第253話 再びランブリク共和国へ
学園都市トコハにあるアマラさんの複製工房からホウゲツの首都モトハに転移した俺達は、奉献の巫女ヒメ様直属部下にして悪魔(ガアプ)の
「ええと、すみません。テレサさん、ここは?」
「ヒメ様の御所。その宝物殿へと続く廊下です」
俺の問いかけに対して淡々と、表情を変えることなく答えるテレサさん。
その内容に驚いて思わず立ち止まる。
それは一緒に転移してきた弟のセトと弟分のトバルも同様だった。
首都モトハを訪れたなら必ず一度は見るべきだ、と目にした人々が口々に言うぐらいに有名な観光地でもあるヒメ様の御所。
まさか外観を見物するより先に、内部に入ってしまうとは思わなかった。
しかも宝物殿に向かっていると言う。
第六位階の
「い、いいのかな……」
間違いなく限られた者しか入ることができないであろう場所に今正に立っている事実に、セトもまた酷く恐縮したように呟く。
隣には微妙に縮こまっているトバルの姿もあった。
「許可は出ていますので、お気になさらず。こちらです」
そんな感じで立ち止まった俺達を前に、テレサさんはつべこべ言わずについてこいと言わんばかりに冷淡に告げ、構わず歩いていってしまう。
弟達共々、その後に慌てて続く。ちょっと態度がきつい。
だが、まあ、彼女も忙しい中、わざわざ時間を割いて来てくれたのだろう。
何より、闘技場の
余計なことに戸惑っていられるような余裕はない。
俺と違い、こういったことに余り慣れていないセト達には申し訳ないが。
ともあれ、しばらく人気のない廊下を行き、とある部屋に入ったところで。
「ここで少々お待ち下さい」
そう告げたテレサさんは一旦廊下に出ると、俺達をその部屋に残したままどこかへと転移していってしまった。
仕方なく、その待ち時間に部屋を軽く見回してみる。
入ってきた扉の反対側にもう一つ、鍵穴のない金属製の頑強そうな扉がある以外は特に何の変哲もない小さな部屋のように見えるが……。
しかし、軽く風で周囲を探知してみようと
どうやら、
あるいは、メギンギョルズの複製改良品辺りも使われているのかもしれない。
そんなことを考えていると、金属製の扉の方からカチッと鍵が外れたような音がして、そこからテレサさんが現れた。
つい先程、逆の扉から廊下に出て転移していっただけに少し驚く。
「ここは内側からしか鍵が開けられんようになっておる。故に、テレサが転移で中に入って鍵を開けねば中には入れんという訳じゃな」
事情を知らない俺達は当然疑問を抱くであろうと予測したように、アマラさんが質問を先回りして説明してくれる。
この宝物殿のセキュリティの一つのようだ。
前室は封印の注連縄で複合発露の使用を妨害している以上、金属扉からこっそり侵入して中に安置されている祈望之器を盗むということは不可能と考えていい。
まあ、廊下から前室ごと吹き飛ばせば宝物殿への侵入は可能かもしれないが、そこまで派手な真似をすれば、警備員がすっ飛んでくるに違いない。
当然、それ以外の監視もなされているはずだし、どうやら宝物殿のセキュリティは思った以上にしっかりしているらしい。
これならば、たとえ怪盗ルエットでもここから何か盗むのは至難の業だろう。
まあ、一般人の出入りが比較にならない程に多いウインテート連邦の大博物館と比べるのは、さすがに理不尽かもしれないけれども。
「お早く中へ」
と、テレサさんに促され、皆で奥の部屋に入っていく。
俺達全員が中に入ると、テレサさんは素早く金属製の扉を閉めて鍵をかけた。
それからワンテンポ遅れて、更に奥にあるこちらは簡易的な扉から見知らぬ少女化魔物が日本刀のような形状の刀を一振り持って現れる。
彼女はそれを、部屋に設置された作業台の上の刀掛台に丁寧に置いた。
間違いなく、これこそがオリジナルの布都御魂なのだろう。
そんな俺の考えを肯定するように――。
「こちらが国宝布都御魂です」
