第三十九話 繰返

①二度目

「な、何者だ貴様っ!!」


 気づくと何となく見覚えのある広場。

 目の前には最大限の警戒と共に刃を突きつけてくる騎士。


(ここは……)


 間違いない。始まりの日の場所だ。

 そして今正に傀儡勇者召喚の儀式が行われている。

 時間跳躍は成功したようだ。が、そのことを喜んでいる暇はない。

 一先ず、人類の自由を侵害するその行為を全力で止めなければならない。


(他者の人格を手段としてのみ扱う者に断罪を)


「〈ワイドエリアサーチ〉」


 だから、処理すべき対象を把握するために、『雄也』は探知魔法を使用した。


「アサルトオン」

《Armor On》


 と同時に全身に装甲を纏い――。


「貴様、何をっ!?」

《Twinbullet Assault》


 混乱しながらも不審者を排除しようと迫ってくる騎士達を手加減して蹴り飛ばし、傀儡勇者召喚を実行している魔法技師全てを生成した銃で撃ち抜く。

 まだ超越人イヴォルヴァーもない時代。それを正確に認識し、妨害することができる者はいない。

 結果、呆気なく魔法技師達は息絶え、傀儡勇者召喚は半端な形で終息した。


「な……な……」


 それを目の当たりにしていながら、一段高いところにいる国王は全く展開についていくことができていないようで呆然と立ち尽くしていた。

 騎士達もまた一瞬の内に数名を殺害された事実に衝撃を受け、動きを止めている。


「〈アネステシア〉」


 その隙に『雄也』は昏睡の魔法を使用した。

 当然、精神干渉にも耐えられるような力量差ではなく、呆気なく残る全員気を失う。


「……ウェーラ、見ているんだろ?」


 それから『雄也』は彼女の気配がする方向へと顔を向けて言った。

 何も知らない者からすれば、『雄也』は僅かな間に魔法技師達を殺し、騎士や国王を無力化した危険な存在だ。普通なら素直に出てくるはずがない。


「貴方、何者? その力は……」


 だが、ウェーラは互いの力を冷静に比較し、隠れたり逃げたりが通用するような相手ではないと判断したようだ。

 彼女は無防備に『雄也』の前に姿を現す。

 警戒や敵対もまた無意味だと結論しているに違いない。

 ウェーラの性格的に、突如現れたイレギュラーな存在に対する強い興味もあってのことだとも予想できるが。


《Armor Release》


 初対面の態度を取る彼女を前に、一抹の寂しさを感じつつ装甲を全て排除する。


「俺はアテウスの塔の力で未来から来た」


 それから『雄也』は、普通の相手なら一笑にふされかねない言葉を口にした。

 だが、相手はアテウスの塔の製作者たるウェーラ。

 それだけで十分な説明になるはずだ。

 恐らく、あの巨大魔動器の用途の一つとして、当初から想定していただろうから。


「これは未来のウェーラからだ」


 更に、反応を待たずに、時間跳躍前に彼女がくれた指輪状の魔動器を差し出す。


「この魔動器は――」

「その説明は必要ないわ。微妙に大きさが調整されてるけど、私が作った魔動器だもの」


 と、ウェーラは『雄也』の言葉を遮って指輪を受け取ると、少しの間だけ収まりのいい指を探してから左手の薬指にはめた。

 無論、少なくとも今現在の彼女に元の世界的な意図はない。

 単純に作業の邪魔にならないように利き腕とは逆で、丁度いい指というだけのことだ。


