明かされた秘密
「蒼竜様って……レイルズ……お前……あの、古竜の主……なのか?」
泣きそうな顔のマークに呆然と問われる。
レイルズは、泣きそうな顔でただ小さく頷く事しか出来なかった。
「そうだよ……黙ってて……」
俯いて小さな声で謝ろうとしたその時、マークとキムの二人が同時に床に片膝をついた。そのまま更に深々と頭を下げる。
廊下にいた教授達や生徒達、保安要員の第四部隊の残っていた兵士達、倒れて呆然としていたテシオスとバルドまでが慌てて起き上がり、まさにその場にいた全員が一斉にレイルズに向かって跪いて平伏した。
「我らをお助け下さり、心より感謝致します。古竜の主よ。知らぬとは言え……無礼の数々をどうかお許しください!」
マークが頭を深々と下げたまま、悲壮な声で叫ぶように言うのを聞いて、レイは以前、皇王様が言っていた事を思い出していた。
自分だって同じ人間だ。王だからと差別されては堪らん、と。
口を開こうとした時、不意にあふれた涙で目の前が見えなくなる。
拳を力一杯握り締めて、ぎゅっと目をつぶって、大声を上げて泣き喚きそうになるのを何とか堪えた。
頬を、堪えきれなかった涙が一粒だけ零れ落ちる。
「ごめんね……黙ってて……楽しかったよ……今迄……ありがとう」
それしか言えなかった。
その時、不意に廊下が騒がしくなり、息を切らせたルークとタドラが駆け込んで来た。
「レイルズ!無事か!」
「一体何があったんだよ!」
その声に顔を上げたレイは、もう我慢の限界だった。
咄嗟に駆け寄ってルークの胸に飛び込むと、そのまま縋り付いて大声を上げて泣き出した。
後から後から涙が溢れて止まらず、しゃくりあげてはまた大声を上げて泣いた。
「この馬鹿野郎!」
そう叫んだルークが、力一杯抱きしめてくれる。
受け止めてくれた安心感に、レイルズはまた新たな涙が溢れて、更に大声を上げて泣いた。
それは先程までの、闇蛇と対峙していた時とは別人のような、年相応の少年の泣き声だった。
「マーク上等兵、久しぶりだね。状況を説明してもらえるかい」
レイルズを見ていた時とは別人のような厳しいタドラの声に、マークとキムは直立した。
「その、自分も直接見たわけではありませんが、そこのテシオスとバルドの二人が、誰かから渡された魔法陣で召喚魔法を行ったようです。しかし、聞いていた魔法陣とは別の魔法陣が描かれていたようで、黒くて小さな羽虫のようなものが恐らく十匹はいました。その後に現れたのが、闇蛇だったと思われます」
そこで一度、深呼吸をして唾を飲み込む。
「自分とレイルズ様は、隣の教室で授業を受けていましたが、突然物凄い不快感とともに、何かが足元から湧き上がるような異様な違和感を感じました。シルフとウィスプ達の警告に従って廊下に飛び出すと、隣の部屋でその異変が起こっていたようです。レイルズ様が扉をシルフに命じて開かせて中に飛び込んで行かれました……自分は、先ほどの教室の剣置き場から、レイルズ様のミスリルの剣を持って駆けつけました」
「何故、自分のではなくて、彼の剣を?」
タドラの質問に、もう一度深呼吸をして答えた。
「レイルズ様の剣が、ミスリルである事は柄の色から判断出来ました。ミスリルは精霊達が好みます、これを抜いてカマイタチを力一杯放てば、自分でも少しは時間稼ぎが出来るかも知れないと考えました」
「でも……そんな事したら、僕らは逃げられても……マークは逃げられないよ……」
まだ、泣きながらも必死でこっちを見たレイルズが、しゃくり上げながらもそう言ってくれた。
「そうしたらレイルズ様が、一緒にと、言ってくださって……その、蒼竜様の声に従って剣を抜きました……」
「それで、あの稲妻だね」
タドラの問いに、マークは頷いた。
頭を振った時、今になって痛かった頭の左上側が妙に粘つくのに気付いた。
「あ、血が……」
タドラが驚いたように自分を見ている。
どうしたのかと聞こうとして、左の頬と肩に血が落ちてきたのに気付いた。マークの短く刈り上げた焦げ茶色の髪の毛の左側だけが、突然の出血で真っ赤に染まった。
「衛生兵、怪我人だ!こっちへ!」
