子供達の母親とそれぞれの家族

 十六人の新人騎士達の戦いに勝ち残ったリンザスには、陛下から直接、特別製の祝福の盾とミスリルの槍が贈られた。

 大歓声の中、頬を真っ赤にしてそれらを受け取り、歓声に応えて手を上げるリンザスは、本当に格好良かった。

 レイも惜しみない拍手を送り、自分もいずれあそこに立つんだと思い、もっと頑張ろうと心に誓うのだった。

 一方負けたヘルツァーにも、同じく特別製の槍が贈られ、彼もまた、皆からの大歓声を受けた。



「其方の友人達は、どちらも見事な戦いぶりだったな。ふむ、見ていて久し振りに胸が熱くなったわい」

 嬉しそうに笑うアルジェント卿に、レイも全く同じ気持ちだった。

「はい! 今度訓練所で会ったら、真っ先にお祝いを言います!」

 自分の事のように喜び目を輝かせるレイに、卿も満足そうに大きく頷いてくれた。

「其方の時には、どのような戦い方を見せてくれるのだろうな。今から楽しみにしているぞ」

 そう言って力一杯背中を叩かれて、レイは無言で仰け反ったのだった。



「さてと、落ち着いたら昼食の会場へ向かうとしよう。お前達はそろそろお腹が空いているのではないか?」

 こちらもすっかり興奮して真っ赤な顔になっている孫達に、アルジェント卿が笑いながらそう言いゆっくりと立ち上がった。それを見て、レイは慌てて手を貸した。補助具を付けて自由に動けるとは言っても不自由な身体である事に変わりはないのだから。