テレサさんは案の定な説明をして、俺は小さく頷いた。
「これが……」
「国宝……」
セトとトバルの方は、彼女の言葉を耳にして感嘆の声を上げている。
そう言えば、彼らは第六位階の祈望之器を直接見るのは初めてだったか。
いや、一応ホウゲツ学園の校舎、と言うか、あの辺の敷地も人々の思念の蓄積により、第六位階の祈望之器に相当する性質を持つようになってはいるけれども。
明確に国宝に分類されている上、芸術的価値が高いとされる日本刀の形状であることも、二人が殊更感動したような反応を見せた一因だろう。
今回のこれもまた、一種の社会科見学として意義がある経験と言っていい。
彼らが同行することになって、むしろよかったかもしれない。
一緒に来られなかったダンとラクラちゃんには申し訳ないが。
「さて、始めるとするかのう」
対照的に、当然と言うべきか、アマラさんは特に感慨を抱いた様子もなく作業台の前に座ると、懐から取り出した狂化隷属の矢を躊躇いなく己に突き刺した。
暴走状態となりつつも、自らを自らに隷属させて制御する。
その感覚にも慣れているアマラさんは、表面上大きな変化を見せない。
彼女は早速、傍に置かれた複製用の材料に触れながら、もう一方の手で布都御魂を掴み、己の
そして待つこと僅か数十秒。
「ほれ」
材料に触れていた側の手にオリジナルの布都御魂とほぼほぼ同じ形状の刀が生成され、アマラさんはそれを俺に手渡してきた。更に――。
「後はこれを巻いておけ」
刀を受け取った直後、その確認をする間もなく、何やら細長い布のようなものを追加で渡される。これは……。
「ええと、メギンギョルズの複製改良品ですか?」
「そうじゃ」
彼女の肯定を受け、俺は刀の柄の部分にその布を巻きつけた。
そうしてようやく刀を鞘から抜き、刀身を確認する。
特に拵えにアレンジは加えられておらず、一見すると普通の美しい刀だ。
こちらはともかくとして、大元の布都御魂が一般的に日本人がイメージするような日本刀の形になっているのは、これもまた思念の蓄積によるものだろう。
古代の刀剣は本来、もっと形状が異なっているはずだし。
「巻きつけた布と合わせて対結界に特化した複製改良品。銘をつけるならば、結界通し、というところかのう。そのままじゃが」
名前を考える時間がなかったからか、自身が言う通り直球なネーミングだ。
とは言え、思念が蓄積して性能も強化されるこの世界ならば、あるいはその方がいいのかもしれない。より対結界に特化している感が出ているし。
使い手がそう認識することも多少なり影響があるかもしれない。
ともあれ、今度こそ【コロセウム】の結界に太刀打ちできるはずだ。
「ありがとうございます。早速、行ってきます」
「うむ。頼むぞ」
俺の肩を叩きながら告げたアマラさんに頷き、結界通しを影の中にしまう。
「兄さん、気をつけてね」
「ああ」
それから心配するセトに微笑みと共に応じ、俺は閉ざされた金属製の扉に近づこうとした。
すると、横からテレサさんが間に入り込んできて口を開く。
「お送り致します」
「ええと……はい、お願いします」
まあ、この扉は安易に開け閉めすべきではないだろう。
そう頭の中で納得し、差し出されたテレサさんの手に触れる。
瞬間、ホウゲツ学園の敷地内に転移していた。
「ありが……あれ?」
彼女に礼をしようとした時には既にその姿はない。
即座に先程の部屋に戻ったのだろう。
……何か彼女の気に障ることをしてしまっただろうか。
少し頭を捻るが、心当たりはない。
しかし、今はとにもかくにも人形化魔物【コロセウム】だ。
一つ息を深く吐いて意識を切り替える。そして――。
「今度こそ」
俺は小さく己を鼓舞すると、再び全速力でランブリク共和国の都市ノースアルへと向かったのだった。
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