第18話 弟の誕生

 出産時の男は役に立たないと言う。

 その実例を俺は目の当たりにしていた。

 分娩室と化した和室から「邪魔です」とイリュファに追い出された父さんだ。

 今は和室に接した台所で、閉じられた引き戸の前で右往左往している。


 俺? お、俺は五歳児だから……。


「父さん、座ったら?」


 とは言え、目の前をうろうろされると言っちゃ悪いが意識が散る。

 なので椅子を視線で示しながら言う。

 何もできないのなら、せめて大人しくして欲しい。


「あ、ああ。そうだな」


 生返事をしながら一度は椅子に座るジャスター。

 しかし、すぐにそわそわし出し、しばらくすると再び立ち上がってうろつき始める。

 気持ちは分からなくもないが、ちょっと呆れる。もう三度目だろうに。

 そう心の中で溜息をつきながら、俺は和室の方を見た。


 現在、中ではイリュファとリクル、それからもう一人の少女が出産を手伝っている。

 助産の経験が多い村の少女化魔物ロリータだ。

 俺のことも取り上げてくれたらしい。

 他の村人は父さんの分の農作業やら仕事やらを代替したり、食事を作ったりしてくれている。彼らの忙しさは昨日がピークだったようだ。


 ……散々父さんに駄目出しをしたが、黙っていると俺も落ち着かない。

 なので、何か話題を作ることにする。


「何も聞こえないね」

「ああ。防音の祈念魔法を使ってるからな」


 成程。物音一つ聞こえないと思ったら、祈念魔法の効果だったのか。

 出産時には、余りの痛みに人格が変わったように周りを罵倒しまくる人もいるって聞くしな。

 そうでなくとも、痛々しい声を子供に聞かせたくないと思ってもおかしくはない。


「僕の時もこんな感じだったの?」

「うん? そうだなあ……」


 俺の問いに父さんは遠い目をしながら足を止めた。

 それから俺の隣に腰かけて頭に手を置いてくる。


「赤ちゃんが生まれる合図が出る大分前から、母さんがお腹痛い痛いってずっと言っててなあ。後から逆子だって分かったっけ。しばらくして自然と治ったけどな」


 逆子という五歳児には分からなそうな言葉を使ったのは、俺が気に病まないようにするためのちょっとした配慮だろうか。

 まあ、転生者である俺には余り意味がないけどな。

 父さんの気遣いは伝わったけども。

 しかし、どうやら生まれる前から母さんに迷惑をかけてしまっていたらしい。

 記憶にないこととは言え、申し訳ないな。


「出産の時も大変だった。って言っても父さんは今日と同じく何もできなくて部屋を追い出されてたから、後から聞いた話だけどな。臍の緒が首に巻きついてて泣かないし、心臓も一時止まってたしで母さんが半狂乱になってたってイリュファが言ってたなあ」


 伝聞の話しか口にできないことを情けなく思ってか、恥じるように頭をかく父さん。

 けど、うん、まあ、終わってから知ったんならしゃーないよ。


 それにしても生まれた時に心停止していた、か。

 もしかしたら、その時に俺の魂が入り込んだのかもしれないな。


 そんな根拠のない仮説はともかくとして。

 逆子に臍帯巻絡とか親に迷惑かけ過ぎだろ、俺。

 やっぱりちゃんと恩返しと言うか、親孝行しないといけないな。

 そう決意を改めていると――。


「ほぎゃあああああっ!! おぎゃあああああああっ!!」


 突然、和室から元気な赤ん坊の泣き声が聞こえ、俺は父さんと顔を見合わせた。

 俺達に生まれたことを知らせるために、防音の祈念魔法を解いたのか?

 いや、重要なのはそこではない。

 そんなことはどうでもいい。

 弾かれたように立ち上がった父さんと揃って引き戸の前に立つ。

 と、待ち構えていたかのように戸が開かれた。


「イリュファ?」


 問い気味に名前を呼ぶと、彼女は一つ頷き、促すように視線を部屋の中へと向けた。

 それを辿って部屋の中を覗き込む。と――。


「あ……」


 布団の上で体を起こした母さんと、その腕に抱かれた赤ん坊の姿があった。

 既にイリュファ達が臍の緒を切ったり、体を拭いたりしてくれたのだろう。

 しかし、巻かれたタオルから覗く肌は生まれ立てであることを示すように赤く、目も開いていない。それに顔もしわくちゃだ。

 一通り泣いて落ち着いたのか、何やら口をパクパクさせながら手を動かしている。

 時折思い出したように顔をしかめて一泣きするのは、ご愛嬌という感じか。


「おお。あるじよ。妾達の息子じゃ。イサクよ。お前の弟じゃぞ」


 慈愛に満ちた目を赤ん坊に向けながら、喜びの滲んだ声を出す母さん。

 それから母さんは俺達に弟の顔を見せるように抱き方を変えた。


「名前は決めてくれたかの?」

「ああ。この子の名前は……セトだ」

「セト。セトか。うむうむ。いい名前じゃ。のう? セト」


 そして柔らかくセトの頭を撫でる二人。……いい光景だな。

 自然と笑みが浮かぶ。

 生まれ立ての頃、俺もこんな風にされていた気がする。


「イサクも嬉しいか。お前も撫でてやるといい」


 母さんに言われ、布団の脇の畳に膝をつき、恐る恐る手を伸ばす。

 ほとんど触れるか触れないかぐらいの感じで頭を軽く撫でる。


 ち、ちっこいなあ。力を入れると壊れてしまいそうだ。

 微妙にビビってセトの手の方に人差し指をやり、掌に触れる。

 すると、指をギュッと掴まれた。

 前世の知識で赤ん坊の本能的な反応だと分かってはいるが、何か嬉しくなる。


 しかし、体温高いなあ。

 ……当たり前だけど、ちゃんと生きてるんだな。この世界に生まれたんだな。


「お兄ちゃんだと分かるのかのう」


 その様子を微笑ましげに見ながら優しく言う母さん。

 そんな視線を向けられると、妙にむず痒い。だが、決して不快ではない。

 何だろうな。この込み上げてくる感情は。

 ほんの少し。ほんの少しだけ、妹の方がよかったなあ、とか思ってた気持ちが跡形もなく吹っ飛んだわ。


 ……親孝行も勿論だけど、この弟も守ってやらないといけない。

 少なくとも、まだまだか弱い内は。そう強く思う。

 先達たる者、後進を守り導く。それが前世の両親からの教えなのだから。

 それを守り続けることしか、今の俺が彼らにできることはないしな。


「ほら、セト。パパだぞ?」


 そんな俺の真面目な思考を余所に、もう片方の手に指を近づける父さん。

 もしかして、うらやましかったのか?

 自分の人差し指を握らせようと画策する父さんに内心呆れていると――。


「ふぎゃあああああああっ!! おぎゃあああああああっ!!」


 火がついたようにセトが再び泣き出してしまった。

 結果、その場の全員から睨まれてしまう父さん。ちょっと憐れだ。


「おお。よしよし。困ったパパじゃのう」


 まあ、いい感じにオチがついた、という感じか。

 母さんにゆさゆさと優しく揺らされ、それでも中々泣き止まないセト。

 そんな光景を見て微苦笑しつつ、心の中で思う。

 家族。これが俺の家族なんだ。


「よいよい。元気よく泣くとよいぞ」


 こうして母さんの出産は無事に終わり、俺達家族に新たな一員が加わったのだった。

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