第285話 炎が闇夜に形作るもの
『もう一人の襲撃者諸共、精々苦しみ抜いて死ぬがいい!』
膨れ上がった肉と炎の波が押し寄せる中、少女化魔物を暴走させたオルギスはそう捨て台詞を吐くと、己の影の中へと消えていった。
どうやら転移してこの場から退避したようだ。
「イサク様! ここは危険です!」
「分かってる!」
イリュファの忠告よりも早く。
ここに侵入するために無理矢理拡張した通気口へと入る。
ファイーリア城の裏庭の遥か地下にあるこの隠し部屋は、既に内壁が彼女から溢れ出る炎と膨張する肉の圧で破壊され、天井を支える力を完全に失っている。
今や全体に広がった肉塊で、部屋の形状を維持しているようなものだ。
「イサク様!」
未だ急激に肥大化をし続けているその体が部屋を満たしてしまえば、次に肉と炎の波が進んでいくのは当然ながら抜け道である通気口となる。
イリュファが注意を促すように呼びかけてきた時には、出口が狭められたホースを流れる水の如く急激に加速して俺に襲いかかってきた。
とは言え、増殖による空間の侵食速度は速く見積もっても音速程度。
迫る肉壁から容易く逃れ、一気に外に出る。
それから僅かに遅れて、炎を纏った膨張する肉塊が地面を激しく揺らしながら間欠泉の如く通気口から溢れ出てきた。
更に、その勢いと元々の膨張の圧力によって小部屋の面積に近い広さの地面が火山が噴火したかのように吹き飛び、燃え盛る土を撒き散らす。
それらは王城の壁面に直撃すると、炎が這うように蠢いて延焼させていった。
その速度は肉の肥大化の比ではなく、瞬く間に城全体を包み込んでいく。
「な、何、あの火……」
「……
その光景を前に戸惑うように呟いたフェリトに対し、推測を口にする。
あの小部屋の中でも、特に熱を感じるようなことはなかった。
息苦しさも感じなかったし、燃える王城からも煙が発生することもない。
ただ、炎の揺らめきが広がっていくのみだ。
しかし、俺も地下室で炎に巻かれて肌に感じていたが、どうも何か別の特殊な概念によって対象に干渉しているらしい。
炎に触れた構造材は、それによって損傷を受けて朽ちたように崩れていく。
「くっ」
そんな中にあって尚も肥大化していく肉塊は、意思があるかのように指向性を持って膨張し、空中にいる俺へと四方八方から殺到してくる。
どうやら無差別攻撃をしている訳ではなく、周辺の被害は単なる余波らしい。
オルギスが使用した狂化隷属の矢によって俺を、恐らくレンリをも対象として攻撃するように行動を誘導されているのだろう。
とは言え、
「城が……これじゃ中にいる少女化魔物達は、もう……」
駆け抜ける炎の波に飲み込まれてしまっていることだろう。
仮にも一国の王太子が自国の財産を巻き添えに、突発的にここまでするとは。
予想だにしなかった状況としか言いようがない。
「一先ずレンリと合流した方がいいんじゃない?」
「……そう、だな」
いずれにしても、その瞬間瞬間で最善を尽くさなければならない。
今はフェリトの提案に従って城門の方に急ぐ。
闇雲に動くより、状況確認と情報の共有を優先した方がいい。
「何か、混乱してるね」
城門に近づき、その様子を目にしてサユキがマイペースに呟く。
どうやら膨張した肉塊が地下室から噴出した音は、俺の耳には届かなかったものの、恐らく爆発にも似た激しい音を辺り一帯に響かせていたのだろう。
屋外にいてまだ無事な兵士も、突然の事態に平静を失って右往左往している。
一部、役務に忠実にレンリへの対処を継続している者もいるが、動揺の表れか攻撃の狙いも動きも乱れに乱れてしまっていた。
対するレンリもまた、それらを前にしながらも瞬く間に炎に包まれた王城の方へと警戒の意識を多く割いているようだった。
「……!!」
と、近づいてくる俺の姿を認識したのか、恐らく旦那様と呼びかけるように口を動かしながらレンリが傍に来て空中で合流する。
その間にも地上から散発的ながらも攻撃が飛来してきていて、俺達は自然と背中合わせになりながら各々の真・複合発露でそれを撃ち落とした。
「旦那様、あれは一体」
その状態でレンリが戸惑ったように問いかけてくる。
それを受け、俺は裏庭地下の小部屋で直面した事態について簡潔に説明した。
「甦りの根幹……王国の礎たる母体……」
地上からの対空攻撃を水の盾で防ぎながら、考え込むように呟くレンリ。
今も尚、脈打ちながら肥大化を続けている肉塊は、王城の奥から炎上する建物を飲み込みながら急激にこちらに迫ってきている。
この場に留まり続けるべきではないだろう。
だから俺は、すぐさま彼女を抱きかかえて一定の間合いを取るように後退した。
正にその直後――。
「あっ!」
膨張する肉塊に先立って燎原の火の如く広がる炎が、地上の兵士を包み込む。
すると、彼もまた規模は小さいながらもあの少女化魔物と同じように体を膨張させ、炎を撒き散らす奇怪な肉塊と化してしまった。
どうやらあれは、伝播していく類の複合発露のようだ。
そのグロテスクな光景を目の当たりにして、少し離れた位置にいてまだ無事だった兵士は、狂乱になったように迫る炎ごと同僚だったものを攻撃する。
その肉塊は防御力が皆無のようで、明確に傷がつくのが確かに見えた。
だが、傷跡は即座に修復されて攻撃は意味をなさず……無作為な膨張を再開した異形を前に呆然としてしまった兵士もまた炎に焼かれて形を失っていく。
「……レンリ、あの肉塊にも火にも絶対に触れるなよ」
あの炎はあくまでも複合発露の産物であり、基本は肉体に干渉するタイプだ。
故に、同位階の身体強化なら影響をある程度減じることも不可能ではない。
だが、救世の転生者たる俺でも完全には防ぐことができていなかった。
三大
たとえ、彼女もまた三大特異思念集積体と真性
相対しているのは、特異思念集積体の
レンリも重々理解しているようで「はい」と険しい口調と表情で頷く。
それを確認してから、俺は眼下の光景に意識を戻した。
「しかし、アイツは何だってこんな自滅するような真似を……」
このままでは、少なくとも炎の波は王都バーンデイト全体に辿り着くだろう。
肉体の肥大化はどこが限界かは分からないが……。
首都が壊滅しかねない真似をして、一体何をしようとしているのか。
「旦那様、高度を上げてくださいっ!」
と、レンリが何かに気づいたように耳元で大きな声を出し、俺は指示された通り瞬時に大きく空へと舞い上がった。
そうやって対象から距離を取って上空からファイーリア城近辺を視界に収めたことで、彼女が俺に何を見せたかったのかを理解する。
肥大化した肉塊。それが噴出している炎。
俺達を狙うということ以外、無作為に広がっていっているものだとばかり思っていたが、どうやら一定の形をなそうともしていたらしい。
夜の暗闇の中、炎が作る輪郭が明確に浮かび上がっている。
「火の、鳥……?」
「はい。そして、あの甦りの複合発露。間違いありません。あれは伝説に謳われた特異思念集積体フェニックス。その少女化魔物が暴走した成れの果ての姿です」
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