少女達

 すっかり打ち解けて仲良くなった四人の少女達は、厩舎の手前に作られた温室で、姉妹が育てた花を鑑賞していた。

「すごく綺麗ね」

 温室の存在さえ知らず、もちろん中に入ってみる事自体初めてのニーカは、目を輝かせて、自分の顔ほどもある見事な花に見惚れていた。

「私の故郷では、花は畑で咲かせるものであって、それは実や種を実らせて収穫する為のものよ。鑑賞する為だけに育てる花なんて……そんな事するなんて考えたことも無かったわ」

 そっと花に触れてそう呟いたニーカに、妹のアミディアが不思議そうに覗き込んだ。

「ニーカはオルダムの生まれじゃないの?」

 上の姉のクローディアには、ニーカがタガルノから逃げて来た少女だと話してある。しかし、詳しい事情や彼女自身が竜の主であることは話していない。また、九歳の妹にはまだ難しかろうと、一切話していなかったのだ。

「うん、私は地方の貧しい農村の出身だからね。いつもお腹を空かせてたわ」

 この国における自分の扱いを理解している彼女は、具体的な地名は上げずに、そう言って話をはぐらかせた。

「そうなのね。巫女様になれて良かったね」

「違うわ。私はまだ見習いよ。秋に巫女の昇格試験があるから、それを目指して今は毎日お勉強してるわ」

「私は、二位の巫女の資格を取るために、同じく勉強中よ」

 クラウディアの言葉に、ニーカは小さくため息を吐いた。

「もう、覚える事だらけで嫌になるわ。私、あんまり頭は良くないみたい」

 肩を落として情けなさそうにそう言う彼女を、姉妹は慌てて慰めていた。

「良かった。元気になったみたいだね」

 レイの呟きに、皆揃って頷いた。

「彼女をここに来させて良いものか、正直言って悩んだんだがな。あの様子を見る限り、連れてきて正解だったようだ」

 ヴィゴの言葉に、レイはニーカが言っていた言葉を思い出した。

 国境の砦でヴィゴと戦って竜の背から落とされたのだと。結局あれっきり、詳しい話は聞けないままだった。

 思わず、隣にいるヴィゴを振り仰いだ。

「ん? どうした?」

 不思議そうに自分を見たヴィゴに、質問しかけてレイは口を噤んだ。

「ごめんなさい……何でもないです」

 首を振って、側にあったこれも大きな花を見た。花の真ん中にはシルフが座っている。

 笑って手を振って、奥へ向かう彼女達の後を追った。




「ほら、ここでなら作業が出来るわ。教えてあげるから一度やってみましょう」

 クローディアの言葉に、ニーカは慌てたように首を振った。

「無理よ。私は、不器用だから……」

「大丈夫よ。私でも出来たんだから」

 笑顔の姉妹に両方から捕まえられて、ニーカは奥に置かれた大きな机の前に座った。

 机の上には、水の入った桶に入れられた沢山の色とりどりの花が揃っている。

「じゃあ、先ずはやってみましょう。あ! ルーク様、タドラ様、レイルズ様も、良かったら作ってみませんか?」

 机から少し離れた所で、母親と男性陣が見守っていたのだが、クローディアは彼らを振り返って空いている椅子を叩いた。

「えっと、何をするの?」

 彼女達の手元を除き込んでレイが尋ねる。

「花の鳥の細工物です。ニーカは作った事が無いんですって。せっかくの花祭りの期間中なんだから、一度くらい花の鳥を作ってみましょうって事になったんです。まだまだ切り花は沢山ありますから、皆様も良かったらやってみてください」