「あ…………」


 その直後、ウェーラは呆けたような声を出し、いつも閉じている目を見開いた。

 それから、その焦点を『雄也』に合わせる。


「ユウヤ?」


 そして彼女は確かめるように、問い気味にその名を呟いた。


「ああ」


 それに『雄也』が頷くと、ウェーラは「成功したのね」と嬉しそうに言う。

 自信はあったはずだが、初めて実行したことだろうから不安もあったのだろう。


「って、あ!」


 しかし、彼女は何かに気づいたように口を開けると、突然目をギュッと閉じ、何故か顔を赤くしながらグルリと背を向けてしまった。


「ウェーラ? どうしたんだ?」

「な、何でもないわ」

「いや、そうは見えないけど……俺、何か失敗したか?」

「ち、違うわ。強いて言うなら、失敗したのは私」


 言葉の意味がよく分からず、首を傾げる。


「ああ、もう。こんなにハッキリ記憶が移るとは思わなかったわ。単純に映像を見るような感じで知識だけ得られると思ってたのに、完全に自分で経験したみたいじゃない」


 ブツブツと口の中で言うウェーラだが、聴覚も既に人外染みている『雄也』には丸聞こえだ。そこから判断する限り、とりあえず致命的な問題はなさそうだが……。


「こんなことなら淡々と時間跳躍させればよかった」


 続いた言葉で何となく彼女の妙な言動の意味を理解する。

 時間跳躍直前に本音を口にしたことを恥ずかしがっているのだ。

 研究やら実験やらではマッドな雰囲気を醸し出すウェーラとはイメージの異なるその姿に、こういうので恥ずかしがる女の子だったんだな、と新鮮に思う。

 割と長く一緒に過ごしてきたが、初めてだ。


「な、何を笑ってるのよ」


 思わず苦笑していると、ウェーラは振り返って不満そうに言った。


「いや、何でもないって」


 対してそう誤魔化すと、彼女は尚のことおもしろくなさそうな表情をする。が、それ以上そこに反応しても余計に恥ずかしくなるだけだと判断したようだ。


「……それより、これ、使っていいんでしょ?」


 ウェーラはその話題を打ち切り、周りを見回しながら問いかけてきた。

 周囲には胸を撃ち抜かれて息絶えている魔法技師と、昏睡状態にある騎士と国王。

 ウェーラの言うとは、無論、後者のことだ。

 微妙にラブコメ染みたことをしてしまっていたが、客観的に見れば、状況自体は血なまぐさいにも程がある状態のままだ。

 そこらに死体が転がっている訳だから。

 魔法技師達の死に様は、時間が経過したこともあってグロテスクさが増してしまっている気がする。黒く変色した血といい、土気色になった肌といい。

 特に、断末魔の叫びを上げたような形相が張りついた顔は、自分の行為の結果ながら正直なところ見ていて気持ちが悪い。

 その光景を見てその程度の感想で済んでいるのは、召喚の際にかけられた暗示のおかげだ。が、少し人として問題が出てきている気もする。

 とは言え、一先ず色々と落ち着くまでは、それを解かないでおくつもりだが。


「魔法技師は殺したのね」

「ああ。昏睡させただけで傀儡勇者召喚が止まるか分からなかったから」

「そう言えば、魔法を発動している最中に意識を失わせると暴発するって事例を聞いたがあるし、多分それが正解ね」

「暴発……」


 不穏な言葉を聞いて少しヒヤリとする。一緒くたに昏睡させなくてよかった。


(それはそれとしても――)


