第348話 明日に続くエピローグ

 十年一昔。過渡期の只中にあって二十年も経てば、すわ異世界かという変貌を遂げてしまっても何ら不思議ではないだろう。

 救世の転生者を生贄と捧げる救世は終わりを告げ、観測者達は世界に押しつけていた自らの破滅欲求とそれぞれの形で向き合うこととなった。

 結果として、いくつかの国は様変わりし、社会は未だ日々変容し続けている。

 そんなこの世界にあって。表向きは変わらず嘱託補導員としてホウゲツ学園に在籍していた俺は、転移の複合発露エクスコンプレックスでヒメ様の御所を訪れていた。


「ヒメ様。プロレイアとポメラードの小競り合いは、その後どうなりました?」

「あー、あれ? 大丈夫大丈夫。ロト達がしっかり対処してくれたから」


 俺の問いかけに、彼女は柔らかそうなクッションに半分ぐらい埋もれたまま、手をひらひらさせながら自堕落モードの軽い口調で答える。

 本当の本当にまずい状況だったら、さすがの彼女も真面目モードになるはずなので、大事には至っていないのは間違いないだろう。

 少しホッとする。

 そんな俺の様子を見て、ヒメ様は若干呆れたように息を吐いてから口を開いた。


「イサクはいい加減、仲間に任せるってことを覚えないと駄目よ」

「それは、はい。頭では理解しているんですが……」


 申し訳なさが先立って何とも納得し切るのは難しい。

 いや、皆が力を貸してくれることに関しては感謝以外ないのだけれども。

 ほんの少しでも危険があるなら俺一人が、と思う部分もどうしてもあるのだ。

 とは言え、それは責任感というよりは自惚れに近い考えに違いない。

 その辺りを解消するには、まだまだ時間が必要だ。


「君の体は唯一つ。それに【ガラテア】の力だって万能じゃないんだからね」


 人差し指を立てて諭すように言うヒメ様に頷く。それも重々承知している。

 いくらアーク滅尽ネガ複合発露エクスコンプレックス我ら天上メタより万象を繰るパペッター〉が対象の行動や現象をある程度操れるとは言っても、まず使用する俺達が対象を認識している必要がある。

 その辺りの制限は、アコさんの複合発露〈命歌残響アカシックレコード〉に近い。

 テレサさんと真正少女契約ロリータコントラクトを結んだことで俺も転移の複合発露を使用できるようにはなったが、同時多発的な問題の対処は一人では遅れてしまう。

 被害を最小限にと考えれば、役割分担は不可欠だ。

 ……絶大な力を得るに至ったものの、俺は決して全知全能の神ではないのだ。

 この社会を恙なく維持していくためにも、そのことは忘れてはいけない。


「それにしても、あの地域は安定しませんね」

「そうねー。もう何度目かしら」


 二十年前。フレギウス王国は、クピドの金の矢を不法に隠し持っていた件を含む一連の問題によって一時的にアクエリアル帝国の支配下に置かれた。

 しかし、あの変革の日からしばらくして。

 アクエリアル帝国は後継者争いからの内戦でいくつかの国に分裂。それに際して旧フレギウス王国の領土もまた無数に分かたれ、多くの国が興るに至った。

 プロレイアとポメラードはその内の二国で、互いに隣接した小国家だった。

 規模が近く、元々の土地柄に影響されてか、ちょくちょく戦闘が発生している。


「まあ、あそこが目立つだけで他も大差ないけど」


 先に述べた通り、アクエリアル帝国と旧フレギウス王国近辺は戦国時代の様相。

 ウインテート連邦共和国も、州と州が揉めていてキナ臭くなっていると聞く。

 ランブリク共和国もまた、人間と少女化魔物ロリータが別々に暮らす歪な状態が破綻を迎えて完全に分断され、人間のみの国と少女化魔物のみの国が別々に誕生している。

 表面上、大きな混乱がなかったのは、世界変革の最初期からそれに備えて準備を整えてきた少女祭祀国家ホウゲツぐらいのものだ。

 それにしたって明確な治安の悪化、犯罪率の上昇が報告されている。

 世界終末時計をこの世界にも適用するなら、今後はずっと数分前のギリギリを何とかして留めていくような形になることだろう。

 ……まあ、それは元の世界では普通とも言えるのだけれども。

 いずれにせよ、これもまた俺の選択の結果。受けとめなければならない現実だ。


「でも、セトには感謝しないとね」

「ええ。全くです」


 そんな中で今、こうしてヒメ様の自堕落モードにつき合っていられる理由は、一時期に比べると随分と余裕ができてきているからに他ならない。

 それもこれも、ホウゲツ学園を飛び級で卒業して冒険家となったセトが、元の世界で言うエジプトの辺りに発生した遺構から見つけた祈望之器ディザイア―ドのおかげだ。

 ウアジェドの瞳と呼ばれるそれは、全てを見通すという思念の蓄積によって目に当てると任意の場所で今現在起こっている事象を知ることが可能となる。

 これにより、紛争へと即時介入が一層容易になった。

 結果、緊急事態に備えて緊張感を以って常に待機している必要性も薄くなり、多くの部分で労力が大幅に削減されたのだ。

 各地で情報収集していた人員も別の仕事に回すことができ、少しずつ国際的な枠組みで争いを抑止する方向へと舵を取ることができつつある。

 まだまだ小さな芽もいいところだが、少しずつ展望が見えてきたと言っていい。

 それがヒメ様やトリリス様達の態度にも出てきている。

 取り分けヒメ様に関しては、真面目モードになる方が珍しいぐらいだ。


「………………ありがとね、イサク」


 そう思いきや。

 彼女はクッションの中から這い出てくると背筋を伸ばして立ち上がり、奉献の巫女としての真面目モードとも異なる真剣な表情と共に口を開いた。


「あのまま行けば、私達はきっと押し潰されていた。常に転生者を犠牲にしてきたその罪に。生贄を更に増やすか、人口を人為的に削減するかしかなかった未来に」


 それはきっと取り繕っているところのない本来の姿、率直な言葉に違いない。


「イサクが運命に打ち克ってくれたから、私は今もここにいる。貴方が生まれてきてくれたから今がある。……多分、まだ素直に言えてなかったと思うから」


 最後に俯き加減で少しだけ恥ずかしそうにつけ加えたヒメ様の姿は、どこにでもいる普通の女の子に近い気配を湛えていた。

 歴代の救世の転生者への罪悪感は、彼女の中から決して消えはしないだろう。

 それでも。彼女がこの世界のために、積み重ねた時間に反して小さなままのその肩に重荷を負い続けてきたこともまた事実。

 だからこそ俺は、彼女達が少しでも自分自身を許せるようにしてやりたい。

 いつか。俺達の力すら必要ない世界を作り、全ての重責から解放することで。

 歴代の救世の転生者達もまた、俺と同じく人外ロリコンであるが故に世界に選ばれた者ならば少しは理解してくれるはずだ。

 そう、願う。

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