ジグソーパズルと昼食
朝食の後、ガンディに連れられて入院棟へ向かった二人だったが、白の塔の敷地内に入った途端に待っていましたと叫ばんばかりの勢いの数名の医者達にガンディは取り囲まれてしまった。
「すまんな。ちょっと行ってくる。案内人を置いていく故、先にニーカの所へ行っておってくれるか」
ガンディに背中を叩かれて、レイは大きく頷いてクラウディアを振り返った。彼女も頷き、迎えに来た白衣を着た医師と真剣な顔で話をしながら足早に建物の中へ走り去る彼を見送った。
「申し訳ございません。ここからは、私がご案内致します」
深々と頭を下げた白衣を着た若い男性に案内されて、頭を下げた二人は彼の案内でニーカの元へ向かった。
ニーカの入院している部屋には女性の衛生兵がいて、ベッドに座った彼女と二人で何かをしていた。
「おはようニーカ」
二人が声を揃えて挨拶すると、顔を上げたニーカは嬉しそうな笑顔になった。
「おはようございます。うん、もうお腹も膝も痛くないよ。午後からもう一度診察するんだって」
差し込む朝日の中で見る彼女は、昨日よりも顔色も良く元気に見えた。
「良かった。それで何をしてるの?」
ニーカの持っていた箱の中を見たレイは、思わず声を上げた。
「ああ! ジグソーパズル! どうしたの? これ!」
目を輝かせてそう叫ぶと、ニーカと衛生兵の女性は驚いたように揃って彼を見た。
「ええ? レイルズはこれが何か知ってるの?」
ニーカの質問に、レイは大きく頷いた。
「知ってる。すっごく面白いよ。これはジグソーパズルって言ってね、ブレンウッドのドワーフギルドが作ってる玩具だよ。この破片の凸凹は、正しいもの同士だと本当にピッタリ嵌るんだよ。出来上がったら一枚の板に戻るんだ。えっと、見本の絵が有ると思うんだけど……?」
「これです。ガンディ様からお見舞いにと入院棟へいくつか頂いたものなんですけれど、これが一番難しそうで、誰も手を出せなかったんです」
衛生兵の差し出した絵を開く。ニーカも興味津々でこっちを見ている。
「じゃあ、やってみる? 手伝うからみんなで作ってみようよ」
レイの言葉に、笑顔になった全員が頷いた。
見せてもらった絵は、真ん中やや上の辺りになだらかな地平線があり、雲と青空が広がる緑豊かな草原の絵だった。草原には大きな羊達が何匹も描かれていて、端には羊飼いや犬の姿も見える。
「ええ! こんなの無理よ」
「どうやった良いのか分かりません!」
縋るような女性陣の視線に気づいて、レイは小さく吹き出した。
「うーん。確かにこれは難しそうだね。でもせっかくだし頑張ってやってみようよ。えっと、そこの机で出来るね」
三人がかりで、大きな机をベッドのすぐ側まで運んで来た。
「じゃあ、まずは端っこを探さないとね。それから色別に分けるんだよ。色分けした破片は……」
小分けする入れ物を探して周りを見渡すと、戸棚に何枚かの平たいお皿が見えた。
「あ、あのお皿を使ってもいいですか?」
衛生兵に聞いてみると、頷いて取って来てくれた。
各自にお皿を渡して、レイの説明に従ってまずは皆で端っこを探す。それが終われば手分けして色別に何となく仕分けしていった。
「成る程、こうやれば何とか出来そうな気がしてきましたね」
お皿に集まった緑色の破片を見て、クラウディアが嬉しそうにそう言い、ニーカと衛生兵の女性も嬉しそうに笑っている。
「まずは端っこを組み立てて、枠を作るんだよ」
角を手に説明するレイの言葉に、真剣に女性達は組み立て始めた。
「これってそっち?」
「そうですね。ありがとうございます」
「ああ! 本当にぴったり嵌るのね。すごい!」
それぞれに楽しそうに話をしながら、四人は時間を忘れてパズルを組み立てた。
青空の部分は、雲があって案外簡単に組み立てられたのだが、緑一面の草原に、四人は苦戦を強いられていた。
「ええ、全然嵌らないよ。どうなってるんだこれ」
「難しいですね。でも出来ないと……何だか負けた気がして悔しいです」
クラウディアの言葉に、レイは小さく吹き出した。
「クラウディアは負けず嫌いなんだね」
「だって……悔しくありませんか?」
言い返されて、また小さく吹き出す。
「うん、確かに悔しいね。じゃあ頑張ってやっつけよう」
そう言って緑にも僅かな濃淡があるのに気付いていた彼は、改めて緑を仕分けし始めた。
「あ、そうですね。確かに僅かだけれど色が違います」
それを見て目を輝かせたクラウディアが、すぐ隣に来て一緒に仕分けを始めた。
仲良く顔を寄せて夢中で作業している二人を見て、ニーカは小さく笑ってモティ衛生兵を手招きした。
「あの二人はね、両片想いなの。だから応援してあげてね」
