を下げた。
最敬礼で頭を下げる二人を見て改めて笑ったガンディは、そっと二人の背中を叩いて立ち上がらせた。
「それからこっちは、巫女様方への差し入れじゃ。戻ったら皆で食べなさい」
手渡された大きな籠の中には、綺麗に包まれたチョコレートとマフィン、クッキーがぎっしり入っていた。
大好きなお菓子を受け取って目を輝かせる二人を見て、堪える間も無く吹き出すガンディだった。
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