秋の恵みと共同作業

「楽しみだな、レイの母ちゃんが作るキリルのジャム」

 前を歩くマックスが、籠を抱えたまま振り返って笑う。

「この前来た行商人から、質の良い砂糖を沢山買えたって言ってたからね」

 籠に押し込んだ袋から、潰れかけたキリルの実を摘みながらレイも笑う。

「だからジャムだけじゃなくて、大粒のは、今年も砂糖漬けにもするって言ってたよ」

「砂糖漬けかぁ!去年、レイの母ちゃんのデメティルさんが作ってくれた砂糖漬け、あれは美味かったよな」

 バフィも笑いながら、潰れたキリルの実を口に入れる。

「砂糖漬けは良い値段で売れるから殆ど売っちゃうんだけどね。どうだろうね。今年も、ちょっとぐらいなら食べられるかな」

 去年、母が作った砂糖漬けのキラキラ光る宝石のような輝きを思い出しながら、レイはずり落ちそうな重い籠を立ち止まって抱え直した。



 ようやく村はずれの辺りまで帰って来たところで、村の共同の畑から引き上げて来た男達と合流した。

「父ちゃん!」

 マックスが、声を上げて芋の袋を背負い農具を担いだ大柄な父の元へ走る。

「お、無事に森から戻ったな」

 マックスの頭を撫でながら、父のテリーが空いた左手で籠ごとマックスを抱き上げる。


「何だお前ら、三人揃って人喰いの口になってるぞ」


 収穫してきたキリルの実は、真っ赤な色が特徴であり、当然、つまみ食いしていた三人の口元は、隠しきれない程の真っ赤なキリルの色に染まっていた。

「本当だ!真っ赤だ」

 三人は、顔を見合わせて真っ赤な口を開けて大笑いする。

「お前らだけ悪い事させるわけにはいかないよな」

 大人達も一緒になってひとしきり笑った後、そんな事を言いながらそれぞれにキリルの実を摘んだ。


「駄目だよ!大っきいのは砂糖漬けにするんだから食べちゃ駄目です!」

 籠を抱えて逃げながら、レイも声をあげて笑った。



 楽しそうに抱き上げられて笑い合う、マックスが羨ましくてちょっと涙が出ていたのは、多分誤魔化せたと思う。



「レイ、作ってやったナイフはちゃんと手入れしてるか?」

 村で唯一の鍛冶屋のエドガーが、レイの頭を撫でながら言った。

 少し前、十三歳になったレイとマックスは、彼からナイフを新しく作って貰ったのだ。

 その夜は、嬉しくて嬉しくて、眠れなくて母さんに笑われた。

「もちろん! ちゃんと教えてもらった通りに手入れしてるよ」

 ベルトの後ろ側に、横向きに鞘の部分を取り付けて貰ったナイフは、レイの宝物だ。

「そうか、男にとって道具は自分の手と同じだからな。大事にするんだぞ」

 真っ赤になった歯を見せてエドガーが笑う

「おじさんも人喰いの口になってる! 怖いよー!食べられちゃう!」

 涙を誤魔化すつもりで、大きな声で笑いながら逃げる。

「あ、獲物が逃げるぞ。追いかけろー!」

 大人達が更に悪ノリして、皆で大爆笑になった。



 暗くなる前に、無事に村に辿り着いた。

 大人達は一旦それぞれの家へ、少年三人は籠を抱えたまま村長の家に向かう。

 村長の家には、村の女達が鍋を揃えて待ち構えていた。


「なんだいなんだい、殆どこの口に食べられちゃったんじゃないだろうね」

 真っ赤な口元を突きながら、レイの母のデメティルが笑う。

「おや、キノコはこれだけかい?」

 バフィの母親が、籠の中身を机に出しながら言った。

「キノコは思ってたより少なかったんだよ、明日は皆で森の東側へ探しに行こうっていってたんだ」

 バフィが転がるキノコを戻しながら言った。

「そうだね、それならどんぐりの実も沢山採って来ておくれ、灰汁抜きは大変だけど、どんぐりの蒸し団子は美味しいからね」

「さあ、どんどん片付けるよ、食事はそこに用意してあるから、お前達は先に食べなさい」

 デメティルが、キリルの実が入った袋を手に、子供達に言った。




 キリルの実は、汲んできた井戸水でまずは綺麗に洗って、枝や葉っぱ、砂などのゴミを丁寧に取り除く。大きな籠に広げて乾かした後、形の綺麗な大粒のものを砂糖漬けの為に取り分ける。

 大鍋に、残りの実と同量のお砂糖を入れたら火にかけて炊き始める。

 母親達が作業するのを見ながら、少年達は用意されていたスープと焼きしめた固い黒パンの夕食を済ませる。

 そうこうしてるうちに、農具を片付けた男達もやってきた。

 広い村長の家も、一気に狭苦しくなる。

 秋のこの時期は共同でする作業が多い為、一番広い村長の家で夕食も皆一緒に食べる事が多い。

 レイはこの時期の皆でする共同作業が大好きだった。



 母と交代して、大鍋に入れたジャムを焦げないように必死になって大きな木べらで混ぜる。

 とろみの強いキリルのジャムを混ぜ続けるのは、小柄なレイにとってはかなり力のいる作業だ。

 汗も拭えないまま必死に混ぜていると、不意に木ベラが軽くなった。

「飯食ったから交代するよ、あっちで瓶を洗うのを手伝ってくれ」

  鍛冶屋のエドガーが、レイの持っていた木ベラを取り上げて笑っている。

「ありがとう、丁度手が痛くなってたんた」

 鍋をかき混ぜる為に乗っていた踏み台から降りて、エドガーを見上げながらレイは笑った。

「ジャムを混ぜるのは力仕事だからな」

 言葉とは裏腹に楽々とジャムを混ぜながら、エドガーが笑う。

「何言ってるの、美味しいものを食べる為には苦労するのが当たり前なのよ」

 レイは、胸を反らせて母の口調を真似て言った

「違いない!苦労した分、美味くなるってな」

 頷きながら顔を見合わせてまた笑った。



 深夜近くまでかかって、ようやく全ての作業が終わった。

 炊き上がったジャムは、綺麗に洗った瓶に詰められ、男達が蜜蝋で密封した。

 砂糖漬け用の実は、今日の作業は下茹でのみで、一晩置いた後、数日かけて砂糖液に浸して乾燥させる工程を繰り替えさなければならない。

 これはまた、明日から女性達が交代で作業するのだ。



「じゃあまた明日ね」

「また明日!」

「また明日な!寝坊するなよ」


 手を振って、マックスやバフィと別れたレイは、母と手を繋いで家へ戻った。


 手と顔を洗ったら、早々にベッドへ潜り込んだ。

「おやすみなさい。また明日も貴方に精霊王の守りがあります様に」

 母が額にキスしながら、祈りの言葉を口にする。

「おやすみなさい、母さんにも精霊王の守りがあります様に」

 母の額にキスを返しながら、レイもまた祈りの言葉を口にした。

 明日もまた、いつもと変わらない日が始まるのだと疑いもせずに思った。




 惨劇は、夜明け前に起こった。

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