 思わずルークとタドラは顔を見合わせた。

「お前、作った事あるか?」

 ルークの言葉に、タドラは少し考えて首を振った。

「無い。花の鳥をもらった事なら何度もあるけど……確かに、自分で作った事って無いね」

「それって俺達でも出来るかい?」

 レイの隣で、机に並べられた花を見ながらルークが尋ねると、姉妹は満面の笑みで大きく頷いた。

「じゃあ、せっかくだし……やってみるか。お願いだから、変なのが出来ても笑わないでくれよな」

 クローディアの隣の椅子に座りながらルークがそう言い、その隣にタドラとガンディが並んで座った。端には、ヴィゴと彼女達の母のイデアが座った。

 レイの座る椅子が無くなってしまい、少し躊躇ってから空いているクラウディアの隣に座った。もちろん、男性陣とヴィゴ夫婦がこちら側に並んだのはわざとだ。

 クラウディアとクローディアが手分けして手早く花を分けるのを、他のもの達は大人しく待っていた。

「嘴にはこれを使ってください。目はこれです」

 クローディアが取り出した箱の中には、木彫り細工の小さな嘴や、木の実を黒く染めたものがいくつも入っていた。

「これも私達が彫ったんですよ」

 自慢気に胸を張る姉妹に、皆揃って拍手を送った。




「ええ、待って。これをどうするって?」

「ディア! お願い! 早く助けて! 花の鳥さんが崩壊するよ!」

 目の前の机が一番散らかっているルークとタドラの手元では、花の鳥とは違う、何か別の形のものが出来上がりつつある。

 彼らには、見兼ねて後ろに来たクローディアが二人に付きっ切りで教えている。

「無理無理! こんなに綺麗なお花を分解しちゃうなんて、駄目よ。そんなの可哀想よ!」

 一方、ニーカはアミディアが隣について教えているのだが、花の鳥を組み立てる最初の段階で、既に躓いていた。

 困ったアミディアが、これは必要なんだと言い聞かせて、ようやくニーカは教えられた通りに花を分解し始めた。

 ガンディは、ヴィゴ夫婦に教えられて、それなりに可愛い花の鳥の花束が出来上がりつつある。

 そしてレイルズは、クラウディアに隣で一対一で教えてもらっていた。

「レイは器用なのね。もしかして、花の鳥を作った事があるの?」

 少し教えただけで、簡単に花の鳥を組んでいくレイを見て、彼女は驚いたようにそう尋ねた。

「うん、以前……少しだけ習った事があるからね」

 まさに教えてくれたのは目の前にいる彼女だったのだ。今ならそれを話せるかもしれないと思って口を開きかけた時、クローディアが叫んだ。

「母上。助けてください。私一人ではお二人同時には教えられませんわ」

 困ったようなその声に、母親のイデアが慌てて側へ行き、ルークの横に座って一旦彼の花の鳥を自分の手元へ助け出した。

「まあまあ、随分と太った鳥さんですこと」

 呆れたようなその言葉に、皆思わず吹き出した。

「いやあ、ついつい欲張っていろんな色を揃えようとしたら、どうにも収集がつかなくなっちゃって」

 照れたようなルークの言葉に、隣にいるタドラも笑って頷いている。

「二匹は十分に出来ますね。じゃあ、双子さんにしましょう」

 イデア夫人の言葉に、ルークはもう一度堪えきれずに吹き出した。


「でっきあっがりー!」

 レイの言葉に、隣にいたクラウディアも笑顔で顔を上げた。

 二人の手元には、掌ほどの大きさの、お揃いの可愛い花の鳥が出来上がっていた。

「目を付ける位置が難しかったけど、可愛く出来たね」

「そうですね。可愛く出来上がりました」

 お互いの花の鳥をくっつけて並べて、揃って笑顔になった。

「こっちも何とか……出来上がったよ」

 タドラが作った花の鳥は、やや細身だがなかなかに可愛く出来上がっている。

「私も出来たわ」

 ニーカが自慢気に隣に並べた。

 二人やタドラの花の鳥よりも小さめだが、綺麗なピンク色でとても可愛く仕上がっている。

「ありがとうアミー、こんなに上手く出来るなんて思わなかったわ」

 目を輝かせるニーカに、アミディアも笑顔になった。

「ニーカは不器用なんかじゃないわよ。もっと自信を持って」

 二人は顔を見合わせ、手を打ち合わせて笑い合った。

 年齢ではニーカの方が上だが、小柄な彼女は並ぶとアミディアとほとんど変わらない。

 少女達とレイとタドラは、無言で格闘しているルークを見た。

 イデア夫人の助けもあって、何とか形にはなったようだ。


 それぞれに出来上がった花の鳥を並べてみた。皆、それなりに上手く出来上がったようだ。……約一名を除いては。

「ルークのは、ピックみたいな子が出来たね」

 思わず呟いたレイの言葉に、クラウディアとニーカ、タドラの三人が同時に吹き出した。

「た、確かにピックみたいだわ……」

「あれくらい丸かったものね……」

「だめだ。もうピックにしか見えないぞ」

 机に突っ伏す三人を、姉妹は不思議そうに見ている。

「あれ? ピックの事って言っちゃいけなかったかな?」

 ガンディがこっちを見ているのに気が付いて、思わず焦ったレイだったが、こっちに来たガンディが、ルークの花の鳥を見るなり、大きく吹き出したのだ。

「こ、これは確かにピック以外の何者でもないな。ルークよ。お前は花祭りの花細工で、何を作っとるか」

