私はアリス

「ま、いいわ」

「良くはないと思うが」

「いいのよ。考えても仕方ないって分かったもの」


 ていうか、アルヴァが味方ならアルヴァが考えればいいと思う。

 なんか信用できるってのは分かったし、全部丸投げしても問題ない気がしてきたわ。


「……貴様が大体何考えてるか分かるぞ」

「あ、そう? やるじゃない」

「頭を使え! バカになるぞ!」

「バカだもん。下手の考え休むに似たり、っていう格言もあるし、こういうのは役割分担だと思うのよね」

「くそっ、なんという馬鹿だ。貴様は他人に依存するタイプの人間だな?」


 んー、どうかしら。

 過去、あんまり他人に頼った記憶って……あ、結構あるわね。ノートコピーさせてって言うタイプだった。


「でも、味方なんでしょ?」

「……選択を誤った気がしてならん」

「そんな事ないわよ。此処に居れば満足なんでしょ?」

「まあな。だが貴様の介護を請け負った覚えはないぞ」

「単なる業務委託じゃない」

「思考放棄を業務委託とは言わん」


 そうかなー。そうは思わないけどなー。


「なんだその不満そうな顔は」

「名将には必ず軍師がいるものじゃない。王にだって宰相がいるでしょ?」

「何様だ貴様は」

「俺様」


 うーわ、すっごい顔してる。苦虫噛み潰した顔って、こんな感じかしら。


「まあ、それは冗談としてよ? バカが自分で考えても変な風にしか転がらないと思うのよ」

「それはその通りだろうがな」

「でしょ?」

「……確かに、俺には見えるようだ。あの魔王の手の平で転がされる貴様がな」


 ……全く否定できないわね。でもまあ、それが想像できるからアルヴァに投げようとしてるんだけど。

 しばらくアルヴァは悩むような、嫌そうな表情をした後に大きく溜息をつく。


「……まあ、仕方がない。貴様があの魔王にいいように操られるのは、俺としても本意ではない」

「でしょ?」

「だが、貴様も考える癖をつけろ。いつでも俺がいるとは限らんのだぞ」

「えー」

「えー、ではない。直感で動く生物にでもなる気か」

「いっそ、その方が正しい判断が出来るような気もするけど」

「そんな風になってみろ。俺は貴様を知的生物扱いするのをやめるからな」


 ……ちょっとした冗談にそこまで言うの酷くないかしら。

 いや、酷いのは私の思考か。なんだろな、段々思考が浅くなってる気がするのよね。

 ……気がする、だけ? 本当に?


「ねえ、アルヴァ」

「なんだ」

「思考って、魂と肉体のどっちに引っ張られると思う?」

「……フン、貴様の特殊な召喚方法の話か」

「うん。この身体は正確には私のじゃない。魂のある誰かを乗っ取ったとか、そういうのじゃないけど……『アリス』にはちゃんと設定があって、性格も『こういうの』っていう設定があった。なら、私がアリスになった時点で、それに引っ張られてるってことはないのかなって」


 そもそも、私は元の世界の記憶がほとんどない。

 名前すら思い出せない。

 私は『アリス』以外の何者でもなくて、そうだとすると『私』の思考パターンこそが異物ではないのかとも思う。

 なら、これは……。


「おい、しっかりしろ」


 思考の海に落ちかけた私の頬を、アルヴァの手が軽く叩いて。何かに反応したかのようにピクリと眉を動かす。


「フン、なるほどな。魔王め、貴様に解析魔法をかけたな? どうやら弾いたようだが……そのせいで妙な事になっている」

「妙な事って」

「魂の変質というべきか。恐らくは貴様の言う『元の世界』の貴様が、この世界の貴様と融合しかかっているのだ」


 それって、私が消えるって事……なのかしら。


「違う。これは貴様の置かれた状況と現状からの推測になるが、貴様は『この世界』の存在として現れたのだ。それを異世界の人間だという貴様の認識が、魂に壁を作り……それが思考にノイズを産み出していたのだと思われる」

「……難しくて分かんない」

「つまり、貴様は何も変わっていない。変わっていると考えるその思考こそが……」


 言いかけて、アルヴァは私の目を覆うように掌を向ける。


「いや、いい。眠れ。貴様に必要なのは、そういったものだ」


 アルヴァから魔力が流れてきて、私の意識が遠くなっていく。

 眠りの魔法。でも、敵意はない。私をどうにかしようという意図もない。

 たぶん、優しい意志に包まれて……私は、私を縛っていた枷のような何かが砕け散るのを感じていた。


―異界の楔が消滅しました!―

―魂の流れが正常になりました!―

―適正に変化がありました!―


 私の中で何かが消えて、何かが生まれた。

 そう、私はアリス。きっと最初から、それ以外の何かではなかったんだ。

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