タドラの声に、何人もの兵士達が一斉に中に入って来た。
平伏したままだった生徒や先生達を、順に誘導して避難させ、入り口の扉を封鎖している。
こちらに駆け寄って来た衛生兵達が、マークの両腕を抱えて有無を言わせず担架に乗せる。
「横になってください。応急処置をします」
「あの、瓦礫に当たっただけですから大した怪我では……」
遠慮しようとする彼に、衛生兵はぴしゃりと言い放った。
「それは立派な怪我です。こんなに出血しているのに何を言ってるんですか。頭の怪我は、甘く見ると危険ですから大人しくしていてください。抵抗するなら縛ってでも大人しくさせますよ」
母親と然程変わらないであろう女性の衛生兵に真顔でそう言われて、マークは諦めて大人しく横になった。小さく吹き出したキムを、横目で睨みつける。
ルークとタドラに連れられて、部屋を出て行くレイルズが、何度も振り返って心配そうに自分を見ているのに気付いていたが、マークはどうしても彼を見る事が出来なかった。
彼の前でどんな顔をしたら良いのか、自分でも分からなかったのだ。
昼間に上がって来た教室横の階段は、壁の一部が崩れ、瓦礫が階段中に転がっていて通れなかった為、反対側の階段から下に降りて中庭に出た。
そこには、ルークとタドラの竜、パティとベリルが並んで待っていた、上空にはブルーの姿が見える。
ルークに背中を叩かれて顔を上げると、二人はそれぞれの竜に駆け寄り、その背に乗って一気に上昇した。
交代するように、ブルーがゆっくりと中庭に降りてくる。
広いと思っていた中庭は、ブルーが降りるとギリギリの広さしか無かった。長い尻尾を周りの建物に当てないように、無理矢理高く上げている姿が可笑しくて、ちょっと笑った。
「来てくれてありがとう。ブルー」
差し出された大きな頭に、そう言って力一杯抱きつく。
ブルーの鳴らす喉の音を聞いていると、まだ震えていた身体が不思議と落ち着いて、もう怖く無くなった。
一つ深呼吸して額にキスすると、腕からいつものように背中に上がる。
恐らく湖からそのまま来たのだろう。その背に鞍が無かった。気にせず、いつもの位置に座ってそっと首を叩く。
ゆっくりと上昇するその背から、レイは下を見下ろした。
あんなに大きいと思った中庭のツリーが斜めになって倒れかけている。それは二本の指で摘めそうなくらいに小さく、壊れた玩具のようにも見えた。
また涙があふれてきて、レイはもう一度俯いたまま泣いた。いろんな感情が体の中でぐるぐる回っていて、もう、自分の感情が分からなかった。
ただ分かったのは、もうマークやキム、テシオスやバルドと、今迄のように気軽に一緒にはいられないだろうという事だった。
何も言わずに両隣にそっと寄り添う二頭の竜と共に、三人は一旦本部へ戻った。
その前日の夜、火を灯した精霊王の祭壇の前で、守役を務めていたルークとタドラは、揃って小さな欠伸が出そうになって慌てて我慢し、互いの顔を見て、こっそりと笑い合った。
ここは、城の中にある精霊王の神殿の別館だ。年間を通じて城での精霊王への祭祀は、全てここで執り行われる。
正面中央に、街の精霊王の神殿と変わりない程の大きな祭壇があり、巨大な精霊王の彫像と、戦神サディアス、薬学と子供の神である女神オフィーリアの彫像が左右に並んでいる。更にサディアスの後ろには、竜騎士達の守り神エイベルの全身像があり、オフィーリアの足元には、水の精霊魔法の守り神、息子のマルコットの像が並んでいる。
中央にはいくつもの椅子が並べられている。
また部屋の左右の壁には、精霊王に従う十二神となった英雄達の残り九人の彫像が、それぞれ五人と四人並んで祭壇の方向を向いていた。四人の英雄神の列の最後には、親子のケットシーの像も並んでいた。
左右の英雄達の頭上と扉のある側の上側は、全て見事な色硝子で細工された窓が嵌め込まれていて、太陽が昇ると、正面の祭壇に、色硝子を通した様々な色の光が差し込み、祭壇を一層美しく輝かせるのだった。
正面の彫像の背後の祭壇の壁は、建立当時のドワーフ達が総力を挙げて作ったと言われている。
