第四十四話 継承

①超越基人

「う、お、ああああああああっ!!」


 急激な体の変化に感覚が追いつかず、苦痛が全身を駆け巡る。

 叫んでいなければ意識を持っていかれそうだ。


(耐えろ! アイリス達が命を懸けた力だぞ!)


 しかし、そう己に言い聞かせて意思を強く持つ。

 敵に動きがないことから考えても、恐らく数字にすると数秒にも満たない時間のはずだ。

 にもかかわらず、主観時間では数十倍にも感じられる。


「く、う……おおおおおっ!!」


 それでも、いつ終わるとも知れない苦しみに耐え続けていると――。


《MP Driver Update Complete》


 新たな電子音が鳴り響いた。

 それと共に、体中を苛んでいた歪な感覚が収まっていき……。


「はあ、はあっ」


 やがて気がつくと、己の体を覆う装甲が大きな変化を遂げていた。

 色も形状も以前のものと異なっているし、ドクター・ワイルドのものともまた違う。

 アイリス達の力を受け取った証の如く、全身鎧が白を基調としながら六つの色でバランスよく彩られている。更には――。


「馬鹿な、MPドライバーが変質したのか!?」


 驚愕を顕にしたドクター・ワイルドの言葉通り、変身時には雄也の腹部に現れているそのベルト型の魔動器が大きく形を変えていた。

 特撮番組で言うならば、違うシリーズの変身アイテムに切り替わったかのように。

 何よりも、全身に漲る力は先程までの比ではない。

 それどころか、今も尚凄まじい速度で生命力と魔力が成長し続けている。

 勢いが衰える気配もない。正に青天井だ。


「ウェーラ、これが正解だとでも言うのか」


 その様を目の当たりにして、ドクター・ワイルドは続けて呆然と呟いた。

 正に想定外の事態に遭遇したかのように。


(それより、皆はどうなった!?)


 彼が呆けているその隙に、と雄也はアイリス達の状況確認に努めた。

 限界以上に生命力と魔力を放出したのだ。

 脳裏には最悪の予測が存在する。

 だが、だからと現状を確認しない訳にはいかない。逡巡している暇はない。

 故に空間に浮かぶ彼女達の映像に目を凝らす。

 当然ながら魔力の大量消費に伴い、既にそこに重ねられていた虚像は消え去っている。

 そのため、映されているものは今現在の各々の様子だが…………。

 彼女達は衰弱して立ってもいられないのか、それぞれ手や膝を地面に突いていた。


『皆っ!』


 それだけの隙を、戦うためだけの生物兵器の如くなった六大英雄が見逃すはずもない。

 彼らは今正に彼女達に襲いかからんとしていて、雄也はその危機を伝えようと焦燥と共にアテウスの塔を介して〈テレパス〉を飛ばした。直後。


《Linkage Feedback》


 またもや初めて聞く電子音が耳に届いた。


『『『『『『『あ、ああああああっ!?』』』』』』』


 と同時に、全員の苦痛に満ちた絶叫が重なるように脳裏に響く。

 次いで彼女達の動向を示す映像が途切れてしまった。


『どうしたっ!? 何があった!?』


 突然のことに動揺しながら、強い口調で問いかける。

 攻撃寸前という様相だった敵、暴走した六大英雄の一撃によって致命傷を負ってしまったのではないかという危惧を抱きながら。


『……く、大、丈夫』

『大したこと』『ない、わ』

『耐えて、見せます』

『これしきの、ことで』

『ワタクシは、負けませんわ』

『心配、するな』


 すると、痩せ我慢がありありと分かる声色ながらも、しっかりした答えが返ってくる。

 かと思えば映像が復旧し、壁に打ちつけられた六大英雄の姿が映し出された。

 どうやら原因は、敵の直接的な攻撃によるものではないらしい。

 となると、やはり雄也へと力を受け渡した反動によるものか。

 そうした推察も束の間、再び六大英雄一体一体がほぼ同じタイミングで、それぞれ対峙しているアイリス達に攻撃を仕かけてきた。

 苦痛は消えず、隙は多く見える。

 だが、そんな状態から苦し紛れに放たれた彼女達の鈍い反撃は眼前の敵をその攻撃諸共に薙ぎ払い、床面を抉るように叩きつけた。

 その威力は凄まじく、重なった衝撃がアテウスの塔に再び振動を与える。


(ど、どこからあんな力を!?)


