第8話

「リメイク版一期でこの話が丸々カットされた理由は、既に二期が決まっててキャラの人気も高かったからなんだよ。大人の事情で生存シナリオに改変された訳だ」

「何だか、色々と残念だね……」

「まあ、それでもちゃんと矛盾なく一期のクライマックスを盛り上げたんだから、脚本の人は大したものだと思うよ」


 それから約二十分後。

 途中からは恥ずかしさも薄れて千影と熱く語り合っていると、録画していた番組が終了したようで肩をトントンと指で突かれた。


「朔兄、終わったよ」


 右耳から聞こえてくる不満げな声に朔耶が振り返ると、鼻先に陽菜の顔があった。

 下手をすれば、振り返った拍子にキスしてしまいかねない距離だ。

 視界のほとんどが、彼女の可愛らしくも不機嫌そうな顔で埋め尽くされている。

 対して、視界の端の方に微かに見えた和也はどこか呆れたように笑っていた。


「陽菜、お前達のことが気になって集中できなかったみたいだ」

「ちょ、お兄ちゃん!? 何言ってるの!」


 またもや余計なことを言って殴られてしまう和也。彼も本当に一言多い。

 そんなことを言えば、そうなることぐらい分かっているだろうに。


「こっちも完全には集中できなかった。……距離が近かったから」


 そんな二人を余所に、ポツリと千影が呟く。

 朔耶はすぐ近くにいたので、彼女の声とその言葉の内容は聞こえていたが、反応すると色々と全体的に面倒なことになりそうだったので気づかない振りをしておいた。


「ったく、あんまり乱暴してると誰かさんに嫌われるぞ」


 殴られた部分をさすりながら呆れ口調で言う和也だが、大して痛そうではなかった。


「うっ、で、でもそれは、お兄ちゃんが変なことばっかり言うから……」


 朔耶をちらちらと見ながら言い訳染みた物言いをする陽菜に、和也が深い溜息をつく。


「変なことを言われても動じないのが大人ってものだろ?」

「むうぅ~!」


 そんな兄をむくれて睨みつけている陽菜の姿は微笑ましかった。


「ま、まあまあ、元気でいいじゃないか」


 そんな彼女にフォローを入れると陽菜は一転して機嫌がよくなる。


「さすが朔兄! お兄ちゃん、これが本当の大人の対応よ!」

「……朔耶、お前は殴られないから、そう言えるんだよ。大体元気がいいのと乱暴なのは別の話だろ?」

「いや、でも、和也以外を叩いてるところは見たことないし――」


 たまに学校で見かけた時も友達とは仲よくやっていた。


「元気がいいのも本当だろ?」


 運動会やスポーツ大会では一生懸命声を出して頑張っている陽菜の姿が印象に残っている。

 彼女は運動が得意な訳ではないので大活躍とまではいかないが、目立ってはいた。


「朔耶は陽菜には意外と甘いからな。お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」


 肩を落とす和也の姿に苦笑いする。


「一人っ子だから、つい」


 可愛い妹がいたら甘やかしたいと思うのは、一人っ子のつまらない願望だろう。

 実際にいたら憎たらしいとはよく聞く話だ。


「妹が欲しいんだったら、こいつをくれてやりたいところだけどな。ま、こいつは妹じゃ嫌だろうけど」


 和也の言葉に陽菜は顔を赤くして手を振り上げたが、ついさっきの会話を思い出したのか口をへの字にしてそっぽを向いてしまった。


「ま、目的のものは見たし、今日はもう帰るわ」

「え? もうか?」

「陽菜のクラスは宿題がたくさん出たらしくてさ」


 その言葉に、陽菜は嫌なことを思い出したという感じの苦い顔になった。


「ちょっと手伝ってやらないとまずそうなんだよ。……って、何だよ、朔耶。その顔は」


 どうやら、何だかんだで妹には甘い和也につい表情が緩んでいたらしい。


「いや、別に」


 朔耶は誤魔化しにかかったが、和也にはバレバレのようで半眼を向けられる。


「ったく……ほら、陽菜、行くぞ」

「……は~い」

「そんな嫌そうな声出すな。お前の宿題なんだぞ?」

「分かってるよ、もう! ……朔兄、またね?」

「ああ、陽菜ちゃん、ばいばい」


 名残惜しそうな様子の陽菜とそんな彼女に呆れ気味の和也が帰ると、千影の表情から力が抜ける。

 彼等とは遊ぶ機会が多いため比較的ましのようだが、それでも緊張はなくならないらしい。


「ねえ、朔耶君」

「ん?」

「朔耶君、妹が欲しいの?」

「へ?」


 小首を傾げて妙な問いをする千影に戸惑っていると、彼女は少しの間考えるように目を閉じてから上目遣いで見詰めてきた。


「……朔耶お兄ちゃん」


 そして、少し甘えた感じの声で呟く。


「ち、千影?」


 年下にしか見えない彼女のそんな仕草は妙に似合っていて、胸の鼓動が変に早くなってしまった。

 これは、確実に妹に対する感情とは別のベクトルのものだ。


「これから、そう呼ぶ?」

「や、やめてくれ」


 思わず慌てたように言うと千影はくすくすと笑う。

 どうやら、からかわれたらしい。


「千影には普段通りに呼ばれた方がしっくりくるよ」

「うん、わたしもその方がいい」


 言いながら、微かに頬を染める千影。

 その姿に、朔耶は彼女と話をするようになってすぐの頃のことを思い出した。

 当初、二人は照屋さん、朝日奈君と呼び合っていた。

 それが名前で呼び合うようになったのは、意外にも千影が望んだからだった。

 人見知りが激しく友人が少なかった彼女は、何かちゃんとした友達の証が欲しかったらしい。

 そう言われれば拒否などできるはずもなく、それ以来この呼び方だ。

 最初こそ恥ずかしかったが、今となっては他は考えられない。

 慣れもあるかもしれないが、それだけ昔よりも関係が深まっているということでもあるだろう。


「さて、と。二人は帰ったけど、どうする?」

「えっと、さっきの続きが見たいな」

「ん、分かった。続きだな?」

「うん、お願い、朔耶君」


 わざとらしく名前を呼ぶ千影に微苦笑しながら、朔耶はその用意を始めた。

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