③琥珀と新緑
***
琥珀色の広間の中、あちこちから剣戟の音が響き渡る。
その倍以上の数、部屋の至るところに琥珀色のプレートらしきものが現れては同色の光の粒子と化して消えていく。
普通の人間が傍から見ると、それこそ無数の琥珀を砕いて振り撒いたかのような幻想的な美しさを感じるかもしれない。
しかし、それを生み出しているものは幻想とは程遠い。
その正体は暴力的な力のぶつかり合いによるものだ。
あるいは、その全てをしっかりと見極めることができる者であれば、別種の美しさを見出すことができるかもしれないが。
「……ふっ!」
その発生源の一つ。アイリスは、両手に握る短剣を鋭く閃かせる。
全身を壁や床、空間を舞う粒子と同じ色の装甲で覆い隠し、四肢の端々まで
そうやって空間を滑るように目標を切り裂かんとする刃を――。
「はっ!」
歪な形の短刀、ユウヤの世界ではククリ刀と呼ばれるらしいそれが受け止める。
六大英雄が一人、
アイリスと同じ琥珀色の鎧に、形状は異なるが二振りの短刀。
戦闘スタイルもほとんど同じ敵だ。
「……「〈チェインスツール〉」」
それが故に、一瞬の激突から間髪容れずに互いに足場を作り、一気に距離を取る。
更に空間を走り抜けることができるように、いくつものそれが一定間隔で連続で生じていき、そして踏み台となっては消えていく。
僅かな時間平行に空中を駆けた後、合図をした訳ではないが、角度を変えて互いに間合いを詰めていき……。
「……そこっ!!」
「甘い!!」
交差の瞬間に一度切り結び、再び間合いを開き直す。
そうした直後、リュカは一旦仕切り直すと言わんばかりに彼我の距離を過剰なまでに大きく作った。それと共に魔法の足場を全て消し、地面に降り立つ。
そんな彼女を前にして、アイリスは罠を疑って無理矢理突撃することもできず、仕方なしに一旦少し離れたところに着地した。
「……ふう」
そして、僅かにできた猶予の間に少し乱れた息を整える。
(リュカは……)
そうしながらアイリスは、離れた先にいる敵を警戒と共に強化した五感で観察した。
(息が、全く乱れてない)
アイリスとは対照的に平然とこちらを見据えている。
その事実を前に、思わず眉をひそめてしまう。それは即ち……。
「さすがに己の不利は理解しているか」
リュカはアイリスの気配を感じ取ったのか、淡々と事実を告げるように言う。
一見すると膠着したような状態。
しかし、それを維持するためにアイリスは大分無理をしていた。
それは誰に指摘されずとも、自分自身が一番よく分かっている。
「このままではいずれ負けると分かっていて、よく自分を保つことができるな」
と、リュカは疑問を口にするという風でもなく、心底感心するように続けた。
とは言え、このような状況では挑発のようにしか聞こえず、アイリスはムッとして口をへの字に曲げた。
もっとも相手には仮面で見えないだろうが。
「許せ。馬鹿にしたつもりはなかった」
それでもアイリスの雰囲気から感情も読み取ったようで、リュカは素直に頭を下げた。
六大英雄と謳われた者のそんな姿に少し驚く。
他の彼らは、少なくとも面識がある中では、そこまでアイリス達をまともに扱っているように感じられなかった。
同族ではなく、同族の姿をかたどった人形に過ぎないと。
しかし、どうもリュカはそうではないようだ。
「かつて一兵士として戦ったことがある身としても、指揮官として兵士を使う立場にあった者としても、正直好ましいあり方ではある」
特異さを示すように彼女はそうは言いながらも、最後に「とは言え、賢明とは全く思わないし、手心を加える気もないがな」とつけ加える。
さすがに六大英雄たる者、その辺りの甘さはないようだ。
「いずれにせよ、たとえ誰が見ても劣勢としか思えない場面であっても、時には戦場へと突き進まねばならないことも兵士にはあるのは事実。だが、お前は兵士ではないはずだ」
更にリュカは問いかけるように言い、真っ直ぐにアイリスを見据えてくる。
「それどころか、王家の血を引く者のはずだが――」
「……所詮末席だし、私は私。王族である前に、単なる一人のアイリスでしかない」
「ならば、お前は何のために戦う? あの男のためか?」
「……言うまでもない」
リュカの問いかけに、肯定の意を声色に乗せる。
