AR07 甘言

「彼は賢明ではなかった。その行動は悪だった。それは覆せない事実だ。何人もの人間と少女化魔物ロリータの気持ちを弄んだ訳だからね。私も許すことはできない。それでも――」


***


「くそっ」


 夜。人気のない道を歩き、忌々しげに吐き捨てる少年。

 その様子は、俺にとって見慣れたものだった。


 理想と現実とのギャップを埋められないことへの苛立ち。苦悩。

 同時に、そうした状況に甘んじている己自身や理不尽な世界に対する怒りが滲む。

 眼前の壁を乗り越えられずに苦しむ人間の姿の一つだ。


 とは言え、壁にぶち当たった人間など数多くいる。

 そして、その大多数は地道に乗り越えようと必死に生きている。

 そういう類の人間は、中々甘言に釣られない。


 しかし、彼のように焦りに塗れつつも、努力するでもなく、このような場所で無為に時間を消費している愚か者は、実につけ込み易い状態にあると言える。


「やあ、こんにちは」


 だから、俺は彼に静かに近づくと、周辺一帯に向けて使用し続けている認識操作の複合発露エクスコンプレックスを調整しつつ、可能な限り警戒されないように親しげに声をかけた。

 しかし――。


「な、何だ、お前は!?」


 ビクッとして振り返った彼は、こちらを睨みながら言う。

 暗闇の中。周囲に人影がない道に二人きり。

 シチュエーションがシチュエーションだけに、当然と言うべきか、どう足掻いても全く警戒されないというのは不可能だったようだ。

 まあ、認識操作を使えば、いかようにもできるが……。

 それは俺の目的にそぐわない選択だ。


「名乗る程の者ではございません」


 だから俺は、警戒されていることを前提に、胡散臭い商人のような口調で応じた。

 この状況で怪しい者ではないと弁明を重ねても、一層怪しまれるだけ。

 いっそのこと胡散臭さを最大限利用してやった方がいい。


「私はとあるボランティアをしている者でして、この度は貴方様のお役に立ちたくまかり越した次第でございます」

「何を言って――」

「力が、欲しくはありませんか?」


 戸惑いながら眉をひそめる少年の言葉を遮り、甘い毒のような問いかけを口にする。

 すると、彼は目を見開いて口を噤んでしまった。

 これは脈ありだ。


「力って……何だ」

「はい。暴走パラ複合発露エクスコンプレックスを、貴方様自身の手に」


 恐る恐る尋ねてくる彼に対し、少し顔を寄せて声を潜めるように言う。


「ば、馬鹿な。そんなリスク、背負えるか!」


 対して、少年は期待を裏切られたと言うように憤慨した。

 その反応はこれまでの人々とは少し違い、おやと思う。

 どうやらこの少年、暴走・複合発露を人間が使う方法を知っているようだ。

 ……もしかすると、この国の人間ではないのかもしれないな。


「技術は常に日進月歩。貴方様にリスクはございません」

「どういうことだ。少女契約ロリータコントラクトした少女化魔物を暴走させるんだろう? その影響は少女征服者ロリコンにも及び、少女化魔物が暴走に耐え切れずに死んだ場合――」

「通常、少女征服者もまた死に至る可能性がある。そうでなくとも、精神に異常をきたすのは確実です」


 それがこれまでの常識。

 人間がノーリスクで暴走・複合発露を扱うには、未契約の少女化魔物を狂化隷属の矢で暴走状態にすると共に操って間接的に使うというのが関の山だった。


 もっとも……少女祭祀国家ホウゲツでは、その方法を知らない者も多い。

 常識とは言っても、あくまでも狂化隷属の矢を少女化魔物に使うことに躊躇いのない国、あるいは組織の中でのもの。少女化魔物の隷属を禁じたこの国は対象外だ。

 特に学生の身分では、その事実を知っている可能性は極めて低い。


 即ち彼は、少女化魔物を冷遇する他国の出身であると推測できる。

 人間至上主義組織に関わっている可能性もないでもないが、あの組織が掲げる主張に傾倒した人間がホウゲツ学園の制服を着ることはないだろう。


 まあ、その辺りのことはこの場では大した問題ではない。


「だったら、どうやって暴走・複合発露を俺自身の手で使うと言うんだ?」

「ここだけの話。安全、確実に少女化魔物を暴走させることができ、フィードバックも最小限にすることができる新型の狂化隷属の矢が開発されたのです。それならば、たとえ少女化魔物が死のうとも……」

「道連れや精神障害のリスクなしで暴走・複合発露を自由に使えるってことか。真性少女契約なんて屈辱的な真似をしなくても」


 嫌悪を滲ませながら、後半をつけ加える少年。

 ……これは、やはり他国の人間と見て間違いないな。

 その思想は個人的には余り好ましくはない。

 だが、背に腹はかえられない。

 俺の感情などより優先すべきことがある。

 今は一人でも多く戦力を作りたい。

 たとえ少女祭祀国家ホウゲツの理念に相対する存在であっても。


「ええ。全くその通りでございます」


 だから、反感は抑えて同意を示す。

 それに少年は気をよくしたようだった。

 将来への歪んだ希望を得たのか、あくどい笑顔を見せる。


「そうだ。ちまちまと祈念魔法を学んで何になる。結局、アイツだって第六位階の複合発露には敵うはずがないんだ。俺が第六位階の力を手に入れれば……」


 それからブツブツと己を正当化するように呟く少年。

 正直、軽蔑しかない。実に愚かで短絡的な考えだ。

 どれだけの人間が、正当な努力で壁に挑んでいると思うのか。

 …………今の俺には声に出す資格などないが。


「で、それはどこにある」

「こちらへ。私の隠れ家に案内致します」


 少女化魔物をもの扱い少年に眉をひそめながら、彼に背中を向けて歩き出す。

 複合発露によって、俺の表情の動きを彼に気づかせないようにしつつ。

 この少年は、来たるべき日・・・・・・の戦力としては数えられないかもしれない。

 だが、他の戦力候補達や正規の少女征服者達に対する敵役ぐらいなら務まるだろう。


 そう考えながら、俺はその少年、レギオ・サラ・フレギウスを住宅街にある隠れ家へと連れていき、そこで少女化魔物を受け渡した。

 俺が持つ複合発露を利用して認識を弄り、事前の説明通り、少女契約を強制的に結ばせた上で狂化隷属の矢を用いて暴走状態にして。


「ふ、ふふ、はは、これで、これでアイツらを……」


 それによって得た力に、完全にのまれてしまった様子を見せるレギオ。

 そんな彼に対しても俺は複合発露を使用し、その認識をある程度書き換えて送り出す。

 当然、隠れ家の場所、俺の姿形などはもはや思い出すこともできない。

 レギオは振り返ることなく、意気揚々と少女化魔物を引き連れて去っていった。


「ふぅ」


 一仕事終え、軽く息を吐く。

 だが、休んでいる余裕はない。

 終末の時は刻一刻と迫っているのだから。


 故に俺はまた、力を求める別の人間を探しに街へと繰り出したのだった。

 全ては世界を守るため、そして何より友への贖罪のために。


***


「彼は賢明ではなかった。その行動は悪だった。それは覆せない事実だ。何人もの人間と少女化魔物達の気持ちを弄んだ訳だからね。私も許すことはできない。それでも……彼には憐れむべき部分もあった。その理由は、君には言うまでもないね」

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