第81話 ルトアさんの好物

「お待たせしました」

「おお。……うん?」


 料理を待つ間も繰り返しルトアさんが料理を褒めちぎっていたため、運ばれてきたそれを前にした俺は、流れで歓声を上げてから小さく首を傾げた。


「特選カレーライスです」


 店員さんの言葉通り、目の前に置かれたのはカレーライスだった。

 見た感じ何の変哲もない。

 頭に特選とついているし、ルトアさんがあれだけ強く勧めていたのだから、何かしら特別なところのある料理なのだろうが……。


「イサク様。イリュファさん達に渡さないと!」

「あ、そうですね」


 カウンター席なので七人分のカレーライスを並べる余裕はない。

 奥で待機している残りのカレーライスも視界に映っている。

 なので促すルトアさんに頷き、一皿ずつこぼさないように影の中に入れていく。

 そして最後に、俺と彼女の分がカウンターテーブルに並んだ。


「……普通のカレーですね」

「見た目そうですね!」


 含みがある言い方で同意するルトアさん。

 実際、パッと見た限り入学式の日にホウゲツ学園の食堂でセトが食べていたカレーライスと大差ない。あっちは牛肉で、こっちはブロック状の豚肉という違いはあるが。

 いや、カレーライスの範疇でそれだけ違えば十分かもしれないけれども。


「召し上がってさえ下されば分かります!」


 まあ、その通りだ。食べれば分かる。


「じゃあ……いただきます」

「いただきます!」


 スプーンを手に、バランスよくカレーと白米をすくって口に運ぶ。

 目を閉じながら、ゆっくり味わうように咀嚼する。


「ん……うまい……」


 その味に思わずポツリと呟く。

 甘くまろやかでコクが深い。とは言え、スパイシーさも全く損なわれていない。

 その調和が完璧だ。そこには間違いなく白米の味も寄与している。

 ガツンと印象に残る感じではないが、染み入るようなうまさが後を引く。


「豚肉も凄いですね。口に入れた瞬間、とろけるみたいだ」


 ブロック状のしっかりした形なのに非常に柔らかく、味もいい。

 それがまたカレーライスの完成度を高めている。

 正直、元の世界のものを遥かに超えていると感じるぐらいだ。

 全く飽きが来ない。

 ルトアさんがいつものと注文するぐらい、よく頼んでいるのも分かる。


「ですよね!!」


 自分の好物を気に入って貰えて嬉しいのか、口元にちょっとカレーをつけながら眩しいばかりの笑顔を見せるルトアさん。

 本当にこのカレーライスが好きなようだ。


「元々カレーライスは人気メニューの一つだったんですけど、ハルちゃんが入ってから二段も三段もグレードアップした感じです!」

「ってことは、そのハルさんの……」

「その通りよ。隠し味の一つにこの子の蜜が入ってるの。搾り立てのね」


 食事を終え、特選カレーライスについての補足をルトアさんが嬉々として語っていると、リヴェスさんが見知らぬ少女化魔物ロリータ……恐らくハルさんを連れて戻ってきた。

 髪と瞳は茶色く、リヴェスさんと同様に土属性であることを示す。が、同じなのはそこぐらいのものでハルさんの方が髪は短く、背は低く、胸が大きい。

 正にロリ巨乳だ。だからか、何だかリヴェスさんの言い方が引っかかる。

 ……そう思うのは俺の心が汚れているからだろう。


「珍しいですね。ハルちゃんを厨房から連れてくるなんて!」

「イサク君、将来有望そうな子だから、知り合っておいて損はないかなーって」


 正直な人だな。別にいいけども。


「ほら、ハルちゃん。ご挨拶」

「ひゃ、ひゃい。ヘイズルーンの少女化魔物のハル、ですぅ」


 リヴェスさんの促され、あわあわしながらお辞儀をするハルさん。

 勢いをつけて頭を下げたせいか、特定部位が揺れる。

 視線が誘導されかけるが、理性で耐える。

 もし意図的にやっているのだとしたら侮れない。


「よろしくお願いします、ハルさん。俺はホウゲツ学園の嘱託補導員のイサク・ファイム・ヨスキです。こんななりですが」