それは、精霊王の住まうと言われる天の山の森を再現した、まるで本物と見紛うばかりの立体感のある空の雲、木々や草花。森の生き物達が、見事な繊細さで彫刻によって再現されていた。
現実と違うのは、それら全てが金箔を施された煌びやかな黄金の世界であるという事だろう。
しかし、六百有余年の歳月が、その金の輝きに長い歳月を経たものだけが持つ深みと重みを与えていた。
それぞれの彫像の前には特設の机が設けられ、山盛りの貢物が積み上げられている。もう一つ、一段下がった高さに置かれた机には、火の入った香炉が置かれ、燭台が幾つも並んでいる。
祭りの期間中は、途切れる事無く何本もの蝋燭に火が灯されて、深夜もここだけは別世界のような美しい輝きを放っていた。
「いつも思うけど、夜に見る祭壇は美しいよな」
「そうだね。蝋燭の灯だけで、こんなに明るいなんてすごいよね」
小さな声でそう言って、二人は祭壇を見上げた。
数多の蝋燭の灯りに反射して、彫像達もいつもよりも優しい表情に見えた。
祭りの期間中は、竜騎士達も交代で夜通し祭壇の前で守役を務める。もちろん、司祭や僧侶達も大勢いるし、第二部隊の兵士達も大勢交代で夜通し番をしている。
祭壇の前では、決められた時間ごとに、祈りの歌と僧侶達の唱える経が捧げられるのだ。
街の神殿も、この期間中は一晩中扉が開かれたままになり、一日中いつでも参拝に来られるようになっている。
特に、普段は閉められている夜間に参拝に来る者も多く、神殿の外には深夜でも屋台がいくつも並んで、夜通しお祭り騒ぎになっているのだ。
夜明けまで、僧侶や兵士達と共に守役を務め、アルス皇子とマイリーと守役を交代したルークとタドラは、食事をして、与えられた城の中にある部屋で湯を使って着替えてから、午前中仮眠を取った。
昼食の後、午後からはヴィゴとロベリオとユージンが守役担当で、夜にはまた、ルーク達が夜通し守役を務めるのだ。
午後の最初は城のツリーの前で精霊王へ捧げる歌を歌い、その後は降誕祭当日に街の子供達に配るお菓子の袋詰めを手伝う。竜騎士様が詰めてくれたお菓子だと言って配られるその小さな包みは、神殿に来る子供達に大人気なのだそうだ。
この時間は、若い兵士や僧侶達と和気藹々と話をしながら手を動かすだけなので、気楽なものだ。
しかしその日、作業を始めて間もなく、突然目の前に現れたシルフが伝えた衝撃の言葉に、その場にいた僧侶達や兵士達までが驚きに声も無かった。
「すみません! ここはお願いします!」
そう叫んで、ルークとタドラが剣置き場に置いてあったミスリルの剣を掴むと、ものすごい勢いで飛び出して行った。
大勢の人がいた中庭に、第二部隊の兵士が飛び出して来て、とにかく竜が降りられる場所を開ける。建物から飛び出して来たルークとタドラは、墜落するような勢いで鞍も無く飛び出して来た竜の背に、勢いのまま飛び乗った。
「頼む!」
即座に上昇して、精霊魔法訓練所へ向かう。
しかし空にいた彼らの目に見えたのは、双子の塔の片側に青い稲妻が落ちた光景だった。直後に振り落とされそうな程の衝撃波が起こり、半瞬遅れて物凄い轟音が響き渡った。
「おいおい、あれ……」
「うわあ。壁が崩れたぞ」
「冗談じゃ無いぞ。生きてるだろうな」
思わずルークが呟くと、目の前に現れたシルフが憮然とした声で話した。
『我を誰だと思っておる。自らの主に害なす訳が無かろうが!』
「どうなった?」
短い問いに、シルフは器用に鼻を鳴らした。
『我の雷で、打ち砕いてやったぞ。粉々になって砕け散ったわ。周りに大勢人がいたので、攻撃範囲を把握するのに少々時間を取られてしまったがな』
「って事は、被害は建物だけか。まあ、最悪の事態は避けられたようだな」
勢いよく訓練所の中庭に降下すると、二人はそのまま飛び降りて、壁が崩れた建物の中に飛び込んで行った。
正面では、先ほどの衝撃波で斜めになったツリーを、倒れないように必死で支えて戻そうとしているノーム達がいた。
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