お休みと閉山の挨拶

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたが、レイはなかなかベッドから起きる事が出来なかった。

「おはよう……ございます、眠い……です」

 挨拶しながらまた眠りそうになるレイを見て、シルフ達が一生懸命髪を引っ張ったり、耳をくすぐってくれる。

「うん……起きます……」

 それだけ言うと、シルフ達の奮闘虚しく、レイは枕に顔を埋めてまた寝てしまった。

 しばらく頭の上で呆れたように見ていたシルフ達だったが、顔を見合わせて笑い合うと、レイの髪や襟元に潜り込んで嬉しそうに一緒に眠るふりをした。



「レイ、どうしました? 」

 いつもの時間になっても起きてこないので、心配になったタキスが起こしに来る。

『寝てるの寝てるの』

『まだ眠いって』

『お疲れお疲れ』

 小さな声でそう言うと、シルフ達が一斉に眠るふりをした。

「おやおや。確かにこのところ朝が早かったですからね。では今日は、もうお休みにしましょうか」

 笑ってそう言うと、乱れた毛布をかけ直して、眠る少年にキスをしてから静かに部屋を出て扉を閉めた。



 居間に一人で戻ったタキスに、ギードが不思議そうに顔を上げた。

「おや、レイはどうした?」

「お疲れのようです。このところ朝も早かった事ですし、今日ぐらい、ゆっくり寝かせてあげましょう」

「そうだな、昨日も眠そうにしとったからな」

 ニコスと顔を見合わせて苦笑いした。

「それでは、急ぐ物は昨夜片付けてしまいましたし、今日は私達もゆっくりしますか」

 タキスがそう言うと、ニコスとギードも同意するように頷いた。

「そりゃあ良い考えだな。ワシも山から戻ったら昼寝する事にしよう」

「え? こんな時期に、山へ入るんですか?」

 タキスが驚いて言うと、ニコスも心配そうにギードを見た。

「すっかり遅くなってしもうたが、もうそろそろ冬将軍のお出ましだろ。山を閉めてくるだけだから、昼過ぎには戻るさ。今年も良い仕事をさせて貰った礼を言うて来るわい」

「それなら納得です。さて、先に食べてしまいましょう」

 目玉焼きと厚切りのベーコンをまとめて皿に乗せると、卵スープも小さめのスープカップに取り分けた。




「ギード、山へ行くなら、ベラに乗って行ってください。その方が楽でしょう」

 パンをちぎりながら、ニコスが言った。

「そうだな、そうさせてもらうか。それなら、新しい鞍を乗せてみるから、慣らしがてらヤンとオットーも連れて行くか。軽い荷物程度なら、乗せても問題なかろう」

 それを聞いて、スープを飲んでいたタキスがちょっと考えて顔を上げた。

「それならご一緒させてもらっても?坑道へ入るのなら、光の精霊がいた方が楽でしょう」

 ギードは驚いた様にタキスを見て、スープを一口飲んだ。

「それは構わんが……珍しいな」

「さすがに坑道の奥までは入りませんよ。そろそろヤンとオットーを、しっかり走らせてやりたいと思っていたんです」

「そう言う事なら、軽食だけでも持って行くか?パンはあるから、簡単なもので良ければ作るぞ」

 それを聞いたニコスが、お皿を片付けながら言う。

「では、二人分お願いします。着替えてきますね。ご馳走様でした」

 そう言うと、タキスは最後のお茶を飲んで部屋へ戻っていった。

「なんと珍しい事もあるもんだ。あいつが自分から山へ行く、なんて言うのは、初めてじゃなかろうか」

「そうですね、俺の知る限り初めてですよ」

 二人はなんとなく嬉しそうに言った。

「これもレイのお陰かの。子供の力とは、大したもんだわい」

 頷きながら立ち上がると、ギードは一旦自分の家へ戻った。



「さて、持っていく物は……これとこれで良いか。あ、これも持って行くか」

 部屋の一角を占める木箱の中から、独り言を言いながら何本かの瓶を取り出していく。