 執事の案内で、また順番に広い部屋に案内される。

 その部屋には、立食式の昼食が用意されていた。簡単なテーブルは用意されているので、好きなものを自分で取ってくるようになっている。

「行って来なさい。私は後でゆっくり見るからな」

 アルジェント卿の言葉に頷き、大喜びの子供達に手を引かれて、レイも一緒に食事が並ぶ壁側の机に向かった。

 本部の食堂よりもはるかに綺麗なご馳走が壁一面に並んでいる。

 皆、行儀良く並び、時に机の後ろに立っている給仕の者達の手を借りながら、好きなものを取っていった。

 レイも、欲しいものに届かないと騒ぐ子供達に手を貸してやりながら、自分の分を確保して卿の待っている机に戻った。



 気付けば、子供達は皆レイの事を、お兄様、と呼んでいるのだ。

 どうやら子供達なりに、他の人の前でレイの名前を呼ばない様に気を使ってくれているらしかった。

 思わぬところで、年下の子供達にお兄様なんて呼ばれてしまい、元々一人っ子だったレイはとっても嬉しくて、密かに呼ばれる度に喜んでいたのだった。




「あらあら、貴方達。ちょっと取りすぎなのではなくて?」

 不意に聞こえた声に、マシューとフィリス、そしてソフィーが振り返った。

「母上!」

 その声に驚いてレイも振り返る。

 そこに立っていたのは、綺麗な青いドレスを着た女性だった。優しそうな笑みがソフィーにとてもよく似ている。

 しかも、その女性はどうやらお腹が大きいらしく、せり出した大きなお腹を守る様に、ゆったりとした締め付けないドレスを着ていたのだ。

 それに気付いたレイは、持っていた自分のお皿を机の端に置くと、急いで壁際に置かれた椅子を取りに走った。

 壁に立っていた執事らしき人に声を掛けて、椅子を二脚持って戻る。

「あの、どうぞお座りください」

 女性の後ろと、それからアルジェント卿の後ろにも椅子を置いた。

 その余りの素早い行動には、その女性だけでなくアルジェント卿も驚きの目で呆然とレイを見つめている。

「あの……?」

「おお、気を使わせてしまってすまぬ。ティアンナ、座らせて頂きなさい。其方は今、無理をしてはならんからな」

 苦笑いした卿が座るのを見て、一礼した女性もレイが持ってきた椅子にゆっくりと座った。

「座ったままで失礼致します。ヴォルクス伯爵の妻、ティアンナです。お噂は子供達から聞いておりますので、どうぞこの場では名乗らずにいてください」

 確かに、すぐ側に大勢の人がいる場では、あまり改めて名乗らぬ方が良いだろう。

「お気遣い感謝します。ではどうぞ、レイとお呼びください」

 差し出された手をそっと取り、レイは顔を寄せた。



 ティアンナ様の分は執事が取って来てくれ、それぞれに食事を楽しんだ。

 さすがは貴族の子供達で、興奮してはしゃいでいるもののお行儀悪く食べながら話す様な事はしない。

 改まった席ではなく気軽な立食式なので、レイもそれほど緊張せずに子供達の相手をしながら食事を終える事が出来た。

 こっそりいつものカナエ草のお薬を飲み、お湯をもらってきてアルジェント卿と一緒にカナエ草のお茶を飲んだ。蜂蜜があって良かったと密かに思ったレイだった。



 食事を終え、ゆっくりとお茶を飲んでいると、時々アルジェント卿に話しかけてくる人達が現れ始めた。その人々は、当然の様に卿のすぐ側にいるレイにも話しかけようとする。すると、さり気なくマシュー達やティアンナ様が、レイの前に立ち、他の人たちからの視線を遮るのだ。すると話しかけようとしていた人達は皆、一礼して何も言わずに去っていく。

 そんな光景を何度か見て、レイは申し訳なくなった。

「あの、もしかしてご迷惑をお掛けしているのでは?」

 思わず、人が切れた時にアルジェント卿にこっそりと尋ねた。

「気にする事はない。野次馬は何処にでもいるからな。ここは我らに任せておきなさい。本当に其方に紹介すべき人がいれば、こんな場では無く、きちんと別に場を用意して紹介するさ」

 片目を閉じて笑いながらそう言われてしまい、レイは小さく一礼した。

「ありがとうございます、では、どうかよろしくお願いいたします」

「おお、任せておれ」

 頼もしい笑みに、レイも安心して笑顔になった。

「子供達の父は、どちらも軍人でな。観兵式に参加する為に今頃広場に向かっておる。もう少ししたら、我々も馬車で向かうからな」

「そうだったんですね。えっとパスカルとリーンのお母上は?」

 ふと思って気軽に質問したのだが、突然卿の顔が曇った。

「ちょっと色々あってな。すまんが今は聞かないでやってくれるか」

 何か事情があるのは明らかな様子に、レイは密かに慌てた。

「申し訳ありません。立ち入った事を聞きました」

 慌てて謝るレイに、アルジェント卿は申し訳なさそうに首を振った。

「まあ、皆それぞれに様々な事情があるからな」

 誤魔化す様にそう言うと、残ったお茶をゆっくりと飲み干した。

「さてお前達、そろそろ行くとしようか。馬車までお母上をお守りしてゆっくり行きなさい」

「はい、かしこまりました!」

 フィリスとパスカルが敬礼してティアンナの両手を取った。

「それでは参りましょう、母上」

「まいりましょう、おばうえさま」

 四歳の少年の堂々とした案内振りに、彼らだけで無く、周りの人達も皆笑顔になるのだった。



 さっき乗った馬車に再び乗り込み、一同は観兵式の行われる広場へ向かった。

 一人増えて、馬車の中は大賑わいだ。

「こら、お前達、少しは落ち着きなさい」

 はしゃぐ少年少女達は、最後にはアルジェント卿から騒ぎ過ぎだと叱られてしまい、ちょっとしょんぼりしていてた。

 それを見ていたレイとティアンナ様は、小さく吹き出したのだった。



「子供達って本当に元気ですね。あの小さな体の何処にあんな元気が入っているんでしょうね」

 感心したようなレイの呟きに、ティアンナは堪えきれないように笑って頷く。

「本当にそうよね。きっと子供達の体の中には、私達よりもはるかに元気な、そうね、それこそ太陽の様なものが入っているのよ。きっと、自分でもその力を制御出来ないぐらいの大きな力の源がね」

