③里帰りと墓参り

「ユウヤさん」


 アイリスと共にメルとクリアにつき合った翌日。

 今度は自分の番と暗にアピールするように、イクティナが名前を呼びながら傍に来た。


「イーナ。今日はどうするんだ?」

「その……少し実家の様子を見たいんですけど……」

翼星プテラステリ王国の?」


 正直そのお願いは予想外で、思わず問い返して確認してしまう。


「はい」

「ええと……いいのか?」


 肯定する彼女に、雄也は若干躊躇いながらも再度確認した。

 以前、イクティナの故郷たる聖都テューエラを訪れ、翼星プテラステリ王国の守護聖獣とされていたゼフュレクスの守り人を務める彼女の両親に会ったことがあった。

 しかし、ドクター・ワイルドの闘争ゲームの中で暴走したゼフュレクスをイクティナが討ち果たすこととなってしまい、それによって彼女は両親から勘当されてしまったのだ。

 正直理不尽以外の何物でもないと思うが、守護聖獣の守り人という一点のみが彼女の両親にとってアイデンティティの全てだったが故に。


「……また、酷いことを言われるかもしれないのに」

「それは、覚悟してます。ただ、一応家族ですから、あれからどう生活してるのか気になって。久々にアエタにも会いたいですし」

「ああ……」


 因習に縛られていた両親とは違い、イクティナの妹であるアエタは姉が守護聖獣ゼフュレクスを倒したことを感謝していた。

 守り人という立場を押しつけられず、自由に生きることができると。

 本来余り慣習に囚われないはずの翼人プテラントロープからすれば、アエタの方が正しい姿と言える。

 両親にしてもゼフュレクスによって世話係としての役務を全うするように干渉を受けていたのだから、ゼフュレクス亡き今まともな翼人プテラントロープに戻っているかもしれない。

 そうした期待もあるのだろう。


(まあ、イーナ一人でも行って帰ってこれる話ではあるけど……)