小さな声で耳打ちされた彼女は、ニーカを見て無言で親指を立てて見せた。ニーカも笑って同じようにする。
何となく彼女がニーカの方に寄り、二人から離れる。
「じゃあ私達は羊を組みましょう」
「そうね、これも沢山あるから大変ね」
態とらしくそう言って、二人は自分の手元で羊を組み始めた。
そんな二人に気づかないレイとクラウディアは、仲良く寄り添って緑の草原を組み立て始めていた。
「おやおや。ずいぶんと仲が良いのう」
呆れたような声がして、開いたままだった扉からガンディが顔を出した。
その瞬間に我に返って、とても近くに互いの顔がある事に気付いた二人は、大慌てて離れて座った。
二人揃って真っ赤な顔になっているのを見て、ニーカとモティ衛生兵は吹き出すのを必死で我慢していた。
そんな様子を横目で見て、だいたい何があったのか理解したガンディは、何事もなかったかのように入ってきて後ろから話しかけた。
「放ったらかしですまなかったな。して、皆してそんなに夢中で何をしておる?」
机の上の、もう八割がた出来上がったジグソーパズルを見て、納得したように何度も頷いた。
「おお、遂にそれに手を出す勇者が現れたか」
嬉しそうにそう言うガンディに、レイが驚いて顔を上げて振り返った。
「これってガンディが持って来てくれたんだってね。どこで手に入れたの?」
「おお、ブレンウッドのバルテン男爵から幾つか荷物が届いてな。その中に入っておったんじゃ。入院中は皆退屈だからな。簡単な物は子供達が持って行ったが、これは破片が全部で千有ると聞いて、誰も手を出してくれなかったんじゃ」
「でも、思ったより簡単でしたよ。あとちょっとなんで待ってください」
「待て待て、儂にもやらせろ。もうこれは儂が持って帰ってやるつもりだったんだからな」
「ええ! ずるいよガンディ。それなら、本部に持って来てよ!」
思わず叫ぶレイの言葉に、ガンディは堪えきれずに吹き出した。
「心配せんでも、ちゃんと本部にも別に届いておるわい。一緒に、緑の跳ね馬亭の春の焼き菓子も届いておるそうだから、後で皆で頂くとしよう」
「緑の跳ね馬亭の春の焼き菓子! うわあ、食べたかったんだ! ありがとうバルテン男爵!」
思わず叫ぶレイルズを見て、女性陣も堪えきれずに揃って吹き出したのだった。
それからガンディも加わって、あっという間に仕上げたパズルを前に、全員揃って手を叩き合って喜んだ。
「面白いですね。これは良いと思うわ。切り目の入った無地の板を譲っていただけたら、支援所にいる絵の上手な子に描かせてあげられるのに」
クラウディアが呟いた言葉に、ガンディが顔を上げた。
「おお、それは良い考えじゃな。夏頃からは、オルダムのドワーフギルドでも、バルテン男爵から教えを受けてこのパズルの製作を始めるらしいから、絵を描く仕事を支援所にも割り振るように頼んでおこう」
「ありがとうございます。皆喜びます」
思わずガンディの手を取って、クラウディアは嬉しそうにそう言って頭を下げた。
「絵を描く者は多い方が良い。支援所に新たな仕事が出来たな」
「そっか、支援って言ってもお金を渡すだけじゃ無いんだね」
そんな二人のやりとりを見て、レイは感心したように呟いた。
「当然じゃ。ただ金を渡すよりも、その金を使って技術や知識を与えてやり、継続的な仕事が出来るようにする事。それが正しい支援方法じゃ。ただ金だけを渡しても、下手をすれば本人の手には残らず、誰かの酒代や借金の返済に充てられたりするからな」
レイには知らない世界だった。しかし、女性達は皆頷いている。
「……まだまだ、僕には知らない事がいっぱいだね」
机の上に座ってこっちを見ているニコスのシルフに、レイは小さなため息を吐いてこっそり笑いかけた。
気が付けばもう昼食の時間になっていた。ガンディに連れられてニーカも一緒に食堂へ向かった。モティ衛生兵も一緒だ。
ニーカは嬉しそうにモティ衛生兵と手を繋いでいる。その様子は仲の良い親子のようだった。
「モティは、ニーカがここに入院しておる間、ずっと側で世話をしてくれた人でな。彼女が退院してからも、彼女の事をずいぶんと心配しておった。ああして見れば、本当の親子のようだな」
ガンディの言葉に、二人も頷いた。
「考えてみたら、僕もニーカも両親がいないんだね……きっと彼女も寂しかったんだろうね」
驚いて隣にいたクラウディアがレイの顔を見た。彼女は、レイルズはどこかの貴族の息子だとばかり思っていたのだ。
「ええ? そうなのですか?」
その言葉に、レイは彼女に自分の家族の事を話していない事に気が付いた。