 前例があったなら、注意事項として教えておいて欲しいところだが……。


「ああ、もう。ユウヤを時間跳躍させる前に、そんな注意もしなかったなんて!」


 と、声色に苛立ちを滲ませるウェーラ。

 どうやら何かを意図してのことではなかったらしい。


「意識がハッキリとしてた時も、思考力とか諸々弱まってたみたいね。腹立たしいわ」


 あの謎の症状は着実に彼女を蝕んでいたようだ。


「今は大丈夫なのか?」

「ええ。霧が晴れたみたいよ」


『雄也』の問いに対し、ウェーラはその証拠と言うように一転して表情を和らげる。

 少なくとも、記憶を引き継ぐことで症状が出るということはなさそうだ。


「まあ、生命力や魔力は思いっきり低下してるから、微妙にしっくりこない部分もあるけどね」


 そこはさすがに仕方がないだろう。

 今の彼女の体は、MPドライバーのない普通の基人アントロープの域を出ないものなのだから。

 たとえ同種族の平均値から逸脱した能力を有していたとしても。


「早くMPドライバーを作りたいし、そろそろ行きましょ?」


 それからウェーラは少し急かすように言う。

 能力が低下した状態を脱したいと思う気持ちは理解できる。

 特撮ヒーロー番組でも時折、何らかの要因でヒーローが弱体化(変身できなくなったり)することがあったが、その度に早く回復して欲しいと願ったものだ。


「そうじゃなくても、いつまでもここにいる意味はないわ」

「ああ、そうだな」


 恐らく秘密裏に行われていた儀式とは言え、長くお偉方の姿が見えないと不審に思う者も出てくるだろうし、これ以上の長居は無用だ。


「じゃあ、実験材料を持って、帰りましょうか」


 そうして『雄也』達は昏睡したままの国王達を転移魔法で何度かに分けて運び、ウェーラの家へと戻った。彼らのその後については一々語る必要もないだろう。


「で、ウェーラ。これからどうするんだ?」


 今最も重大な問題は、人から自由意思を奪うが如きあの症状だ。


「そうね。一先ずは……」


 なるべく早く原因を明らかにして、対処方法を考え出したいところだが――。


「……傍観、かしらね」

「え?」


 具体的な案を期待していたため、『雄也』は思わず間の抜けた声を出してしまった。


(って、またウェーラに頼り切りだな)


 時間跳躍直前の忠告を全く生かせていない。

 とは言え、そこは追々やっていくことにしよう。

 既に頼って尋ねてしまった以上は、とりあえず理由も尋ねておかなければならない。


「どうして?」

「正直、引き金が何なのか分からないから。あの症状が蔓延した結果を見る限り、戦争の過激化が一つの要因のようにも思えるけどハッキリとはしないしね」


 確かに、パラエナの様子などを思い出すと戦争の動静が関わっていそうではあった。

 が、それが直接の原因なのか、単に副産物としてあの結果になったのかは分からない。

 何の確証もないのが現状ではある。


「けど、それでも、そこの関連性の有無ぐらいは調べるべきなんじゃないか?」


 現状では可能性を一つ一つ潰していくぐらいしか今やれることはないが、何もしないでいる訳にもいかないだろう。


「うん。だから、傍観。つまり現時点で技術の提供を全てやめる。勿論、前回のように超越人イヴォルヴァーの技術を与えたりもしない。それで恐らく唯星モノアステリ王国は早々に敗北するはずだから」


 成程、と思う。

 むしろ何もしないことが、大きく条件を変えようという訳だ。

 少々変え過ぎのような感もあるが、半端をするよりはいいかもしれない。

 ただ、一つ懸念がある。

 前回の記憶によれば、今正に自由が侵害されている事実があるのだ。


「囚われてるはずの妖精人テオトロープはどうするんだ?」

「それは当然助けるわ。こればかりは別問題よ」


 キッパリとしたウェーラのその言葉に『雄也』は深く安堵した。

 あれだけはさすがに看過できない。


「それに、その方が早くこの国が敗北するでしょうしね」


 超越人イヴォルヴァーになれなければ回復魔法は拉致してきた妖精人テオトロープ頼り。

 ウェーラの言う通り、国の滅亡を早める行為だが、構わない。

 誰かの自由を決定的なレベルで奪い取って成り立つ社会など滅びて然るべきだ。


(……目の前に存在してる国の興亡を比較で考えるなんて、何とも妙な話だな)


 一度時間跳躍を(ウェーラは疑似的なものながら)してしまったせいで、視点が傲慢な高さを持ってしまった気がする。

 特撮ヒーロー番組を見ている時のような、物語を俯瞰する高さ。

 いや、干渉できてしまう分、そうしたメタ視点とはまた違う類のものと言った方が正しいかもしれない。

 神、と言うよりも、悪魔の視点とでも言うべきか。


(何にせよ、不遜にも程があるな)