 期待はあっても、そこまでは勇気を持つことができないようだ。

 気持ちは理解できる。


「分かった。じゃあ、行こうか」

「はい!」


 そうして雄也は若干の不安を誤魔化すように元気よく答えたイクティナに頷いて、彼女と共に翼星プテラステリ王国聖都テューエラへと向かった。

 ポータルルームから彼女の家までは少し遠いが、今の雄也達が空を飛んでいけば以前よりも遥かに速く辿り着くことができる。

 そのため、ラディア宅から然程時間もかからずにイクティナの実家に着き、雄也とイクティナは玄関の前に降り立った。

 彼女はドアノッカーに手を伸ばすが、しかし、逡巡するように途中で空中を彷徨わせる。


「……イーナ」


 雄也がイクティナの名を呼びながら軽く華奢な背中に触れて促すと、彼女は一つ息を深く吐いてから扉を叩いた。

 すると、その音は前回と同じように何かしらの魔動器によって大きく響き渡る。


「はーい!」


 と、これまた前回と同様、元気な声とパタパタと駆けてくる軽い足音が聞こえてくる。

 それを耳にしてイクティナが微かにホッとしたような顔をしたところを見ても、両親と会い辛い気持ちが感じ取れる。


「あ、お姉――」


 そして扉が開いて出てきたアエタは、イクティナの姿を見ると嬉しそうに声を上げそうになったが、ハッとしたように口を両手で塞いだ。


「ええと、どうしました? アエタ」


 妹の奇妙な行動を前に、イクティナは姉らしい少し大人びた口調で問う。

 普段は割とドジな部分もある彼女も、妹の前ではシッカリとした姉だ。


「ちょっと、ここだと……」


 そんなイクティナの問いに対し、アエタは家の中を気にしながら声をひそめて答える。

 それを受けてイクティナは「ああ」と色々と察したように小さく嘆息した。


「では、ゼフュレクスがいた山頂に行きましょうか」

「ごめんなさい……少ししたら行きますから待ってて下さい」


 申し訳なさそうに謝り、アエタは力なく頭を下げる。

 イクティナは気にしていないと妹の頭を撫で、それから雄也を振り返った。

 そして複雑そうな顔をする彼女に雄也は頷いて、両親が気づく前に共に家を離れた。

 そのままイクティナの言葉通り、かつての守護聖獣ゼフュレクスの住処へと向かう。


「…………あの戦いも大分昔のことのように思えますね」


 人工物にしか見えない真っ平で広大なそこを前に、彼女はポツリと呟いた。

 あれももう二ヶ月以上前のことだ。時間的に遠く感じるのも無理もない。


「お待たせしました!」


 と、ややしばらくしてアエタが合流する。両親に適当な言い訳をしてきたのだろう。


「少し影になるところに行きましょう!」


 その彼女はわざとらしく声を張って続けると、家とは反対側の縁を指差した。

 念のため、見つかりにくいところに移動したいようだ。


「そうですね」


 その意図を汲んで、イクティナは苦笑気味に妹の提案に同意した。

 それからアエタを先頭に皆でその先へと向かう。

 山頂の縁から下を見ると斜面は歩行どころか単に立つことも困難な程に急だったが、飛行魔法を使いこなせる人間ならば断崖に背中を預けて談笑するぐらい容易い。

 もっとも、そのような楽しい話になる気配は乏しいが。


「えっと、今日はどうしたんですか?」


 努めて明るく問うアエタだが、無理をしている感が強い。


「少し様子を見に。あれから、お父さんとお母さんはどうですか?」


 イクティナもそれは分かっているだろうが、敢えて直球で尋ねた。


「あ……その……」

「大丈夫ですよ。正直に話して下さい」

「は、はい。守護聖獣ゼフュレクスが死に、私達家族は守り人という役目から解放されました。けど、お父さんもお母さんも未だにその役割に囚われてるみたいで……」


 アエタは躊躇いがちに言葉を区切り、少ししてから再び口を開く。


「変な自負が残ってるからか新しい仕事もまともに続かなくて……少なくともそこに関しては自分達次第のはずなのに、全部全部お姉ちゃんのせいにしてます」

「……状況は悪化してるみたいだな」


 勘当を告げられたあの時よりも。

 時間が解決すると言ったが、逆にマイナスの方に行ってしまったようだ。

 あるいは、これから先も苦難が立ちはだかる度に起点となったゼフュレクスの死に原因を求め、イクティナへの責任転嫁を強めていってしまうかもしれない。


「仕方がないこと、だと思います」


 そうした状況を前に、イクティナは少し残念そうにしながらも顔を上げて言った。

 以前に比べ、ショックは小さい様子だ。

 今回のこれはある意味問題を蒸し返すような話だったが、そもそも彼女の中では既にある程度の整理はついていたのだろう。


「翼をもがれた鳥が、突然籠から出されても当然空を飛ぶことはできません」


 ゼフュレクスによる精神干渉で守り人としての己こそが正しい自分だと刷り込まれていたことは、確かに自由という名の翼を奪われたようなものだ。

 母親の方は生まれた時から、入り婿である父親にしても数年の間その状態のまま生きてきたのだから、もうそれが基本的な考えになってしまっているはずだ。

 容易に普通のあり方に戻るものではないかもしれない。


「お姉ちゃん……」