「うん。僕は元々は自由開拓民の出身なんだよ。それで……」
食堂へ向かって歩きながら、小さな声で簡単に母を失った時の事や、己の半身となった竜との出会い、蒼の森の家族の事を話した。
「そうだったんですね。それは……辛かったでしょうに……」
涙ぐむ彼女を見て、レイは慌ててその背を何度も撫でた。
「私は、私は六歳の時に事故で両親を一度に失いました。暴走したトリケラトプスの引く馬車に、両親の乗っていた荷馬車が跳ね飛ばされたんです」
驚くレイに、今度は彼女が涙を拭きながら自分の家族の事を話した。
一度に家族を失い神殿の孤児院へ引き取られた事、しかし、その神殿で精霊達に迎えられて精霊が見える事が神殿に知られ、そのまま見習い巫女になった事、ブレンウッドで巫女の資格を得てここへ来た事も話した。
ニーカは彼女から両親の事は聞いて知っていたし、ガンディも当然彼女の事は一通り調べているので知っていた。
「辛かったね……それでも修行して巫女の資格をとったんだから、偉いよ。よく頑張ったね」
慰めるように肩を叩くレイに、クラウディアも笑って頷いた。
「今は、次の二位の巫女の資格を取る為の勉強中です。秋には試験がありますので、頑張らないと」
照れたようにそう言って笑う彼女を見て、レイも笑って頷いた。
「じゃあ僕達三人共……一緒だね」
控えめなレイの言葉に、ニーカも振り返って頷いた。
「私も、両親の顔は知らないわ。物心ついた頃には農園で働かされてた……でも、辛い事もいっぱいあったけど、生きていたら本当に誰かに助けてもらえるね。今、私は幸せよ。これから先、また何があるか分からないけど、もう大丈夫、私にはスマイリーがいるもん」
「僕らもいるよ。安心してね」
レイの言葉に、ニーカは少し俯きながらはにかむように笑った。
「うん、本当に感謝してる。私、この国に来れて良かった……」
彼女の言葉に、全員が笑顔になった。
モティ衛生兵はだけはレイの正体を知らなかったが、漏れ聞こえてしまった話の内容に驚き、思わず振り返ってガンディを見た。彼が首を振るのを見ると、一礼して何も聞かなかった事にしてそのまま食堂の扉をくぐったのだった。
目の前に広がる広い食堂に、ニーカは歓声を上げた。
それぞれに好きなだけ取って来て食事を終えると、レイルズ達は食器を返しに行きデザートの果物やマフィンを取りに行った。
「ああクラウディア、其方も今日は、お湯をもらって来てこのお茶を飲みなさい。それからこれは其方の分のお薬じゃ、向こうで水をもらって飲んで来なさい」
彼らと一緒に立ち上がったクラウディアを呼び止めたガンディから、薬と茶葉の入った包みを手渡されて、彼女は驚いて顔を上げた。
「どうして私までお薬とお茶を飲むのですか?」
戸惑う彼女に、ガンディはにっこりと笑ってこう言ったのだ。
「午後からは竜騎士隊の本部へ一緒に行くからな。念の為、人間である其方にも薬を飲んでもらうんじゃ。ニーカの伴侶の竜と、それからレイルズの竜にも会わせてやろう」
驚きに目を見張る彼女に、ガンディは得意げに片目を閉じて見せた。
「まあ、じじいのちょっとしたお節介じゃ。遠慮無く受け取るが良い」
まだ呆然とする彼女の肩を叩いて、何事も無かったかのようにガンディも食べ終わった食器を手に立ち上がった。
呆然とその後ろ姿を見送り立ち尽くしていると、それぞれにお湯の入ったポットと、デザートを取った二人が戻って来た。
「あれ、どうしたのディア。早く食器返してこないと」
「ええ、そうね……返してくるわ……」
まだ呆然としながら、彼女はとにかく食器を返しに行った。
「どうしたんだろうね?」
「そうね?何か変だったね」
顔を見合わせた二人は、肩を竦めてそれぞれの席に着いたのだった。
「ニーカはクラウディアの事、ディアって呼ぶんだね」
気になっていた事をこっそり聞いてみると、彼女は振り返って笑って胸を張った。
「女の子同士は、仲良くなると名前とは別の愛称で呼ぶんだって。私は略しようが無いからそのまま呼んでもらってるけど、彼女は幼馴染にディアって呼ばれていたんだって。神殿に入ってからも、仲の良くなった子にはそう呼んでもらったんだって。私も何か付けてもらった方が良いのかな?」
首を傾げながら聞かれても、女の子同士の事なんてレイは全く知らない。はっきり言って女の子自体が彼に取っては未知の生き物だ。
「どうだろう? ニーカが呼んでもらいたい名前で良いんじゃない?」
一応無難な答えを返したが、クラウディアを愛称で呼べる彼女が少し羨ましいレイだった。
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