 生命力と魔力が枯渇したはずの彼女達が作り出した光景に驚愕し、雄也が何が起きたのか状況を把握しようと試みた正にその瞬間――。


《Transcend Over-Therionthrope》

《Transcend Over-Ichthrope》

《Transcend Over-Phtheranthrope》

《Transcend Over-Drakthrope》

《Transcend Over-Satananthrope》

《Transcend Over-Theothrope》


 映像の中から電子音が鳴り、彼女達が身に纏う鎧もまた大きく変じ始めた。

 その腕の魔動器、MPリングの形状も含めて。

 変化後の鎧は各々の属性魔力の色を基調としながら、その他五属性の魔力の色もまた装甲に散りばめられている。


『これは……』


 雄也が目の前の現実を整理しようとしている間にも、強化された彼女達の無作為な力の波動がアテウスの塔そのものを伝わって届く。

 魔力の断絶がある中だ。たとえ巨大魔動器を介していようとも、埒外の強化がなければ力の気配が意図せず届くことはあり得ない。

 少なくとも生命力、単色の魔力は現在の雄也と同等。

 どういう訳か、他の属性の魔力にしても強化前の雄也程度にはある。

 この状況。戦力の増強は喜ぶべきことではあるだろう。

 だが、その影響は未知数だ。

 それによる彼女達の肉体への負荷がどれ程のものだったのか分からなければ、安心などできようはずがない。


『皆――』

『……大丈夫。治まった』


 そうした雄也の気持ちを読み取ったように、真っ先に応じたのはアイリス。

 続いて他の皆からも〈テレパス〉で無事を知らされ、雄也は一先ず胸を撫で下ろした。

 と言うよりも、ここから先は互いの顔が見えない状況では判断のしようがない。

 何が起きたのかは依然として分からないが、少なくとも更なる強化があった事実を前提に話を進める以外にはないだろう。

 いずれにしても彼女達が相対している六大英雄達は、もはや脅威とはなり得ないはず。

 今はドクター・ワイルドに集中すべきだ。


「……アテウスの塔の力で無理を通したか。声紋認証が仇となったようだな」


 と、ようやく我に返ったのかドクター・ワイルドが小さく呟く。


「だが、いいだろう。俺の想定を超えた進化。奴を倒すためには必要なファクターかもしれん。次はこれを加味して計画を改めるのみだ」


 続いて今度はハッキリと彼は言った。

 そこに予想外の事態への動揺はもはや欠片もない。

 声色からすると、単なる虚勢という訳でもなさそうだ。

 雄也が得た力の大きさは把握しているだろうに、恐れも感じられない。

 彼の強い意思は、その強大な力のみに裏打ちされた虚ろなものではないようだ。


「……何を言っている。次なんてない」


 それでも、それを突き崩さんと雄也は口を開いた。

 こちらの勝利にせよ敗北にせよ、決着が流れることはない。

 無論、流すつもりもない。


「ここで終わりだ」

「いいや、終わらないさ。奥の手は残してあるからな」


 ドクター・ワイルドはそう反論すると雄也から大きく距離を取り、ペタンと座り込んでいるツナギの後ろに回り込んだ。


「さあ、お前の出番だ。命を燃やし尽くし、精々俺の役に立て」


 更に彼は彼女の背中に、突き刺すような勢いで両手を指から突き立てた。


「うぐ……あ、い、いや、いやああああああっ!!」


 苦痛の声から一瞬の間を置いて、それまで呆然としていたツナギが絶叫し始める。

 その反応を見る限り、後者は外的な刺激が直接生んだものではないだろう。


(い、一体何を――)


《Evolve High-Anthrope》


 突然の行動の意味を考えている間に再びツナギのMPドライバーから電子音が鳴り、変身を解除していた彼女の全身を装甲が覆い始める。


「う、ぐぐ、くうぅ」


 直後、雄也達が強化された時と似たような苦しみ方をし始めたかと思えば――。


「っ! ドクター・ワイルド、貴様っ!!」


 それでもあくまで人の形を留めていた雄也達の時とは異なり、ツナギの体は異常な肥大化を見せ、それに合わせて装甲もまた変化していく。

 過剰進化オーバーイヴォルヴ。それも恐らく、自滅前提の更に過剰なものだ。


「やれ、ツナギ」


 ドクター・ワイルドは雄也の糾弾の声を黙殺し、彼女に指示を出す。

 鉄の巨人の如く変化したツナギはドクター・ワイルドよりも明らかに生命力も魔力も上だが、MPドライバーに何かしら細工があるのだろう。

 指示されるままに雄也に襲いかかってきた。

 その速度もまた先程まで雄也を翻弄していたドクター・ワイルドすら足元に及ばない程で、数倍の巨躯となっているだけに圧迫感は恐るべきものだったが……。


(……見える)


