③六種族の狭間に立つ

 空の光に近づくにつれ、その強大な力を熱という形で改めて全身に感じる。

 勿論、それは魔力に基づいた現象故に、元の世界の物理現象とは異なるものだ。

 そうでなければ、そして何よりも体全体を覆う装甲と魔力、生命力がなければ、既に蒸発して塵も残さず消滅していたことだろう。

 だが、それはあくまでもこの距離だからこそのこと。

 更に近づけば、間違いなく身が持たない。

 その事実が頭を過ぎり、恐怖心が表に出てこようとしてくる。


「おおおおおおおっ!!」


 雄也はその感情に負けて引き下がらないように、恐れをかき消さんと絶叫した。

 そうしながら更に加速し、落下してくるそれを全身で受け止めようと両手を広げる。

 そして魔力で構成された虹色の光の本体に直接触れ――。


「ぐ!? が、あああああああああああっ!!」


 その瞬間、単なる余波とは比べものにならない強烈な熱によって体中を焼かれ、喉が破れんばかりの叫びを上げてしまう。


「あああああああ、ぅああああああっ!!」


 むしろ声を出していなければ、一瞬で意識を持っていかれそうだ。

 装甲が熱せられ、それを介して肌の表面から肉が焼けるような音が鳴っている。

 血液が物理的に沸騰しているのではないかと思う違和感が、血流に乗るようにして体の中を駆け抜けていく。

 生命力と魔力にものを言わせた治癒力を以って無理矢理回復もしているが、ダメージはそれを明らかに上回っていた。

 急激に体の感覚が鈍っていく。

 もっとも、たとえ感覚が万全だったとしても、もはや熱さを通り越した痛みしか感じなかっただろうが。むしろ意識を保つ分には感覚が薄れた方がいい。


「あ、ぐ、ぐ」


 しかし今は、自分のことは二の次だ。

 こうなることを理解して実行しているのだから。


(だ、駄目だ。押し込まれる)


 問題はそこまで体を張っても、光の落下を押し留めることすらできないこと。

 このままでは光と共に地上に落ちるのを待つだけだ。

 いや、体を焼き尽くされて息絶える方が先かもしれない。


(せめて、少しでも押し返さないと)


 自由を奪う理不尽に少しでも立ち向かったことにはならない。

 完全な無駄死にに終わってしまう。


『皆! もっと魔力を、収束した魔力を寄越してくれ!!』


 だから雄也は、既にLinkageSystemデバイスを通して供給されているアイリス達の魔力を、更に高めて渡して貰えるように〈テレパス〉で頼んだ。

 魔力の断絶の区分は恐らく二次元的に地図上で表せるもの。

 真下にいるアイリス達には〈テレパス〉が届くはずだ。


『けれど、ユウヤ』


 それを証明するようにアイリスの〈テレパス〉が返ってくる。

 しかし、彼女の声色には躊躇が滲んでいた。


『これ以上は完全に自滅してしまいますわ! アサルトレイダーを見たでしょう!?』


 続いて声を荒げたプルトナも、アイリスと同じく雄也の体を案じているようだ。

 実際、収束した魔力を全てこの身で受ければ、先程はアサルトレイダーに全て押しつけて回避した負荷を全て被ることになる。

 そうなれば、結果はガラクタとなったそれと同じものになるだろう。しかし――。


『今更だ、二人共』


 ラディアが強く窘めるように、今そんなことを心配していても意味がない。


『見ろ。光の落下速度は全く変わっていない。どうしようもなく力が足りないのだ。このままでは恐らく……ユウヤの方が先に力尽きてしまう』


 彼女は冷静を装って続けながらも、最後の部分だけ躊躇いがちに言う。


『ならば、負荷がかかろうとも出力を上げるしかない』


 その上で出された結論には、誰も反論できないようだった。

 当然の判断だ。

 状況が状況だけに仕方がないことなのだから。


『時間がない。やるぞ!』


 そしてラディアが全員にそう促すと、数秒と経たずに収束した六属性の魔力がLinkageSystemデバイスから送られてくる。

 緊急時故に、魔力結石の補充ができないがために使用を避けていたRapidConvergenceリングを用いて急速に収束させたのだろう。


(く、う)


