第17話 エピローグはチョコレートと共に

翌年の夏―――。

セミがジリジリワシワシと交響曲を演奏していた。いつもの夏と同じように。

しかし、そこには去年と違った風景が陽平の生活の中にあった。



あれから半年後、ボクは梨香と結婚して一緒に暮らしている。あとで聞いたところによると、瑞穂の素振りも全ては梨香を焚きつけるためのことだったらしい。

今のボクは梨香の良き夫であり良き伴侶であることを心がけている。あの寧々や琴音との恋物語が結果的に良き経験であり、良き戒めになっていると思う。

ボクたちが結婚するきっかけとなったのは、一つの儀式を済ませたことだった。

梨香にとっては何のことはない出来事だったろうが、ボクにとっては大きな区切りとなる儀式のようなものだったのである。それはボクの部屋の本棚に飾られていた「チョコレートカレー」を食べることだった。


ある日、梨香がボクの部屋を訪れたとき「何これ?」と手にとってボクに尋ねた。それはまるでデジャビュのようなシーンだった。

あのときと違ったのは、何のこだわりもなく気軽に答えられた事。

「ちょっと面白そうなカレーやろ。せやけどそんなとこに飾ってたん忘れてたわ。」

ホントに忘れていたのだからウソじゃない。箱の裏を見ると賞味期限が少し過ぎていた。ボクの思い出と同じように・・・。

「チョコレートのカレーなんて気持ち悪そう。」

「でも、せっかく思い出したんやから食べてみよ。」

湯せん後、封を開けるとほのかにカカオの香りが漂った。少し苦い風味と甘い口当たりが面白かった。しかし梨香の感想は、

「うーん、イマイチかな。」

どうやら梨香の口には合わなかったようだ。

でも、二人で一つのカレーを仲良く食べたとき、ボクは梨香との生活風景を大いに想像してしまった。そしてボクはその瞬間、梨香に突然のプロポーズをしたのである。

何の準備も何のサプライズもなく。もちろん指輪すらなかったけれど。

それでも梨香は受け入れてくれたのである。

チョコレートの香りがするカレーの匂いとともに・・・・・・。



梨香が加藤女史からもらった『ロンリーナイト』の会員カードは、そのまま瑞穂の手に渡っていた。彼女もまた、そこで知り合った彼氏と交際を始め、そろそろ結婚するようで、近いうちに寿退社の予定である。

ボクの会員カードは、現在、秀哉の手中にある。それはなぜか。


秀哉は結局、お見合い相手の彼女には振られたらしい。

会社の先輩と風俗へ行ったのがバレたことが原因と聞いたが、結局のところ、女性陣たちは男の遊び心を理解してくれないので、それを知られてはいけないし、知らしめる必要がないということだと思う。

だからボクは、梨香には寧々のことを何も話していない。もちろん琴音のことも話していない。これからも話すつもりはない。

あの時から綴り始めた物語は、梨香と結ばれたところで大団円を迎えた。加藤さんにだけは完成報告をしたが、感想は聞かずにいる。

その後、一冊の本として綴り終わった物語は誰の手に渡ることもなく、ボクの秘密の本棚の奥深くに仕舞い込まれることとなるだろう。




ちなみに梨香は、チョコレートがあまり好きじゃないんだって。



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