 笑いながらルークの背中を叩き、もう一度吹き出す。

「ええ、これは冬場の鳥さんのつもりなんですけど! でも……言われてみたら、俺もピックにしか見えなくなってきた」

 困ったように笑うルークに、クローディアが不思議そうに尋ねる。

「ピックって? どなたかの飼っている鳥さんですか?」

「儂の家で世話をしている愛玩竜じゃよ」

 ガンディの言葉に。姉妹は目を輝かせた。

「噂に聞いた事があります。本当に竜を飼っておられるんですね」

「すごいすごい!」

 ガンディはちらりとヴィゴを見てから、満面の笑みで彼女達にこう言ったのだ。

「何なら、今から皆で儂の家へ来るか? ピックに会わせてやるぞ」

「行きます!」

「いきます!」

 二人は口を揃えてそう言い、揃ってヴィゴを見た。

「ねえ、父上。ガンディ様の所へ行って来てもよろしいですか?」

「お願いします、父上!」

「それなら私も一緒に行きましょう。久し振りにピックに挨拶するのもよかろう」

 歓声を上げた二人が、駆け寄ってヴィゴの両手に抱きついて飛び跳ねている。

 無邪気なその姿を見て、両親のいない三人は、それぞれにいろんな思いでその様子を眺めていた。



 結局、ここへ来る時に乗って来たヴィゴの馬車に、少女達四人が乗り、ガンディはヴィゴが用意したラプトルに乗った。母親のイデアはお留守番だ。

「いってまいります母上」

「行って参ります、母上」

 二人は、見送る母親に手を振って、大喜びで馬車に乗り込んだ。

 付き添い役の執事が後ろに乗ったのを確認して、馬車はゆっくりと進み始めた。

 竜騎士四人とガンディは、馬車の前後を守るように付き、揃って白の塔へ向かった。

 馬車の中では、四人の少女達が、思わぬお出掛けに大喜びではしゃいでいたのだった。




「ほれ、ここじゃ。奥のソファーへどうぞ」

 到着したガンディの家である塔の中に案内された一行は、相変わらず散らかり放題の部屋を見て、笑うしかなかった。ガンディの部屋を初めて見る姉妹は、驚きのあまり口が開いている。

「あ、でも足場が出来てるよ、ほら」

 レイが言う通り、奥のソファーまでの道が、細いながらも出来上がっていた。

「君達が作ってくれたの? ありがとうね」

 目の前に現れたシルフに声を掛けて、揃って周りの本を倒さないように奥に置かれたソファーへ向かった。

「ピキー! ピルルルルピポキュー!」

 突然、叫び声が聞こえて、一番前にいたレイに向かってピックが突進して来た。

『こっちへ来るな!』

 ブルーのシルフが現れて、何人ものシルフ達と一緒に突進して来たピックを確保して放り投げる。

「ピキュー! クキュルルグキュー」

 本の山に激突したピックは、周りの本をなぎ倒しながら起き上がり、今度はクラウディアに向かって飛び込んで来た。なぎ倒された本の山は、あっという間にシルフ達の手によって元に戻された。しかし、少女達はもう周りを全く見ていなかった。

「ピキュー!ピルルルルポピプー!」

「可愛いー!」

 受け止めたクラウディアがそう叫んで力一杯ピックを抱きしめる。

「ウキュー! クキュルルフピポー!」

 甘えるように鳴いて、クラウディアの頬に、自分のおでこを擦り付ける。

 隣で見ていた姉妹は、目を輝かせて手を握り合っている。

「可愛い、可愛い、可愛い!」

「何この子! 可愛いー!」

 アミディアがそう叫んで、クラウディアの背中を叩いた。

「ねえ、クレア。私も抱っこしたい」

「抱っこ代わっても良い? ピック?」

 腕を緩めて抱いているピックにそう話しかけると、ピックは目を細めて頷き、身体をくねらせて器用に彼女の腕からアミディアの腕に飛び移った。

「ピピポー! ウキュルルクキュー!」

 甘えたように鳴くピックを受け取り、アミディアも満面の笑みになる。

「可愛いー!」

 もう一度そう叫んで抱きつき、隣にいた姉にピックを渡した。

 クローディアも満面の笑みでピックを抱きしめる。

 そのままソファーに向かった少女達は、代わる代わるピックを抱いては大喜びをしていた。




「ねえヴィゴ様。少し向こうでお話しできますか?」

 そんな彼女達を見て小さく笑ったニーカは、隣に立っていたヴィゴに、周りには聞こえないような小さな声でそう話しかけた。

 驚いたヴィゴが彼女を見下ろすと、ニーカは笑って奥の別室になった部屋をそっと指差した。

「……ああ、行こう」

 同じく小さな声でそう言うと、大騒ぎしている少女達を置いて、二人はこっそりと隣の部屋へ入って扉を閉めてしまった。

 黙ってそれを見送ったルークとタドラは、顔を見合わせて首を振ると、ガンディが用意しているお茶とお菓子の乗ったトレーを持ってソファーへ向かった。

 レイは、二人の消えた部屋を見てどうしたら良いのか分からず、呆然と立ち尽くしていた。

「何してる。お茶を入れるから手伝ってくれるか」

 何事もなかったかのように平然と振り返ったルークがそう言い、レイを見つめて小さく首を振った。

 無言で頷いたレイは、お茶の用意をする二人を慌てて手伝う為に駆け寄った。

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