 そして高密度と化した魔力が体の末端まで行き渡ると同時に、〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉を遥かに超えた負荷が全身に襲いかかってくる。

 それだけで体がバラバラになりそうな激痛に感覚を呼び起こされるが、逆に外からの痛みと均衡し、体感的には少しだけ楽になる。

 痛みを感じる時に体のどこかをつねって誤魔化すようなものか。

 いずれにせよ、出すことのできる力は増したのは確かだ。


「う、おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 だから雄也は絶叫と共に蓄えた全魔力を解放し、再び空の光に立ち向かった。

 既に許容量を超えていた治癒力はほぼ用をなさなくなり、体の末端から少しずつ崩壊が始まっていく。まるで命がサラサラと流れ出していくかのように。

 にもかかわらず、先程生じた最大の激痛を境にして急激に痛みを感じなくなってきていて、そのことが恐怖を駆り立てる。

 しかし、それでも――。


(止まった!?)


 空の光の落下は確かに押し留められていた。

 間違いなく変化はあった。


(けど……)


 限界を遥かに超え、己を犠牲にして尚、雄也にできたのはそこまでだった。

 この僅かな間、事実として均衡を作ることに成功はした。

 だが、既にこの身は死に体。

 後は崩れ去るのを待つのみ。

 そして、雄也が光の中に消えた段階で、再び光は地上に向かう。


(ここまで、か)


 手は尽くした。もはや悪足掻きをする余地もない。

 それを頭で理解し、心もまた諦観に満ちる。

 全てを出し切ったことで、満足感も少しばかり生じてしまっていた。

 半死半生のような状況にもかかわらず。

 いや、そのような状況だからこそか。


(単なる特オタが、上出来かもな)


 外と内双方からの負荷に侵されて徐々に崩れていく体とは裏腹に、思考はどこまでもクリアだった。

 脳裏には異世界を訪れてからのことが走馬灯のように過ぎっていく。

 それでも尚、雄也は最後の仕事を完遂せんと光の天井を受け止め続けることだけは決して投げ出しはしなかった。


    ***


(ユウヤさん……)


 虹色を湛えた光の中で一人それを押し留める姿を、イクティナは今にも泣き出しそうになりながら見上げていた。


(ごめんなさい)