 全ての力がかつてない程に強化され、今も尚成長を続けている雄也は更にそれを上回っていた。過剰な強化を施されたツナギが相手であっても何ら問題はない。


「苦しい、よ。気持ち悪いよお」


 だからという訳ではないだろうが、雄也を躊躇わせるためにまだツナギの人格は残っているようで、変質した肉体の感覚に苦しむ彼女の声が耳に届く。

 当然、その様子を前にすれば強い怒りが胸の内に湧き起こるが、それでも己の身に宿った強大な力のおかげで冷静でいることができる。

 そして、ツナギが操られるまま雄也を叩き潰さんと振り下ろしてきた巨大な拳を最小限の動きでかわすと、雄也はその懐に入り込んだ。


「はっ!」


 そのまま抱きかかえるように丸太の如き腕を取り、彼女と戦っていた時と同じように地面に背中から叩きつける。


「うぐ、ううぅ」


(ごめんな)


 その衝撃で呻くツナギに心の中で謝りつつ、彼女のMPドライバーに触れる。


「〈オーバーマジックアブソーバー〉!」


 それから、以前破壊された赤銅の腕輪MPキャンセラーの機能を魔法で擬似的に再現し、雄也はその体の全身を渦巻く過剰な魔力を己の体に吸収した。

 それに伴い、たちまち鉄の巨人の如きツナギの体は小さくなり、それに合わせた装甲は未だ纏っているものの本来の彼女らしい姿となる。


「何っ!?」


 驚愕の声はドクター・ワイルドのもの。

 足止めの一つぐらいできると予測していたのだろう。完全に読みが外れた様子だ。

 吸収した魔力は以前の雄也ならば吸収し切れずに、あるいは耐えられずに死んでいたかもしれない程の量だった。にもかかわらず、今の雄也にはほぼ影響がない。

 むしろ魔力の巡りが増えて調子がいいぐらいだ。

 そうした雄也の状態に敵が動揺する間に、間髪容れず次の行動に出る。


「〈フロート〉〈オーバーマジックブレーク〉」


 雄也はツナギがそれ以上苦しめられないように、二つの魔法を発動させた。

 一つ目の魔法でアテウスの塔との接触を断つために空間に浮かび上がらせ、二つ目の魔法でその周囲を魔力的に断絶させる。

 これを維持すれば、彼女が誰かから干渉させることはないだろう。


「小細工は終わりだ。今ここで、全て終わらせる」


 そして雄也はそう言い放つと、拳を構えながらドクター・ワイルドへと一歩踏み出した。


「ちっ、これ以上は危険か。やり直すしかないな」


 対して彼は忌々しげに呟くと……。


(これは、魔力を集めてるのか?)


 アテウスの塔を介し、彼の身に六属性の魔力が急激に蓄積されていく。

 進化を遂げたことにより鋭敏になった感覚が、その流れを正確に教えてくれる。


「何をするつもりか分からないが!」


 やり直すと言うからには、この場から転移しようとしているのかもしれない。

 ならば逃がさないようにしなければならないし、いずれにせよ、敵に魔力を蓄えさせていいことなど何もない。

 だから、ドクター・ワイルドの思惑を妨害するため、雄也もまたアテウスの塔に直接干渉し、それを媒体として駆け巡る魔力をかき乱して一部奪い取った。


「貴様っ」

「言っただろう。ここで終わりだ!」


 と同時に床面を蹴って一気に踏み込み、胸部に拳を叩き込まんとする。

 当然、それだけで終わりにするつもりはなく、連撃を放つ用意があったが――。


「くっ……これ程のものか」


 純粋な速さによるものではなく、先読みをされたかのようにドクター・ワイルドに一撃目を回避され、大きく距離を取られてしまった。

 声に焦燥が感じられる辺り、ギリギリ避けることができたというところだろうが。


「言わば超越基人オーバーアントロープ。この覚醒は俺の計画にとってタイミングが悪いことこの上ないが、奴に届き得る力ではあるのは事実だ」


 彼は珍しく緊張感を湛えた口調で呟き、更に続ける。


「いいだろう。退路を失った以上、今ここで計画を遂行する。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあるというものだ」


 それから、そう告げたドクター・ワイルドは既に最終形態とも言える変身状態にあるにもかかわらず、重ねるように変身の構えを取った。


「エクセスアサルト」


 そのまま彼が覚悟を決めたように言い放った正にその瞬間。

 アテウスの塔を介さずに、彼のMPドライバーから歪な魔力が発生する。

 かと思えば、先程までのツナギと同じようにその全身が肥大化し始めた。


「貴様、まさかっ!」

「さあ。俺の自滅が先か、貴様の敗北が先か。勝負といこうか」


 そしてドクター・ワイルドはそう不敵に言うと、猛然と襲いかかってきた。

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