 取り出した瓶は、大きな袋に入れていく。中は間仕切りがしてあり、一本ずつ入れても、瓶が倒れないようになっていた。

「さて、こんなもんかの。後は聖水と塩と……うん、これで良いはずじゃ」

 細かな道具は、全部まとめて布で包んで瓶の入った袋と一緒にすると、上着を着てからそれらを持って、厩舎へ向かった。

「さて、タキスも来るのなら、またワシはベラの世話になるか」

 そう言って一旦荷物を端へ置き、街で買ってきた、騎竜の道具を入れた包みを棚から下ろして開いた。

 まずは二つの鞍を取り出し、ベルトの具合を確認する。

 手綱とハミも取り出して、これも不備がないか確認していく。

「遅くなりました。買ってきた道具はどんな感じですか?」

 包みを下げて上着を着たタキスが、厩舎へ入ってきた。

「ほれ、どうだ。なかなか良いのを見つけてきたろう

 細かな編み込みの手綱を渡すと、受け取ったタキスは、満足そうに頷いてギードに返した。

「良い品ですね。まだ少し手綱が硬いようですが、使い込むと柔らかくなりそうな良い革です」

 横の柵に乗せた、新しい鞍も撫でてみて確認する。

「こっちの柄入りのは、レイに使わせようかと思って買ったんだが、どう思う?」

 鞍の横側には、細やかな細工が彫られていてとても綺麗だ。

「きっと喜びますよ。それなら冬の間に、鞍を取り付ける練習をさせましょう」

「そうだな。まずは自分で自分の騎竜の装備を整える訓練からじゃな」

 そう言うと、ギードは顔をふと上げた。

「そう言えば、今回の旅で思ったんだが……ここへ来た時に比べたら、ひと月程だが、明らかにレイの背丈が伸びとるよな」

「ええ、明らかに伸びてますよ。ズボンや服の丈がかなり短くなって来たので、新しいのをニコスが作ってくれたんです。この冬の間にどれくらい伸びるか楽しみですね」

 タキスは頷いて、嬉しそうに笑った。

「この冬は、成長痛で眠れんかもしれんな」

「一応、痛みが出たら言うようには言ったんですけどね……」

「こればっかりは、薬で治るものでは無いからな」

 苦笑いすると、ギードは新しい鞍をヤンの背に乗せた。タキスも新しい鞍をオットーの背に乗せて取り付けていく。

 元々、騎竜としての訓練を受けていた子達だから、抵抗は無く、それどころか鞍を乗せてもらって嬉しそうだ。銜と手綱も取り付けて、全体の微調整を済ませた。

 それから、ベラとポリーの鞍と手綱も手分けして手早く取り付ける。荷物は、鞍の後ろに乗せる専用の袋をヤンとオットーに取り付けて、バランスよく分けて乗せた。

「それでは行くとするか」

 ベラの背に軽々と乗ると、ヤンの手綱を持って外へ出た。ポリーの背に乗ったタキスも、オットーの手綱を持ってついて出る。

 厩舎の扉を閉めると、ニコスが収穫用の籠を持って出てきた。

「気をつけてな、何かあれば声を飛ばしてくれ」

 薬草園の前で、そう言って手をあげる。

「昼過ぎには戻ります。レイの事は、よろしくお願いしますね」

 答えて手をあげると、一行はゆっくりと歩き出した。




 草原を一気に走り抜ける。手綱を離したヤンとオットーも、全く遅れずに二人について来る。

「かなり元気になったようだな、後はしっかり食べて筋肉を付けさせる事か」

 横を走るタキスに、大声で話しかける。

「もう、怪我は完治してます。骨はしっかりしてますから、後はしっかり食べて走らせてやる事位ですね」

「ならば、もう少し速く行くぞ」

 そう言うと、更にスピードを上げる。

 目的地の鉱山の入り口の森まで、林の中も一気に走り抜けた。二匹は、ベラとポリーの後ろにそれぞれぴったりと付き、遅れる事なく林の中も走り抜けた。

「乗っておったのは馬鹿どもだったが、騎竜の訓練士は、仕事熱心な奴だったようだな」

 それを見て、ギードが感心したように言った。タキスも笑って頷く。

「それでは、この辺りでこいつらを走らせてやってくれ。ワシはちょっと中へ行ってくるわい」

 森の入り口に到着すると、ギードはベラの鞍から降りて、包みと袋を両手に持った。

「ウィスプ、ギードと共に行き、その先を照らしてやってください」

 指輪に向かって話すと、二人の光の精霊が姿を現した。

『明るく照らす』

『足元照らす』

『転ばぬように』

『迷わぬように』

 二人の精霊はそう言うと、くるりと回ってギードについて行った。

「おお、よろしくお願いしますぞ」

 嬉しそうなギードの声が、森の中へ消えて行くのをタキスは静かに見送った。




 ウィスプの光に照らされて、薄暗い森の中を進むギードだったが、足元には両手を広げたほどの幅のしっかりした石畳の道があった。

 これは、鉱山が賑わっていた頃に、当時のドワーフ達が敷いた道だ。かなりの年月を経て石は丸くなっているが、不思議と雑草も無く、森の中に綺麗な空間が開いている。

 その道をしばらく進み森を抜けると、一気に視界が開けた。

 明るい日が差し込む草地の奥には、切り立った岩山が聳え立っている。大きく裂けた岩の隙間には、よく見ると下へ降りる階段が作られている。



 ここが、ドワーフの鉱山の入り口だ。



 ギードは、迷う事なくその裂け目に入ると、階段をどんどん降りて行った。彼の頭の上と足元には、明るい光の玉がずっと付いて来ていた。

 しばらく降りると、平らな足場に出る。

「照らしてもらえますか」

 顔を上げて、頭の上にいる精霊に声をかけた。頷くようにくるりと回って、どんどん先へ行くと、かなり高い位置で、一気に光を増した。

「何度見ても見事なもんだわい」

 嬉しそうに頷きながら、ギードが呟いた。



 目の前に広がるのは、外の世界とは全く違う光景だった。

 向こう側が霞むほどの広い直径の縦穴が、遥か下まで続いている。縦穴の壁面には、あちこちに階段や足場があり、下へ下へと降りられるようになっているのだ。



 荷物を持ったまま、ギードはその縦穴に作られた階段を降りて行く。迷う事なく足場を渡り、また階段を降りる。

 何度かそれを繰り返し、ある採掘場所に辿り着いた。

 そこで荷物を降ろすと、取り出した袋の中から瓶を取り出して並べていく。ニコスが作ってくれた弁当からも、小さな包みを一つ、一緒に並べてその前に座り込んだ。

「ノームよ、今年も良き仕事をさせていただきました。感謝の印を収めてくだされ」

 そう言うと、足元の地面を軽く叩いた。

 すると、何人ものノーム達が現れてギードの側に来た。


『どうした?』

『もう終わりか?』

『ミスリルがまだあるぞ』

『鉄の石もまだあるぞ』

『砂鉄は取らないのか』

『原石も沢山あるぞ』


 それを聞くと、ギードは笑った。

「冬将軍が来たら、ここにはワシは来れなくなりますからな。将軍閣下がお帰りになるまで、冬の間、ここをお守りくだされ」


『分かった春まで閉める』

『春まで守る』

『冬将軍は入らせない』

『扉を閉めて眠るよ』

『眠るよ眠るよ』


「春になったら、また参りますので、その時はよろしくお願いしますぞ」

 ノーム達は、揃って頷くと、横に並んだ瓶を見る。

 ギードは笑って頷いた。

「街で求めて参りました今年の新酒です。皆で楽しんでくだされ。こっちは気持ちだけですが飯のお裾分けです」


『嬉しや嬉しや』

『新酒だ新酒だ』

『酒盛り酒盛り』


 そう言うと、大喜びで、酒瓶とパンの包みを持って消えてしまった。

「さて、それでは戻るとするか。タキスは……会いに行ったのかのう」

 空になった袋と一緒に、包みを持つと、ギードは立ち上がって来た階段を登って行く。光の玉がずっと、頭上と足元を明るく照らしていた。

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