ポリーの卵と最後の墓参り
「それじゃあ、おやすみなさい」
レイが笑顔で手を振って部屋に戻るのを見送って、ルークが大きく伸びをした。
「さてと、俺もそろそろ休ませてもらいます」
立ち上がりかけたルークを見て、不意にギードが思い出して大声を上げた。
「おい。あの話はルーク様にはお聞かせしておくべきじゃないか?」
タキスも立ち上がりかけていたが、思わずギードを見て頷いて座り直した。
「え? 何かありましたか?」
「あの……」
思わず真剣な顔で振り返るルークに、タキスは、モルトナとロッカがいるこの場で話して良いか一瞬迷った。
「では、我らは先に休ませていただきます」
「そうですね。それではおやすみなさい」
まるで、タキスの心の声が聞こえたかのように、モルトナとロッカは立ち上がって挨拶すると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「ああ、気遣わせてしまったようで申し訳ありません」
慌ててニコスが後を追って話しかけたが、廊下に出たところで二人は笑って首を振った。
「色々と事情がお有りなのは分かっております。どうぞ我らの事は気になさらず、ルーク様とお話しください」
「美味い食事と酒をありがとうございました。それではおやすみなさい」
そう言ってもう一度笑うと、二人はニコスの肩を叩いてそれぞれの部屋に戻って行った。
その後ろ姿を見送ったニコスは、黙って深々と頭を下げたのだった。
「ブレンウッドで、警備隊の隊長から聞いた話なのですが、恐らく調査をお命じになったのはマイリー様でしょうから、いずれそちらにも報告は行くと思うのですが……」
ルークとガンディが残った居間では、タキスがそう前置きして、ブレンウッドの隊長から聞いた、ゴドの村の村長が以前、守備隊管轄の村として登録しても良いと前任の守備隊長から言われていたのに断ったらしい。という話をした。
それを聞いた二人は、呆気に取られた。
「そんな事、普通断るか?」
「いや。あり得んだろう。それならば、一体何の為に土地を開拓しておるというのだ?」
ルークの呟きに、ガンディも首を傾げながらも断定する。
「そうですよね。守備隊管轄の村として登録されたら、納税の義務は発生するけれど土地の所有権が認められる。それは自由開拓民の最終目的だと思ってたけど、違うのか?」
「いや、その認識で間違っておられませんぞ」
間違っていないと言うギードの言葉に、ルークも改めて頷く。
「土地に縛られるわけにはいかんのだと、そう村長は言ったそうです」
タキスの言葉に、ガンディは腕組みして唸った。
「やはり、村長が何者であったのか、改めて調べる必要がありそうだな」
「教えてくださった守備隊長のお考えですが、もしかしたら巡礼を完了した元神官なのではないか、と言っておられました。確かにそれならば土地に執着しないのもあり得ます」
ニコスの言葉に二人も頷いた。
「成る程な。確かにそれならば土地に執着せぬのもあり得るか」
「確かに。でもそれなら……最低でも、村に祭壇が有ったと思うんですけれどね」
「村長個人の部屋に祀ってあったとしたら、子供らは知らぬ可能性もあるか……」
「分かりました。戻ったらこちらでも調べてみます。こういったものの専門家がいますので、何か分かったらお知らせします」
ルークの言葉に、三人は深々と頭を下げた。
「我らの事は、どうぞお気になさらず。どうか、あの子の事をよろしくお願いいたします」
タキスにそう言われて、ルークは笑って立ち上がった。
「お任せ下さい。それから、気になった事があれば、いつでも遠慮無く仰ってください。それじゃあ俺も休ませてもらいます」
それを見て、ガンディも立ち上がって大きく伸びをした。
「では休ませてもらうとしよう。それにしても、どうにもよく分からん話だな」
苦笑いしたタキスと頷き合って、ガンディも部屋に戻って行った。