 深い悔恨と共に心の中で呟き――。


『ユウヤさん、ごめんなさい』


 それを繰り返し、今度は実際に〈テレパス〉で彼に向けて言う。

 今この場で伝えなければ、二度とそうできる機会はないと思ったから。


『何で、謝るんだ?』


 と、ユウヤの声が弱々しく聞こえてくる。

 正に今わのきわに発せられる言葉の如く。


『私が、ユウヤさんを召喚したせいで、こんな……』


 酷い結末を迎えさせてしまった。そう続けようとすると――。


『また、デコピンするか?』


 彼はどこか苦笑の気配を僅かに湛えながら、そう返してきた。

 それを耳にして思い出す。

 いつだったか、同じことを悔いてユウヤに謝ったことがあった。

 その時の彼は、気にし過ぎるイクティナをデコピンという軽い罰だけで許してくれた。

 恐らくユウヤは、本当は罰などなかろうと許してくれていたのだろう。

 が、イクティナの性格を考えて、あえてそうしてくれたのだ。


『そんなのじゃ、済まないですよ。だって、命が……』

『確かに結末は残念だ。けど、俺はイーナに感謝してる』


 イクティナの言葉に対し、ユウヤは透き通る程に穏やかに言う。


『憧れたヒーローの真似ごとができた。元の世界で生きてても、決してあり得なかった夢が、いや、妄想が実現したんだから。それに――』


 死を受け入れたかのような口調で続ける彼に、涙が出そうになる。


『イーナと、皆と出会えたことも。戦友、って言えばいいのか。この特別な繋がりは、元の世界にはなかったものだ。ありがとう、イーナ』

『ユウヤさん……』


 改めて感謝を口にされ、堪え切れずにイクティナは泣き出してしまった。

 好意を抱くユウヤと同じように、全てを諦めて。


『駄目、駄目だよ!』


 と、メルの必死な叫び声が届き、イクティナはハッとして顔を上げた。


『まだ、私達にはやれることがあった! 私達はやり切ってないわ!』


 続けてクリアがイクティナ達に訴えかけるように言う。

 二人だけは諦めず、自分達にできることを考え続けていたようだ。


『しかし、今更何を――』

『私達はまだ命を懸けてません!』


 ラディアの言葉を遮って、メルが声を張り上げる。


『全生命力を魔力に変換すれば、もっと大きな力を兄さんに送れるはずです!』

『お兄ちゃんに託すだけ託して、背中に隠れて。このままじゃ、お兄ちゃんに命と心を救われた恩返しもできないままじゃ、終われない!』

『命を燃やして、全てを兄さんに!』


 その双子の叫びに、ただ雄也の背中を見ることしかできなくなっていた他の面々も気力を取り戻したようだった。

 絶望の中で僅かな導きを得たかのように。


『……どうせ死ぬのなら、身も心もユウヤに捧げる』


 アイリスの呟きに頷いて同意するラディア、フォーティア、プルトナ。

 それにメルクリアが頷き返し、こちらに視線を向ける。


『『イクティナさん』』


 そして彼女達は促すように、しかし、どこか気遣うような声色で呼びかけてきた。

 そんな二人に対し、イクティナは涙を振り払うように首を振って顔を上げた。

 やれることがまだ本当にあるというのなら、諦めている場合ではない。

 双子の言う通り、やり残しがあるまま終わっては死に切れない。


『やれますか?』

『勿論、です』

『贖罪のために?』


 即答したイクティナに、クリアは問い質ように尋ねてきた。

 それが理由では全力は出せない。恐らく、そう考えての問いかけだろう。

 実際、少なくともイクティナには、引け目だけで己の全てを絞り出すことはできない。

 そういう性格だ。とは言え――。


『それもあることを、否定はできません。ユウヤさんが許してくれても、この気持ちは消えないですから。けど、それ以上に私は純粋にユウヤさんの役に立ちたい』


 イクティナとて強い想いはある。

 贖罪よりも強い好意がある。


『分かりました。やりましょう!』


 それが伝わったのか、憂いをなくしたように言うメル。彼女はそれから、視線をイクティナから今にも崩れ落ちそうなユウヤの背中へと移した。

 イクティナも、他の四人もまた同じように彼を見上げる。


(全部、ユウヤさんに!!)


 それを合図とするように、イクティナはユウヤを強く想いながら己の中の生命力を魔力と化し、LinkageSystemデバイスを介して彼へと受け渡し始めた。


「う、く」


 己の体から生命力が抜け出していくに従って、体を覆うオルタネイトの装甲にすら重さを感じるようになる。しかし――。


(ユウヤさんの負担は、苦痛はこんなものじゃない!)


 イクティナはそう自らを鼓舞し、更に強く命を燃やした。

 イクティナを除く彼女達もまた。

 六種族六属性。

 その生命力を込めた魔力が各々の中で密度を増し、全てがユウヤへと転移していく。


(ユウヤさん!!)


 そうして彼の中でその魔力が混ざり合った瞬間。


《 《 《 《 《 《 《Full Linkage》 》 》 》 》 》


 イクティナ達のMPリングから、初めて聞くフレーズが電子音で鳴り響いた。


    ***


 イクティナが〈テレパス〉で伝えてきた謝罪に感謝を返した後、雄也の意識は急激に遠退いていっていた。

 乱れることもなく、薄れて消えていくように。

 そのまま世界に溶け込むように、完全に意識を失う直前。


『ユウヤさん!』『『『『ユウヤ!』』』』『お兄ちゃん!』『兄さん!』

《.r..sc..d ..er-Ant...pe》


 仲間の呼ぶ声と、掠れた電子音が聞こえたような気がした。


    ***


「成った、か」


 その気配を感じ、ワイルドは目を閉じながら小さく呟いた。


「本当に手間がかかる」


 それから彼は、どこか安堵したように続ける。


「さあ。準備は整った。最後の仕上げと行こうか」


 そして、そう誰にともなく告げると、ワイルドは目を開いて歩き出した。

 視線の先にあるのは、虹色の光が弾け飛んだ空。

 雲も全て消え去ったその中には、小さくも眩い点のような輝きだけが残されていた。


    ***

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