 まだ比較的幼いアエタはどうフォローすれば正解か分からないという様子で、ただそう呼びかけることしかできないようだった。

 そんな妹にイクティナは微苦笑を向けてから、山頂から見える広い空に目を向けた。


「自由を奪われるって人生の一部を奪われるも同然ですね……」


 それからそう呟き、珍しい程に垂れ目を吊り上げて表情を険しくする。


「ゼフュレクスも当然ですけど、それすらも利用し、今正に多くの人々の人生を奪い去ろうと企んでいるドクター・ワイルドも許せません。そう改めて強く思います」


 基本的に、異世界に召喚してしまった罪悪感から雄也の助けになりたい。

 あるいは、友人たるアイリス達の手伝いをしたい。

 そんな気持ちが恐らく共に戦う切っかけだったイクティナ。

 しかし、翼星プテラステリ王国や他の戦いを経て、自らそうした結論に至ったようだ。


「たとえ翼をもがれても完全な自由を取り戻すことができれば、空は飛べずとも、いずれはその足で歩き出すこともできるでしょう。そうなれば……」


 両親も少しずつ考えを変えてくれるかもしれない。

 彼女はその願望は声に出さず、少し間を取ってから更に言葉を続ける。


「けど、彼らが活動を続ける限り、再び自由を奪われる可能性があります。そうなると落ち着いて待つこともできません。まずはあちらをどうにかしないと」


 そして、そう纏めたイクティナに雄也は「……そうだな」と頷いた。

 いずれにしても以前と結論は同じ。時間が解決してくれるのを待つしかない。

 未だ精神干渉の影響が色濃い中で、下手に手を出すと余計に拗れかねないだろうし。


「……ところで、アエタは最近どうですか?」


 居た堪れない様子を見せているアエタを気遣ってか、イクティナはそこで一先ずその話は終わりと言うように妹に問いかけた。


「え? あ、えっと……」


 そうした姉の意図にはアエタも気づいたようだ。

 彼女は少しだけ逡巡してから意識的に切り替えて笑顔を見せ、口を開いた。


「あの時見せてくれたお姉ちゃんの強さに近づくために、頑張ってます!」


 グッと力を込めた様子を見るに、話の流れに乗ったその場限りの言葉ではないようだ。

 そんな妹の姿に、イクティナは微笑ましげに「そうですか」と頷いた。


「ですけど……そうなると、アエタにも進化の因子をあげたいですね」


 元々総合力ではイクティナよりも上だったアエタだが、それでも進化の因子がなければ限度がある。ある種の贔屓だが、家族としては当然の感情だ。


「当面の問題が解決したら、メルとクリアにお願いしてみようか」


 いずれは世界中の人々にそうすべきだが、誰から始めるかぐらいは選んでもいいだろう。

 当事者の一人として。


「はい!」


 雄也の言葉を受け、イクティナは嬉しそうに笑顔を見せる。

 その姿は妹に対するものと違い、アエタに似た部分のある自然なものだった。


「あの、今日お二人でここに来られた時から気になってたんですけど」


 それを見て、アエタは首を傾げながら切り出した。

 両親とのことに関して心苦しく思う気持ちは、姉の配慮で大分薄れたようだ。


「どうしました?」

「その、お姉ちゃんとこのお兄さんはどういう関係なんですか? もしかして恋人?」

「ふえっ!?」


 代わりに瞳を興味で輝かせて尋ねてきたアエタに、イクティナは素っ頓狂な声を上げた。

 そう言えば、何やかんや言わずもがなで通してきた気がする。

 呪いで言葉を発することができなくなっていたアイリスへの配慮もあって互いに。


「ええ、ええと、わ、私はユウヤさんのこと、好き、と言うか……はい、好き、です」


 それも解消されたためか、イクティナは改めてハッキリ告げた。

 唐突な質問に混乱した余りという感じでもあるが。


「うん。俺もイーナのことは好きだ」


 対照的に雄也は、彼女が動揺を顕にする分だけ逆に冷静に答えた。


「じゃあ、やっぱり恋人同士ですね!」


 それを聞いて楽しそうに手を叩くアエタ。

 前々からアイリスも積極的に推奨している話だし、そういうことでいいはずだ。

 世界間の文化の違いで少々罪悪感もあるが、この世界では悪ではない訳だし。

 勿論、そうとなれば他の皆の気持ちもしっかり受け止めなければならないが。

 そう雄也が考えている間も、イクティナは顔を赤くして一杯一杯の様子だった。


「お二人の馴れ初めはどういった感じだったんでしょうか」

「はは、はい、そ、それは、ですね」


 こと自身の恋愛観連の話を家族相手にすると相当気恥ずかしいものだが、家族の恋愛話を追究する側にとっては楽しいことこの上ないだろう。

 姉妹仲がいいだけに尚のことだ。

 雄也としては少し居心地が悪い部分もあったが、半ばパニックになっているイクティナの姿は正直妙に和んでしまい、気持ちは妙に落ち着いたものだった。

 彼女には悪いが、冷静に慎重にフォローを入れるので許して欲しいところだ。


「じゃあ、お互いどこを――」


 ともかく、そんなこんなでアエタは興味深げに質問を繰り返し、それは空が赤くなってラディア宅に戻る旨を伝えるまで続いたのだった。




「イーナの両親も仕方がありませんわね」


 その更に翌日。

 今度はプルトナにつき合って目的地に向かいながら、イクティナの里帰りの顛末を話していると彼女は微妙に呆れたように言った。


「けれど、それでもあのイーナの両親ですもの。徹頭徹尾どうしようもない人間ではないはずです。いつか仲直りできる日が来るはずですわ」


 更にプルトナは、若干楽観的にも思える発言をする。

 彼女でなければ正直薄っぺらな言葉にも聞こえる内容だが……。


「生きてさえ、いれば」


 ドクター・ワイルドの手駒として人格を失った魔星サタナステリ王国国王テュシウス。

 父親たる彼を葬る最後の一撃の引き金を自ら引いたプルトナからすれば、生きているだけ希望は残っていると思いたくなるのも無理もない。

 勿論、そうした考えは全て父親を失ったからこそのものであることは、彼女自身重々承知している。それは次の言葉でも分かる。


「いつでも会いに行けるのに心は遠いというのも、とても辛いものでしょうけれど」

「……そうだな」


 雄也もまた異世界に連れてこられ、家族には二度と会うことはできない。

 だから、プルトナの言い分は十分に理解できる話だし、それだけにイクティナにはいつか両親と和解して欲しいと強く思う。


「ここ、ですわ」


 少しして目的の場所に着いたらしく、プルトナは立ち止まった。

 魔星サタナステリ王国王都メサニュクタに転移してからしばらく歩き続け、辿り着いたのは――。


「歴代の王が眠る王墓ですわ。お父様の灰となった体の一部と遺品も埋葬されています」


 つまり件の父親の墓だった。

 外から見ても(異世界人視点では)そうとは分からない建物で、暗闇を保たんとするように一つも窓がなく中に入ると昼間でも仄暗い。


「お父様、お久し振りです」


 その中央にある立派な墓石を前にしてプルトナはいつになく神妙に呟く。

 以前ドクター・ワイルドの闘争ゲームの中で対面した時には、彼女の父親は既に人格を破壊されていた訳だから、留学前に言葉を交わした切りだったはずだ。

 墓参りもしていた様子はなかった。

 自ら決意して行ったこととは言え、己の手で父親を介錯したことに罪悪感があり、長らく割り切れずにいたからだろう。

 プルトナは少しの間、そうした諸々の感情を整理するように墓前で目を閉じた。

 静寂が場に満ち、王墓の厳かな雰囲気と相まった静謐な空気に自然と背筋が伸びる。


「お父様、改めて紹介致しますわ」


 しばらくした後、プルトナは目を開けると雄也を振り返りながら言った。


「彼がオルタネイト。ユウヤ・ロクマですわ」


 その視線に促されるように頭を下げる。

 改めてと言うが、あの時は結局会話を交わさなかった。

 そもそも認識されてすらいなかっただろう。

 実質的には、会ったことはない、と言った方が正しい。


「お父様、あれから色々なことがありました」


 雄也が複雑な気持ちを抱いていると、プルトナは前を向いて再び口を開いた。


「色々なことを、知りました」


 彼女は少しだけ視線を下げ、悲しげに呟いてから顔を上げて続ける。


「王家の務め。それも虚偽に彩られたものだったのかもしれません」


 真魔人ハイサタナントロープスケレトスの封印の楔となっていたことを考えても、生命力や魔力の強さを以って伴侶を選ぶあり方もまた別の意図が隠されていたのかもしれない。

 今となってはプルトナがそれに囚われる理由もないだろう。

 オルタネイトを婿としようとした画策にもまた。


「けれど、ワタクシはユウヤと共に生きていきます。王家の務めを果たすためでなく、ワタクシ自身の意思で、ワタクシ自身のために」


 しかし、プルトナはそうはっきりと言うと、再度雄也へと視線を向けてきた。

 その瞳には彼女なりの強い想いが感じ取れる。


「そして、それこそが真に王家に連なる者の務めになると信じていますわ」


 伝統。慣習。

 そういったものを取り払い、それでも尚改めてプルトナはその結論に至ったようだ。

 同時に、それらによる強制ではない彼女自身の内から生じた好意もひしひしと感じる。


(プルトナの気持ちにも応えていかないといけないな)


 その姿に改めて雄也はそう強く思った。


「…………さて、帰りましょうか」

「ん。もういいのか?」

「はい。ここには再確認に来ただけですもの」

「再確認?」

「そうですわ」


 プルトナの言葉に雄也が問うと、彼女は深く頷いた。


「お父様を始めとした歴代の国王達、ワタクシ達家族。皆の思いを踏み躙ったあのドクター・ワイルド。そして、お父様の命を引き換えにワタクシが甦らせてしまった古の魔星サタナステリ王国の王スケレトスを許さないと思う気持ちを」


 そしてプルトナは空を見上げ、怒りを押し殺したような苦い顔と共に答える。


「彼らが同じように人々の心を蔑ろにし続けるというのなら、ワタクシは抗い続けます」


 更にそう言いきってから彼女は一つ息を吐き、雄也に柔らかい表情を見せた。


「その意思を強く持ち、後はその時に備えて自らを鍛えるのみですわ」

「ああ。つき合うよ」

「ええ、お願いしますわ」


 互いに頷き合い、そうして墓に背を向ける。

 それからプルトナが一度だけ振り返るのを横目に、雄也は彼女と共に〈テレポート〉でそこを離れたのだった。

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