そうあることが、自分の誇れる自分であるために必要なことだ。
そして、彼のためであると同時に自分のためでもある。
元々、王族の末席に座る者として相応の人生を生きるのが定めと思っていた。
正直、何となく流されるように過ごしてきた自覚がある。
改めて振り返ると、ユウヤと出会う前の記憶は、何故か編年体のように色彩に乏しい。
彼が持っていた進化の因子に感化されたのか、恋とか愛とかいったものにそういう作用があるのかは分からないが。
幼い頃は大分蔑ろにされていた影響もあるかもしれないし。
(ユウヤは私を頼ってくれた。私はユウヤに命を助けられた)
そして彼はアイリスが傍にいることで心を救われたと言い、アイリスもまた彼のおかげで呪いに心を押し潰されずに済んだ事実がある。
互いが互いのためになる関係。
そんな形があることを知った今、昔の自分には戻れないし、戻りたくもない。
この繋がりを守るためなら、命も懸けられる。
ここで敵に背を向けることは、そうした己の意思に背くことでもある。
「成程な。そこまで想っている訳か。……そう言えば、あの男もお前という存在を心の支えに先の見えない戦いに耐えていたな」
それは呪いの影響が大きくなり、ユウヤが奔走していた時のことを言っているのだろう。
(ユウヤも……やっぱり)
アイリスが過剰に心配することのないように配慮してのことだろう。
彼は随分と柔らかく表現していたようだ。
もっとも、それ以前に一度リュカと手合わせして彼女の実力の一端を垣間見ていたアイリスからすれば、そういう意図はバレバレだったが。
とは言え、似たような状況でユウヤが逃げずに戦い続けることを選んだ事実を改めて耳にし、アイリスとしては心強かった。
それこそ、この戦いの支えにもなる。
「相思相愛。少し羨ましくも思うな。思えば千年前のあの戦いの中で、私は番となる相手を得ることは叶わなかった」
どこか寂しげに呟くリュカ。
「……貴方は――」
彼女はアイリスとは対照的に、己の役割から脱することができなかったのかもしれない。
そう思うと、少し同情心を抱きそうになる。
「だが!」
しかし、リュカはそうしたものを拒絶するように声を大きくする。
「私は大義に殉ずる。手加減はしない。貴様がその想いを貫くことは不可能と知れ」
そして彼女は琥珀色の床を蹴り、再び間合いを詰めてきた。
「……私も負けるつもりはない。私は私の心に従って戦う」
対してアイリスは僅かに心の内に起こった葛藤を振り払うようにそう返すと、二振りの短剣を構えて戦闘態勢に戻った。
「〈チェインスツール〉」
そうしながら空間に足場を配置して有利な位置関係を作ろうとする。
琥珀色の広間に、再び同色の粒子が舞い、剣劇の音が響き渡り始め――。
(待ってて、ユウヤ)
劣勢にあろうとも折れない心をアイリスは彼我の力量差を僅かながら埋める力とし、ここから二人の戦いは苛烈を極めていくのだった。
***
「困りましたね」
そう言うと、六大英雄が一人たる
既に互いに新緑の装甲を身に纏っていて中の人の顔が分からないため、微妙に首を横に振るような仕草も彼は入れている。
「折角、このワタクシめが気配遮断も行わず正々堂々と戦おうとしているというのに」
実際、その言葉通り、イクティナがこの新緑に染まった部屋に辿り着いた時、コルウスはそのど真ん中で姿を現して待ち構えていた。
ユウヤから聞いた彼の生業、諜報員、暗殺者という観点からするとあり得ない。
何も考えずにやっているなら馬鹿としか言いようがないが、相手は古の英雄。
それこそあり得ない話で、何かしらの策略を警戒させられる。
もっとも、本来の戦い方とは違っていても、あくまで格上の存在だ。
イクティナ相手に搦め手を使う必要などないはずだが……。
「貴方達は私達の敵のはず。なのに、こうやって手心を加えたりして。一体、何が目的なんですか? 私に何を求めてるんですか?」
イクティナは距離を保ち、背中に作り出した翼状の武装を展開しながらも問いかけた。
「ワタクシ共の目的は一貫しております。そこから考えて頂ければ、ある程度は予測がつくのではないでしょうか」
対してコルウスは、具体的な答えを告げないまま仄めかすように答える。
確かに予想は不可能ではない。