翌朝、いつもの時間に起きたレイは、洗面所で顔を洗って、ちょっと考えて、置いてあった普段着に袖を通した。
「おはようございます。そろそろ起きてください」
タキスが起こしに来てくれた時、丁度着替えが終わったところだった。
「おはようございます。今日の予定ってどうなってるんだろうね」
「どうでしょうね。朝食の後、言ってくださるのでは? それより、まるで貴方が帰ってきてくれたのが分かったみたいに、ポリーが今朝、卵を産みましたよ」
「ええ!見てみたい!」
目を輝かせるレイに、タキスは頷いた。
「だったら行きましょう。昨夜、寒かったので、廊下の奥の部屋に皆を移したんですよ。そうしたら、環境が変わったからなのかも知れませんが、いきなり産んで驚いたんです。今、ギードが様子を見てくれていますよ」
慌てて駆け出したレイの後にタキスも続いた。
「おはようギード。ポリーが卵を産んだんだって?」
廊下からいつもの広い部屋に駆け込むと、端に作られた干し草の塊の真ん中に、ポリーが蹲るように丸くなっていた。
「ポリー、おはよう。僕だよ」
驚かさないように小さな声で話しかけて、そっと鼻の辺りを撫でてやった。
顔を上げたポリーは、嬉しそうに喉を鳴らしてレイの手に何度も甘噛みをした。
そっと覗き込むと、ポリーの大きな後ろ足とお腹の間に、一抱えもありそうな大きな丸い卵が収まっているのが見えた。
やや薄緑色のその卵をポリーは大事そうに全身で守っている。すぐ側にはヤンがいて、何度も覗き込んではポリーに嫌がられていた。
「新米父さん、邪魔者扱いされてますよ」
レイの呟いた言葉に、タキスとギードは吹き出した。
「確かに、初めての子を見て、どうしたら良いのかわからずにオロオロしておる新米父さんそのものだな。こら、しっかりしろよ」
ギードの言葉に、ヤンは文句を言うかのように跳ね回っていた。
よくみると、少し離れた場所にベラも干し草を集めているのを見て、レイは嬉しくなった。
「えっと、子供が生まれたらどうするの? ここで育てるの?」
二人は顔を見合わせた。
「どうしようか考えておるところじゃ。正直言って、ラプトルの子供は予定外だったからなぁ」
「牛は今年交換してもらう予定だし、黒角山羊の子供を産ませるつもりでしたからね。来年の春はおめでた続きになりそうですね」
「牛を交換? 何の事?」
驚くレイに、タキスが説明してくれた。
「牛は、ドワーフギルドの紹介で酪農家の方と契約して乳牛を借りているんですよ。ここにいる白黒の牛は、一昨年の春に子供を産んだ母牛で、あの種類は産後二年程乳を出してくれます。春にはもう乳が出なくなくなりますから、また新しい乳の出る牛と交換してもらうんですよ」
「黒角山羊は買った子達で、雄と雌がおるからな。あれも一昨年、子山羊を産ませてその酪農家に引き取ってもらったんだよ。あれもそろそろ乳が出なくなるから、来年の春にはまた新しい子山羊が産まれるぞ」
「ええ! 子山羊が生まれてたの! 残念、見たかったな」
悔しそうに叫ぶレイに、ギードが笑って肩を叩いた。
「なら、生まれたら知らせてやるさ。手放すと言うても、しばらくはここで飼うからな」
「見に来れるかな?」
嬉しそうに笑って、寄って来た黒角山羊を撫でてやった。
居間に戻ると、皆起きていたので、レイはポリーが卵を産んだことを報告した。
「おお、それはめでたい事じゃな。騎竜の卵……お前達は見た事あるか?」
ガンディの言葉に、モルトナとロッカは首を振った。
「ルークは見た事あるの?」
レイの質問に、ルークは頷いた。
「ああ、竜の保養所に行くと、大抵今頃の時期には卵を抱いた騎竜が沢山いるよ。見たいなら今度連れて行ってやるよ。大きな厩舎に卵を抱いたラプトルが並んでいるのは壮観だぞ」
目を輝かせるレイに、皆笑顔になった。
朝食の後、いつものように騎竜や家畜達の世話をしたが、レイは白黒の大きな牛にブラシをかけてやりながら優しく話しかけた。