 実際の行動まで思い上がったものにならないように、常に自らを戒めていかなければならないだろう。


「ま、国のことはいいわ。とにかく、そういうことだから、後は精々MPドライバーの性能向上と新しい魔動器の発明に努めましょ」


『雄也』が僅かに時間跳躍の悪影響を感じている間に、ウェーラはそう結論する。


「そうだな」


 それに頷いて同意し、こうして今回の方針は一先ず定まった。

 そして、これを前提として再び時間を過ごすことになった訳だが……。

 その後の経過について語るべきことは極めて少ない。

 妖精人テオトロープを救出した以外は本当に傍観していただけだ。

 魔動器のマイナーチェンジをしながら。

 パラエナ達とも接触しなかったし、唯星モノアステリ王国からも離れていた。

 しかし…………結果は大きく変わらなかった。

 唯星モノアステリ王国は解体されたが、結局残る六国での戦争が激化し、再びあの症状が発生するところとなった。それも前回より若干早く。

 世界の状況を確認している内にウェーラの症状が酷くなり、結局、今回の時間軸に見切りをつけて再び時間跳躍を行うことになったのだった。


「こうなると戦争そのものに干渉したくなるな」


 そうして再びウェーラの記憶を宿した指輪を受け取って、過去に戻る直前。


「けど、それは私達にとっては負けよ」


『雄也』の呟きにウェーラは咎めるように言う。


「分かってる」


 それは力を以って人々の意思を捻じ曲げる行為に他ならない。

 形式的には、精神にも影響して戦意と諍いをなくさせるあの症状と何ら変わらない。

 もっとも、あれにそういう意図があるかは全く分からないが。

 いずれにせよ、世界の支配者になって思うがまま世界を作り変えるなど、人類の自由を侵害する悪の組織の所業だ。信条にそぐわない。

 それ以外の解決策を考えなければならない。


「分かってるなら、いいわ。……じゃあ、アテウスの塔を起動させるわよ?」

「ああ……いや、ちょっと待った」


 ウェーラの言葉に一度頷いてから、ふと疑問を抱いて制止をかける。


「そう言えば、また時間跳躍したら今度こそ俺自身に出くわすんじゃないか?」


 前回は傀儡勇者召喚を妨害することで転移されてくる自分自身を弾き出したような形だったの自分に遭遇することはなかったが、今回は前回転移した自分がいるはずだ。


「大丈夫。そうはならないはずよ」

「本当か?」

「ユウヤは別の時間から来たユウヤに会った?」


 問いに問いで返されるが、一先ず首を横に振って答えておく。


「なら、たとえ僅かでも前回より早い時間に跳べば、既にそこは今回の世界じゃない」


 逆に言えば、前回よりも遅いタイミングに跳んでしまうとどうなるか分からないということだが、そこはまあ当然のことと言える。

 ともかく、少なくとも今回の時間跳躍では特に心配することはなさそうだ。


「まだ不安なことはある?」

「いや」

「なら…………アテウスの塔、完全起動」


『雄也』の短い返答にウェーラは、とりあえず現時点での疑問は全て晴れたと判断し、遠隔操作によって巨大構造物型魔動器の操作を始めた。


「魔力収束開始。対象は全人類」

「くっ」


 二度目ながら体から魔力をごっそり抜かれる感覚には慣れず、少し顔をしかめる。


「多分、長期戦になるわ。それ以前に、答えに至れる保証もない」


 彼女もまた耐えるような表情を浮かべながら言い、更に言葉を続けた。


「それでも、人から自由な意思を奪わせないためにも、健全な進化、発展を失わせないためにも、絶対に諦めちゃ駄目よ」

「勿論。それと、俺ももっと自分の頭で考えるよ」


 今回何も得られないまま同じ結末に至ったことを考えると、ウェーラにもあの症状が出た後にこそ何かしら手がかりがある気がする。

 そして、その鍵を掴み取るためには、それこそ彼女に頼ることなく己の力で検証していかなければならない。そこに向けて入念に準備をする必要もある。


「うん」


 その考えを肯定するように頷くウェーラ。

 それから彼女は、時間跳躍の魔法の発動を宣言する。


「〈トランセンドタイムフロー〉」


 二度目なのであっさりしたものだが、それは『雄也』も同じこと。

 そのまま心を乱すことなく、『雄也』は時間跳躍の感覚に身を委ねたのだった。

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