諜報という役割からの偏見で奇異な行動に思えたが、ドクター・ワイルドが常々語っていたことに即して考えると何らおかしな話ではないだろう。
「私達を踏み台に、より強く、ですか」
にもかかわらず、普段の暗殺方法でイクティナを殺してしまっては、何も変化が生じない。自らの鍛錬になり得ない。
「その通りです。ですから、その役目を果たして頂きたい」
そうした目的のために、わざわざ真正面から戦っているというのに、こうも歯応えがなければ何の意味もない。
そう告げるように、声に非難の色を滲ませるコルウス。
(脅威となるのも困るけど、手応えがないのも困るなんて勝手な)
分かっていたことではあるが、この男もまたイクティナをそう見ている訳だ。
踏みつけて少し高みへ上ることができる都合のいい、文字通りの踏み台として。
「他の六大英雄ならばともかく、あの男には気配遮断は通用しませんからね。最後の最後に、彼と戦う時にはワタクシめも正面から戦わざるを得なくなってしまいます」
あの男、彼というのは間違いなくドクター・ワイルドのことだろう。
イクティナ達にとって六大英雄は伝説に謳われた存在であるが故に、どうしてもコルウス達を特別視してしまうが、実際のところ最大の敵は彼の方で間違いないようだ。
「もう少し真面目に戦って下さいね」
《Hidden Weapon Assault》
彼は戦闘の再開を宣言すると、武装したことを示す電子音が鳴り響く。
だが、見た目には何も変わらない。
コルウスが使用する武器は……。
「行きますよ」
と、そう告げた瞬間、彼は両手を振るう。
対してイクティナは、即座に背中に展開した翼から無数の羽を射出した。
直後、空中で数度、金属の衝突音が鳴り、何かが地面に落ちる。
そこにあったのは、小さな投擲武器。
投げナイフではなく、星のような形をした刃だった。
これは一例で、彼はどうやら隠し武器とか暗器とか言われる類の武器を好んで使用するようだ。装甲の隙間から飛び出てくる刃や、異様な体勢から飛んでくる弾丸もある。
諸々警戒しなければならず、一瞬行動の取捨選択のために動きが鈍ってしまう。
「……やはり駄目ですか」
コルウスはその隙に風属性特有の高い機動性でイクティナの背後に回り、その手首の辺りから生やした剣を背中に突きつけてきていた。
「今日の戦いと、これまでの戦闘記録を拝見した限り、どうも貴方は誰かのためでないと本気になれないようですね。自分の身を守るためだけの戦いでは力が出ないらしい」
そして、そんな風に指摘され、イクティナはそうだろうかと自問した。
(そう、かもしれない)
長く落ちこぼれと言われ続けてきたために、自分の中でも自分の評価が低い。
そんな自分よりも他人の方が価値がある。
こんな自分の傍にいてくれる友人ならば尚更のことだ。だから――。
「ならば、やる気が出る話を一つしましょうか。このままつまらない戦いを続けるようなら、貴方を殺した後、他の六大英雄と戦っているお仲間を暗殺して差し上げましょう」
「なっ!?」
コルウスの口から出た言葉に驚き、焦燥感が沸き起こる。
「そ、それは仲間に対する裏切りじゃないんですか!?」
だから、咄嗟にイクティナは彼ら側の理屈で問いかけた。
他の六大英雄とてコルウスと同じ目的で皆と戦っているはずだが……。
「いずれ敵となる者達です。力の差が開きかねない要素は潰すべきでしょう。種族を代表する者として、来たる戦乱の時代も見据えて行動しなくてはなりません」
イクティナの強い質問に対してコルウスは淡々と答え、更に続ける。
「女神アリュシーダを倒したはいいが
その口振りに、彼が本気だと理解する。
イクティナが死んだら本当に皆を殺しに行くつもりだ。
《Convergence》
「やる気が出たようですね」
魔力収束の電子音に、待ちかねたとばかりに言うコルウス。
イクティナはそれに答えず、翼状の武装から全ての羽を背後に立つ彼へと射出した。
対してコルウスは、隠し持った暗器で迎撃しながら一旦距離を取る。
「絶対に、皆を傷つけさせたりはしません!」
そんな彼にイクティナは、強い意思と口調でそう宣言し――。
《Final Wing Assault》
背中の武装に魔力を集中させたのだった。
***
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