「いつも美味しいお乳をありがとう。どうか元気でね。また元気な赤ちゃん産んでくださいね」
嬉しそうに頭を擦り付けてくる大きな牛に、レイは笑ってそっとキスをした。
それから黒角山羊のところにも行って、同じように話しかけていた。
『春には子山羊が産まれるよ』
『産まれる産まれる』
シルフ達が現れて、黒角山羊の角に座って嬉しそうに教えてくれた。
「ベラは? ベラも卵を産むの?」
『産むよ』
『産むよ』
『可愛い子竜』
『楽しみ楽しみ』
「そうなんだって!」
振り返って嬉しそうにそう叫ぶレイに、全員が呆気に取られて見つめていた。
「おお、またシルフが教えてくれたぞ」
「……みたいだな。相変わらず、自分のやってる事に自覚なさ過ぎる」
苦笑いして顔を見合わせるガンディとルークだった。
少し早めの昼食の後、レイは竜騎士見習いの服に着替えて身支度を自分で整えてから上の草原に上がった。そこには大小二頭の竜が並んでこっちを見ていた。
「来てくれてたんだね。えっと、鞍と手綱を取り付けるから待ってね」
そう言って、差し出された大きな頭に抱きついて額にキスをした。
モルトナに言われた通りにブルーの背中に上がり、一緒に上がってきたルークとロッカに教えてもらいながら、初めて自分でブルーに鞍を乗せた。
「さすがにラピスは大きいから、ベルトの数が多いよな。でもこれで大体の構造が分かったろう?」
「うん。ベルトは多いけど、基本的には騎竜の鞍と理屈は同じだね」
今度はパティの背中に上がって荷物を取り付けるのを手伝いながら、嬉しそうに笑った。
「レイ、私達は今回は遠慮しますから、ここでお別れです。どうか身体には気を付けて。皆様の言う事をしっかり聞いて、ご迷惑を掛けないようにね」
タキスが抱きしめて額にキスしてそう言ってくれた。
きっとそうだろうと思っていたので、力一杯抱き返して頬にキスを返した。
「うん、会えて嬉しかったよ。皆も元気でね。ポリーやベラの赤ちゃんが産まれたら教えてね」
「これは夕食に食べてくれ。全員の分が入ってるからな。こっちはカナエ草のお茶だ」
斜めがけの鞄をレイに掛けてやり、ルークとモルトナの分にはカナエ草のお茶を、ロッカとガンディの分は普通のお茶と水を入れた水筒を渡して、ニコスとギードも交互にレイにキスを送った。
「ありがとう。ニコスの作ってくれるお弁当、皆に評判なんだよ」
ちょっと涙が出そうになったけれど、我慢してキスを返して笑って誤魔化した。
二頭並んで森へ飛び去っていく竜達を、三人は言葉も無くいつまでも見上げていた。
まずは、ブルーの棲家である青の泉を案内し、先に母さんのお墓に挨拶をしてから、最後にエイベルのお墓に向かった。
見せられた粗末な墓を見て、ガンディは黙って石の前に膝をついた。
「エイベル様……我らの犯した愚かな行為をどうか、どうかお許しください。オルダムで、何も知らぬ皆がエイベル様に祈る度に、心に突き刺さった硝子のかけらのような痛みと共にタキスの事を思い出しておりました。まさか今になって生きて会えるとは……長生きはするものですな」
両手を握りしめて祈っていたガンディは、そう言って顔を上げた。
「どうか安らかに、精霊王の御許にて我らをお見守りください」
ルークも隣でミスリルの剣を抜いて祈ってくれた。レイもそっと跪いて祈りを捧げ、揃ってミスリルの火花を散らした。
「さあ、帰ろう。オルダムへ」
ルークの言葉に、レイも大きく頷いた。
「そうだね。マイリーが待ってるよ!」
拳を打ち合わせて大きく頷き合った。
「ブルー。オルダムへ帰ろう」
待っていてくれたブルーにレイはそう言って笑った。
「ああ、帰ろう。オルダムへ。皆が待っておるぞ」
そう言って優しく喉を鳴らすブルーの大きな頭に、レイは力一杯抱きついたまま、しばらく顔を上げることが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます