忙しい毎日
翌朝、いつものように
着替えをしていると、またシルフ達の囁く声が聞こえた。
『今日は何する?』
『今日は何する?』
『楽しみ楽しみ』
『楽しみ楽しみ』
『お出かけかな」
『お出かけかな』
「今日は一日、お家で作業だからお出かけはしないよ」
思わず普通に返事をしてしまった。振り返って見ると、三人のシルフが揃ってこっちを見つめている。
「えっと、今日は昨日のお肉を切り分けたりして、燻製肉を作るための下ごしらえをするんだって。僕も何をするのかは詳しく知らないんだよ。ごめんね」
『残念残念』
『お出かけは無し無し』
『残念残念』
「うん、お出かけはしないけど、頑張ってお手伝いするんだよ」
『お手伝いお手伝い』
『頑張る頑張る』
笑うように口々にそう囁くと、くるりと回っていなくなった。
それを笑って見送った後、部屋から出ようとして立ち止まり、ふと思った。
「あれ?今、もしかして……僕と普通に会話になって……た?」
さっきの会話をもう一度思い出して、思わず声を上げて飛び上がった。
「やった! 今度は間違いなくお話し出来た!」
大急ぎで洗面所に走った。
豪華な朝食を食べながら、先ほどの精霊との会話を報告する。
「おやおや、ずいぶん仲良くなって来ましたね。これは将来が楽しみだな」
「確かに、それだけシルフの声が聞こえるのなら、他の子達の声も簡単に聞けるんじゃないかのう?」
感心する二人の横で、タキスは別のことを気にしていた。
「もしかしたら、レイは風の精霊との相性が良いのかもしれませんね。初めての精霊との交流で、風の精霊といきなり仲良くなれたなんて話は初めて聞きます」
「どうなんだろうかの? 蒼竜様にも、その辺りを一度聞いてみなくてはな」
ニコスが考えながら言うと、ギードは、妙に納得したように言った。
「そうか、もともと蒼竜様を知っている精霊なら、その主に馴染むのが早いのも当然か」
「でも、どの辺りまで仲良くなれるかはまだ未知数ですけどね」
レイは、ただ会話になったことが嬉しかったのだが、三人は、どうやらまた別の事を考えているようだった。
「まあ、とりあえずは順調に仲良くなれているようで、何よりだわい」
「そうですね、これは慌てても良い事はありませんから、どんどん話しかけて返事を貰うようにするのが一番ですね」
「じゃあ、シルフだけじゃなくて、他の精霊達も見かけたら話しかけるようにするね」
綺麗に切れたハムを食べながら言うと、皆が頷いてくれた。
「上手く出来たら、また教えてくださいね」
タキスに言われて、笑顔で大きく頷いた。
午前中は、いつものように家畜やラプトル達の世話をし、昼食の後は、昨日の大きな肉の塊に塩を揉み込む作業を手伝った。
これは力のいる作業だからと、揉み込むのを手伝うのではなく、大きな塩の壺を抱えて作業する三人の後ろから、言われる度に追加の塩を振りかけて回った。
次の日には、大きな肉の塊を硬い紐で縛る作業も手伝った。これは教えてもらって少しやらせてもらった。皆のように綺麗には出来なかったけど、初めてにしては上手だと褒めてもらった。
特製の調味液に漬け込んだ肉を薄く切って干す、ギードが大好きなのだと言う干し肉作りも沢山手伝った。
毎日お腹いっぱい食べ、朝から日暮れまで働き、夜はタキスに教えてもらって勉強をする。
忙しいけれど、楽しく充実した毎日が続いた。
「明後日、午後から燻製肉を作りますから、蒼竜様にお知らせしてみますか?」
いつものように、家畜小屋のそうじをしている時に、タキスに言われて困ってしまった。
「え、僕がするの? どうやって?」
すると、タキスは笑って簡単に言った。
「難しく考えなくて良いんですよ。明日の朝、いつものように起こしてくれたら、その時にシルフに伝えてみてください。明日は午後から燻製肉を作るから、蒼竜様に伝えて欲しいと」
「分かった、やってみるよ」
顔を上げて言うと、頷いてくれた。
「きっと、ちゃんと伝えてくれますよ」
二人の背後では、小さなつむじ風がくるくると舞っているのに彼は気付かなかった。
翌朝、いつものように起こしてくれたシルフ達に、きちんと挨拶した後、少し緊張しながらお願いしてみた。
「えっと、明日は午後から燻製肉を作る作業をするんだって。ブルーに伝えてくれるかな?」
彼の緊張が伝わったのか、シルフ達もどことなくぎこちなかったが、顔を見ながら頷いてくれた。
『明日は燻製燻製』
『作るの作るの』
『蒼竜様にお知らせお知らせ』
「そうだよ、ブルーに伝えてね。よろしくお願いします」
ちゃんと伝わったのが嬉しくて、笑いながら言うと、今度はいつものように笑って答えてくれた。
『伝言伝言』
『お知らせお知らせ』
『楽しみ楽しみ』
嬉しそうにそう囁くと、くるりと回っていなくなってしまった。
朝食を食べながらタキスに報告すると、彼も楽しみだと笑ってくれた。
午前中は、いつものように家畜小屋と厩舎を手分けしてお掃除し、昼食の後はタキスを手伝って、薬草園で小さな豆の鞘を摘み取る作業を手伝った。これは乾燥させてすり潰し、丸薬にするのだという。
「何のお薬なの?」
薬の知識は皆無なので、素直に聞いてみる。
「これは、他のいくつかの薬草と混ぜて使うんですが、熱冷ましの効果があります。それに、こっちの薬草は、咳止めの効果がありますよ」
一つ一つ、手に取って教えてくれる。
「でも、そんなにたくさん作ってどうするの?」
籠の中には、既に何種類もの収穫された薬草が小分けされて袋に入っている。
「雪が降るまでに、一度街へ買い出しに行きますからね。ギードに頼んでギルドに
「うん、以前ギードに教えてもらった。ドワーフのギルドがあるんでしょ」
「そうです、さすがにここでは作れないものもありますからね。でも、街で買い物をしようとしたらお金がいるでしょ。薬は作るのに手間はかかりますが、かなり高く買い取ってくれるんですよ」
「そうなんだ」
感心したように呟くと、タキスは笑って付け加えた。
「特に、竜人が作った、というのも高く買い取ってくれる原因なんですよね」
「どうして?」
「まあ一部の方々には、竜人が作った薬と言うだけで、特に効き目があるのだと思われているみたいですね」
「……そうなの?」
「まさか。同じ薬なら、誰が作っても同じ効果ですよ。でもまあ、高く買い取ってくれるならそれが良いでしょ」
舌を出して笑うタキスに、レイも笑って頷いた。
「そうだね、高く買い取ってくれるなら、それが一番だよね」
「あなたが話の分かる方で良かったです」
大真面目にそう言うと、二人同時に吹き出した。
暗くなる前に収穫した薬草を食料庫へ運び、大きな机で作業するのを手伝った。
ずいぶん手慣れて早く出来るようになったと褒めてもらった。
夕食の後の勉強では、二度目の全問正解を出した。
ご褒美は、次に街へ買い出しに行った時に好きなものを買ってくれるのだという。
「何でもいいの?」
「ええ、良いですよ。でもまあ、買える範囲の値段でお願いしますね」
「そんな無茶は言わないよ」
皆で顔を見合わせて笑った。
翌日のお昼前に、ブルーが早々と庭に現れた。
「よかった! ちゃんと伝わってたんだね」
嬉しそうに駆け寄って声をかけると、目の前にシルフが現れた。
『伝言伝言』
『出来たよ出来たよ』
ちょっと嬉しそうに胸を張ってる様子が可愛くて、笑いながらお礼を言った。シルフ達は、レイの頬にキスしていなくなった。
「ずいぶんと仲良くなったものだな。皆大喜びで伝えにきたぞ」
ブルーも嬉しそうに顔を寄せて言った。
「ようこそ蒼竜様、ですが今から食事をして参りますので、もうしばらくお待ちいただけますか」
タキスが言うと、大真面目に答えた。
「構わぬ、我はここで寝ておるゆえ、ゆっくり食べるとよい」
そう言うと、草地に丸くなり目を閉じた。
「じゃあ、食べてくるから待っててね」
鼻先にキスして言うと、猫のように喉を鳴らした。
部屋へ戻って、なんとなくいつもより早めに食事を終え、皆で道具を庭へ運んでいく。
大きなものはタキスとギードが運び、レイはニコスと一緒に細々としたものを何度も往復して運んだ。
庭に運ばれ組み立てられた大きな箱状のものは、よく見ると金属で出来ている。
これはドワーフが作ったもので、燻製を作る道具だと言われ驚いた。
「どうやって使うの?」
すると、ギードが側面にある取っ手を開けて中を見せてくれた。
「この上の部分に、紐をかけた肉を吊すんじゃ。こっちの壁面にもいくつか肉を置く場所があるじゃろ?それで、下の段に香りのする木のおが屑をたっぷり敷き詰めて、その下で火を付けるんじゃよ、そうすると中で煙が充満して肉に良い香りが付くんじゃ、うまく出来ておるだろ?」
「生のお肉で良いの?」
持ってきた塊の肉を見て心配になった。先に茹でておかなくて良いのだろうか?
「遠くの火で、じっくりゆっくり火を通す仕組みになってるんですよ。なので出来上がる頃には、ちゃんと中まで火は通ってますよ」
タキスが、持ってきたお肉を金具に引っ掛けながら教えてくれた。
「なるほど、面白い仕組みだな」
ブルーも興味津々で覗き込んできた。
「火を入れたら、後は待つだけです。
話しながらも、二人はどんどん肉を入れていく。皮を剥いた茹で卵も、沢山棚に並べて置かれた、
持ってきた肉を全部入れ終わると、下の段に削って細かくしたおが屑をたっぷり敷き詰め扉を閉めた。
下の段にも横に小さな扉が付いていて、今度はそこに薪を何本も入れていく。
「何もなくても火をつけることは出来ますが、こうやって燃えるものを入れておくと、サラマンダー達も無理せず火の調整が出来ますからな。いつもこうやって、ある程度は薪を入れてやるんですわ」
そう言いながらギードが薪を叩くと、二匹のサラマンダーが現れて火を付けてくれた。
「よしよし、ではいつものように弱火で頼みましたぞ。くれぐれも強火は厳禁じゃぞ」
ギードの声に、二匹はウンウンと頷いて火の中に隠れて見えなくなった。
「あ、僕も何か話してみればよかった!」
思わず大きな声で言ったら、一匹のサラマンダーが火の中から顔を出した。
何?と、言わんばかりにこっちを見るので、レイはしゃがみこんで話しかけてみた。
「えっと、火の番をよろしくお願いしますね。僕、燻製を作ってるのを見るのは初めてなんだ。出来上がりを楽しみにしてます」
すると、サラマンダーは口を開けて目を細め、さっきと同じようにウンウンと頷いて火の中へ消えていった。
「ちゃんと通じたみたい!」
嬉しくなって飛び跳ねて、皆に笑われた。
出来上がるのを待つ間に、また薬草園で薬草摘みを手伝った。
ブルーは少し離れたところから、これも興味津々で覗き込み、時々タキスに質問しながらずっとレイの側にいた。
「せっかく蒼竜様が来られてるんですから、今夜は庭で食べましょうか」
ニコスが薬草を運びながら言った。
「お外で食べるの?」
「ええ、まだお肉が沢山ありますからね。皆で焼いて食べましょう」
「それは良いですね、今ならまだ、それほど寒くもないし」
「それならワシは、一杯やるとするか」
二人も嬉しそうに笑って頷いた。
納屋からギードが移動式の
周りに何本か松明を立てて火をつけると、日が暮れ始めて薄暗くなっていた庭は、一気に明るくなった。
竃の横に、これも納屋から持ってきた大きな机を設置する。
ニコスが、焼きたてのパンや野菜も持ってきてくれたので、レイが机の上に並べて回った。
サラマンダーが火を付けた竃の上に、大きな網を置き、大きなお肉を何枚ものせて、塩や
初めて食べる木の香りのする焼きたてのお肉は、とても美味しくて、夢中になって食べた。
少年の元気に食べている様子を、ブルーは少し離れて嬉しそうにずっと見ていた。
お腹いっぱいでもう食べられなくなった頃、ギードが燻製肉の様子を見に行くというので、慌ててレイもついて行った。
大きな箱の上側から、もくもくと煙が上がっていてとても良い香りがするが、目が痛くなるくらい煙たかった。
なんとなく、ブルーが離れた所にいる理由がわかった気がした。
「どれ、どんな感じかのう」
ギードがそう言いながら下側の扉を開けると、中からサラマンダーが一匹出て来た。
「どんな具合じゃ?」
尋ねると、サラマンダーは首を振っていなくなってしまった。
「おやおや、今回はいつもより肉の量が多かったから、時間がかかっておるようだな。もうしばらくかかりそうじゃわい」
「どれくらいかかるの?」
「さほどかかりませんよ、あっちの机を先に片付けてしまいましょう」
そう言われて振り返ると、二人が手早く机の上を片付け始めていた。また慌てて戻り、片付けを手伝った。
思ったよりも竃の片付けに時間がかかったが、初めてする作業はどれも楽しかった。
「それでは、部屋の準備をしてきますので、そっちは任せましたよ」
そう言うと、ニコスは家へ戻って行った。
「それでは本日最後の大仕事だな」
ギードが腕まくりをしながら言うと、タキスも同じように腕まくりをしながら笑った。
「あなたも、汚れるといけませんからね」
袖を突かれたので、レイも腕まくりをした。
「さて、出来上がりはどんな具合かのう」
ギードがそう言うと、扉を開けてすぐに後ろに下がった。
途端に、物凄い大量の煙が一気に出てきた。それを見て、二人も思わず後ろに下がる。
しばらくすると落ち着いたので、ギードが中へ入っていった。
「おお、これは素晴らしい出来じゃわい」
そう言うと、中から大きな塊肉を一つ持って出て来た。
タキスが、麻布を敷いた大きな籠を渡すとそこに入れる。
レイも横から覗き込んで驚いた。
赤かった肉は、とても綺麗な艶々の茶色に変わっていた。
タキスに籠を渡されて、レイも中に入ってみる。
上に吊るしてある大きな肉は大人達に任せて、横の棚に置いてあった小さめの肉や卵を順番に籠に入れていった。
いっぱいになったら、また別のカゴに入れていく。
その時、ニコスが出てきて声をかけた。
「準備終わりましたから、出来たものから運びましょう」
食材用の手押し車を持ってきてくれたので、籠ごと積んでいく。何度も往復し、地下の食糧庫へ出来上がった燻製肉を運んだ。
最後の肉を手押し車に積み込んだ時、ブルーが翼を広げて言った。
「なかなかに楽しいものを見せてもらったわ。それでは戻るとしよう」
「お待ちくだされ蒼竜様」
慌てたようにギードが言うと、中から大きな肉の塊を一つ出してきて目の前で縛っていた紐を切って外し、両手で上げて見せた。
「腹の足しにもなりませんでしょうが、貴方様にも手伝っていただきましたのでな。お一つですがどうぞ」
「良いのか? これはそなたらが食べるものであろう」
「沢山ありますので大丈夫でございます。どうぞ召し上がってくだされ」
「食べてみてよ本当に美味しいから」
レイも笑ってギードに手を添えた。
「ならば遠慮せず頂くとしよう」
大きな口が降りてきて、塊の肉を咥えた。手を離すと口の中へ入れ何度か咀嚼してから飲み込む。
「ふむ、とても良い木の香りがするな。これは美味い。このような肉は初めて食べたわ。なるほど、人の子の技というのは面白いものだな」
感心したように言うと、今度こそ翼を広げて飛び去っていった。
「さて、我らも戻りましょう」
「うん、今日も楽しかったよ」
顔を見合わせて笑うと、一緒に手押し車を押して家へ戻った。
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