「しょ、しょくっ!?」


 真正直に自己紹介すれば、驚かれるのはもはや当然と認識するしかない。

 これも二次性徴を迎えるまでの辛抱だ。


「さっきも言った通り、この料理の隠し味にはこの子が複合発露エクスコンプレックス湧泉ミーズミート生蜜パーティ〉で作った蜜が使われてるの。生成の仕方は秘密ね」


 ハルさんが固まってしまったため、代わりにフォローするように言うリヴェスさん。

 相変わらず、どうやって蜜ができるのかは教えてくれないらしい。


「ハルさん。このカレーライス、本当においしかったです」


 何はともあれ、彼女の力で質が向上したと言うのならと感想を伝えておく。


「は、はいぃ。そ、その、ありがとう、ございますぅ……」


 するとハルさんは何故か顔を真っ赤にして俯き気味に視線を逸らし、もじもじしながら礼を言った。まるで羞恥プレイをしているような気分になる。


「イサク様。エッチなのはいけないって言ってるじゃないですか!」

「ええ……」


 再びのルトアさんの理不尽なもの言い。

 それに対し、俺は思わず困惑の声を上げてしまった。

 いや、目の前のハルさんの反応は、実際それっぽいものだけれども。

 普通に褒めるのも駄目とは。

 その蜜とやら。本当に、一体どういう作られ方なのか。

 疑問は俄然強くなるが、それを問うとまた同じことの繰り返しになるに違いない。

 この場は仕方なく口を噤んでおく。


「店長。そろそろ――」

「あ、そうね。ごめんなさい。ハルちゃん、ありがとう」


 と、厨房の店員から言われ、リヴェスさんはハルさんを奥に戻した。

 調理に蜜が必要になったのだろう。


「ところでリヴェスさん。ちょっと時間、いいですか!?」


 そこで一つ区切りがついたと見てか、ルトアさんがそう切り出す。


「ええ。どうしたの? ルトアちゃん」

「実はお聞きしたいことがあるんです! この学園都市トコハで起きてるらしい事件についてなんですけど――」


 どうやら、ルトアさんもちゃんと目的を覚えていてくれたらしい。

 簡潔に事件の概要を説明してから、何か情報がないか問いかける。


「ああ。その事件についてなら、警察っぽい人が情報収集に来たわよ」

「そうなんですか?」

「ええ。少し前にね。思いつく限りのことは話したけど……」


 警察っぽい人。

 十中八九ヒメ様との会談の中で話題に出た、彼女直属の諜報員だろう。

 しかし、そうなると……このアプローチの仕方では、ヒメ様達から聞いた情報以上のものは出てこなさそうだな。

 そう感じ、少し考える。質問を変えた方がいいかもしれない。


「あの。事件とは関わりなく、最近聞くようになった妙な噂とかありませんか?」

「妙な噂?」

「はい。何でも構いません」


 捜査協力となると、事件解決に繋がりそうなことをと必死に考える余り、一見関係するとは思えない小さな手がかり異変を口にするのを躊躇うということも十分あり得る。

 それこそが解決の糸口であることも可能性としてはなくはない。

 なので、とにもかくにも変わったことがあれば、聞いておきたい。

 情報の取捨選択はこちらですればいいのだから。


「そうねえ……」


 そんな意図を込めた俺の言葉に、リヴェスさんは考え込むように目を瞑る。


「あ、そうだわ。一つ面白い話があるの」


 しばらくして彼女は目を開け、今思い出したとばかりに軽く手を叩きながら、噂好きなおばちゃん的な悪戯っぽい顔をして言った。


「ある少女征服者ロリコンがね。街中で幽霊を見たって言うのよ」


 それから俺達に顔を寄せ、声を潜めて続けるリヴェスさん。


「ゆ、幽霊、ですか?」


 いきなり胡散臭過ぎる話が出てきたな。

 そう内心困惑しつつも、手がかりである可能性を考えて俺は確認の意味を込めて問う。

 するとリヴェスさんは、間違いない情報だと告げるように深く頷いた。

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