「ああ、確かにそんな感じですよね。なんて言うか、あふれる力に振り回されてる感じがします」

「でも、その力の源って突然止まるのよね。あんなにはしゃいでいたかと思うと、急に静かになって寝ていたりするんだもの。ほら、今みたいにね」

 小さな声でそう言われて横を見ると、パスカルは今にも眠りそうだし、隣のフィリスも細めた目を擦っている。

「ちょっとはしゃぎ過ぎたわね。着いたら起こしてあげるから寝ていても良くてよ」

 優しくそう言うと、隣にいたフィリスを抱き寄せ反対側にいたパスカルの事も同じように抱き寄せた、両方から自分の腿に寝かし付けてやる。

 その光景を前で見ていたレイは、不意にあふれそうになった涙を、窓の外を見て誤魔化した。

 優しい母親の手を見て、ここに居ない母さんの事が恋しくて堪らなくなった。

「もう泣かないって決めたんだ。大丈夫、大丈夫」

 小さく呟いて、もう一度誤魔化すようにしゃっくりをして唾を飲み込んだ。






「それではそろそろ準備するか」

 マイリーの言葉に、休憩室で食後のお茶を飲んでいたルーク達も頷いて立ち上がった。

 今日は全員、第一級礼装だ。

  剣を腰に装着しながら、ルークが目の前で手を振るシルフを見て笑った。

「今頃、レイルズはどうしていますかね?」

「アルジェント卿の孫達に、揉みくちゃにされてると思うな」

 ロベリオの言葉に、全員が小さく吹き出した。

「子供の元気さって、一緒にいる人数が増えれば増えるほど凄くなるんですよね。あれって、何なんですかね? 大人が数人集まるのと、子供が数人集まるのって、何か根本的に違うよね」

 ロベリオの言葉に、ユージンが吹き出して大きく頷いて笑っている。

 あの年齢の子供達の異常なまでの元気さを、ロベリオとユージンはそれぞれ兄夫婦の子供達の相手をしてよく知っている。

「マシュー達三人だけじゃ無く、そう言えば今って……イグナルト伯爵家の二人の子供も一緒にいるんですよね?」

 遠慮がちなユージンの言葉に、ヴィゴが頷く。

「ああそうだ。さすがに離婚騒ぎでいがみ合っている不仲の両親と一緒にいるのは、子供を不安にさせるだろうとの配慮からだそうだ」

「うわあ、聞くだけでそっちは大変そうなんですね」

 半分冗談、半分本気で怖がるロベリオ達若竜三人組を見て、マイリーは肩を竦めた。

「正直言って、離婚騒動の間で振り回される子供達が一番気の毒だよ。まあ、あの夫婦の場合、話を聞くかぎり……どっちもどっちだと個人的には思うがね」

「だな。話し合いでうまく収まって、とにかく早く子供達の居場所を決めて落ち着かせてやって欲しいものだ」

 子供のいるヴィゴにしてみれば、自分たちの都合ばかり並べて、子供を兄夫婦に預けたきり、お互いを嫌い合って勝手に騒いでばかりいるイグナルト伯爵夫妻は、あまりに思いやりに欠けているように思う。

「まあ、当事者にしてみれば、己の感情に振り回されて、周りに気を使う余裕なんて無いんだろうけどな」

 呆れたようなマイリーの言葉に、ヴィゴが無言で首を振る。

「せめて、話し合いが長引かない事を祈りましょう」

 ルークの言葉に、二人も苦笑いしている。

「夫婦の事は、はっきり言って本人達でさえ分からん事の方が多いのだからな、本人達が、向き合って解決しようとしない限り、正直言って、周りがどうこう言って何とかなるようなもんじゃ無いさ」

 しみじみと言うヴィゴの言葉に、一同は無言で肩を竦めた。

「ヴィゴに分からない事が、俺達独身組に分かるわけないよな。うん、子供達のためにも、早く解決するように、ここは精霊王に頑張ってもらおう」

 ロベリオの言葉に、ルークが吹き出した。

「おお、精霊王に丸投げしたぞ、こいつ」

「だって、俺達に何か出来るとは思えないだろう? だったらせめてお祈りぐらいはしておくよ」

 苦笑いした独身組は、しみじみと頷きあうのだった。



 竜舎へ向かった一同は、久し振りにミスリルの鎧を装着している竜達を見て笑顔になった。

「うん、よく似合ってる。素敵だぞ。アンジー」

 差し出された大きな頭にそっと抱きつき、マイリーは愛しい竜に優しいキスをした。

「この鎧で観兵式に望むのは初めてだな。皆の喜ぶ顔を早く見たいものだ」

 ヴィゴの嬉しそうな言葉に、全員が笑顔で頷いた。

「皆、用意はいいかい?そろそろ時間だ」

 竜舎に入って来たアルス皇子の言葉に、全員が揃って敬礼をした。

「良いな。それでは行くとしよう」

 皇子の声に、全員がもう一度直立して敬礼して、竜と一緒に順番に中庭へ出て行った。

 このまま観兵式を行なっている広場まで竜に乗って直接行くのだ。



 アルス皇子を先頭に、中庭から順に飛び立つ竜達を、居残り組みの兵士達が並んで敬礼して見送った。

 出撃では無いのに整列して飛ぶ竜の見送りは、彼らにとっても誇らしく嬉しい事なのだ。

「いってらっしゃいませ!」

 見送る兵士達の声に、上空の竜騎士達も笑顔で手を上げて返したのだった。

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